45-1話 合理的な選択肢
……うーん。ゲームでいうところの、必須アイテム的な匂いがしてならない。
そんな事を思いながら私は携帯電話をいじくっていた。やはりというか、充電は災害用の手動で電力を発電させるもので、偶然混融湖に流れ着いたそうだ。
おかげで電池を気にせず中身の確認をしているのだが……何に自分が引っ掛かっているのかも分からず首をかしげる。
私がこの携帯電話を知っているということだけはたぶん間違いないのだけど……。
ただその知っているが、とても曖昧だ。この携帯電話の持ち主だったから知っているのか、この持ち主の知り合いだったから知っているのか、それともこの携帯電話と同じ機種を使っていたから知っているのか。
思い出せそうで思い出せず、のどに小骨が刺さった感じが、もやっとする。
唯一はっきりとしているのは、この携帯電話の持ち主はアユムの母親だということ。アユムの写真が待ち受け画面になっていたし、アユムがママのだと言ったのだから間違いないだろう。
そして調べていくうちに、さらに不思議なことが見つかった。実はアユムの写真の保存名が【歩夢】となっていたのだ。つまりあーちゃんとしか名乗れなかったアユムの本名は歩夢……。私が名付けたのと同じだ。
「となると、もしかして私の前世は、この携帯の持ち主、またはその知り合いの可能性が高い……か?」
とはいえ、『あーちゃん』と名乗っていたから、私も『あ』から始まる言葉で名前を考えていたりする。偶然の可能性は否定しきれない。
前世なんてどうでもいいと思ったのに、何でこんなに存在感をアピールしてくるのか。そもそも、アユムは一体どういう状況でここに流されたのか。母親の携帯電話も一緒にこの時間へ流れ着いているということは、母親と一緒に流された又は、母親の携帯電話を持っているときに流された。もしくはそれぞれ、別のタイミングで流されたけれど偶然似たような時間に流れ着いた――。
「あー、分からん」
考え出せばきりがない。
前世については、呪いの所為で話すことができないアユムに真相を聞くことはできない為、このもやもやを消すことは難しそうだ。
ただこの携帯電話の持ち主は、飛行機にのって旅行に行こうとしていた後にこの携帯電話を紛失、もしくは使えない状況になったというのは、メールの件を考えても正しいはず。
「……飛行機事故で、偶然異世界に飛ばされたとかありがち?」
なんだかSFやファンタジー小説でありがちなオチが頭に浮かぶ。
ただその推理だと、私の頭の中にある知識や、ママが持っていた日本の記憶がどうしてこの超未来で蘇ったかの仮説が立てられる。
何らかの形で混融湖により、この時間へ流された前世の私やママは、魔素耐性がないため、流れ着いた先で死んだのだ。そして一番新しい記憶として、超古代となっている前世を覚えたまま生まれたのだろう。
ただどうして、私の前世の記憶は中途半端な知識の部分だけなのかが、分からないけれど。そもそも前世の記憶があるという時点でファンタジーなのだから、それに対する明確な理由があるのかどうかも微妙なところだ。ママの手紙を頼りにするなら、その件はトキワさんが何らか知っていそうだけど……。
「オクト。そろそろ準備終わったか?」
「あ、うん。ごめん。今行く」
悶々と考えながらベッドに座って携帯電話を見つめていた私は、クロに声をかけられあわてて顔を上げた。ホンニ帝国の家の作りは基本扉がない作りで、いつもならドアがある部分は、暖簾のような布で仕切られている。ドアに慣れ親しんだ私は、どうにも頼りない気分で一晩過ごした。
一応クロも私が着替えているといけないと思ったのか、布越しに声をかけてきてはいるけれど、プライベートとかないに等しい。
そもそもノックができない生活は大変そうだと思ったが、よく考えれば日本のふすまだってノックなどできない仕組みだ。こう考えると、私はかなりアールべロ国に慣れ切ってしまっているのだろう。
幼少のころは旅芸人として過ごし、そこではテント暮らしだったにも関わらずだ。……ならばそれよりも昔の前世など、私との関係はとても希薄なものである。
「……まあいいか」
私が例えどこの誰であろうとも、何か変わるわけではない。そう思えば、考えるだけ無駄である。
過去を思い出したところでそのころへ戻れるわけでもない。私は今までの人生で後悔したこともあるし、やり直したいと思ったことだって何度かある。それでもアスタがいて、アユムがいて、カミュやライ、クロ、その他色んな大切だと思うヒトがいる今を否定などできない。
初めて携帯電話を手に入れた時は、まだ自分自身には何もなくて、とても不安で、すがるものがほしかった。でも今は携帯電話よりもずっと大切なものがいっぱいあって、そんな遠い過去よりも今の方が大切だ。
もしかしたら、私はアユムの母親だったのかもしれない。でもオクトである私は、アユムの母親ではないのだ。オクトにとってアユムは大切な存在であるということには変わりないし、それで別に何の問題もないはずだ。
そう思い、私は携帯電話の電源をOFFにした。
◇◆◇◆◇◆◇
時の精霊、トキワは、ホンニ帝国の王宮にいる。
トキワの居場所を知っているらしいクロに尋ねると、そう答えが返ってきた。そのためクロに頼んで王宮に向かうことになったのだが……。
「これはこれは。無駄に大所帯ですね~」
王宮に向かって歩いていると、そう声をかけられた。若干厭味のように聞こえたのはたぶん聞き間違えではない。
私はトキワさんに会えればいいだけなのに、私が行くということで、カミュが付いてきて、それにライがお供で付いてきた。さらにアスタは当たり前のようについてきて、そんな状態でアユムが一人で待っていられるわけもなく……、気がつけば全員で行くことになっていた。
普通に考えて王宮に突然押し掛けるだけでも、色々不味いのではと思うのに、こんなぞろぞろと向かったら不味いどころではない。クロは大丈夫だと言ったが……どうしても気が引けてしまう。
「そして、クロ。来る前に私に声をかけなさいと言いましたよね」
「ひたっ、ひたたたたたたっ!!」
ぐいっとカザルズに頬を引っ張られて、クロは叫んだ。
「ひたいっ!ひひれるっ!!ひひれるって!!」
「痛くしているんだから当然です。一体いつになったら、このお頭はちゃんと言葉を覚えるんですかねぇ~」
にこりと笑いながら、カザルズはクロの頬をつねりあげた。相変わらず、遠慮というものを微塵も感じさせない。
「それで、どなたです?クロと一緒に城へ行きたいなんて面倒なことを言い出したのは?」
「そ、それは。俺がっ!」
頬をつねっているカザルズの手を自力で引き剥がすと、クロはそう叫んだ。
「城に行きたがらないクロが、自ら友人を招待する?」
はんっとカザルズはクロの意見を鼻で笑うと、私たちを順に見ていった。
……あー、うん。このヒト、クロのことをすごい知りつくしてそうだなぁ。となれば、ここで嘘をついたところで何ともならないだろう。
それに私もクロに迷惑をかけたいわけではないのだ。なんなら、トキワさんに一度手紙を届けてもらうだけでもいい。そうすれば何かしら道が開けるはずだ。
「すみません」
私はそっと右手を挙げて自己申告をした。
「私がトキワさんにお会いしたいと、クロ……に、えっと、無理を言いました」
一瞬クロ様と呼ぶべきかと思ったが、よく考えたらカザルズもクロと呼び捨てにしている。たぶん大丈夫だろう。
「へえ。貴方が……。まあ、いいでしょう」
「へ?」
「別に来て悪いわけではないですし。後ろの怖いお兄さんとやりあうなんて、面倒なこと、私は嫌ですから」
「はあ?!だったら、何でそんなこと聞いたんだよ。駄目かと思うだろ」
さらりとOKを出すカザルズに、逆にクロが食ってかかった。OKが出たなら問題はないのだが、そう言いたくなる気持ちも分からなくはない。
「まあ、普通は駄目なんですけどね。でもこの方々なら問題ないでしょう」
「全然、意味がわかんねぇんだけどっ?!俺、もしかして、つねられ損?!」
「あれは、連絡しないクロへのしつけです。全く損ではないので、ご安心下さい。私が言っているのは、緑の大地出身で、さらにこの方々だからいいと言ってるのです」
「やっぱり、意味わかんねーっ!!」
クロはそう叫んだ。しかし私は緑の大地と言われた瞬間、ふとカザルズという名前を思い出した。
あっ。そういえばウイング魔法学校の卒業生に、そんな名前のヒト、いなかったっけ。確か、最短で卒業したとかなんとかという、優秀な方で……。ということは、もしかしたらカザルズは、カミュがアールベロ国の王子だと知っているのかもしれない。
他の大地同士は不干渉。
龍神が決めたもので、どこまで守られているものなのかは私には分からない。しかし少なくともカザルズがカミュを含めた私たちを無害だと判断したのは、間違いなくこの部分からだろう。
「それはクロが勉強をさぼっているからです。これでこの国の王子とは、嘆かわしい」
「だったら、いい加減俺を王子と呼ぶのは止めて、諦めろ」
「さあ、みなさん行きましょうか。お兄さんもあまり怖い顔しないで下さいね」
……お兄さん?
そういえば、さっきも後ろの怖いお兄さんが云々と言っていたような。私はそっと振り向いた。すると、にっこりと笑ったアスタと目が合う。
一応怖い顔はしていない。
「オクト、どうかした?」
「あー、うん。何でもない」
アスタって、お兄さんと呼ぶにはおこがましいレベルの年齢のような……。でもどう考えても、先に卒業したカザルズの方がカミュ達より年上だろうし、アスタしかいないよなぁ。そもそもこの方も、いくつなんだ?クロとさほど年齢が違うようには見えないけれど、魔族だから外見なんてあてにできない。そもそも女か男かすら分からないし……。
まあ、あれだ。雉も鳴かずば撃たれまいにだ。
私はそっと今思った事は心の奥にしまった。