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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
その後の物語
139/144

不穏な混ぜモノ騒動(2)

「何だあの親父。超ムカツク!マジムカツク!」

 超とかマジとか……お前は何処の女子高校生だ。

 ストレス発散と称して、剣を振りながら叫ぶライを見て、私は生暖かい視線を送った。軍事訓練受けているわりに、ライはまったく感情を隠せていない。いや……ギリギリ領主の前にいた時は隠せていたか。

 若干ボキボキと指の間接を鳴らすのが気にならなくもなかったが、一応叫ばずには過ごしていた。領主も鈍いのか気にした様子もなかったし。うん。ギリギリ及第点だろう。


「今、コイツ進歩ねぇとか思っただろ」

「いや。流石にそこまでは……」

 そういうとライは剣を鞘に収め、ガシッと私の頭を鷲摑みした。

「そこまでとか言ってる辺り、思ったんじゃねーか。大体、オクトが全然怒らねぇから、俺が変わりに怒ってやっているんだよ。分かるか?」

「……分かったから、手を放して」

 ライの握力で頭を握られたら、トマトケチャップ状態になりかねないと思った私は、すぐさま両手を上げる。

 正直に言えば、私の中で領主の反応は仕方がないと思う範囲なのだが、それを言ったらライがさらに逆上しそうだ。長年の付き合いのおかげで、ライに凄まれてもあまり怖くはないが、トマトにされるのは困る。


「それに俺だって、時と場合を選んで感情を出しているんだよ」

「っ?!」

 頭から手を放された代わりにデコピンをされて、私はオデコを押さえた。地味に痛い。

「俺はカミュとオクトの事は信頼しているんだからな」

 ……恥ずかしげもなく、よく言えるよな。

 歳をとれば言えるものなのか。それとも、少年の心を失わなければ言えるものなのか。正直私にはハードルが高い言葉だ。


「まあライの怒りはもっともだけど、青春談義はそれぐらいにしておこうか」

 ライの怒りが若干収まってきた所で、カミュがそう切り出した。

「どうやら、この地域では混ぜモノについて、間違った情報が流れているみたいだしね」

 間違っているのかどうかは、正直な所、私にも分からない。

 ただ分かるのは、チイア地方では、混ぜモノは【災いを呼ぶ生き物】とされているという事だ。混ぜモノが暴走して、災害が起こるとかという話ではなく、全ての悪い事は混ぜモノがいるからという考え方だ。

 病気が起これば混ぜモノの所為、誰かが怪我しても混ぜモノの所為。だから混ぜモノは閉じ込めなければならない。そうすれば混ぜモノが悪い事柄を全て吸うから。でも殺してはいけない。混ぜモノを殺せば、混ぜモノの咎が全てこの世に降り注いでしまうから――というもの。


「領主の前で怒らなかったのはいい事だと思うけれど、今も怒っていないのは正直僕も腹が立つかな?」

「今のところ、実害はないし。それに領主の孫が病気だと思えば、混ぜモノを恨みたくなるのも分からなくもないというか……」

 領主が混ぜモノを毛嫌いしているのは、自分の孫が病気で床に伏せっているためだ。伝説の生き物とされてきた混ぜモノと思われる子供が現れ、さらに孫が病気になった為に、原因としてイコールで結んでしまったのだろう。

 混ぜモノの子供の現状を見たら、もしかしたら領主に同情できなくなるかもしれないが、今の段階では領主を憎むようなものでもない。


「……それにカミュは、最初から怒っていたと思うけど」

 怒っていたというか、機嫌が悪いというか。

 確かに領主は明らかに私を侮蔑していたし、私がいる事で悪いことが起こり始めるに違いないという様子だった。でもそれが真実だと教えられて生きてきたなら、きっと仕方がないことなのだと思ってしまう。

 結局は領主の考え方は、一種の宗教のようなものに思えた。

「あ、ようやく気がついたんだ」

「……気がつかせたかったんだ」

 まあ、本当の腹黒なヒトは、自分が腹黒だと見せないはずだ。そしてカミュは見せない派である。それなのに、私が嫌味を言われているなぁとか、遊ばれているなぁとか感じるような対応しているという事は、既にそこにメッセージがあったと言うことだろう。

 ……気に入らないことがあるなら、さっさと言えばいいのにと思うが、ライとは反対の超ひねくれものだ。たぶん、それは無理というものである。


「何で僕がイラッときているか分かる?」

「あー……、やっぱり迷惑をかけすぎ……とか?」

 彼らが勝手にこの仕事についてきたのだが、迷惑をかけている事には変わりない。

 だったら、私1人で大丈夫なのにと言いたい所だが、心配してくれているのだろうと思うと、それを言うのはマズイ気がする。というか、さらに面倒な事になりかねない。

「オクトさん……。それなら最初からついてこないから。そうじゃなくて、いつまでこの国に滞在するつもりなのかな?」

「あ、先に帰りたいなら、そう言ってくれれば――」

「ライ、デコピン2発追加で」

「おし、まかせとけ」

「ちょ、タイム!もう一度考えかるから。止めてっ!!」

 ライに何度もデコピンされたら、きっと私のおでこは陥没する。例え陥没しなくても、悶絶するぐらい痛いに違いない。私の運動能力では避けるのは無理だ。


 しかしカミュが怒る原因はなんだ?馬車の中で、1人居眠りしたのが悪かったのか?でも、私が居眠りするのなんてしょっちゅうだし、こんなに地味にグチグチ言ってくる内容とは思えない。

 となると、それより前の話だろうか?

 うーん。なんだ?さっぱり分からない。

「あのさ。僕はオクトさんがちゃんとアールベロ国へ帰ってくるようにする為に一緒にいるんだけど」

「あー……」

 そういえば。

 確か、そう言う理由もあって、今回一緒にホンニ帝国に来たのだった。私1人だけでは、帰るのが面倒になって、そのままホンニ帝国に住みつきかねないと。

「だから、先に帰ったら意味がないよね」

 今節丁寧に説明されて、私はこくりとうなずいた。しかしそれと今回のカミュの怒りにどう関連性があるのか。

「それでどうしてオクトさんは、まだ帰ろうとせず、ホンニ帝国に留まって、厄介ごとの処理をしているのかな?」

 首をかしげていると、カミュは深い溜息をついてさらに言葉を続けた。

 ああ。なるほど。本当は帰りたいけれど、私が動かないから帰れない。しかもカザルズさんの頼みを聞いて、うだうだとこの国に残っている事に対してイラッとしているのか。


「いや、だって。今帰ったら、変な噂に巻き込まれそうだし」

「噂?」

「ほら、私とカミュの駆け落ち逃避行云々っていう、面倒な噂がアールベロ国で流れているって言っていたから。ヒトの噂も75日っていうし」

 カミュの兄が、私とカミュが報われない恋に落ちて逃避行を図ったとか、超迷惑な噂を流していると伝えてきたのはまだ記憶に新しい。そんな状況で、誰が帰りたいものか。

「ヒトの噂も75日ってなんだ?」

「あー。まあ、時間が経てば、噂も消えるって事」

 一番いいのは、カミュが先に帰って火消しをしてくれるというものだが、たぶんカミュも嫌だろう。噂というものは、消すのは結構難しいのだ。


「うちの兄に対して気長に待つと?」

「そう。噂が消えない限り帰らないという姿勢でいれば、嫌がらせの方向性を変えてくれるかなと」

 ザ、北風と太陽作戦だ。

 無理やり止めさせようとしても難しそうだから、やりたいようにやらせて飽きて貰うというのが一番楽ではないだろうか。

 遠く離れたこの場所ならば、どんな噂を流されても、私には痛くも痒くもない。

「そういうことね」

「何というか、気長な話だな」

「でも一番何もしなくてもいいし、楽だし。ただもうしばらくここに滞在するなら、流石にカザルズさんのお願いぐらいは聞かないとマズイかと」

 クロなら、何もせず、いつまで居ても構わないと言ってくれそうだが、そこまで甘えるわけにはいかない。それに、カザルズさんとは仲良くしておいた方がお得な気がするのだ。たぶんクロよりもこの国で発言権を持っている気がする。


「流石、ものぐさな賢者って呼ばれるだけあるな」

「……そこまで言われるほど、ものぐさではないとは思う」

 一体誰がそんな2つ名を付けたのか。薬剤師として働き始めてすぐに呼ばれ始めたが……謎だ。

 確かに魔の森に住んでいるし、混ぜモノだし、変わり者扱いはされても、新人でしかない私は、2つ名をつけられるほど有名になったとは思えないのだけど。

「ふーん。じゃあ、噂がなくなれば帰るんだね」

「そりゃ、まあ」

 いくら【ものぐさな賢者】と呼ばれる私でも、いつまでもホンニ帝国でフリーターをやる気はない。

 そりゃ、アールベロ国で働いていた時は目が回るような忙しさだったので、この生活が楽でたまらなかったりする。しかし働いたら負けのような事を考え始めたら、色々人生終わっている気がする。


「そういう事なら、少し真面目に働こうかな」

 あ、真面目に働く気なかったんだ。

 カミュの言葉にツッコミを入れるべきかどうするべきか分からず、少し迷ったが、私は結局止めた。ここで下手なことを言って、へそを曲げられても面倒だ。とくにカミュの場合、地味に嫌な嫌がらせを仕掛けてきかねない気がするので、ここは気持ちよく働いて貰おう。

「とりあえず、私的には問題の子供に会いたいのと、領主の子供の病気がどういうものなのか確認したい」

「えっ。領主の孫の方も見に行くのかよ」

 ライの言葉に私は頷いた。


「領主が必要以上に混ぜモノを毛嫌いしているのは、それが原因だろうし」

 病気は混ぜモノの所為。

 ならその病気さえ治れば、少しは態度も柔和するだろう。私は医者ではないので治せるとは言い切れないが、アールベロ国に居る知り合いの医者に手紙を出してみるのも一つの手だ。

「とにかく病気と子供には因果関係がない事を提示しないと、混ぜモノの子供の待遇改善もできないと思う」

 領主の話しぶりだと、問題の子供がいい生活をしているようには思えない。

 病気との因果関係がないと分かれば、待遇改善も申し出られるだろうし、状況に応じては、カザルズさんに指示を仰ぐべきだ。

 混ぜモノに対する知識が中途半端な場所だと、将来的に危険なことになる可能性もある。


「領主の方は僕が会えるように手配をするから、先に混ぜモノの子に会いにいってみようか」

 おお。カミュが手配をしてくれるならかなり心強い。私だけだと門前払いの可能性が大なのだ。

 ありがたい申し出に、私はこくりと頷いた。

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