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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
127/144

43‐3話

 アユムに案内してもらい、私はカミュとライがいる部屋までやってきた。

 のんびりと椅子に座り雑談している2人の前まで行くと、私は腰に手をやり睨みつける。

「カミュ。アユムに何を吹きこんだ?」

 そして開口一番、そう問いただした。

「何って、僕は別に大したことは言っていないよ。ね、アユム」

「ねー」

 仲がよろしいようで。

 アユムが元気になったのは良いことだし、カミュと仲良くなるのも構わない。でも……。

「……アユムがボクっ子になってるんだけど」

 今のままで十分アユムは可愛いので、ボクっ子属性はいらないです。


 森の中で暮らしているので、どうしてもアユムにフワフワな女の子らしい服を着せて上げられない。しかし彼女はまごうことなく女の子。しかも以前、ドレスを着た時にすごく喜んでいたので、女の子の恰好が好きなのも間違いない。なのでそんな頑張ってボーイッシュ路線に走らなくてもいい。

「ほら。オクトさんに置いてかれてアユムが泣いていたからね。僕みたいに頼りにされるようになれば置いてかれないよと教えてあげたんだよ」

「ボク、カミュみたいになるの!」

 確かにカミュは国家権力を持っているし、頭もいいので、よく頼ってしまう。今回の事も私が相談したのはカミュで、海賊以外で一緒についてきてもらったのはカミュとライのみだ。ただしライは、カミュの護衛だからおまけのようなもので、実質的に言えばカミュだけである。

 ……でも、よりによってアユムの目指す相手がカミュ。

 頭はいいし、礼儀正しいし、上っ面だけ考えれば全く問題ない。しかし付き合いの長い私は、腹黒、ドS、よくヒトの事を勝手に利用してくれちゃったりするちゃっかり王子様ということも知っている。カミュはただ優しいだけではない、ひねくれた性格の持ち主だ。そんなカミュを見習うというのは、アユムの教育上いかがなものなのだろう。


「でもさ。アユムが男の子みたいにみえた方が安全だし、いいんじゃないか?」

「そりゃまあ」

 ライに言われて私はしぶしぶ頷いた。

 女の子は人買いに攫われやすい。特にアユムの場合は、売れ行きがいい人族だ。私のように魔法で撃退できるわけでもないので、極力危険を避けるには男の子のフリをするのが一番である。知らない国に行くのならなおさらだ。 

「それにオクトさんが厨房に行っている間は、アユムは僕を見習って一緒に勉強をするみたいだよ。そう考えれば一人称なんて些細なことだだと思わない?」

 うーん。うぅぅぅぅぅん。

 確かに、間違いはない。一緒に厨房に行けないわけだから、カミュがアユムの面倒を見てくれるのはとてもありがたい話だ。しかしこれでいいのだろうか。それに問題点は一人称だけではないような……。

 

「オークートッ!!」

「ッ?!」

 突然背後から抱きしめられて、私は心臓が口から飛び出るかと思った。

 続いて頭の中に、ひぃぃぃぃっと引きつった叫び声が木霊する。ただし現実に叫び声をあげたら厄介な事になる可能性が高いので、私は石像の様にかたまっているだけだ。

 危険な時こそ、冷静な対応が大切である。

「あ、アスタ?えっと……何?」

「オクトを補充中。少し待って」

 まったくもって意味が分かりません。

 補充って何?いつからお前は不思議ちゃんキャラになったんだと言いたい。しかしアスタにがっしりと抱きかかえられると、悲鳴を上げてぶっ倒れないようにするだけで精一杯になってしまう。

 精神状態はギリギリでツッコミすらいれられない。


 今までファザコンだと思っていた私の感情は厄介で、私の行動を制限し冷静さを失わせよとする。早く何とかしなければと思うが、少女マンガ特有の安直な結論に走れば、もっと苦しい事になるのも分かっている。 

 それだけは絶対駄目だ。今の私にそんな資格はない。

 とにかく最低でも時の精霊に会ってひと段落するまでは、うふふ、あははなお花畑の様なピンク思考になるわけにはいかなかった。いや、ひと段落してからでも、そんな自分嫌だけど。


 それに私には、もう一つ決着をつけなければいけない事がある。

 私は今まで避けていた、心臓に悪いけれど解決しなければならない事を思い浮かべて気持ちを落ち着かせようと試みた。こっちの内容は、私のピンク色になりそうな脳みそを一気に真っ暗どん底に突き落としてくれそうなものだ。そろそろ逃げるわけにもいかないし、冷静になるにはちょうどいい。

 スーハ―と深呼吸をする。

 幸いここにはカミュやライ、それにアユムがいる。もしも私では何ともできない、大変な事になったらきっと彼らが助けてくれるはずだ。……なんか、ヒトに頼るしかない自分が情けないけれど、私だって命が惜しい。特にアスタの機嫌に関わりそうな話は、慎重にならなければ。


「あ、あのさ。アスタ」

「ん?何だい?」

 アスタも私の真剣な声に気がついたようで、抱きついていた腕を放してくれた。

 私はもう一度深呼吸をし、意を決して振り向くと、アスタをまっすぐに見上げる。


「えっと、アスタ。海賊船まで、どうやってきた?」

 アユムの件があって中々聞けなかったが、アスタとアユムが、どうしてこの海賊船の上にこれたのかが、私の中でずっと引っかかっていた。

 船は海の上で、しかも移動し続けているので転移魔法をする時に位置の特定が難しい。

 それなのに私がいる場所に彼らは転移してきたのだ。

「もちろん転移魔法だよ」

「えっと、それは分かるけど……」

 というか転移魔法しかありえない現れ方だった。でも転移魔法だけでは説明できない部分がある。

 ただしこんな風にアスタが私の居場所に的確にやってくるのを、私は何度か体験したことがあった。ただしそれは、アスタが記憶を失う前の話。まだ私が学生であったころのことだ。


「じゃあ、逆に聞くけど、どうやったと思う?」

「たぶん……追跡魔法を使ったのだと思うけど」

 あの頃は心配性なアスタが、追跡魔法で、いつでも私の居場所を把握していたからできた事。

 今回アスタがこれほど的確にここにこれたのは、まず間違いなくその魔法が関係しているに違いない。ただこの魔法をいつの間に私にかけたのか。

 考えられるのは2つ。


 1つは、再会してから今日までに魔法をかけたという方法。

 もう1つは、……実はアスタは記憶が戻っており、以前の追跡魔法を使っているという方法。

 良く考えると、私はアスタに追跡魔法を解いてもらった記憶がない。卒業したら解くという約束だったが、その時すでにアスタの記憶はなかったのだ。

 前者も空恐ろしいものを感じるが、後者は命の危機が待っている。もしも記憶が戻っている場合、私はアスタを見捨てたわけではないという事をきっちり説明しなければいけないだろう。


 でもどんな理由があっても、追跡魔法は流石に犯罪です。

 あの時は親子だから許されたが、今はただの他人。それってストーカー……いやいや。この世界にそういう犯罪はまだないけれど。

 とはいえ、イケメンだから何でも許されると思うなという話しである。そんな事しているから、私とアスタの仲を貴族のお嬢様方に疑われて、嫁候補が全然寄りついて来ないのだ。頼むから、そんな残念イケメンにならないで下さい。


「んー。内緒」

「へっ?」

「もしも追跡魔法だったらどうするわけ?」

 どうって……。

「……私に対してなら、外して欲しい」

「それは嫌。はい、結論でたよね」

 いやいやいや。

 まったくもって、結論でてませんよ。強引な終わり方に絶句する。

「えっ、えっ?」

「だって追跡魔法を使っているとしても、俺は解除する気はないし、オクトの事は逃がしてあげないと言ったよね。それとも何?他に知りたい事があるわけ?」


 にっこり笑って横暴な事を言う魔王様に私は何と切り返していいか分からず、言葉に詰まる。本当に聞きたいのは、以前の記憶があるかないかだが、まさかこんな話になるとは思わなかった。

「というわけで、オクトは素直に俺に愛されなさい」

 ひぃぃぃぃっ?!

 再び抱きしめられて、私は気を失いそうになる。何で、どうしてこうなった。素直に愛されて、たまるかぁと思うが、思考が混乱して上手く抵抗できない。

 折角勇気を振り絞って切り出したのに。

 

 どぉぉぉぉん。


 腹の底に響くような、重たい音と振動がして、私の混乱した思考は一時中断された。何が起こったか分からず身構える。

「きゃあっ!」

 揺れにびっくりしたアユムが私にしがみつく。

「な、何?」

「うーん。これは、何処かの船とやりあう事になっちゃたかな」

 のんびりとした口調でカミュが言ったが、全然内容がのんびりしたものに感じない。

「まだ沖にでて間もないのに、早かったな」

「えっ?何?」

 早いって何?やりあうって何?

 状況が読めずに私はカミュとライの顔を交互に見た。そうしている間も、どおぉぉんっとまるで太鼓でも打ち鳴らしたような大きな音が鳴り、船が揺れる。


「つまり他の海賊が、この船の水や食料とか色々な物資を狙って攻撃をしてきているんだよ」

「同じ海賊なのに?」

「海賊という名前だけど、決して同じモノじゃないからな。足りなくなったら他の船から調達するに決まっているだろ。全面降伏したら、命は奪わないっていう暗黙のルールはあるけどな」

 ……なんという弱肉強食。

 でも確かに、海賊は海の賊。それぐらいは当たり前なのかもしれない。


「くそっ。俺の癒しの時間を邪魔しやがって」

 アスタは低い声を出すと、忌々しげに舌打ちした。その姿はどうみても正義の味方ではなく、悪人だ。

「ちょっと絞めてくる」

「えっ?絞めるって」

 アスタの手が離れホッとするが、同時にアスタの不機嫌な様子にビクっとする。

 まさかと思いますが、敵対している船を沈めてくるわけじゃないですよね。降伏したら命までは奪わない精神を見事に壊してくれそうなアスタの様子に慌てる。

「俺の癒しの時間をあいつ等は邪魔したんだぞ?海の藻屑になるのは当たり前だろ?」

「いやいや。したんだぞとかじゃなくて。もっと穏便に――」

 何がどう当たり前なんだ。

 確かにもしもこの船の上でドンパチやられたら、アユムが危険にさらされるので迷惑だ。しかしアスタに船ごと海の藻屑に変えられても仕方がないと思えるほどは恨んでいない。穏便に済ませれそうなら、積極的にそうした方がいいはずだ。


「大人しく、待っていて。すぐ戻るから」

 戻るからじゃないってば。

 しかし私がその言葉を伝える前に、ふっと頭の上にアスタの顔が降りてきた。

 そして――チュッという軽い音がする。

「じゃあ行ってくる」 

 そう言って、アスタは足取り軽く、部屋から出ていった。


 残された私は、茫然とそれを見送くる。

 そして。

 ……。

 …………。

「………………にぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 数秒置いて、力いっぱい叫び声を上げた。 


 い、今の何?えっ?ちょ、どういうっ?

 やっぱり、今のは髪の毛にキスを落とされ――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ?!

 今のアスタの行動を理解しようとする度に、脳内では嵐が吹き荒れる。心臓が凄いスピードで早鐘を打ち、頭がくらくらしてきた。

 私は敵の船を沈める為に部屋から出ていったアスタを一刻も早く追いかけて、暴走を止めなければいけない。しかしそんな考えも事も吹っ飛ぶぐらいの衝撃だった。


「オクトさん、落ち着いて」

「ここここここっ、これが落ちついてっ?!」

 無理。無理。無理。色々、無理。

 アールベロ国のヒトは、子供に対してキスをしたりもするが、私はもうアスタの娘じゃない。だからそんな事を本来されるはずもなくて。でも実際されて、本当はおかしいはずなのに、私の気持ちは気持ち悪いとかそういう感情ではなくて――あああああああっ?!


「オクトさん、一時的だけど楽にして上げようか?」

「へ?」

「おい、カミュ。何を言って――」

 頭の中も心の中もごちゃごちゃで大混乱中の私に、カミュはにっこりと笑って話しかけてきた。

 楽に?

 えっ?なれるの?どうやって?

「僕としても、このままアリス夫人の思惑のまま事が運ぶのも面白くないし。今の状況は色々フェアじゃないと思うんだよね」

 カミュが何を言っているのか理解できない。

 それでも楽にしてくれるという言葉が私を少しだけ冷静にさせる。一時的でも何でもいいから、何とかしなければ。そうでないと、私はとんでもない事実を認める事になってしまいそうだ――。


「一時的なものになるかどうかは、オクトさん次第だけどね」

 そう言いながら、カミュは新しい考え方を私に伝えた。

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