4-2話
「何で?」
養女という恐ろしい話で、脳みそがフリーズした私からようやく出てきた言葉は疑問だった。何を企んでいるのかさっぱり読めない。
「ひどなぁ。こういう時は、『ありがとうございます。お父様』だろ?」
ゾワリと鳥肌が立った。
頼むからわざわざ裏声を出してまで娘役の声を出さないで欲しい。一瞬、キモイと面と向かって言ってしまいそうになったじゃないか。
「……どういう意味でしょうか?」
「オクトは頑固だねぇ。だから、家族なら敬語はなしだろ。ただし貴族にはそういうのも五月蠅い奴いるから、外ではソレな。俺も一応伯爵家の一員で、子爵の称号は持っているし、今後そういう場所に行く事もあるだろうしね」
伯爵って言った?で、自分自身は子爵?その子供が私?家族?は?
一体、こいつは何を話してるんだ。
「……宇宙人め」
「えっ、宇宙人って何?」
そうか。異界言語じゃ嫌味にもならないか。それどころか、いい情報ありがとうございますか。このやろう。
「この世界以外の生命体の事。それで、何故私がアスタの子供なん……です?」
「おっ。大分と砕けてきたね。でもそんなに理由が気になるのか。そうだなぁ。しいて言うなら、俺が面白いから?」
「……馬鹿?」
本音がぽろっと出てしまい、私は慌てて口をふさいだ。貴族相手に、馬鹿はない。
でもあまりに回答が馬鹿ばかしすぎたのだからしょうがない。面白そうなんて、そんな答えあってたまるか。これも彼なりの冗談に違いない。笑えないけど。
となれば考えられる理由は……私から情報を取り出して売りさばくなら、使用人よりも養子の方が効率がいいとか辺りだろうか。使用人なら情報に対していちいちお金が絡んでくるが、養子ならばそれはない。
でもホテルすらまともに使えないほど嫌われた混ぜモノを養子にするって、リスクの方が大き過ぎるようにも思う。もしも私がそれほど知識がなかったらどうするのか。もしかしてこの世界は養子縁組を組むのも解除するのも、使用人の解雇並みに簡単だったりするのだろうか。
「はいはい。思考の渦に入り込まない。まあ結局はそれが面白いと思った理由だけど。オクトは色々考える生きものみたいだからね。俺は頭使うやつが好きなんだよね。ちょうど結婚しろって言われてて、いろいろ五月蠅かったし、いいかなと思って」
「ば、馬鹿か?!そんな理由なら、今すぐ取り消せ」
私との養子縁組を結婚しない理由に使ったら、伯爵様であるコイツの父親に睨まれてしまう。跡取りにもならない混ぜモノ連れて行って『これ俺の娘★だから結婚しない』なんて言い出したら、普通に暗殺されるだろ。不本意な選択だったのに、何でそれが死亡ルート直結なんだ。ありえない。
私は敬語を使うのも忘れて怒鳴りつけた。
「何で。俺の勝手だろ」
「世の中、俺様だけで生きれるほど甘くない。私が跡取りになれるはずないから。私は混ぜモノだ。親の気持ち考えろ」
もしかしたら、こんな怒鳴りつけたら、使用人の話までパーかもしれない。それでも言わずにいられなかった。もうどうとでもなれだ。私はまだ死にたくない。
「混ぜモノには違いないね。あ、悪い。勘違いさせたかな。オクトが継がなくても、俺の息子が継ぐから、窮屈な思いはさせないよ。最低限のマナーは覚えてもらうけど」
……は?息子?
駄目だ。話が分からなくなってきた。結婚しろと言われているのに、息子がいると言うことは、再婚しろって言われているという事だろう。それで養子を迎えて、黙らせる?黙るはずがない。
「もう少し分かりやすく、最初から説明してもらえませんか?」
私は頭痛がしてきて、頭を抱えた。アスタの行動が意味が分からな過ぎる。
「だから伯爵は俺の息子が継ぐから問題ないんだよ。周りが再婚しろって五月蠅いけど、混ぜモノの親になりたがる酔狂な貴族は少ないからな。小さな混ぜモノの子供が居るって言えば、しばらくは見合いを断れるだろ」
……なんだこの、悪知恵。確かに理由を聞けば、言っている事は間違いない。私にまったく優しくないだけで。
「アスタはいいの?」
「俺はオクトが気に入ったから大丈夫」
利害の一致ってやつね。
そしてアスタはあまり人の目を気にしないのだろう。伯爵は息子に継がせるという事は、貴族の立場もどうでもいいのかもしれない。
「気に入ったのは、異界の知識?」
もうこうなれば、全てぶっちゃけてもらおう。これだけ混ぜモノが嫌われている事をいいように使っているのだ。性格が悪い事は良く分かった。今更取り繕われるより、私がすべきことをしっかり教えておいてもらいたい。
「ああ。それは、どっちでもいいよ。何か知っている事があって、気が向いたら教えて」
「はっ?!」
どっちでもいい?
取り繕っているわけではなさそうだから、余計にアスタの事が分からない。思考回路が無茶苦茶過ぎる。
「オクトは難しく考えすぎる傾向があるみたいだね。だからさっきから言っているように俺は、考える奴が好きなんだよ。異界屋の時の最後の質問。何で馬じゃなくて車を異界では利用するのかの答え。あれはオクトが考えたんだろ?」
確かにそうだ。あの世界には馬もいる。でも車が主流になった理由は、知らなかった。だから今持っている情報で推測をした。
私が頷くと、アスタは楽しげに笑う。
「オクトは頭も悪くなさそうだし、魔術師目指してもらいたいなと思ってるんだ」
話が見えません。
どうもアスタは色々話を飛ばす傾向にあるようだ。言葉が足りないと言うよりも、相手のペースに合わせる事を知らないように思える。もしくはその気がないか。
「何故?」
「嫌ならいいよ。でも勉強して、賢くなってね」
「いや。裏の意味なく、普通に疑問」
別に引き取ってもらったのだから、魔術師目指せというなら目指すし、親の言う事を聞くいい子でいるつもりだ。お父様と呼ぶかどうかは別として。
「今の魔術師は馬鹿が多いんだ。何にも考えずに、魔法をぶっぱなてばいいとか思っている奴が多くて、俺がつまらない。魔法は喧嘩に使うものじゃなくて、もっと頭を使って原理を解析して、大衆に知識を落としていくべきものだと思ってる。でもそのレベルで話せる奴がほとんどいないんだ」
馬鹿が多いって……あれは賢い人がとれる職業資格じゃなかっただろうか。一座の魔法使いは、やっぱり他の人よりも頭がよく、まわりを馬鹿にしている節があった。実際それぐらいの知識差があるのだ。でもそんな奴でも魔術師にはなれなかった。
「オクトなら勉強するうちに分かると思うよ。そして賢くなったら、俺の話相手して、研究を手伝う事。うん。それを引き取る条件にしようかな。職業は別に何でもいいよ。ただ魔術師になるだけだと、混ぜモノはその後の就職に苦労するから良く考えてね」
曖昧に私は頷いた。
彼の考えが分かるようになるという事は、私もああいう性悪な思考回路になると言う事だろうか。……それもどうなんだろう。
ただ知識に飢えているのは間違いないので、かなりありがたい申し出だと思う。それにアスタの言う通り、混ぜモノでも生きていけるように、ちゃんと今後を考えなければならないだろう。凄い資格であるはずの魔術師になったとしても就職に苦労するという事は普通の就職はほぼ絶望的ということだ。本来最低目標である自立が、最終目標並みにハードルが高いなんて……私は前世でそんなに悪い事をしたのだろうか。
今後を思うと、憂鬱になった。