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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
その後の物語
138/144

不穏な混ぜモノ騒動(1)

「着いたよ」

 はっ?!


 耳元でカミュの声が聞こえて、私は慌てて目を開けた。すると狭い車内にドアから光が入り込んでいるのが目に映る。

 いつの間にか馬車の揺れは止まっており、どうやらすでに扉も開けられているようだ。その事に少し遅れて気がつく。

「ごめん」

「いいよ。目を開けてくれるだけマシだからね」

「……いや、本当にごめんなさい」

 最近まで多数の精霊と契約していた私は、寝る子は育つを実践しようとするかのようにしょっちゅう眠りこけていた。多分それと比べて、寝起きが良いという意味だろう。

 それでも、まさか馬車の中で爆睡してしまうとは。

「まあ、うす暗い車内だし、眠くなるのも分からなくはないけどね。それにオクトさんって、よく考えたら馬車に乗るのは初めてだよね」

 カミュに言われて、私はコクリと頷いた。


 一般の馬車は混ぜモノなので乗車を断られてしまい、使えない。というかそもそも馬とか動物に異様に懐かれやすい為、私自身できるだけ近寄らないようにしていた。

 ただ今回の行き先はホンニ帝国内という、行った事のない場所だった為、転移魔法が上手く使えない。しかしできるだけ早急に行って欲しいとカザルズさんに言われた結果、用意して貰った馬車に乗ることになったのだ。

 不安も多かったのだが、流石王家のお馬様なだけあってか、しっかりしつけられており、馬にじゃれ付かれるというハプニングもなく済んでいる。子犬とか兎ならともかく、馬に全力で飛びつかれたらたぶん私は死ぬと思う。

「思ったより乗り心地は悪くなかった」

 馬車の窓は小さく外の景色はあまりよく見えないし狭いしで、素晴らしい乗り心地とまではいえないが、馬車が発達しているのか、思ったよりガタガタと揺れたりする事はなかった。

「たぶん、それはオクトだからだな」

「ん?」

 ライの言葉に私は首をかしげた。

「多分馬も揺れにくいように気を使ったんじゃないかな?道路の整備が進んでいるというのもあるだろうけど」

 そうなのか?

 初めての馬車体験なため、比べることができないのでなんともいえないけれど。もしそうならば、後で馬にお礼を言いながらブラッシングしてあげよう……許されたらだけど。

 下手にちょっかいをかけて、小さい頃のように馬にかじられるのは嫌だ。私の頭は人参じゃない。


 今回私は馬車に乗って、ホンニ帝国の首都から離れたチイア地方に来ている。ただしこんな遠く離れた場所へ来たのは、ルンルン気分で観光する為ではない。

 現在無賃滞在している私たちに対して、カザルズさんが混ぜモノが居るかもしれないと噂が立っている場所へ行って状況を確認してきて欲しいとお願いしてきたからだ。世の中ギブアンドテイクを知っている身としては、そのお願いを無視するという選択肢は存在しなかった。

 ただ本当なら私1人で行って、確認するだけなのだが、気がついたらカミュとライが一緒に行くことになっている。

 ……理由を確認してみたところ、私が1人で行くと、録なことにならないからだと。けっ。

 私だって成長しているし、精霊との契約も解除されたから、別に王子様についてきてもらわなくても大丈夫だというのに。ちなみにアスタも一緒に行くと申し出たが、アユムの面倒を見てもらわないといけないのと、アスタはアスタでカザルズさんに色々頼まれごとをしているため、丁重にお断りをした。決して、一緒だと面倒だとか、厄介事が増えそうだとかそういう意味ではない。

 最も私が帰るのがあまり遅くなると、アスタがやって来そうなので、早急に解決さえなければいけないのだけど。


「んーっ!!」

 馬車の外に出た私はぐっと体を伸ばした。バキバキっと骨が鳴る。

「思ったより遠いね」

「だな。せめて馬の上に乗っての移動だったら気持ちもいいんだけどな」

 同じように馬車から出た2人もぐっと体を伸ばした。

 それにしても流石は野生児のライだ。言うことが違う。

「ははは。それやったら、たぶん私は死ぬから。でも帰りは途中で降りて体を動かさないと、エコノミー症候群になりそう」

 落馬して死ぬのも嫌だけど、血栓が詰まって突然死するのも嫌だ。気を付けないといけない。


「えこのみー?」

「ああ。えっと、長時間同じ姿勢をしていると、血の塊が血液の中にできて死んでしまう病気……かな?」

 医者ではないので詳しくは知らないが、たしかそんなようなものだった気がする。本来は飛行機で起こる病気とされているが、バスや別の乗り物でもなったはずだ。

「血の塊ができるとどうなるんだい?」

「えっと、呼吸困難っぽくなる的な?」

 実際になった事がないので詳しくは分からない。でもたしか、肺血栓症がなんとかとかと聞いた覚えがあるので、たぶんそんな感じだと思う。

「へぇ。ならずっと同じ体勢じゃなければいいのかな?」

「後は、脱水とかに気をつけて、こまめに水分をとるといいかも……」

 結局は血液がドロドロだとなりやすい気がする。ここにインターネットがあれば、グーグル先生に尋ねられたのに。中途半端な前世の知識は意外に面倒だ。


 にしても、この話題のどこにカミュが食いつくネタがあったのだろうか。聞いても面白くはないだろうに。……はっ?!まさか。

「だからって、嫌いな貴族を遠くの地へ、ノンストップで馬車に乗せこんで、移動させるとか止めて」

「まさか。僕がそんな事をする人間に思うのかい?」

 思います。

 だって腹黒カミュの事だ。彼ならしれっと自然死を起こそうとしかねない気がする。しかしそれを正直に言うのもはばかれて、私は口にチャックした。

「でも、いい意見をありがとう」

「えっ?まさか、本気で?!」

「さあ、どうでしょう?」

 ふふふと不敵に笑われて、自分が遊ばれている事に気が付き、私は大きくため息をついた。この野郎。

 自分からネタぶりしておいてなんだけど、暇だからってブラックジョークは勘弁して欲しい。


「今までに、馬車に乗って移動中に体調を崩した貴族が何人かいるんだよ」

「ライ。折角オクトさんで遊んでいるのに、それを伝えてしまったら楽しくないじゃないか」

「私で遊ぶな」

 やっぱり遊んでいるのか。

「ライが言うとおり、対策をしてあげようかなと思ったのも事実だけどね。でも、オクトさんの意見も捨て難いなぁと。えこのみーの対策を伝えてしまうと、自然死に見せかけて色々するのも難しいだろうし」

「できなくていい。その案は捨てて下さい。お願いします」

 カミュが黒いから想像してしまった事なのだが、伝えるんじゃなかったと後悔する。冗談だと思いたいが、これで貴族の突然死が続いたら、良心が痛みまくる。そんな面倒事ごめんだ。


「考えておくよ。さてと、そろそろこの町の領主に会いに行こうか」

 どうしてそこで、分かったの一言を言ってくれないのだろう。考えておくとか、マジで考えなくていいから。

 しかしこれ以上遊ばれるのが嫌だと思った私は、大人しく、口にチャックをしてカミュの後ろについて歩き始めた。






◇◆◇◆◇◆◇






 ホンニ帝国は、いくつもの国がくっついてできた国と言われるだけあって地方ごとに文化が結構違うようだ。

 首都ではコルセットでガッチガチに締め付けたドレスを着ているお嬢さんが多かったが、チイアではゆるいワンピースが主流のようである。

 それにアールベロ国とは違い比較的暖かい場所なので生地も薄いし、スカートも短い。


「ミニスカまでは行かないけれど……」

「オクトさんもはいてみたら?」

 領主の仕事場で働く、短いスカートをはいたメイドを見送りながら、私がぽつりとこぼすと、カミュがすかさず言ってきた。

「何故?」

 意味が分からない。

「ほら、郷に入れば郷に従えというし」

 うーん。

 確かに郷に従うのは正しいが……、私が足を出したところで、何の利点も見当たらない。というか、私的にメイド服は英国的なロングスカートの方が好み――っと、話がずれた。

「滞在が長くなるようなら考えておく」

 滞在が長くなれば、服をホンニ帝国で買う事になるだろう。そうなれば、好き嫌いにかかわらず、強制的にこの国の主流な服を選ぶしかないのだ。その時は、クロにでも選んで貰おう。


 そんな軽口を叩きながら領主を待っていると、布扉の向こうからメイドさんに声をかけられた。

「領主様が見えました」

「あ、はい」

 木製の扉ではないので、ノックがない為ドキッとする。

 返事をすると、カーテンのような仕切りを開くようにして少し小太りな初老の男が入ってきた。人族の男は、私達に向かって愛想よく笑いかける。

 しかし私を見る目はどこか冴え冴えとしたものがあり、あまり歓迎されている様子ではないなと私は認識した。まあ、混ぜモノなのだから仕方がないのだけど。


「はるばる遠方から、よくぞ来てくれました。皆様を歓迎します」

「(嘘つけ)」

 領主の愛想笑いに、ライがぽそりと私の耳元でつぶやいた。幸いにも領主の耳には届かなかったようだが、どうしたものかと私は曖昧に笑っておく。

 たぶんこの場に私がいなければもう少し柔和な態度だったのだろうなと思うと、正直申し訳ないという気持ちもある。

「それで、賢者様というのは――」

「こちらにいる、オクト嬢ですよ」

 領主の言葉に、カミュがさらっと答えた。……というか、カザルズさん。何、恥ずかしい2つ名広めてくれちゃっているんですか?!

 賢者というのが賢いヒトという意味とは若干ニュアンスが違うという事は分かってはいる。それでも、どうにも中二病っぽく感じてしまうのは、やはり前世の知識の弊害か。

「ほう。貴方が」

「あ、初めまして。オクト・ノエルと申します」

 私は恥ずかしさを堪え、ぺこりと頭を下げた。果たしてどういう風にカザルズさんから連絡がいっているのか分からないが、たとえ相手が私の事が害虫のごとく嫌いだとしても、仕事と個人的感情は別にしてもらわなければスムーズに進まない。

 とにかく、害意は全くないですよーとアピールして行儀よくしておいた方がいいだろう。


「想像よりも、何とも可愛らしいお嬢さんですな」

「……ありがとうございます」

 可愛いが、たぶん容姿的意味ではなく、身長的、もしくは年齢的なものを指しているように感じたが、スルーしておくべきだろう。いちいち気にしていたら話も進まない。

「そして貴方達が、この混ぜモノのお嬢さんのお弟子さんと」

 は?

「はい。僕がカミュ、こっちが弟弟子のライです」

「ども」

 ……え?どういう事?

 いまいち状況が読めず、私はカミュを見上げた。しかしカミュは今は私に説明する気がないようで、私の方へ視線を向けない。ここは黙っていろという事か。


「混ぜモノに獣人ですか。にぎやかですな」

「ええ。ただ残念ですが、僕らは翼族ですけれど。ホンニ帝国では珍しい種族ですので、領主様もお知りにならないのかも知れませんが」

 領主とカミュは終始笑顔だが、空気がツンドラだ。

 翼族のヒトを獣人と呼ぶのはアールベロ国では侮辱の言葉だが、はたしてそれを知っていたのかどうなのか。……いや、知っていそうだな。そしてそれを分かって、カミュもあえて領主の無知を指摘するように、受け答えしているのがよく分かる。

 寒々しい中で口をはさむのも嫌だった私は、カミュに領主とのやり取りを、まるっと丸投げする事にした。もっともカミュもそのつもりなのだろうけれど。


「――まあここで無駄口をしていても、時間の無駄ですし、さっそく本題に入りましょうか」

 しばらく領主とカミュはにらみ合うように、笑顔で雑談をしていたが、最終的に領主の方が折れた。私としてはとてもありがたい話なので、すぐさま頷く。うっすら寒い会話など長々と聞きたくない。

 それにしても、カミュがこんな風に流さないのは初めて見た気がする。もしかして、機嫌が悪いのだろうか。今思うと馬車から降りた時も、妙に嫌味っぽかった気がした。

 どちらにしても、それを聞くのは領主の話が終わってからだ。

「実はこの町で奇妙な病気が起こってましてね、呪われた子供の所為ではないかと言われているのです」

 領主は低い声で、まるで問題の子供を呪うかのように話し始めた。

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