43‐1話 問題多発な異国道中
「ホンニ帝国に行く事は良いけど、どこら辺に行きたいんだ?」
えっ……。あっ、そうか。
クロに質問をされ、私もハッと気がついた。
ホンニ帝国に行けば全ては解決すると思っていたが、ホンニ帝国というのは村の名前ではなく国の名前。つまりは、アールベロ国と同じで、限りなく広いという事だ。
そんな広い場所で、たった1人の精霊を探し出すって……もしかしなくても、結構無謀とか?
ママ、情報がかなり大雑把ですよぉぉっ!
そう叫びたいが、ママはすでに鬼籍のヒト。それに今までは、ホンニ帝国に時の精霊がいる事すら分からなかったのだ。
うん。ちゃんと前進している。きっと大丈夫。落ち付け私。
それにホンニ帝国に行けば、アールベロ国にいるよりは情報も手に入りやすいだろう。
ただ問題点は、ホンニ帝国にどれぐらい滞在できるかと、滞在の間どうやって生活するかである。混ぜモノの私ではホンニ帝国でも、宿に泊まれないだろうし……。やっぱり、無理ゲーじゃという言葉が頭の中をめぐる。
「どこと言うか、会いたいヒトがいて……」
「会いたいヒト?ホンニ帝国に知り合いがいるのか?」
知り合い?
どうだろう。私に痣をつけているという事は、間違いなく一度は会っているだろう。しかし私の記憶にはこれっぽっちも残っていないので、初対面と変わりない。
とりあえず姿は合法ロリ、性格が悪い、名前はトキワという事だけは判明しているが……はっきり言ってそれしか分からない。というか特徴が合法ロリって……。例えば目の色とか髪の色とか、背が低いとか色々言いようがあっただろうに。どうして皆、そんな口にしづらい単語しか残してくれなかったのか。
「私というか、ママの知り合いで。えっとトキワさんっていう、時の精霊なんだけど……。実はホンニ帝国にいることしか分からなくて」
とはいえ、ホンニ帝国で1人1人にトキワさんという名前の時の精霊を知りませんかと聞いてまわるわけにはいかない。どう考えてもそんな探し方は無謀というものだ。
本当にどうやって探したらいいのか。
時の精霊なら混融湖に面した場所にいそうな気がするが、その範囲がどれぐらいのものかも分からない。湖という名前は付いているが、ドルン国で見た限り、対岸が見えないほどの大きさなのだ。そんな大雑把な探し方で大丈夫だろうか。アールベロ国でならまずは図書館で文献をさがすが、ホンニ帝国にそういう場所があるとも限らないし。そもそも混ぜモノである私が利用できるかも疑問だ。
探偵みたいな職業のヒトがいればお願いするが、そういう職業があるかどうかも分からない。それにもしも探偵がいたとしても、まったく手掛かりのない1人を探すのは難しそうだ。
懸賞金をかけるという方法をとるとしても、ホンニ帝国ではどうやったらいいんだろう。ネットとかそういったモノがあるわけでもないし。
マズイ。
無策にもほどがある。もしも、このままホンニ帝国に行ったとしても、会える気がしない。
頭のいいカミュに相談しようにも、カミュもホンニ帝国には行った事がないだろうし。……かといって、クロに一緒に探してと頼むなんて図々しい事は言えない。
すでにホンニ帝国に連れていってなんて無茶なお願いをしてしまっているのだ。これ以上は流石に無理だ。例え言ったとしてもクロを困らせてしまうだけだろう。
あああ。どうしよう。
ええっと、例えば、混融湖に行ったらとりあえず、誰でもいいから時の精霊を探してみるとか?そして、低位の時の精霊にお願いして、トキワさんがいる場所を探してもらう――でもその場合、契約しないと駄目かな。
うーん。流石にこれ以上契約を増やしたら死ぬよなぁ。トキワさんに会う前にお陀仏しては、本末転倒だ。
そもそもそんな無茶な計画立てている事がバレたら、ホンニ帝国に行く事自体がカミュの権力で揉みつぶされる気がする。
「トキワに会うんだったら、王都だな。というわけで。船長、ホンニ帝国行きませんか?俺もそろそろ一度戻らないとだし」
「そうだな。結構この国に滞在して長いし、俺は別にいいぞ。ただ、ロキの意見も聞いておけよ」
「分かってますよ」
あーでもない、こーでもないと考えていると、目の前でとんとん拍子で、ホンニ帝国に行く計画が練られ、決定した。
えっ?ええっ?
「クロ。トキワさんを知っているの?」
「あー、まあ。一応な。俺はできればあまり、トキワが居る場所に近づきたくないけど、でもオクトは会いたいんだろ?」
もしかして、トキワさんって、結構有名人?
しかしクロが近づきたくないって、どういう事だろう。もしかして、トキワさんっておっかないヒトなのだろうか?ロリで性格悪くておっかない……わけが分からない人物像が出来上がり、私は首を振った。
推測でものを考えるのは止めておこう。
「もしもクロが行きたくないなら、場所さえ教えて貰えば、私1人でも――」
「ああ。大丈夫。それに俺がいた方が、トキワに会いやすいだろうし」
「でも……」
クロにそこまで迷惑かけるわけにはいかない。
しかし私の言葉を遮るかのように、クロは私の頭をポンポンと叩いた。
「心配するなって。俺はオクトのお兄ちゃんだから、遠慮しなくていいんだよ」
「……お兄ちゃん?」
「そ。だから、水臭い事は言いっこなし。俺に任せなさいっ!」
クロは自分の胸をばしっと叩いた。
「それにさ。俺の育ての親も、オクトを紹介しろってうるさくてさ」
そう言って何処か照れ臭そうにクロは笑った。
その笑顔が小さな時のクロと重なる。……ああ。そうか。成長して姿は変わったけど、クロはクロなのか。
ずっと会っていなかったから、もう前とは違うと思っていたけれど、そうではなくて。ちゃんと時間は繋がっていて――。
あの時……、私がクロを選べなかった時、縁は切れたと思っていたのに。見えなくても、決して過去がなくなったわけではない。
ああ。なんて私は幸せモノなのだろう。
「ありがとう」
泣きたいようなそんな気持ちを抑え、私はクロに小さな声で囁いた。
◆◇◆◇◆◇
「オクトさん、いい天気だね」
カミュの言葉に私は頷いた。
青空の下で、さわやかな風が船を動かす。
私は先ほど海賊船でアールベロ国からホンニ帝国に向かって旅立った。まだ旅立って間もないが、今のところとても順調である。
王子様であるカミュが、一緒に乗船している事以外は。
「カミュ、よかったの?」
デッキの上で徐々に遠ざかる陸を眺めながら、私は何度かした質問をもう一度する。
今回ホンニ帝国へ行くのを相談したところ、カミュが一緒に行くと言って譲らなかったのだ。カミュにも色々仕事があるだろうに。
今ならまだ転移魔法で帰る事も可能だろう。
「いいよ。こんなタイミングじゃなければ、他の大地なんて行けないだろうし。この件は、兄上も了承しているしね。それにオクトさんを1人で行かせるのはちょっと……」
「悪いけど。私はこう見えて、もう18歳だから」
いつまでヒトを子供扱いする気だ。
私はいつまでも過保護に扱うカミュをギロリと睨みつけた。
確かに日本だったらまだ未成年。しかしそれでも大学生ぐらいの年齢。過保護に子供を育てるあの国ですら、そろそろ独立し始める。
しかも私の場合すでに学校を卒業して、働いているわけで。そんなに心配しなくても大丈夫だ。
「大人だから余計にだよ」
「はあ?」
何で大人だと余計に過保護になるんだろう?意味が分からない。
「お前1人だと帰るのが面倒とか言いだして、帰ってこない可能性があるからだろうが」
そう言って、カミュの護衛で今回の旅に付いてきたライが、コツリと私の頭を叩いた。
「……そこまでものぐさじゃない」
たぶん。
確かに私の性格を考えると、ホンニ帝国で住んでいけそうなら、そのまま往復するのが面倒で住んでしまう可能性は……ないとも言い切れない。
でも今回はちゃんと帰る気だ。
「それに、いくらなんでも、アユムをヘキサ兄の家に預けたままにはできないから」
ホンニ帝国の治安がどれぐらいいいのかも分からないので、私は事前にアユムの事をヘキサ兄とアリス先輩にお願いしてきたのだ。だから帰らないという選択はない。
とはいえ、まだアユムはアスタと一緒に私の家にいるころだろう。
私がホンニ帝国に行く事を知ったら、高確率で付いていくと言いかねないと思い、今回の旅行は2人に内緒にしてきたのだ。内緒で旅支度をするのは、結構骨が折れたが、たぶん気がついていないはず。
朝食を食べるころには、アスタは手紙を読み状況を理解するだろうし、アユムもペルーラが伯爵邸に連れていってくれる予定だ。
「でも僕こそオクトさんに本当にこれでよかったのか聞きたいぐらいだよ」
「何で?」
「お前、何でって。帰って来た時、師匠の事どうする気だよ」
ライのいう師匠は、アスタの事だろう。でもどうすると言われてもなぁ。
とりあえず冷却期間を置けば、おかしな事になっている私からアスタへの気持ちも、ひとまず落ち着くだろう。そうすれば今まで通りに戻れるはずだ。
もしくは帰った時に、すでにアスタが私に飽きている可能性もある。その場合、そのまま離れて暮らす事になるだろう。……それはそれで、ありだ。
「アスタの出方次第になると思う」
「……国に戻ったら全力で逃げる事をお勧めしておくよ」
軽く考えている私に反して、カミュはとても深刻そうな顔をした。
「何で?」
頭のいいカミュに、そういう顔をされると不安になるんですけど。……えっ?私、また何か見落としている?だって普通近くにいなければ、次第に忘れるものじゃ……。
そう思うが、さっきまではなかった、言い知れない不安に襲われる。
「オクトさん。アスタリスク魔術師は魔族――」
『オグドォォォッ!』
突然泣き声の様なかすれた声で、名前を呼ばれて私はドキリとした。
続いて聞こえる足音の方へ体を向けた瞬間、何かがお腹のあたりにぶつかり尻餅をつく。そして何が起こったか分からないまま、力いっぱいしがみつかれた。
「えっ?……アユム?」
しがみついているヒトを見た瞬間、私は驚きで目を見開く。
どうして私の家にいるはずのアユムがここに?
『オグドォォォ。いっちゃ、やだああああぁぁぁっ!!』
しかし質問をする間もなく、アユムは叫ぶような泣き方で、今までにないほどの声を出した。顔を真っ赤にして、言葉も日本語だ。
予想外の事態に私はどうすればいいのか分からず慌てた。
「えっ、ちょ。アユム?どうしたの?」
『いいごにしてるから。ひっく。おいでがないでえぇぇぇっ!!』
こんなに泣いたら壊れてしまうのではないかというぐらいの勢いで泣かれて、狼狽する。
何でここにいるのとか、どうして泣いているのかとか、疑問は多いが、それよりもアユムの体が心配だ。とりあえず落ち着かせないとと思い背中を撫ぜるが、一向に泣きやまない。
アユムはいつもニコニコしていて、誰にでもすぐ懐く子だった。その為、癇癪を起こしたかの様に泣き叫ぶ姿を見るのは初めてだ。
『やだよっ。いっちゃ、やだああぁぁぁぁっ!ひどりにしないで、おぐどぉぉぉ』
どうしよう。
何とかしなければいけないのに、こんな事初めて、どうしていいのか分からない。
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
何が大丈夫なのか私にも分からないが、ギュッとアユムを抱きしめて、その言葉を繰り返す。
「私はここにいる。大丈夫だから」
このままでは、壊れるまで泣き続けるのではないかと思ったが、徐々にアユムの声は小さくなり、いつしかすすり声だけになった。
その事に、ホッと息を吐く。
しかしアユムは泣きやんだものの、がしっとしがみついたまま離れない。まるでこの手を離したら、私が消えてしまうと思っているかのようで、力いっぱいしがみついてくる。
「オクトが酷い事をするから、アユムは起きてからずっと泣きっぱなしだったんだよ」
「……あ、アスタ?」
アユム一人でこの船に来ることはできないので、アスタがここにいる事は予想できなかったわけではない。しかし目が笑っていないアスタを見た瞬間雷が落ちたような衝撃が私を襲う。
この船の上に本来いないはずのアスタは、笑みを浮かべているが、その目は冴え冴えとしていた。コレはアスタが腹を立てている時によくする表情……危険だ。
最近はアスタを見るたびにドキドキして、それを何と隠さなければとうろたえていたが、今はドキドキではなくゾクゾクだ。目をそらした瞬間に殺されてしまうんじゃないかと思うぐらい、怖い。自分の血の気が引いていくのが分かる。
「何でオクトは、ここにいるのかな?」
何でってホンニ帝国に行って、時の精霊に会う為だけど――。
理由は色々あるが、今のアスタがそれなら仕方がないねと言ってくれる気がしない。誰もが何も話せず、波の音だけが響く。
……もしかして、私、選択肢間違えました?
魔王のように佇むアスタを、アユムを抱きしめたままジッと見つめる。アユムがしがみついているから逃げられないというのもあるが、それ以前に体が金縛りにあったかのように恐怖で動かない。
「あんな手紙一つだけ残して。俺がどれだけ、傷ついたか分かってる?」
コツリコツリと足音を立てながら近づいてきたアスタは、私の前まで来ると目線を合わせるようにしゃがんだ。
視界いっぱいにアスタが私の瞳に映る。もちろんそんな事されなくても、私の視線は恐怖でアスタから離れることはないのだけど。
「あ、あの……」
私はトキワさんに会いにホンニ帝国に行きたくて。
アスタから逃げようとしたのも事実だが、私の事情に付き合わせるなんて迷惑はかけられないと思ったのも本当で。
「言いわけは、いくらでも聞いてあげるよ?」
怒っているわりに優しい言葉だ。しかしそれを全て、そのままに信じてもいいような目をアスタはしていない。心臓が危険を知らせるかのように、早く鼓動を鳴らして苦しくなる。
「でも、逃がしてあげない」
そう言ってアスタは私の視界を奪うかのように、優しく私の頭を抱きしめた。