44‐2話
「なんか、本当に何もない旅だったな」
「そう?」
ホンニ帝国へ到着し、船から下りた所で、ぼやくクロに私は首を傾げた。
思い返すが、何度か海賊に襲われそうになるという危険に常にさらされていたので、私的には十分スリリングな船旅だった気がする。一歩間違えば戦闘だし、さらに間違えればアスタによる海賊撲滅大作戦が行われてしまう所だった。
戦争反対とは言わないし、海賊船に乗った時点で諦めろという話かもしれないが、嫌なものは嫌だ。そういうのは、最弱な私やアユムがいない所でお願いします。
「だって、一度も海賊に襲われなかったんだぞ?普通こんなのってないって」
「いや、だって。襲われた時点で最悪の事態だし」
そんなの回避できるなら、するに決まっている。
「折角オクトの役に立って、いいところが見せられると思ったのにな」
「ここまで連れて来てくれただけで十分だから」
私は冗談めかして口をとがらせるクロに苦笑した。
私の様な存在を乗せてくれる船など普通はない。ホンニ帝国にこれただけでも、結構奇跡に近いと私は思っている。
「オクトっ!」
「アスタ、苦しい」
後ろからアスタに突然抱きしめられて、私はバシバシと腕を叩いた。まったく。体格差というものを考えて欲しい。私が腕を叩いたので少しだけ力を緩めてくれたが、アスタは相変わらずくっついたままだ。
アユムだって最近は私から離れて、カミュ達とも遊ぶようになったというのに。
いい加減、この癖を直してもらいたいものだ。一生懸命アスタに認められようと頑張っているが、やっぱりアスタは私を子供の様に扱う。こんちくしょう。
「それで、今後の予定だけど。私的には時の精霊のトキワさんに会えるならどういう形でもいいけど。……えっと、クロ?」
「あ、……ああ。えっと。予定、予定だったな。できたら俺の育ての親の爺さんに先に会ってもらいたいんだけど。それでもいいか」
クロは何故か私を見てぼおっとしていたが、大丈夫だろうか。
まあクロにとっても久々の長旅だっただろうし、少し疲れているのかもしれない。
「何でお前の育ての親に、オクトが会わないといけないんだ?」
「アスタ、我儘言わない」
アスタは仕事を休んでホンニ帝国に来ているので、早く帰りたいのだろう。でもそれをクロに文句言うのはお門違いだ。クロは善意でここまで連れて来てくれたのであり、本来ならトキワさんに会う所まで付き合って貰うのは申し訳ないぐらいである。
親しい中にも礼儀あり。こちらの要望ばかり押し付けてはクロが可哀想だ。
「クロ、ごめん。アスタはその……ちょっと、子供っぽい所があるから」
「いや、オクトが謝らなくてもいいというか、むしろ何で他人のオクトが謝るんだというか……。まあいいや。爺さんに会って欲しいのは、ケイタイデンワが動くようになったから連れてこいってしつこく手紙を送ってくるからなんだよ」
「えっ。動いたの?」
「ああ。ただ、遠くの相手とは、どうやって話をすればいいのか分からないんだってさ。だから使い方が分かるなら教えてやって欲しいんだけど」
あー、流石にここには携帯の電波がないだろうし、使うのは難しい。
それは壊れたというか、それ以前の問題である。その辺りの問題は、私には何ともできないが、折角だから分かる範囲で使い方を説明してみよう。それにしても動いたという事がすでにびっくりだ。
アールベロ国には電気というモノが存在していないが、もしかしたらホンニ帝国には存在するのだろうか。でも電圧の問題もあるだろうしなぁ。
となると、携帯を充電させる道具が混融湖に流れ着いたのかもしれない。普通は一度水没した携帯電話は使えないと言われるので、動いたというのは本当に運が良かったのだろう。
「クロ」
話をしていると、ふとクロの名前が呼ばれた。
あまり聞き覚えのない声に、私は首をかしげつつ声がした方を見る。するとそこにはいかにも魔法使いですと言わんばかりの黒づくめの恰好をしたヒトがいた。
身長は女性にしては高く、男性にしては低めで、声の高さもアルト声。前髪が長く右目が隠されているが、左目は赤かった。耳も若干尖っているし、魔族で間違いないだろうけれど。
髪の毛が長く一つで括られている為に男か女かの判断が難しい。だがそもそも、こんな人物は海賊船にいなかったはずだ。となれば、ホンニ帝国でのクロの知り合いなのだろうか。
「げっ。カズ――」
ドスッ。
魔族は綺麗な顔でにこりと笑いながら近づいてきたかと思うと、魔道具と思われる杖でいきなりクロを殴った。
……えっ?ええっ?
いきなりの攻撃にクロは反射しきれずに、頭を押さえて呻く。
「私は帰ってくる時はかならず連絡を入れなさいと教えましたよね」
どうやら知り合いには間違いないらしい。
でも魔道具の使い方が間違っている上に、出会いがしらのあいさつも殴り倒しとか普通じゃない。それともホンニ帝国ではこれが普通なのだろうか。
だとしたら、なんて物騒な国だろう。
「いってぇ。……着いたら連絡するつもりだったんだよ」
「着いたらじゃ意味がないでしょうに。貴方の育ての親からの連絡がなければ、私もここに来ることができなかったんですよ」
「……来るから連絡しなかったんだよ」
ぼそっとクロが独り言を呟いたが、あまり小さな声ではなかったので、思いっきり私の耳に内容が聞こえた。
そして私に聞こえたのならば、間違いなくこの目の前の魔族の方にも聞こえただろう。
「へぇ。クロはマゾだったんですね。知りませんでした」
そう言うと、爽やかな笑顔で、杖の先を思いっきりクロの足にぶつけた。鈍い音に続いてクロが悲鳴を上げ、蹲る。今の一撃は、間違いなく弁慶の泣き所だ。これは痛い。
「ああ。マゾなんて性癖を持ち合わせた方が自分たちの暮らしを決めていると知ったら、民衆は大いに嘆くでしょうね。そして私も泣きたい気持ちでいっぱいです。でも安心して下さい。私が貴方を正しい方向に――」
「導かれて堪るかっ!畜生。カズがドSなだけだろうが。俺はサンドバックじゃねぇ!」
そう言ってクロは叫ぶと立ち上がった。
怒ってはいるみたいだが、何だか生き生きしている。
仲がいいのかどうかは別として、知り合いには違いない様だ。一体どういった知り合いなのだろうか?
「えっと……クロ?」
「すみません。申し遅れました。私はクロに魔術師として仕えている、カザルズと申します。貴方が、クロの幼馴染のオクト嬢ですね」
「はぁ。……えっ?仕える?」
全く仕える様な態度には見えないんですけど。いや、いや。ツッこむのはそこじゃなくて、クロって海賊だよね。なんでこのヒト、海賊に仕えてるの?
「何ですか。折角幼馴染の女の子と、運命の再会ができたとか言っていたのに、まだ伝えてなかったんですか。本当に、ヘタレですね」
「五月蠅いっ!大体、あんなの無効だ。俺は認めてないっての」
一体何の話をしているのだろう。
無効だの、認めてないだの、さっぱり話が見えない。
「貴方が認めなくても国が認めています。実はクロはこの国の王子様なんですよ」
「は?」
王子様?
えっ?クロが?
突然のカミングアウトに私は上手く反応できない。海賊船で働いているクロが、カミュと同じ?えっ?どういう事?
「違うから。ったく。勝手に言うなよ。……実はホンニ帝国の王様の子供は姫様しかいないから、以前くじ引きで王子を選んだんだよ」
「はい?」
くじ引きで選んだ?
さらに意味が分からなくなってきた。この国、一体どうなっているんだろう。アールベロ国では考えられない話だ。
「もちろんくじ引きだけじゃありませんよ。知力の優れたモノ、体力の優れたモノと一緒に時の運の優れたモノを集めて、そこでさらに争っていただき決めたわけですから」
「それは斬新だね。選ばれた若者は貴族なのかい?」
「知力と体力の優れたモノはそうですね。王族と近い家系のモノから選ばれました。ただ時の運のみは、この国の国民全ての中から選びました。くじ引きで」
アスタはおもしろげに話に加わったが、私はキョトンとするのみだ。
だって普通に考えてオカシな話じゃないだろうか。王様になるのはその血筋が大切で、アールベロ国だって現王様の子供が最優先で次期王様となり、続いて王様の兄弟が王位継承権を持つはずだ。社会は苦手だが、これぐらいは覚えている。
ホンニ帝国では血筋は関係ないのだろうか。かといって、くじ引きで次期王様選びなんて、民主主義ともまた違う。
「だから俺は辞退するって言っただろうが。それなのに勝手に王子扱いしやがって。オクト、真に受けなくていいから」
クロはそう言うが、実際のところどうなのだろう。
明らかにカザルズはノリノリだ。……あまり敬っている様にはみえないけれど。
「今回のくじ引きは国民の義務です。辞退なんて制度あるわけないでしょう」
「そんな人権を無視した話が通って堪るかっ!」
クロの様子を見る限り、当たりを引いて運が良かったねという気分にはなれない。むしろその反対ではないかと思えてしまう。
でもクロは結構頭もいいし、どんな事でも軽々とやってのけてしまうだけの能力もあるので、実際に王様の勉強をしたらいい線を行くかもしれない。
それに私も前からクロは旅芸人や海賊では勿体ない能力の持ち主だと思っていたし。幼馴染という欲目があったとしても、クロは小さいころから神童だったと思う。
その時、ふとずっと忘れていた、クロの名前にまつわる話を思い出した。クロの本名はクロード。その名前が書かれた紙を私はお守り袋に入れて今も持っている。
たしかこの紙を貰う時、名前は決してヒト前で言ってはいけないとアルファさんが言っていた事をクロから教えてもらった。今回クロが実は特別なヒトだったと分かった事で、この意味深な話を連動して思いだす。
「それに俺は、元々旅芸人の生まれだって言ってるだろうがっ!あんなの、無効だ!」
「何言っているんです。あのくじは、両親がこの国のヒトであり、かつ幸運な持ち主しか引けないといっているでしょう。諦めなさい」
……おや?
どうしてくじでこの国のヒトかどうかが分かるのだろう。
アールベロ国ほどではないにしろ、この国だって他国との交流があるはずだし、片親のどちらかが別の国のヒトという事だってありえる。
たまたまこの国のヒトだけ特別な遺伝配列や魔力があるという事だろうか?いやいや、そんな話は聞いた事がない。でもそういえば、世の中には特殊な魔力形成をするヒトがいると聞いた事がある。種族とかではなく、本当に血の繋がった親族のみという小さな枠組みの中で起こった突然変異だ。
同じ国のヒトかどうかは分からなくても、そういう家系ならば、親族かどうかは分かる。
……えっと、まさか。
ギャーギャーとクロが俺は父親なんて知らないと騒いでいるが。……まさか。クロのお父さんって、この国の王様、またはその王様の親類だったりして。
今思えば、妙にホンニ帝国の内部事情に詳しかったクロのお母さん。
そしてただの庶民だったらこれだけ嫌がれば別のヒトを選んでもいいだろうに、クロにこだわっているようにしか見えないカザルズ。
何だか気がついてはいけない事に気がついてしまった様な気分になり、ドキドキしてしまう。
「何でもいいですが、さっさと王都に行きますよ。それから、王都に行きたいヒトを集めて下さい。私が転移魔法で全員お送りしますので」
「えっ、マジで?送ってくれるの?」
「何のために私が来たと思うのです。姫様達が首を長くして待っているからに決まっているでしょう。ここから馬車で行けば最低でも5日はかかりますからね。この国で転移魔法が使えるのは私だけですので」
そう言って、やれやれとばかりにカザルズは肩をすくめた。
「おお。流石、カズ。頼りになる!」
ころっとクロはさっきまでのやりとりを忘れたかのように、機嫌良くカザルスの背中を叩いた。
「調子のいい事で。何でもいいですから、早くして下さいね。少なくとも明日には城へ一度来ていただきますから」
「オクト、カミュ達を呼んでこようぜ」
「あ、うん」
クロの正体がはっきりしないので、なんだかもやもやするが、クロは気にしていないようだし、ならばどうだっていい話なのかもしれない。クロが誰の子でも、クロである事には変わりないのだ。
まさに真実が正しいとは限らないのいい例だろう。きっとクロにとっての母親はアルファさんで、育ての親は機械屋のおじいさんで、それだけで十分なのだ。
そう思い、私は先ほど思いついた仮説を頭の奥にそっとしまった。