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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
121/144

41-3話

 精霊との契約解除方法を調べるとは言ったものの……。

「……時間がない」

 気がつけば、私は多忙な日々を送っていた。


 アリス先輩とヘキサ兄の結婚式も無事に終わり、季節は秋から冬へと変わろうとしていた。

結婚式でアリス先輩の伯父さんに気に入られた私は、薬を伯父さんの紹介で店屋に置いてもらえるようになった。もちろん魔の森の麓を出る気はないので、王都で集中して仕事をしないかという誘いは丁寧にお断りしている。それでも結果的に、生産ノルマは増えた。

 最近は寒くなってきたことにより、アイスを作る量が減ったが、材料集めからする薬を作る方が結構手間だったりする。

 

 また私は図書館に通って蓄魔力装置のメンテナンスをしつつ、私がいなくても何とかなるようにする方法を模索中だ。そして家では家事をしたり、アユムの勉強を見てあげたりしなければならず、さらに時の精霊について調べたりしていたら……はっきり言って何処から時間を捻り出せというのか。

 無理。

 もう無理。

 そう叫んでしまいたいが、叫んだら即終了。ライはきっと、アスタに私の現状を言うだろう。もしくはライが誰かに相談して、それをアスタが何処からともなく聞きつけて――。どう転んでも困った事になるに違いない。


「よう。進んでいるか?」

「……一応」

 仕事部屋に入ってきたクロが私に話しかけてきた。

 生産ノルマに追いつけなくなってきた私は、アスタが仕事でいない昼間は海賊にアユムを預けて、ここで薬作りをしている。といっても器具がそろっているわけではないので、出来上がった薬のグラムを量って1回分ずつに包んだり、ラベルを貼ったりするぐらいのものだけど。

 これが終わったら、今度は食べ物の商品開発にあたらなければいけない。冬はアイスが売れないからと、長期休暇するのも一つの手だが、借り店舗を維持していくだけのお金は必要だ。何か売れるモノがあるなら売った方がいい。

 忙しすぎて目が回りそうだ。この生活いつまで続くんだろ。


「手伝うよ。時間がないんだろ?」

「えっ。大丈夫」

「いいから、いいから。俺って、結構器用だし」

 時間がないは、そういう意味じゃなかったんだけどなぁ。

 しかしクロは私の隣に座ると、紙の上に乗せた薬を器用に包んだ。……教えていないのに、流石である。そういえばクロは昔から器用だった。

 私のように前世知識というフライング技がないにも関わらず、あれこれできたんだよなぁと思いだす。今思うと、クロは神童と呼ばれる類の子供だったのではないだろうか。

 それが今では海賊……犯罪者の一員だ。

「……もったいない」

「は?」

「あ、いや。えっと。クロは、アルファさんが死んでから大変だったんだろうなぁと――」

 自分自身海賊のお世話になっているのに、クロが海賊にいる事を非難するのもおかしな話かと思い、誤魔化す。しかし誤魔化す為に話した内容も悪かった。

 口に出してしまってから、しまったなぁと苦い思いが残る。

 クロだってアルファさんが死んだ時のことは思い出したくないだろう。だから私は今まで、あえてその話は避けるようにしていた。

 どうしよう。

 怒っていたり、辛そうな顔はしていないだろうか。

 そろりと横目でクロを見上げたが、クロは全く気にしたような様子はなかった。むしろキョトンとしている。


「そうだな。楽ではなかったのは確かだよな。俺を引き取ってくれた爺さん、すっげー、怖かったし。でも、オクトだって、あの魔族……えっと、名前忘れたけど、ソイツにこき使われたんじゃないか?」

「ああ。アスタの家で、家事はやったけど、私は怖くはなかった」

 むしろ私をどれだけ甘やかして、ダメ人間にするつもりだと不安になったくらいだ。

 貴族の女の子なら働かなくても、何処かの貴族の坊ちゃんと結婚すればいいが、私の場合そうもいかない。いくら貴族でも混ぜモノでは、嫁のもらいてなんていないだろう。

 勿論今は貴族でもなんでもない。なのであの時ちゃんと働く事ができるように頑張って勉強しておいてよかったと本気で思う。そうでなければ、今頃路頭に迷っていたはずだ。


「だからオクトはこんなに料理が上手いんだな」

「……まあ、上手いかどうかは置いておいて、人並みにはできると思う」

 下手とは思っていないが、褒められると恥ずかしくなり、つい誤魔化すように否定していまう。

「そうか?人並み以上だと思うけどな。俺も家事はやったけど、オクトほどレパートリーもないし」

 あー、それはたぶん前世知識のおかげと、商店街の皆さんのおかげだ。

 小さい時に買うたびに色々教えてくれたので、この国の家庭料理なども作る事ができる。そう思うと、色々私は恵まれていたのだろう。


「それに一座にいた時もさ、碌なもの食わせてもらえなかったし。それはオクトも同じだろうけど」

「あー、確かに」

 旨味を無視した薄味のスープとか、チーズをのせただけのパンとか、堅い肉をトマトで煮込んでみたモノとか。あ、でもたまに粥とか、異国っぽい料理も出てきた気がする。

 今思うと、味付けのムラは……たぶん大量調理する関係や、料理するヒトがこの国のヒトではなかった事が原因だろう。団長は黄の大地出身だし、そっちのヒトなら使いなれた調味料やらなんやらが手に入らなかったり、食材の使い方が分からなくても理解はできる。料理は当番制だったので、作るヒトがバラバラだったのも、原因の一つかもしれない。

 

「でも、たまに無性にあの、大雑把な味が食べたくなる事もあるんだよな」

 私の場合、どうだろう。肯定しなければ何だか薄情な気がするが、あまりその味が恋しくなることはない。もしかしたら、前世の知識が関係しているのかもしれなとは思う。

 前世の私にとってはきっと、和食とかの方が違和感のない味な気がする。残念な事に、この国には味噌も醤油も存在しないので、一度も食べた事はないが。

 

「そう言えば、オクトはファルファッラ商会にも薬を売るようになったんだよな」

「あ、うん」

 和食ってどんなのだったけと思いだそうとしていると、クロが話題を変えてきた。

 ファルファッラ商会は、アリス先輩の伯父さんがやっているものだ。確かにその伯父さんの口添えのおかげで薬を売る事ができるようになったが……。

「もしかして、何かマズイ?」

 例えば海賊と商会……仲が悪い可能性もある。その場合どうするべきか。海賊は犯罪者。ならば手を切るのは常識的に考えたらそちらという事になる。しかし長い間一緒に過ごしていると、彼らが悪いヒトには見えなくなってくるのだ。

 勿論私が知らない、後ろ暗い仕事もあるだろうし、そうやって思うのは危険だとも思うけれど。

「いや。凄いと思っただけだ。自力であのファルファッラ商会とのパイプを作るなんてな」

「そう?」

 確かに今のところ船長に邪魔される事なく販売できているので、それに関しては凄い事だと思う。でもそれは私が凄いのではなく、商会が凄いだけだ。


「あの商会、緑の大地外にも店を持っていて、昔俺がいた、ホンニ帝国にも出店しているんだよ。異国の品が手に入るから、王族御用達店も持っているみたいだし」

「へえ」

 そんな凄い所だったんだ。

 伯父さんは話した感じ、好奇心旺盛っぽいが、強かというより天然が強く掴みどころのないヒトだった。もしかしたら、お腹の中身が真っ黒な可能性も否定はできないが……クロに言われてもあまりピンとこない。

「オクトはもう子供じゃないんだな」

「……当たり前。私の事を何歳だと思ってるんだ」

 しみじみとクロに言われて私はがっくりと肩を落とした。

 10歳を超えれば、もう働き手の1人とカウントされる。いくら成長が遅くて体が小さくても、クロとの年齢差が開いたわけではない。


「あ、そうだ。ちょっと待ってろ」

 クロはぽんと手を打つと立ち上がり、部屋から出ていった。一体なんだろう?

 とりあえず、私はクロが出ていった後も薬を紙で包んでいく。しばらく1人で作業をしていると、クロは再び部屋に戻ってきた。

「オクト、これ」

「……何?」

 クロから封筒を手渡され、私は首を傾げた。クロからの手紙?

 だったら口で言えばいいのに。しかし良く見たら、封筒はすでに頭を破られていて、中身が簡単に取り出せるようになっていた。


「これ、オクトのママから母さんが預かったものなんだ。オクトが大人になったら渡して欲しいって言われたって。あ、封筒がすでに破れてるのは、俺の所為じゃないから。ノエルさんが読んでいいって言ったから、母さんが中身を確認したんだ」

「そう」

 ママからの手紙?

 一体何だろう。しかも私が大人になったら渡して欲しいとか……うーん。もしかしたら、父親とかママの両親の事とかが書いてあるのかもしれない。

 でもそれなら、大人になったら渡して欲しいというだろうか。親が一番恋しいのは子供の時だ。

 今更知ってもよっぽどの事がない限り、たぶん会いに行かない気がする。私はこの生活に満足していて、実を言えば、あまり興味もない。


「それに、母さんも俺も、手紙は読めなかったから」

「読めない?」

「もしかしたら、黄の大地の何処かの国の言葉なのかもな」

 それは、……私も読めないから。私が使えるのは、龍玉語とアールベロ国語だけだ。 

 まあでも、図書館で調べれば、何とか読めるかもしれない。

 

 クロが言う、読めない文字というモノはどういうものだろうかと思い、私は手紙をとりだした。便箋は日に焼けていて、少し色が黄色くなっている。

 ママかぁ。

 本当の事を言えば、あまりママの記憶は残っていない。ただ金色の長い髪の毛を掴んていた記憶が残っているので、私の髪の色と同じ色のヒトだったのだろう。そしていなくなった時、どうしようもなく寂しかったから、きっと優しいヒトだったのだと思う。

 

 少し脆くなった紙を破いてしまわないように、そっと広げて、私は固まった。

「な。読めないだろ。どこの国の言葉なんだろうな?」

 クロの言葉にどう答えていいものか分からず、私は口ごもる。

 

『前世の事が知りたいなら、ホンニ帝国にいる、時の精霊のトキワに会いに行きなさい』


 ママからの手紙。

 そこには、日本語としか思えない文字が並んでいた。

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