45-2話
「すごっ……」
カザルズの転移魔法でホンニ帝国の城の中へやってきた私は、想像以上にすごい作りにびっくりした。何の部屋なのかは分からないが、高い天井には一面に、宗教っぽい絵が描かれている。言葉は書かれていないが、何やらストーリーがありそうないくつもの絵に、ほうと感嘆のため息をついた。きれいな色遣いといい、かなりの力作だ。まるで美術館のようである。
「なんか、建国の神話が描いてあるんだってさ」
天井を見上げ続けている私へ、クロはそう教えてくれた。神話ということは、龍神の何かだろうか。でも建国といったし……。
「建国の神話って何?」
アールベロ国にはないが、ホンニ帝国には、龍神とはまた別の宗教があったりするのだろうか。
「俺もどんな話かは知らないんだよな」
「この国は元々、黒の大地でも白の大地でもない場所にあったと言われています。今いる6柱の龍神とは別の龍神が治めていたそうです。しかしある時からその神はいなくなり、彼が治めていた大地はそれぞれ半分ずつ白の大地と黒の大地に分かれ吸収されました。本来他の大地同士は不干渉。その為、住んでいた民は同じ国民だったにも関わらず、白の大地と黒の大地に引き裂かれそうになったそうです」
カザルズは小さくため息をつくと、クロの代わりに神話を話し始めた。
「当時ホンニ国は小さな国でしたが、現王朝一族は精霊に好かれやすいという特異体質でした。そこでホンニ国の王は光の精霊と闇の精霊にお願いし、他国を侵略しない代わりに、大地をまたいで建国する事を神に許していただいたそうです。その時同じように引き裂かれそうになっていた国がホンニ国へ下ることを願いでました。そこでホンニ国は願い出た国を吸収し、ホンニ帝国と名を改め、今に至ります。……お願いですから、これぐらいの常識は覚えて下さい」
カザルズはクロを見ると、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「仕方ないだろ。今まで興味なかったんだから」
そう言って、クロは口をとがらせる。確かに、神話でお腹が膨れるわけではないので、興味ない人にとっては全く意味をなさないものかもしれない。
「あ、でも。旅芸人はそうやって神がいなくなった事によって国を失ったヒトが始まりだって事は知っているぞ。国を失った事を哀れに思った神様が、他国をわたり歩く事を許したんだってさ」
「へぇ。そうだったんだね」
カミュはカザルズやクロの話を感心気に聞いていた。……カミュならこの手の話も知っていそうなので、珍しい。
私の視線に気がついたカミュは、苦笑して見せた。
「アールベロ国には、この手の神話は伝わっていないんだよ」
「へぇ」
魔法を自由自在に使うファンタジーな世界のアールベロ国ではあまり知られておらず、魔法よりも科学が普及しているホンニ帝国で神話が知られているなんて、なんだか不思議な気がする。
ああ、でも。アールベロ国が今までに神様関係で何か問題がなければ、伝承は残らないか。ホンニ帝国は精霊に好かれる一族を王として据える事で存続を許されたわけだし、結構複雑な場所のような……ん?だとすると、やっぱりその一族のヒトが王位を継承していかなければ不味いような――。
チラリとクロを見てから、私はカザルズさんを見た。見た感じ、クロはこの話を聞いてもピンと来ていない様子である。ぶっちゃけ真実をもっとわかりやくすクロに伝えてしまえばいいのにと思わなくもないが、何か理由がある可能性もある。ただこのままだと、この先も、クロが気がつく気がしない。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。えっと、カザルズさん――」
「私の事は、カズと呼んで下さい。ホンニ帝国では真名を大切にする習慣がありまして、普通は愛称で呼ぶんです。アールベロ国にはない習慣なので慣れないかもしれませんが」
「あ、そうなんですか」
愛称で呼べと言い出すなんてフレンドリーだなと思ったが、そういうわけでもないようだ。そうか。真名か。だからクロもクロードという名前は人前で使うなと母親であるアルファさんに教えられていたのかもしれない。だとすると、別にクロのサインはヒトに見せても問題なかったのか――。
「はい。変わった習慣なんですが、真名は愛する相手のみに伝えるものとされているんですよ。まあ結構その認識は薄れてきていますし、町では気にしない方もいますが、ここは王宮ですので慣習にうるさいんです。今でも続いているのは、プロポーズする時に真名を紙に書いて贈る事ぐらいですかね」
「……へ?プロポーズ?」
とんでもない言葉に私はどきりとした。
あれれ?私、今、そんな大切なもの持っていませんでしたっけ?
「昔は義理の親子の縁を結ぶ時や、何か大切な契約を結ぶ時に贈ったりもしていたみたいですが、そちらの習慣は薄れつつありますね。どうかしましたか?」
「い、いえ。ナンデモナイデス」
クロは私へ名前をプレゼントしてくれた事を覚えているだろうかとチラリと見たが、いたって普通なので、覚えていない可能性が高い。まだクロは当時6歳だったし、その時のクロは名前をあげる事にプロポーズという意味があるなんて思ってもいないから、忘れてしまったのだろう。
というか、忘れて下さい。
クロが慣習にうるさい王族の一員だとしたら、色々不味い。……うん。このお守り袋の中身は、私が墓に入るまできっちりと封をしておこう。そして、もうこれ以上、クロの正体に迫るのも止めよう。クロがホンニ帝国の王子でなければ、あれはただのサイン。アイドルだったら握手付きで、何千枚と書くものだ。
「それで、ここはどこなんだ?」
「へ?」
王宮じゃないの?
アスタの不思議な言葉に首をかしげる。
「さすが鋭いですね。ここは、ホンニ帝国の神殿であり、魔素が生まれるパワースポットでもあります。でも王宮の一角には間違いないですよ」
……パワースポット?ここが?パワースポットなんて中々ないので、初めて来た。
でも建物はすごいという感じだったが、いつもと何かが違うという感覚はない。パワースポットという事は魔素が多いから、何か感じても――。
「って、駄目」
「へ?」
「魔素はアユムには毒だから。ここにいたら不味い」
アユムは魔素の耐性がない。そのため私は、周りの魔素を吸う魔法陣の描かれた石を持たせていた。しかしパワースポットなんかにいたらすぐに吸いきれる上限を超えてしまう。
「そうなのか?じゃあ、俺がアユムと一緒に外に出るよ。トキワはそのうち来るだろうから、オクトはここで待ってろ」
「えっ」
しかし笑顔のクロとは反対に、アユムはすごく不安そうな顔で私を見てきた。……その眼で見られると、私も弱い。かといって、ここにトキワさんが来るなら、私も一緒に外へ出るわけにはいかないし。
「じゃあ、僕もアユムと一緒に行こうかな」
カミュはアユムの目線に合わせるようにしゃがみこむとそう申し出てくれた。
「カミュも?」
「そう。それにライも一緒だから。これなら安心だよね」
アユムはカミュを見た後、チラリと私を見上げたが、最終的にうなずいた。
「うん。ボク、カミュといい子にしてる」
少しションボリとした様子だが、アユムはカミュと手をつないだ。
「オクト……はやくきてね」
不安そうな顔をするアユムの頭を私はよしよしと撫ぜてあげる。トキワさんとの話がどれぐらいで終わるか分からないので、約束はしてあげられないが、終わり次第アユムを迎えに行ってあげよう。船旅の間に大分と落ち着いたアユムだが、やっぱり事あるごとに不安げな顔をするのだ。あまりそういう顔はさせたくないのだけど……こればかりは仕方がない。
「アスタリスク魔術師、オクトさんをお願いします」
「お前に言われるまでもないよ」
……お願いしますって、何故カミュが頼む。そして、何故アスタは当たり前のように承る。見た目は小さくても、アユムと違って私はもう一人前だというのに。
「カミュ。私は子供じゃないんだけど」
そもそも、こんな場所でどんな危険があると言うのか。
「オクトさんもむくれないで。別にオクトさんの能力を心配しているわけじゃないから」
「じゃあ、どういうわけ?」
能力を心配していないなら、何でお願いしているんだ。意味が分らない。
「うーん。まあ、それは友達だから……かな?」
「何それ」
そして何故疑問形。カミュが私の事を友達と思っていないから……という事はたぶんないだろうけど。以前カミュの方から私の事を友達だと言ったわけだし。
「つまりオクトさんの事をよく知っているという意味。じゃあ、アユムの体に障りそうだから、外で待っているね」
やっぱり意味が分らない。
うーん。友達だから心配するという事が言いたいのだろうか。しかし王宮だったらスリとかの心配もないだろうし、何に気をつけたらいいのか。
ただこれ以上引き延ばすと、アユムの体に良くないというのも確かだ。なので、私は問い詰めるのをやめてカミュたちを見送った。
「それにしても、不思議な縁ですね」
「はあ」
クロたちが出て行った辺りで、カズはそう話しかけてきた。
「小さなころに離れ離れになり、別々の大地で暮らしていた2人が再会。ロマンチックだと思いませんか?」
「……どうでしょう」
「ただの偶然だろ」
もしかして、このヒト、名前の件知っている?
ダラダラっと冷や汗が流れるが、私はポーカーフェイスを通した。お守りの話は誰にもしていないので、黙っていれば大丈夫なはずだ。
「まあ、クロは精霊を引き寄せ、従える事ができる能力がありますし、貴方に精霊の血が流れているなら、そのおかげかもしれませんね」
「あ。やっぱり特殊な能力があるんですか?」
「クロは鈍いので、全く気が付いていませんが」
おおっ。なるほど、クロは主人公体質なのか。
実はすごいけど、その能力に気が付いていないとかありがちだ。にしても、精霊を従えるって……どの程度のものかは分からないが、意外に物騒な能力だと思わなくもない。一応精霊族は私たちとかなり体のつくりが違いそうだが、ファンタジー小説にありがちな不思議な生き物の枠組みではなく、ヒトの枠組みに入れる。
そのヒトの枠組みに入れるものを、引き寄せ従えるというのだ。……幼馴染のクロでなければ、できる事ならお近づきになりたくない能力な気がする。
「それにしても、偶然なのか、必然なのか。幼い時ほど魔力の暴走というものが多いですが、クロが近くにいたならそういう事も起こらなかったでしょうし。先ほど言ったように不思議な縁ですよね」
「えっ?そうなんですか?」
「先ほども言ったように、精霊を従える能力があるクロは、例え貴方が暴走しかけても貴方に精霊の血が流れる限り抑えられるんですよ。混ぜモノの数が圧倒的に少ないのは、生まれにくいというのもありますが、育ちにくさからもきています。まるで運命が貴方を生かそうとしているようで、悪運の強さに感心してしまいます」
おっと。クロにそんな能力があったとは。
だが言われてみると、クロのおかげで暴走しなかったのかなと思う出来事が思い浮かんだりもする。なるほど。従えるという言葉を使うととても物騒に思えるが、暴走を抑えるという言葉を使うと命の恩人になるから不思議なものだ。
昔クロに足を向けて眠れないと思った事があったが、その考えは間違いではないようだ。
「当たり前じゃ」
不意に甲高い子供の声が聞こえた。しかし、しゃべり方は若干子供のモノとは違う。
「お前を生かそうとしとるのは、運命でも何でもなく、わらわとお前の母。死なないのは必然じゃ」
……ご、合法ロリっ?!
顔を上げた先には……合法ロリのイメージをまんま絵に描いたかのような姿と口調の少女が、空に浮かんでいた。