46-1話 一番大切なヒト
トキワさんの転移魔法でついた場所は、普通の客室だった。
時の精霊に連れてきてもらうのだから、異空間的なところに案内されるのかもしれないなと思っていたので、ある意味予想外だ。
「えっと、ここは?」
「昔、時の神が使っていた客室じゃよ」
……どこですかそれ。
普通だと思ってすみません。まさかの遺跡探検にびっくりだ。でも時の神といえば、ずっと昔に居なくなってしまたはず。その割に、部屋の中は廃墟ではなくとてもきれいだ。もしかしたら、頻繁にトキワさんが使っているのかもしれない。
「好きな場所に座るとよいよ」
「はぁ」
トキワさんに言われてソファーに腰掛けたが、どうにも落ち着かない。何でこんなに落ち着かないのだろうと思ったところで、生活音が全くない事に気がついた。
まるで時を止めたかのように部屋の中は無音なのだ。見た目は普通だが、やはりここは王道に、異空間のような場所なのかもしれない。
「昔はのう、ここはとてもにぎやかな場所じゃった」
私の心の声を読んだかのようなトキワさんの言葉にどきりとする。しかし別に心を読んだとか、そういうわけではないようだ。トキワさんは私ではなく、部屋に飾られた風景画を眺めていた。
その絵には、どこかアラジンを思い出させる建物が並んでおり、もしかしたらトキワさんが昔住んでいた場所なのかも知れない。
「今は、トキワさん以外の方は?」
「ここにはおらんのう。新しい時属性の精霊が生まれなくなって、もうかなりになるからのう。この神殿は忘れ去られて久しい場所じゃ」
「えっ?生まれないんですか?」
というか精霊ってどういうメカニズムで生まれるのだろう。
元々肉体というものを持っていない上に、同族なのに低位、中位、高位と分かれている、かなり特殊な一族だ。自分のご先祖様に当たるはずなのだが、私はまったくもって情報を持ち合わせていない。
「時の神は不在じゃから、もう時属性の魔素は、女神が残した混融湖にしかないのじゃ。わらわ自身も、長き間眠りにつき、時の管理の一部となっておった」
「時の管理?」
……そう言えばトキワさんは、並行世界を生み出してとか何とかと、文句を言っていた。なるほど。時の管理をしているならば、彼女も文句の1つや2つ言いたくなる事もあるだろう。
「そうじゃ。神がおるか、もしくは混融湖などというものがなければ、本来はいらぬ役目じゃがな。時の女神が混融湖を生み出してしまった時から、わらわ達時の精霊は、世界が壊れぬように調整役となる道を選んだんじゃ。そうでなければ、この世界そのものがなくなってしまうのでのう。世界がなくなればどちらにしろ、わらわ達も生きてはおれん」
「それは……」
大変ですねと言えばいいのか、そんな言葉で終わらせてしまっていいのか分からない。世界の為に個を犠牲している彼女達に同情すればいいのか、それとも彼女達が自ら選んだ事なので同情するというのは失礼に当たるのか。
あまりに大きな話すぎて、今の私には判別がつかない。
「調整役となったわらわ達は、世界の理となり、過去と現在、未来が混ざる度に世界が揺れるのを、最小限に抑え込んでおった。じゃからわらわが目を覚ましたのも、本当に久々なんじゃよ。オクトの母親に呼ばれるまでは、わらわは世界の一部であった」
「……えっ?ママが呼んだんですか?」
世界の崩壊を防いでいる時の精霊を叩き起こすなんて、知っていたのか、知らなかったのかは分からないが、かなりチャレンジャーだ。
「そうじゃ。目が覚めたわらわは、長き間、意識も姿もなかったものじゃから、セイヤ……その後ノエルと名を変えたオクトの母親の想像のままに具現化したんじゃ。高位の精霊は、他者の想像を基に体を作り出すことができるからのう」
「えっ……。ママがトキワさんを具現化させた?」
「うむ。姿や言葉がなければ意志疎通ができんからのう。その時具現化したわらわの姿を見て、ノエルは『合法ロリキター!!』と叫んでおった。どうやらノエルが持つ、時の精霊のイメージは子供と老人、過去と未来の同居した、合法ロリと呼ばれる存在だったようじゃ」
……ママ。
私はママの中に、私と同じ日本の記憶があるという確信を持った。でもできればこんな残念な知り方はしたくなかった。
ほら、もっと、時の精霊なのだから、小さい姿をしている事に対して、ファンタジー的要素にあふれた理由があったっていいじゃないだろうか。いや確かに具現化させるとかそういう言葉が出る時点でファンタジーではあるのだけど……。だからといって、よりによって、『合法ロリキタ━(゜∀゜)━!!!!!』って何?トキワさんが聞いたママが叫んだという言葉には、絶対某掲示板で使われる顔文字が入っていたと思う。
「なんじゃ。せっかく母親の話をしてやっておるのに、残念な顔をしおって」
「あー、いえ」
だって残念な現実だったんですものともいえず、私は曖昧に笑った。
きっとトキワさんは、合法ロリというものが、萌えで設計された若干残念な存在だとは思っていないのだろう。過去と未来が同居した存在とか……確かにそういう言い方をしたらカッコいい気がする。それに顔はロリだけど、胸は豊満とかいうエロゲ的な妄想による具現のではなかっただけよかったではないだろうか。
うん。世の中には知らない方がいい事もあるのだ。
「えっと、ママはどうしてトキワさんを呼んだんですか?」
「お主が腹におったからじゃよ」
「えっ?私?」
「そうじゃ。混ぜモノは魔素を作り出すことができる存在。じゃが過剰な魔素はヒトの体には毒じゃ。よって混ぜモノは高位の精霊と契約し、魔素への耐性がある体となるよう精霊の力で強化をする。その代わり精霊は一部魔素をもらいうけるという仕組みじゃ」
なるほど。
多数の精霊との契約は、私の魔力を糧としている為、体に大きく負担がかかっている。しかし魔素なら本来多量に必要としないものだ。その部分で契約しているなら幼少期に倒れるなどがなかったのにも納得がいく。まあ時の精霊は別として、風の属性は持っているので、風の精霊との相性がいいというのもあるかもしれない。
「じゃあ私はトキワさんと、風の精霊の方の力で魔素のバランスをとっているんですね」
「いや、違うぞ」
あれ?違うんですか?
折角理解しきったと思ったのに、否定されてしまって首をかしげる。どこを私は理解し間違えているのだろう。
「最初はそのつもりじゃったが、魔素のバランスをとっておるのは、風の精霊の方じゃ」
「えっ、そうなんですか?」
話の流れから、トキワさんもその契約をしてくれているとばかり思っていた。ただ、最初はそのつもりだったという事は、途中で契約を変えたのだろう。
でも何のために?
「どういう理屈でなのかはわらわにも分からぬが、ノエルはお主の中に前世の記憶があるという事に気がついたんじゃ。ノエル自身、前世の記憶に悩んでおってのう、そんな思いをオクトにはさせとうないと言い、わらわに記憶を封じる為の契約をさせた。記憶は時属性の管轄じゃからのう」
……へ?
記憶を封じる?へぇ。そうだったんだ――て、ちょっと待て。
「あの。私、記憶あるんですけど」
全然封じきれてませんから。
今まで、散々活用させてもらっていたので、かなりいまさらだけど。多少曖昧な部分はあるが、確かに私の中には前世の記憶がある。
「うむ。ノエルは死ぬ直前に、封印を緩め、記憶の中でも知識の部分だけはオクトがいつでも参照できるように契約内容を変えたからのう。じゃから、お主の中に前世の知識があるのはわらわの手違いではない」
「死ぬ直前に、変えた?」
「ノエルはわらわと風の精霊の2つも契約した為に、魔力がかなり枯渇しておった。じゃから自分の死期が見えておったのじゃろう。オクトの成長がエルフ寄りで遅い事が分ると、今後を心配したノエルは自分自身の死後にオクトの前世の記憶の中でも知識の部分だけは自由に参照できるよう、変更したんじゃ」
「えっ?契約したのは私じゃないんですか?」
なんでママが契約しているのだろう。しかも契約のせいで死んだって……。
「もちろんオクトとも契約しておる。しかし腹の中におる状態では、まだ契約はできんからのう。じゃから最初は母親と契約をするんじゃ。そして生まれると同時に再度本人と契約をする。大抵は契約の代償が大きい為、母親は産むと同時に死んでしまうものじゃが、ノエルは精霊の血をひいておったからか結構長生きしたのう」
トキワさんの言葉に私は強い衝撃を受けた。しかしトキワさんは話を止めることなく淡々と進める。
「そしてわらわはノエルと、もしもオクトが前世をすべて思い出したいと言ったら、封印を解除するように契約しておるんじゃ。そこで聞くが、オクトはどうしたい?」
どうしたいって……。
まさかママがそんな事をしていたなんて思いもしなかった。昔、カンナさんに言われた、『オクトはちゃんとセイヤに望まれて産まれたんだ』という言葉が、今すごく重く感じた。
カンナさんはこの事実を知っていたのだろうか。……混ぜモノが生まれるには精霊と契約しなければいけないなどを教えてくれたのは彼女なのだから、きっと知っていたに違いない。だとしたら私が混ぜモノである私自身を否定した時、カンナさんは双子の姉妹であるママを否定されたように感じたことだろう。 知らなかったとはいえ、ひどい事をしてしまった。
「オクト」
トキワさんに名前を呼ばれて私ははっと顔を上げた。
「何故、泣いておるんじゃ」
「……分かりません」
この涙はママを犠牲にして生まれてきた事に対して申し訳ないという気持ちから流れるのか、それとも私が望まれてここにいるという事に対してうれしいと感じているからなのか、私にもよく分からない。ただ苦しいぐらい胸が締め付けられる。
「ノエルは運が良い女じゃった。そしてその運を的確に使いこなす事ができ、オクトが生き残れるように道を作った。どの国にも利用されぬよう旅芸人となり、混ぜモノの暴走を止める事が出来る少年を近くに置き、オクトという人格を形成させる為にわらわに記憶を封じさせた。すべてはノエルの思い通りとなっておると言うのに、何を泣く必要がある?それで、オクトは記憶をどうしたいんじゃ」
「このままで。……私はこのままで、十分幸せだから。記憶は必要ありません」
元々私は前世を思い出す気なんてなかった。
私はとても恵まれすぎていて……だからこそ、私を否定するわけにはいかない。
「ふむ。そうか。ならば何のためにここまで来たんじゃ?」
トキワさんは、私が封印を解かないと選んだ事に対して、とてもあっさりとした反応だった。その反応は私が思い出す事を選ばないと思っていたからというわけではなく、本当にどうでもいいと思っているように感じる。
確かにトキワさんにとっては他人事なのだろう。
私は零れ落ちる涙を袖で拭うと、深呼吸した。そうだ。ちゃんと意識を切り替えなければ。私は自分を知りに来たのではなく、とても大切な人達の為にここへ来たのだ。
「実は私の大切な友人が混融湖に落ちてしまいました」
例えトキワさんには他人事だったとしても、ここからは譲るわけにはいかない。
「トキワさんは混融湖に落ちた友人を、この時間に呼び戻す方法を知りませんか?」
これは私ができる、彼らに対する償いだ。エストが私が死なないように館長になった事を知っている。コンユウが何か目的を持って時間をめぐっている事も知っている。
それでも、私は彼らにこの時間に戻ってきてもらい、幸せになって欲しい。彼らが私の為にしてくれたように、私も彼らの為に何かをしたいのだ。
私の言葉を聞いた瞬間、トキワさんが、私に微笑みかけた。
その笑みは決して幼児がするあどけないものではなくて、見た目とのギャップにゾクリとする。トキワさんがどうしていきなり笑いかけたのか分からず、私がまごつく。
この時私は、ふとエストが手紙に残した、トキワさんの話を聞いてはいけないという言葉を思い出した。
「知っておるよ」
トキワさんは、口を開くとごく自然に話し始めた。決して特別な事を話そうとしている様子はないが、その言葉は肯定だ。
ただそれに対して私は歓喜を感じる前に、トキワさんの手をとった時のような不思議なデジャブを覚える。まるで何度も何度も、この場面を繰り返してきたかのように。でも私はこんな風にトキワさんと話すのは初めてのはずで――。
「オクトが、時の神になればいいだけの話じゃ」
私が1人混乱する中、トキワさんは予想していなかった爆弾を投下した。