4-3話
「そういや、オクトは文字は分かるか?」
人生を儚んでいた私だったが、アスタはそんな事知った事ではないようで普通に質問してきた。まあ当たり前なんだけど。
聞かれた質問を少し考えてから、首を横に振る。アスタの言う文字は日本語ではなく、龍玉語の事だろう。なんとか話し言葉はできるが、読み書きはさっぱりである。
「そうか。まずはそこからか……。なら数は数えられる?」
「それは多分大丈夫」
一通りの数学基礎は前世の記憶でカバーできるだろう。宇宙人と数学でなら会話ができるとかなんとか言った人間が居た気がするが、確かにその通りだと思った。読み方は変わっても、異世界でも計算は変わらない。0は0だし、1は1だ。
「それができるなら、まずは買い物にいくか」
「へ?」
どんな話の流れだ。
唐突に言われ、目が点になる。この男の動きが全く読めない。何故数の質問がいきなり、買い物ににつながるのか。
「何事もまずは腹ごしらえから。オクトも食堂でジロジロみられたら嫌だろ。となると、部屋で食べられそうなもの買わないとな。あと服もいるし、洗面用具と--」
「待って。アスタ、服はある」
「あるって、どこに?」
勝手に話が進んでいく事に慌てた私は、急いで自分が寝ていた場所から鞄を持ってきた。
「アルファさんがくれた。だから洗いまわしで大丈夫――」
「じゃないな。部屋着として着るのは構わないけれど、外に出る時は駄目だから。それと、それっぽっちでいいわけないだろ。行くよ」
私の言葉をさえぎって、アスタは否定した。折角アルファさんがくれたものなのに……。そんなにみすぼらしく見えるだろうか。
混ぜモノとしてさげすまれた時より、なんだか悔しかった。
でも引き取ってもらった私に、そんな事を言う資格はないのも分かっている。私は彼に生かされている立場だ。
「金ないから」
だから買えない。せめてもの拒絶で私は言った。
「俺が持ってるから大丈夫。子供に出してもらうほど落ちぶれてないつもりだよ」
ちっ。
表情には一切出さず心の中で舌打ちする。もっとも私に払わせようとしない事ぐらいは分かっていた。働く能力がない私を引き取ったのだから、それぐらいの考えはあるはずだ。
「悔しいなら、何も言われないだけの力を付ける事だよ」
バレた?
言われた言葉にどきりとする。不機嫌になってしまった事は極力顔に出さないように気を付けたのに。アスタはすっとしゃがむと、私と同じ目の高さに合わせた。
「俺だって誰にも何も言われない為に子爵の位をわざわざ貰ったんだ。そしてやりたい事をやる為に宮廷魔術師なんて堅苦しい仕事をしているんだよ。ここでは貴族や王族がルールで、力がないなら彼らの常識に従わなければいけない。好きな服を着て、自分の常識をつき通したいなら、よく考えるんだ」
私は頷いた。
貴族に引き取られたならば、貴族に合わせるべきなのは間違いない。それが嫌なら、文句を言われない為にどうしたらいいか対策を練るべきだ。悔しいがアスタの言い分の方が正しい。
そして私の荷物を捨てようとしないあたり、彼なりの譲歩してくれているのも分かった。それなのに彼に恥をかかせるわけにもいかない。
「よし、じゃあ行こう。今日はその格好で良いよ。まずは買い物を覚えてもらって、必要最低限のものを買えるようになってもらわないと。しばらくは一緒に、この寮で暮らしてもらうから」
今度は私も反論せず頷いた。ここでは彼がルールだ。
私は歩き始めたアスタについていく。外へ出ると、宿舎の隣に大きな塀があるのが見えた。塀の向こうには、さらにそれよりも高い建物がいくつか見える。初めてみるが、きっとあれは王宮だ。つまりここは王都なのだろう。
「通勤が徒歩1分なのが気に入ってるんだよね。王宮の中にも宿舎はあるんだけど、そっちは逆に近すぎて、何かあるとすぐにいいように使われるから嫌なんだ。最近は移れって五月蠅いんだけど」
「……私が居れば、それも断れると?」
「そう。王宮に混ぜモノ連れこむのは嫌がるだろうし、小さい子を1人で育てているって言えば、無茶な召集もかけられないからね」
なんとなく分かってしまった自分が物悲しい。まあいいように利用してくれていた方が、捨てられない理由になるので、自分としてはありがたいけれど。でも何だろう。話を聞けば聞くほど、自分の人生が無理ゲーっぽく見えてきた。
「……混ぜモノにも、ものを売ってくれるだろうか」
かなり色々な場所で嫌われているこの現状。もしかしたら、最終ライフスタイルは、誰も住んでいない山で自給自足だろうか。でもそれが一番確実な生き方な気がしてきた。
職業農民。うん。いいかもしれない。
「この町の人は金さえあれば何でも売るよ。多少嫌な顔はするかもしれないけれど、混ぜモノの金も、貴族の金も同じだからね。ただ飲食店は断られる可能性が高いかな。俺と一緒なら通してくれるけど」
「アスタが貴族だから?」
「いや、俺が魔術師だから。混ぜモノは忌み嫌われているけど、それは蔑みからじゃなく、恐れからだ。魔術師なら混ぜモノが暴走してもなんとかしてくれるだろうと皆思ってる。もちろん貴族として、金をちらつかせても入れるだろうけど」
ふと、何故混ぜモノがそれほどまでに嫌われているのか不思議になった。
私は同じ人がない為、その姿や成長の仕方が不気味に見えるのだと推測していた。また上手く育たない事の方が多いようなので、その脆弱さも嫌われる要因だと思っていた。しかし恐れられるのは差別ともどこか違う気がする。
アスタの歩く速さに置いてかれないよう、小走りになりながら考えるがしっくりとした答えに行きつかない。
「同胞は、一体何をした?」
「そうだなぁ。最近あった大きな事件だと、今から100年ぐらい前。黄の大地にある国で、混ぜモノが暴走。結果王都が消し飛んだのかな。これは結構有名だね。もっと昔だと、国自体が一夜にして消えたという文献も残っている」
「は?消えた?」
「そう。混ぜモノの魔力が暴走して、文字通り何も残らなかったらしい。でもそんなに大事になるのは、本当に稀だよ」
……むしろ、そんな事があってよく自分は生かされているなと思てしまった。私の人権は何処に行ったと思ったが、これでも生まれてすぐに処分されないだけ、倫理や人権があったという事だ。
「ただし稀ではあるけれど、混ぜモノが危険だとみなす動きはあったんだ。千年ほど前には混ぜモノ狩りという大きな出来事も起こった。でもそれも今は誰もやらない。何故だと思う?」
「倫理的にまずいから?」
「ハズレ。そっちの方が被害が大きかったからだよ。どうも1人殺すたびに村や町が消えたみたいだね。さっき話した国が消えたというのもちょうどその時代だったはずだよ。狩りに関係しているかどうかは分からないけれどね。とにかく、そんな黒歴史のおかげで今はどの国も混ぜモノには手を出さない」
アスタの言葉に、私は何と言っていいか分からなかった。
歩く爆弾がいたら、誰だって避けて通りたいだろう。これで嫌うななんて無茶だ。しかも爆弾を先に解体しようとすれば、さらに大きな被害……何て迷惑な最終兵器。そしてそれが自分だという。
「暴走は、何で起こるの?」
とりあえず、そんな大迷惑な死に方だけはしたくないと思った。
「さあ。今もまだ研究段階だね。データーも少ないし。良かったらオクトも研究するといいよ。今のところは精神と密接な関係があるんじゃないかとされてるかな。百年前の事件は結構情報が残ってたから」
研究するといいって、自分自身でですか?いつ爆発するかもしれないのに、怖すぎるわ。なにその迷惑な自虐。
ただツッコミ入れるよりも、話の続きの方が気になるので私は黙って聞く事に徹っした。
「あの事件は六番目の王女が王位継承するのを兄王子が阻止しようとして、混ぜモノを使って暗殺を図ったのが発端らしい。その時混ぜモノは恋人を人質に取られて無理やり従わされていたそうだ。しかし事故か自殺かは定かではないが人質は死んでしまい、その後暴走が起こっている。そこから感情の高ぶりが暴走を引き起こしているのではないかと仮説がたてられているんだ」
……大切な人が死んで、感情の高ぶり。
あれ?それって、もしかしたら、つい最近起こっていませんか?その事実に行きついた時、頭から血の気が一気に引いた。
百年前の話は私という自我が目覚めた、母親が死んだあの時の状況にとても酷似している。今思えばクロのおかげで私は暴走を踏みとどまれたんじゃないだろうか。クロがいなかったらと思うとぞっとした。
クロ、マジ勇者。二度と足をクロの方に向けて眠れない。
「ありがとう。よく分かった」
とにかくまずは、自分の感情コントロールを確実にできるようにしようと心に誓った。