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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
122/144

42‐1話  全力な逃走決意

『――前世ってそんなにいいものじゃないわよ。そもそも前世の記憶が残っているという事は、恐怖とか憎しみとか、後悔とか、強い感情を持ったまま死んで、魂に傷が付いて転生時に真っさらにできなかった事を意味するらしいから。

 魂に傷が云々は、目で確認できないから、嘘かもしれないけどね。でも私自身が覚えている記憶もろくなものじゃなかったわ。

 だから私はお勧めはしないわよ。私はオクトが前世なんかにとらわれずに、今を楽しんでくれている事を願っているから。

 それでも前世の事が知りたいなら、ホンニ帝国にいる、時の精霊のトキワに会いに行きなさい』




 ママからの手紙から察するに、どうやらママは私が前世の知識を持っており、記憶が欠如している事を知っているらしい。

 ただママと過ごした時の私は、ほとんど眠っているようなもの。今の私のような明確な自我があったとも思えない。その状態で意思の疎通は無理だろう。ならば何故私の秘密を知っているかが謎だ。

 そしてもう一つ。ママからの手紙に使われている文字が、日本語としか思えない件も謎だ。

 ママは精霊と獣人族のハーフで、双子のカンナもいる。この世界で産まれたのは間違いない。その上で考えられるのは2つ。

 手紙でママが前世の記憶を持ち合わせている事はわかるので、その前世の記憶が日本である事。もう一つは、ママが住んでいた地域がたまたま日本と同じ文字を使っているという事だ。


 ただどちらにも、変な部分はある。まずママが持ち合わせている記憶が日本でのものだったとしよう。だとしたら、なぜそんな超古代文明の記憶が今更蘇ったのか。転生するまでに凄く時間がかかるとしても、いくらなんでもかかり過ぎな気がする。この点に関しては私にも言える事。

 実は何度も転生しているが、そのたびに記憶の削除がされないというならば、日本以外の事を覚えていないというのは矛盾する。

 次にママが住んでいた地域がたまたま日本語を使っている地域だったとしよう。確率的には相当小さいかもしれないがありえない話ではない。この世界のずっと昔に日本は確かにあったのだから。

 でも全く記憶と同じ言葉が使われるというのは、どれだけ小さな確率となるのだろう。日本だって、平安時代と平成ではすでに言葉が違う。例えば単語一つでも、【てふてふ】が【蝶々】だなんて分からないぐらいだ。


「分からん」

 ママからの手紙を家で読み返しながら、私はため息をついた。

 結局のところ、全ての謎を解くには、時の精霊に会うしかないというわけだ。ここで1人悶々と考えた所で情報が少なすぎて、想像の域をでない。

「にしても、ホンニ帝国って何処?」

 授業で使った龍玉の地図をとりだしてみてみるが、これがまた大雑把なものしかない。緑の大地に関しては国名が入っているが、他の大地は大地名だけが記載されている。授業を受けていた時は、近隣諸国以外は別に必要のない知識だから、こんな地図を使っているのだろうと思っていたが、なんてことはない。皆ほとんど別の大地の事を知らないだけなのだ。

 さて、そんな知らない場所へどうやって行ったらいいのか。

 

 国外へ出る事を考えるとたぶんカミュには相談してみた方がいいだろう。緑の大地内ですら、他国に行くには色々手続きがあるのだ。

 後は行き方に関しては、クロを頼るしかない。

「……いいのかなぁ」

 たぶんクロが気を悪くするという事はないだろう。しかし長い付き合いであるカミュほど遠慮なくお願いするのは気が引ける。同じ幼馴染ではあるけれど、どうしてもクロとは会っていない期間が長いのだ。


 とはいえ、クロに色々聞かなければいけない事には変わりない。できればホンニ帝国まで一緒に来てもらいたいぐらいだが、はたしてそこまでお願いしてもいいものか。

 旅費は私が出すからと言いたいが、どれぐらいかかるのかも分からず、貧乏人である自分としては、すぱっとその言葉も出せない。

 一番いいのは、以前いたグリム一座が偶然アールベロ国へ公演に来て、次に行く公演場所がホンニ帝国で便乗させてもらうというものだが……それはどんな偶然が重なれば起こるものなのか。もしも起こったとしたら奇跡だ。

「でもママはたぶん、アルファさんとクロがホンニ帝国出身だから手紙を託したんだろうし」

 アルファさんがママの親友だったからというのもあるだろう。しかしホンニ帝国の話題を考えると偶然とは思えない。もしも私が、時の精霊に会いたいと言った場合を考慮してな気がする。

 少し気になるのは、ママは黄の大地出身で、ホンニ帝国がある黒の大地や金の大地とは離れている事だ。どうしてママはホンニ帝国を知っており、そこにいる時の精霊と知り合いなのだろう。

 きっとこの辺りも、時の精霊に聞けば分かるのだろうけど。


「……エスト、怒るかなぁ」 

 館長であったエストは、時の精霊に私が会う事は反対のようだった。ただ手紙にはどうしてなのかの理由の部分が書いておらず、どう判断していいものかも分からない。

 もしかしたらエストが反対する理由は、私の記憶の部分に関係するのだろうか。それをどうしてエストが知っているのかという話になるが、今私が持っている情報だけで予測できるのはそれぐらいだ。

 でもエストが、私の記憶が戻るのをよくないと思っているならば、別に私も無理してまで記憶を取り戻したいとは思わない。

 気にならないかと言われれば嘘だが、思い出したところで、『へー、そうだったんだー』程度の感想しかでてこない気がする。私は今ですら、いっぱい、いっぱいなのだ。これ以上、変えようのない過去の記憶を背負えるほどの余力はない。


 私が時の精霊に会いに行く理由はただ一つ。混融湖に落ちた、エストとコンユウともう一度会うため。きっと時の精霊ならば、彼らをこの時間に戻す方法も知っているだろう。

 それにより、過去が変わってしまう恐れはあるけれど、エストやコンユウが幸せになってはいけない理由にそれを使いたくはない。落ちた場所で過ごすか、元の時間に戻るかを決めるのは彼らだが、その選択肢を作りだすのはきっとこの時間に1人残ってしまった私の役目だ。

 そうとなれば、クロにお願いするのも、尻込みしているわけにはいかない。


「オクトー。お客ー!」

 深く考え込んでいた私は、アユムに教えられてハッと顔を上げた。いけない。いけない。

 色々気になる事は多いが、順番にやることはやらなければ、仕事は溜まる一方だ。私は椅子から立ち上がるとアユムの声がした玄関の方へ向かう。

 それにしても、誰だろう。

 もしかしたら、またお婆さんが腰を痛めて薬をとりに着たり、誰か村の子が熱を出したのだろうか。


 ふらりと部屋から出ると、アユムが前から突進して私に体当たりしてきた。ギリギリそれを支えると、アユムは笑いながら顔を上げた。

「あのね、犬耳のお姉さん、来たのっ!」

「犬耳?」

 褒めて褒めてといった様子のアユムの頭を撫ぜ、私はさらに先へと進む。

 はて。この辺りに犬耳の獣人は住んでいただろうか?相手の想像ができないまま玄関に来た所で、私は固まった。


「おはようございます。オクトお嬢様」

「ぺ、ペルーラ?!」

 何故?どうしてここにっ?!

 子爵邸で働いている彼女が、どうして大きな鞄を一つ抱えてここにいるのだろうか。

「本日から、こちらでメイドさせていただきます、ペルーラです。オクトお嬢様、アユムお嬢様、よろしくお願いします!」

「は?」

 今日からここでメイドをする?

 理解が追いつかず、くらりと目まいがした。一体、何がどうして、こうなっているのだろう。


「えっと……間にあってます」

 この家には確かに、アスタという貴族が住んでいるが彼は居候だ。……貴族の居候がいるというのも変な話だが、私自身はメイドを雇うような身分ではない。そしてそれは、アユムにも言える事。

「うっ、ううっ……」

 しかし私が断ると、ペルーラは荷物を床に置き、顔を両手で覆い隠した。そして、突然すすり泣き始めた。

「もしここでオクトお嬢様にいらないと言われたら、私は路頭に迷ってしまいます」

「へ?」

「旦那様は、最近全然子爵邸に帰って来られず、子爵邸ではやる事がありません。うっっ……ぐすっ」

「あー、……なんというか、ごめん」

 私が引きとめているわけではないので、悪いのは私ではないだろう。しかしアスタを追いだせずにいるのも事実。

「いいんです。使用人がご主人様のやる事に異を唱えるのは間違っておりますから。旦那様が幸せでしたら、これでいいのだと思いますっ!」

「いや、よくないと思うよ」

 貴族がいつまでもこんな場所で油を売っていていいとは思えない。

 一応仕事には行ってくれているが、それだけだ。


「ただここでは貴族である旦那様がくつろぐのは大変であろうと、第二王子様が伯爵様にかけ合って下さりこちらの屋敷にもメイドを置く事が決まったんです」

「へっ?!」

 いや、決まったんですって。家主の私、今初めて聞いたんですけど。

 というか、カミュさん。それは職権乱用というものでしょう。そしてアスタがゆったりではなく、私の家事の負担を減らそうとしているのが凄く分かる。だってアスタはすでに無駄にここでくつろいでいるのだから、これ以上くつろぎようがない。

 でも、なんで今更……はっ?!まさか、ライのやつ、私の現状をチクったのか?!

 再び遠い地へ仕事に行っているライを思い出し、私は小さく歯ぎしりした。あれだけ言わないでとお願いしたのに。

 『めんご~』と軽いノリで謝るライが頭に浮かぶ。


「そこで子爵邸で働いていた為、旦那様やオクトお嬢様をよく知っているだろうという事で、伯爵家に引き抜かれこちらへ派遣されました。なので、もしもオクトお嬢様に断られたら、私……私っ……」

 ええええええっ?!

 ヘキサ兄、ちゃんと先に相談して下さいっ!

 しくしくと泣き崩れるペルーラを見て、私はぎょっとする。どう考えても、私の身の丈には合わない話だと思うのに、ここで断ったら碌でなしのように感じるのは何でだろう。

「あの、お給料は――」

「伯爵家が、出してくれます」

 ですよねー。

 伯爵家が引き抜いたと言ったので、ペルーラが勝手にここへ押しかけてきたわけではない。

 

「でも、ペルーラまで住むとなると……若干狭いような」

 元々1人暮らしを考えて建てた家だ。なのでそれほど部屋の数もあるわけではない。すでに今は、アユムとアスタが増え3人だ。ここにペルーラもとなると……色々無理がある。

「家は村で借りる事になりました。ただ普段が手狭になるかも知れませんので、伯爵様が今この屋敷の改築依頼を出しているはずです」

「改築?」

 だから、その連絡、私まで来ていないんですけど?!

 ヘキサ兄っ!!

 どう考えても、伝え忘れではなく、わざとな気がする。私が断ると分かっているから、実力行使に出たとしか思えない。でも私を諭すことなく、こんな実力行使に出るなんてヘキサ兄らしくないというか……。


 ま、さ、か。……私の体がぼろぼろだという件、ばれてますか?


 『めんご~』と言い、良い笑顔で手を振るライが頭に浮かんだ。

 アイツ、次帰ってきたら、泣かす。絶対泣かす。口が軽いにもほどがある。アスタには言っていないようだけど、どうしてこう色々私が弱い場所に告げ口するんだ。

「お嬢様っ!このままでは、私っ!」

「あ、うん。分かった」

 とりあえず、ペルーラと話しても無駄という事が。

 これはペルーラではなく、雇い主であるヘキサ兄か、さらにその上で命令を出したカミュときっちり話しあう必要がある。


「ありがとうございます。では、さっそく掃除から始めますね!」

「へ?」

 さっきまで泣いていたはずなのに、ペルーラはパッと笑顔になると家の中にずかずかと入ってきた。その頬には、全く濡れた跡がない。

 えっ……まさかの嘘泣きですか?


「あーちゃんもやるっ!」

 元気にペルーラの後ろを付いていくアユムを、私は茫然と見送った。 

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