42‐3話
「うあぁぁぁぁっ……」
恥ずかし過ぎて引きこもりたい。マジで、何これ。
菓子を作っている途中で、ふとアスタが喜んでくれるかなっと考えてしまった自分が痛い。
いや、別に料理なら美味しく食べてもらいたいのが当たり前で。アスタの好きなモノをとか、喜んでもらいたいとか考えたって、そう変ではないはずだ。特に一緒に暮らしている家族――。
「あーあー。なし、今のなし。コレはルームシェア。ほら、友達同士で一緒に住んで家賃を安くするアレだ。うん。そう、そう」
アスタの事をどう思っているか。
もう親子ではないと言ったアリス先輩の所為で、アスタとの距離が上手く測れなくなってしまった。必死に普段通りを目指そうと行動するが、今までどうやっていたのかが分からない。昨日も昨日で抱きつかれ、悲鳴を上げそうになった自分を殴りたい気分だ。どうして今まで平気だったのだろう。
いやむしろ、何をそんなに意識してるんだ私。
とりあえず奥の手で、疲れたからもう寝ると言って部屋にこもって事なきを得たが、今日は一体どうしたらいいのか。
本当ならばまだ眠っていても良い時間だ。しかし眠るたびにアスタの夢を見て飛び起きてしまう。仕方がなく私はお茶用のケーキでも作ろうと起きた。もう本当に、どうしていいのか分からない。
「別にアスタが特別じゃないし。アユムにも喜んでもらいたいし」
必死に言い聞かせている、自分が痛々しい。
「そうだ。カミュやクロの為にお菓子を作ろう。うんうん。今度ホンニ帝国に行くためにお願いするわけだし」
本日のおやつ用として作り始めていた、シュークリームのプレゼント先が思いついて私は頷づいた。友達に渡すお菓子のあまりを捨てるのがもったいないから、アスタに上げる。うん。これなら問題ない。
そう。これは普通。特別なんかじゃない。
「あ、でもクロにあげるなら、個数を増やした方がいいか」
あそこは大所帯だ。別に周りの海賊は私のお菓子なんてどうでもいいかもしれないけれど、クロも1人じゃ食べづらいだろうし。
材料を量り直し、私は大量にシュークリームの種を作っていく。大量調理をする様子はまるでケーキ屋さん。この様子をヘキサ兄が見たら、折角ペルーラがやってきて仕事が減ったのに、再び仕事を増やして何をしているんだと怒られそうだ。しかし今はもくもくとケーキを作っている方が気が楽。
無心で鍋の中の材料をこねくり回す。
そしてでき上った種を絞り、温めた魔法オーブンに入れると、今度はカスタードクリーム作りをする。とにかく、無心。何が何でも無心。般若心境を唱えるといいのかもしれない。生憎と般若心境は前世知識に含まれていなかったので無理だけど。
「オクトお嬢様?」
ペルーラに声をかけられ、私ははっと手を止めた。
シュークリームを焼き上げた私は、手持ちぶたさになり、今度はパンを焼き始めている最中だ。ペルーラがここへ来たということは、もう朝ごはんを作り始める時間なのだろう。
「ペルーラ、おはよう。朝早くからお疲れ様」
私は不思議そうにしているペルーラに、笑顔を向けた。確実に不審に思っているだろうが、日本人特有の曖昧な笑みは、とりあえず有効のはず。
「はい。おはようございますっ!えっと、お嬢様は――」
「これから少し出かける用事があるから、後はよろしく。もうすぐパンが焼きあがると思うから、朝ごはんに使って」
私はペルーラの言葉を遮って、今思いついたばかりの言い訳を使う。
そして手早くシュークリームを箱詰めすると、部屋に戻り服を着替え、外出用のカバンを部屋から持ち出した。アスタとアユムを起こさぬよう静かに、でも素早くだ。
「お嬢様、どちらまでお出かけに?」
「ちょっと、海賊のところまで。じゃあ、ペルーラ。アユムとアスタをよろしく」
私の行動の異常さをツッコミされると色々苦しい。今の私は、何を口走るか分かったものじゃない。なので私は、にこりともう一度笑みを浮かべ、ペルーラの返事を聞く前に、海賊船前まで転移した。
◆◇◆◇◆◇◆
「来たものの、どうしよう」
こんな朝早くから、海賊たちの根城に何の用だという感じで、私は建物の前でぐるぐると悩んでいた。クロだってこんな早くに訪問されたら迷惑だろう。
しかし朝日は昇り始めているが、はっきり言って寒い。厚着をしてフードを被ってはいるものの、木枯らしが吹く度に私は首をすくめた。
「……でも行く場所もないし」
家から飛び出してきた私がいける場所など、限られている。一応図書館なら行っても迷惑にはならないだろうが、まだ開館前なので不法侵入になってしまう。図書館のアルバイトをしていたころならまだしも、今は関係者ではないのでそんな事もできない。
かといって、頼る友達もいない……わけではないが、王宮にお邪魔するのは色々大問題だし、カミュに今の状況がバレたらからかわれる可能性が高い。なら学校の宿舎にいるミウに頼るという方法もある。しかし速攻でアスタと私ができているという噂が、可愛らしいイラスト付きの小冊子と共に広まるに違いない。
ヘキサ兄に迷惑をかけるわけにはいかないし……、ライは今はトンズラしているし――。
自分の交友関係の少なさに涙が出そうだ。頼れる場所が、これほど皆無だとは。
「おい。こんな場所で、何百面相しているんだ」
「ひゃい?!」
頭を抱えていると、突然声をかけられビクリとする。顔を上げれば、あきれ顔をした船長がいた。
「何って……まあ、ちょっと、所用で……」
訪問してもおかしくない時間まで、ここで暇をつぶしていましたともいえず、私はぼそぼそっと答えた。
「誰と待ち合わせか知らんが、混ぜモノの氷像ができあがる前にさっさと中に入れ」
「はぁ」
入れ?
一瞬船長にいわれた言葉が理解できず、私は目を瞬かせた。まあ確かにいくら悪の巣窟である海賊のアジトであっても、入り口前で凍死されていたら寝ざめも悪いかもしれない。
でも、この時間の訪問はちょっと……と思っていると、ぐいっと腕を引っ張られ、つんのめるような姿勢で中に入れられた。
「体が弱いくせに、馬鹿か」
「……嵐が来ると困るんですけど」
どうやら私は船長に気を使われたらしい。何か企んでいるのだろうか?
「いい度胸だな」
おっと。つい、失言し過ぎた。
船長が手を伸ばしてきたので、頭を叩かれたり、頬を抓られるのを覚悟して、ギュッと目を閉じる。しかし予想した衝撃は来ず、頬に温かいものが当たるだけだった。意外すぎて、私はそろりと目を開ける。
すると頬に、船長のごつごつとした手が当たっていた。
「何時間立っていたんだ」
「いや……それほどは」
中に入れずウジウジしていたが、そこまでは長くなかったように思う。……時計を持っていないのでたぶんだけど。
「とりあえず、俺の部屋に来い」
「えっ、嫌」
私は反射的に返事をした。だって、この船長に捕まると、碌な事ないし。
「いいから、来いっ!」
しかし船長は、いささか強引な力で私の腕を掴むと部屋まで私を引きずった。そして部屋に引っ張り込みストーブの前まで連れてくるとようやく手を離した。
結構前からストーブを焚いていたらしく、部屋の中はかなり暖かい。それでもストーブの前はさらに暖かくて、冷え切った体から力が抜ける。どうやらガチガチに体が固まっていたようだ。
「その箱はなんだ」
「……シュークリームだけど。あ、でもコレはクロのだから」
目ざとく、私の手土産に気がついた船長の視線を避けるように、私は箱を自分の体の後ろにまわした。
「火を貸してやる礼は、貸しにするぞ」
「どうぞ、胃袋に好きなだけお納め下さい」
船長に貸しなんて怖すぎる。
菓子ならいつでもできると思い、そそくさと私は菓子箱を差し出した。すると船長はむすっとした表情で箱を開け、シュークリームをとりだし、躊躇いなくガブリと豪快に齧りつく。
「ちっ。朝は糖質が足りん」
手に付いたクリームをなめとると、船長は舌打ちした。どうやら、お腹が空いている為に不機嫌なようだ。いつもにやけた表情ばかりしているので、すごく珍しい姿だ。
そういえば髪の毛もまだ結んでいないので、寝起きなのかもしれない。でもそれにしては部屋が暖かいような……。
「それで、今日は何しに来たんだ」
何と言われると……。
クロに会いに来たわけだが、早く来すぎたというか。なら一度帰れよという話だが、今は帰るに帰れない。
「まあいい。最近、ファルファッラ商会の会長をたぶらかしたらしいじゃないか」
答えられずにいると、船長は話題を変えた。
……うぐっ。どうしてそのネタを。
「その様子だと今も無自覚という事はなさそうだな。見た目はともかく、年齢的にはもう結婚できる年だからな。俺が事前に忠告してやって助かっただろ」
忠告って……ああ。そんな事もあったっけ。私は以前スタンガンを作ろうかと計画したのを思い出した。ただ、かなり毎日が忙しかったのと、あまり必要性を感じていなかったので、結局何も作っていないけど。
船長はいつもの調子で、ニヤリと嫌な笑いをした。くそう。どうやらからかう気満々のようだ。
「私だって大人だし。そんなに間抜けじゃないから」
アリス先輩に言われなかったら、泥沼にはまるまで気がつかなかっただろうけど。でも今はしっかり気づいているので、恋愛フラグは回避もしくはへし折る気満々だ。
とりあえず、さっさと開き直って、船長にからかってもつまらないと思わせよう。
「ほう。それに焦った、他の奴らからは告白はされなかったのか?」
「……そんな相手いないから」
止めて。
開き直ろうと思った矢先のこの攻撃に、私は白旗を上げた。
ただの船長の冗談だろうが、嘘から出た真になりそうな気がして、私はため息交じりで否定する。アスタの事で頭がいっぱいなのに、変な嘘で私を混乱させないで欲しい。本当に嫌な性格だ。
「何だ。少しは成長したと思ったら、やっぱりお子様なんだな」
「お子様でもなんでもいい。ただ今は本当にその手の話題に疲れているから、冗談でも止めて」
私は船長の嫌がらせに、力なく頭を垂れた。
どうして混ぜモノの私が、こんな不毛な感情で悩まされなければいけないのか。こんな感情必要ないと思うのに、上手く消し去り見なかった事にする事もできない。
「そんなに嫌なのか」
「嫌というか……どうしていいのか分からないから」
流石のドS船長も、私の行動を不憫に思ったのか、からかうのを止めた。
「好きならつきあえば良いだろうし、嫌なら断ればいいだろ」
「つ、付きっ……あうっ?!」
付き合うだと?!
脳がその想像を拒絶してフリーズする。
いやいや。そもそも私はアスタと付き合いたいわけじゃないし。じゃなくて、そもそもその前提がおかしいし。
私は、確かにアスタが好きだけど、でもそういうんじゃなくて、対等になりたいというかアスタに必要とされたい……あああああっ?!
もうどうしろと?!
泣きたい気分だ。自分が自分でも良く分からない。
「そんなに嫌なら、逃げればどうだ?」
「へ?逃げる?」
予想外の意見に私は、考え込むのを止め船長を見た。いつもの船長なら面白半分で私を眺めていそうなのに、今はいささか同情的に見える。
「分からなくなったら距離をとるのも一つの手だ。でも付き合い浅いなら、その間に向こうの熱が冷めるかもしれないがな」
……アスタとの付き合いは、私からすると長いが、アスタからするととても短かい。
それに私も久々にアスタに会って、猫かわいがりされたり、変にかまわれたりしているから、感情がおかしくなっている可能性もある。
そうだ。少し距離を置くというのはとても良い考えだ。
船長の意見は、今の私にとって、とても妙案に思えた。
確かに混乱中ならばなおさら頭を冷やすべきだ。アスタも近くに私がいなければ、早々に興味を失うだろう。今は下手に近くにいて、簡単に遊ぶ事ができるからいけないのだ。
近くにいなければいつしか私の事など忘れるだろう。そして次に会う時には、無価値なものとして見るかもしれない。
想像して少し胸が軋むような感覚に襲われたが、でもその方が良い。私ではアスタを幸せにできないのだから。
それにアスタが興味を失ってしまえば、私の不可思議な感情は何かの形を得る事もなく、毒にも薬にもならない無害な感情とできるはず。
報われるのだけが恋愛ではない。そんなニュアンスの言葉を昔誰かが言った気がする。
「なあ、船長。オクトが来たって聞いたけど」
唐突に部屋の扉が開いた先に、クロがいた。
なんていいタイミング。
私はクロの姿を確認すると、一目散にクロの前まで行きしがみついた。こうなったら、頼れるのはクロしかいない。
「おい、オクト?!どうしたんだ?」
クロが驚いているのを理解しながらも、私は理由を述べることなく、クロの服をぎゅっと握った。今は逃がすわけにはいかない。私は意を決して、顔を上げクロをまっすぐに見上げた。
この間大人だと言った口で、子供のようにおねだりとか恥ずかしすぎるが、背に腹は代えられない。クロに呆れられても、嫌がられても、今はこれしかないのだ。
「クロ。私をホンニ帝国に連れていって!」
そうだ京都に行こうのノリでいけるような場所ではない事も重々承知だったが、私は勢いに任せてお願いをした。