46-2話
「えっ。いや、神様になるって、簡単な事じゃないんじゃ……」
トキワさんの『神様になればいい』発言に度肝を抜かれたが、普通に考えれば、簡単にはなれるはずがない部類の職業だ。……いや、神様を職業カウントしていいのかは別として。
だって世界に6柱しか今は居ない上に、時の神は居なくなって久しい。カンナさんの例を考えれば神様は生まれながらに神様というわけではないだろうけれど、どうやってなれというのか。というかそんなに簡単になれるものだったら、時の神が空席になる事なんてなかったはずだ。
「そうでもないぞ。オクトは既に最初の関門は合格しとるしのう」
「最初の関門?」
「そうじゃ。神というのは、魔素を効率的に生み出す事ができる存在の事をさす。つまり神になるという事は、人為的に混ぜモノと同じモノとなる事じゃ。龍玉と呼ばれるモノを飲む事でそれができるのじゃが、合わぬ場合は死にいたる」
「えっ?!」
死にいたるって。
めちゃめちゃ危険じゃないですか!すごく簡単に言ってくれるが――いや、確かに作業内容はそれほど難しくはないけれど、どう考えてもハイリスクすぎる。
特に私のように、体力皆無では死ねと言われているようなものだ。
「だから、オクトは問題ないんじゃ」
「いやいやいや。問題大有りでしょ?!」
私がツッコミを入れると、トキワさんはキョトンという顔をした。
「何故じゃ?」
「何故って。まあ、確かに私が死んでも困る人は少ないですけど」
少ないけど、居ないわけではない。
だからそう簡単に、死ぬなんて選択肢を選ぶわけにはいかないのだ。しかも死んだ上に、エスト達へ償いもできなかったら、本当に何をやっているんだという話である。宝くじと同じでやってみなければチャンスをつかめないのかもしれないけれど、そんな命がけのギャンブル乗れるわけがない。私がいなければ、もう誰もエストとコンユウを助けようとしてくれないのだから。
「オクトが死んでは神になれぬから、わらわは困るのじゃが」
「ん?」
おや?どうやら、うまく意思疎通ができていないようだ。私が死んで困るというなら、ギャンブルを持ちかけているわけではないのだろう。
「えっと、龍玉というものが合わないと私は死んでしまうのですよね?」
「ああ。じゃが混ぜモノなら高確率で合うはずじゃ。そもそも最低でも人族の血を継ぐハーフでなければ、神になる事はできんしのう。混ざるという点では人族が一番適しておるが体が脆弱すぎる」
あ、そういう事なんだ。
つまりすでに混ぜモノはそういう混ざる事に対して耐性があるのだろう。だから私は第一関門を合格しているという意味なのか。
「さらに同じ属性を持ち合わせておるのが一番じゃ。オクトの場合は生まれた時にわらわが女神の魔力を使って記憶を封印をした為、時属性を持っておる。じゃから間違いなく適合できるはずじゃ」
そういうことか。
……若干私が時属性の魔力を持ち合わせている部分に関しては、偶然ではない気がしなくもないが、それでもそれによって助かっている部分もあるので文句はない。
「でも時の神になったとしても、そんな簡単に時へ干渉できるのですか?」
先ほど時の精霊が、世界が壊れぬように時を管理していると聞いたばかりだ。時を駆け回っているコンユウは例外としても、エストが過去に行かなければ館長がいないというタイムパラドックスが起こってしまう。
ただそもそも館長が体験した混融湖の事件と今回にはすでにずれが生じているので、混融湖に流されるというのは、正確にはパラレルワールドの過去に流れつくという事なのかもしれない……。まあこういう事象はややこしいので置いておくとしてもだ。
時を司る神が自分勝手に時をいじくっていいとも思えない。もしもそれができるのだとしたら、どうして混融湖に溶けたという女神は、時をいじり女神が理想とする世界へ導かなかったのだろう。
「普通はできんのう。今回のような場合は、混融湖に落ちたという事象を回避した上で時を流す必要がある。その場合、現在流れている時間に矛盾が生じ、大きく世界が揺れるじゃろう。じゃがオクトが神になる事を選ぶというのならば、わらわ達時の精霊は、全力で揺れを最小限にとどめ『混融湖に落ちた』という事象が起きなかった未来を紡ごう」
過去を変える事が出来る。
それは怖いぐらいすごい事で……私はぶるりと震えた。本当ならば、いくら望んだとしてもそんな事はできるはずがないのだ。
だけどあまりにすごい事すぎて、歓喜で震えるよりも先に、その対価が怖くなった。『混融湖に落ちた』という事象が起きなかった世界とはどのようなものなのだろう。
どうしてトキワさんはそこまでしてくれるのだろう。……そもそも神になるという事はどういう事なのだろう。
トキワさんから差し出された提案に、1も2もなく飛びつきたい。でも私の事を心配して待っているヒトがいるのだと思うと、慎重にならざる得なかった。もしもここに居るのが私ではなくカミュだったら、ちゃんとそのあたりの事もきっちり調べてから行動に移すはずだ。例えトキワさんの提案が私の望みを間違いなく叶えるものだったとしても、調べ考える手間を惜しんではいけない。
「もしも時の神となったら、私は何をするんですか?」
時を司るのだから、現在トキワさん達が行っている時の管理というものをするのだろうが、具体的に何をするのか分からない。
そもそも、パラレルワールドとかタイムパラドックスとかを考えると頭が痛くなってくる私では小難しい事は出来ないだろう。私はカミュやクロのように頭がいいわけではないのだ。
「そうじゃのう。最初は眠ってもらう事になるのう」
「は?寝るんですか?」
まさかの神様の仕事が眠る。……赤ん坊かよと言いたくなるような仕事だ。というか赤ん坊は寝る事で育つのだけど、神様はどうなるんだ?もちろん私の場合は、まだまだ育たなければいけないのだけど。
「ふむ。龍玉という異物を体の中に入れるのじゃ。その力が定着するまでに時間がかかるからのう。さらにこの世界から時属性が消えて久しい。世界に時属性が戻るまでは眠っていただく」
「えっと、世界に時属性が戻るまでって……具体的にはどれぐらいなんですか?」
すごく大きな話に聞こえるのは私だけだろうか?
やっぱり、それだけ大きなことをするなら、1年とか2年とか年単位になってきそうだ。……あまり時間がかかりすぎると、アスタとか怒りだしそうな気がする。一度戻って説明して……納得してもらえるだろうか。
「混融湖がすべてオクトの中に吸収されるまでじゃからのう……ざっと1000年ぐらいかのう」
「へぇ。1000年ですか……えっ?1000年っ?!」
「うむ。もしかしたら、もう少しかかるかも知れぬがのう。その間、眠っているオクトの体は、わらわ達時の精霊が大切に保管するので安心するがよい」
「いやいや。安心するがよいってっ?!そんなに寝たら死にます!」
魔力は大きい方だが、1000年とか普通に寿命がきてしまうだろう。例え大切に保管されても、ミイラになっては意味がない。
しかし慌てるのは私だけで、トキワさんはいたって変わらず、それどころか慌てる私が面白いかのようにクスリと笑った。
「死なぬよ。神は神が決めた理に逆らう事で寿命を縮める。時の影響は受けぬ存在じゃ。オクトの場合最初に『混融湖に落ちる』という事象を消すという、時の神がやってはいけないタブーを犯すが、その程度ならば前任であった女神のように死ぬことはないじゃろ」
「……時の女神は何故死んだんですか?」
「死んだ空の神にもう一度、会いたいと願ったからじゃよ。死んだモノを生き返らせようとするのは、犯してはならぬ禁忌。しかも他の神へ干渉するなどもっての他じゃ。ただ女神は慈悲深いヒトじゃったから、自分の我儘を通す事で世界が壊れる事も望まなかった。じゃから女神は話ができずとも、愛した男を過去でもいいから一目見たいと、すべての時を繋げる混融湖を生み出しそこに溶け、自我をなくした。そして時の女神の干渉を受けた空の神もまた、次代が生まれなくなった」
そう言うと、トキワさんは深く息を吐いた。まるで色んな想いを自分の中に閉じ込めるかのように、ゆっくりと瞬きをする。その姿は、年老いた老婆のように見えた。
「この世界は元々12柱神がおった。しかしもうそれも6柱しかおらん。これ以上減る事があれば、魔素は足りなくなり、わらわ達ヒトは死んでいくしかないじゃろう。じゃから、わらわ達はもう一度時の神が生れるのを願っておるんじゃ」
「私は……」
「それにお主が助けたいと言っておるモノ達は、過去や未来をひっかきまわし、時に波紋を作っておる。今のところわらわ達の力で修正はきいておるがそれもいつまでもつかじゃのう。時属性を持つオクトならば、過去の改変に気がついておるじゃろ」
トキワさんの言葉に私は少し迷ったが頷いた。確かに過去が変わったと思う出来事を私は何度か体験している。気のせいと言ってしまえばそれまでの些細な出来事。でもそんな些細な出来事でとどめていられるのは、時の精霊が調整してくれているからかもしれない。
「彼らがひっかきまわさないよう『混融湖に落ちた』という事象をなかった事にするならば、わらわ達も全力を尽くそう。世界が滅びぬ為にもオクトの力が必要なんじゃよ」
重すぎる言葉に私は頷く事も否定する事も出来なかった。
私がここで頷かなかったら、このままでは世界が滅びるかもしれないという。でも頷けば私の望みは叶えられ、世界も滅びない代わりに、私は1000年という長い時を眠る事になる。
眠って次に起きた時……そこにはきっと私が知っているヒトは誰も居ないのだろう。エストやコンユウは助かるが、決して彼らともう一度話す事はできない。カミュやライ、クロやアユム、そしてアスタとも、2度と会う事は出来ないのだ。
それは死別するのと同じ事。
「それに、お主は誰とも関わりあいのない生活がしたかったんじゃろう?確かにここは山奥ではないが、同じ事」
ああ。その通りだ。
私は誰の迷惑にもなりたくないから……誰かに私自身を否定されてしまうのが怖いから、離れようと思った。だからこれは、私が望んだ限りないベストに近い形。
誰も傷つけず、エストやコンユウに罪滅ぼしができて、そして私も傷つかない。誰も居ない世界ならば、私は誰かに傷つけられることもないのだ。
「それなのに、何故泣くのじゃ?」
トキワさんの声はとても不思議そうだ。
でもトキワさんが不思議に思うのも分かる。だってこれは私が望んだ事そのままで、一番ベターな方法だ。しかも世界が滅びない為なんてもっともらしい理由までついている。きっと聞いた誰もが、私が時の神になる事を望むだろう。
ああ、私は本当に馬鹿だ。
世界の滅びを救うならば、きっと誰からも感謝される。混ぜモノだからといって恨まれたり嫌われたりする事もなくなるはずだ。それでも私は不特定多数のヒトに感謝される事よりも、簡単に数える事ができる少数の大切な人達と共にいて話ができる事の方がとても幸せなのだと感じてしまう。
「私は……アユムを待たせていて――」
きっとカミュなら、私の変わりにアユムの事を大切に育ててくれるだろう。王子様だしお金は不自由しないだろうし、私が育てるよりずっといいはずだ。
「――アスタに、帰ると手紙を残していて……」
きっとアスタは戻らなかったら怒るだろう。戻ってから神になる事を説明しても、やっぱり怒るに違いないし、例えそれが世界の為だと言っても納得しない可能性がある。
でもきっと、私が選んでしまえば、アスタでもどうにもできないはずだ。それにアスタだっていつかは私の事を懐かしい過去としてしまうだろう。アスタの親友や奥さんのように。
「でもそうじゃなくて。……私が、アスタと……離れたくないから。だから泣いてしまうの……だと……」
この感情は友情なのか愛情なのかよく分からない。それでもアスタを悲しませたくないとかアスタの為を思ってではなく、私がアスタと離れる事を悲しいと感じているから苦しいのだ。
自分から離れてここまで来たのに。なんて私は自分勝手なのだろう。
それでも嗚咽がのどの奥からこみ上げる。
たぶん私は神になどなりたくない。
でも神となる選択は正しすぎて、否定できない。エストとコンユウに幸せになってもらいたいのも嘘ではないから。世界が滅びず、大切なヒトに笑っていてほしいから。
だから選ぶ道など決まっている。
それでも心が引き裂かれそうなぐらいに痛くて。私は涙を止める事が出来なかった。
「……アスタ」
きっと今アスタに会えば、私は誤った選択をしてしまう。それでも一番大切だと思ったヒトに会いたくて私は脳裏にその姿を思い浮かべ、嗚咽の代わりにその大切な名を口にした。