41-2話
「まあ、そもそも今生きとるのも不思議なぐらいなんだがな」
「はぁ」
「……って、お前。もっと驚けよっ!」
死の宣告を受けた私よりも、ライの方が凄く切羽詰まったような表情をしていた。
と言われてもなぁ。自分でもこのままでは、長生きは無理だろうなぁと思っていたくらいだ。先生に私が生きているのが不思議なくらいといわれても、ですよねーと言うしかないというか。
「驚けっていわれても……納得できるというか……。やはり、精霊と契約したからですか?」
昔から力などは獣人族よりも弱かったが、混融湖で精霊と契約したあたりから、徐々に体力の低下がみられるようになった気がする。一般の子供のように外を走り回って遊んだりしていなかったから基礎体力がないというのもあるかもしれないが、気を失ったりする事が多いというのは、やはり異常だろう。
「魔法学校に通ったなら、よっぽどの事がない限り、ヒトに対して魔法を使ってはいけないと習っただろう」
「はあ、まあ」
ヒトは魔力を常に生成して、体の中を血液のように循環させているというのが通説だ。同じ属性の魔法ならあまり問題はないが、違う属性の魔法だと、それぞれが反発し循環が悪くなる。多種類の属性の持ち主は、この辺りがかなり絶妙のバランスをとっているから生きていられるのだと言われる。
本来なら、アスタを助ける為にかけた魔法もタブーの域だ。もちろん、あの時は緊急事態だったので、使ったわけだが、できる事ならもう二度とやりたくはない。
「精霊との契約は、いわば精霊から魔法をかけられているのと同じ状態だ。体に不調を起こしてもおかしくない。先ほどは風の精霊を操っていたようだが、一体、何種類の精霊と契約したんだ?」
先生は真剣な表情で聞いてくるが、これは素直に話すと怒られる気がする。契約時はどうしようもない緊急事態だったしという言いわけが心の中で渦巻くが、医者としてはそんな事情、知った事ではないだろう。
「えっと……風と……水と……後は――」
「確か基本属性全部だったよな」
「何全部だと?!噂には聞いていたが、本当に全部なのか?」
私がもじもじと言い淀んでいると、その隣でライが暴露した。げっ。ヒトの個人情報勝手にばらすなっ!
そう思うがライはしれっとした様子なので、最初から私が誤魔化してしまうと分かっていたようだ。……本当は後もう一種類、時属性の精霊と契約しているみたいだけど、こっちは黙っておこう。今更、隠したところであまり意味がないかもしれないが。
「今すぐ解約しなさい」
「へ?」
「いくら混ぜモノといえども、それは詰め込み過ぎだ。お前さんはあえて精霊魔法を使わねばならないわけでもないだろ」
まあ、そうなんですけどね。
便利は便利だが、私の生活で、そこまで急いで魔法を使うことなどまずない。アリス先輩にお願いされた、隣の部屋に音が聞こえなくする魔法だって、少し時間をもらえれば、十分魔方陣を組み立てられる。
それでも、いまだに精霊との契約を解かないのには理由があった。
「あー……その。実は……解約条件を入れない契約を……してしまいまして……」
「は?」
言いづらい。
完璧に自分のミスだと分かっているので、非常に言いづらい。自業自得という言葉が脳裏で点滅する。
怒られるのはあまり好きじゃないんだけどなぁと思いながら、ちらっと先生を見た。
「そもそも精霊魔法というのは、1体の精霊と契約を結んで、代わりに魔法を発動してもらうというものでして……」
「あー、そういえばそうだったな」
同じく魔法学校に通っていたライが頷く。なんとか誤魔化して逃げてしまいたいが、私の話術でそんな事ができるはずもない。
「私の場合……その、緊急事態だったので……不特定多数の精霊と契約を結んでしまいまして」
「はあ?」
本来精霊魔法を習得しようとするモノは、あえて精霊に会いに行って契約を結ぶ。しかし私の場合は、わらわらと周りに精霊が居た為、そうする必要もなかった。だからざっくり、その場にいた精霊達……、そう、多種類で複数の精霊と契約したのだ。というか選んでいる余裕もなかったし。
「その上、契約時に、いつ契約を終了するかを伝えていなかったので。……現在、誰に契約解除を求めればいいのかが……その、さっぱりといいますか……」
「はあぁぁぁ?!」
ライ、凄くいいリアクションありがとう。
でも、やってしまったものは仕方がないと思うんだ。
契約した精霊も、いつも私の傍にいるわけじゃない。勿論呼びかければ来てくれるだろうが、誰が誰で、目の前にいるのが契約をした精霊なのか、そうではないのかも判別できなかった。しかも私の目には、精霊が電飾に見えるわけで。個性の乏しい外見を見分けるなんて不可能に近い。
「ぶっちゃけていえば……無理です……はい。あ、その。ごめんなさいっ!」
誰からも聞かれなかったので、この失敗はたぶん私が死ぬまで胸の内に秘める事になるだろうなと思っていたぐらいだ。精霊魔法について書かれた本を読めば、契約時に終了をいつにするか決めないなんてありえないという事がすぐに分かる。
賢者、賢者と言われてはいるが、これでは愚者だ。まあでも、ざっくりと契約してしまうとこんな状態になるんだよという事は、世界広しといえど、たぶん私しか知らないと思う。前向きに考えれば、とても貴重な体験だ。デメリットの方が多すぎてあれだけど。
「俺らに謝っても仕方ないだろ」
深い溜息混じりに、ライは何処か諦めた様な顔で話しかけてきた。
「あー……そうなんだけど。心配かけたかなと」
「当たり前だろ」
混ぜモノなんて、いない方がいい。
物ごころついた時からそう思ってきたので、心配してくれているのかなと思っても、口に出して言うは、結構勇気がいる。思い上がりも甚だしいと思われて、私自身を否定されるのは怖い。
でも言わないと分からない事もあるわけで……。幸いにもライがすぐに肯定してくれてほっとする。それと同時に、自分の認識を改めていかないと不味いかなとも思う。
たぶん、私が死んだら悲しむヒトはいる。
何故心配するかと言えば、きっとそういう理由に繋がるからだと思う。簡単には死にたくないとは思っていたが、大切なヒトが悲しむのだと思うと、本当に簡単には死ねない。
あー。面倒だ。ツミかけ人生だというのに、ここからまた頑張らなければいけないだと?
勘弁して欲しい。
「病気については金の大地の医者の方が強いが、魔法に関してはあそこはまだまだだからな。かといって、こっちはこっちで、医学が進んでいないしな」
「そうなんですか?」
確かに、この国の医学に関する知識レベルはさほど高くはないように思う。私は薬師だが、実を言えば血圧を下げる薬とか、作り方とかさっぱりだ。前世知識のおかげで、グレープフルーツに思い至る事ができたが、学校ではそんな事はならっていない。
壊血病や貧血なども、その知識は徐々に広まっているようだが、まだまだ未知の領域だ。
「例えば金の大地だと、魔素中毒は未知の病気となっているとかだな」
「えっ?」
マジですか?
魔素中毒は普通に学校の教科書にも載っている内容だ。珍しい症例ではあるが、学生だって知っている。それが未知の状態って……。
「医学なら金、魔法なら緑なんだが……お前さんの場合、どちらがいいとも言えんからな」
「えっと、お互いの国で勉強会とかしないんですか?」
いや、この場合、国ではなくて、大地か。ちょっと規模が大きくなるけど、隣どうしになっている国ぐらいならできそうな気がする。
「無理だろ」
しかし先生が答える前にライが否定した。無理って……なんで?
この世界は幸いにして、龍玉語という共通言語がある。なので、意思の疎通ができないとは思えない。
「本当に、……社会が駄目なんだな」
うっ。
いいじゃん。社会ができなくたって、学校は卒業できたんだし。
そう思うが、ライに残念なヒトを見る様な目で見られるとちょっとへこむ。ライだって勉強ができない癖に。
「いいか。どうして俺らが、国名で話さずに○○の大地は――って話すと思っているんだよ」
あー……確かに。ようは現在、ドイツの医療はすごいよねーと話すのではなく、ヨーロッパの医療はすごいよねーと話しているようなものなのだ。確かにアバウトすぎる。でももしも、そうやって話さざる他ないとすれば――。
「もしかして、国が分からないとか?」
「そう言う事。神様の取り決めで、別の大地同士は不干渉でいると決まっているんだ。一応、旅芸人とか、商人は行き来しているが、国同士はつきあいがないな。だから、金の大地はどうだという話になるんだ」
……神様には色々ルールがあるようだけど、そんなルールもあったんだ。まあ何度も文明が滅んだらしいし、これも滅ばないための対策なのかもしれない。
「でも学校には、別の大地のヒトがいるけど」
まあ、私の知り合いだと、赤の大地出身のミウぐらいしか知らないけれど。でもいないわけではない。
「俺らの学校が特殊なんだよ。普通はそんな学校はないな。オクトも他の大地の学校は知らないだろ」
……まあ調べていないというのもあるが、確かに他の大地の学校とか、聞いた事がない。でも金の大地で医学が進歩しているというならば、絶対それを専門に学ぶ機関があると思う。
一子相伝とかでは無理だ。
「まあ、そういうわけだ。わしの方でも知り合いには聞いてみるが、魔法関係ならお前さんの関係者の方がくわしいだろ」
……うっ。ううっ。
先生が誰を指しているのか、すぐ分かってしまった。私の近くには、国一番の魔術師がいる。
分かってしまったが……えっ、それは色々無茶ぶりというものでしょう。
だって、もしも相談するとしたら、どうしてこんな事になっているかを説明しなければならないわけで。でもそれは、つまり混融湖での事を話す事に繋がって。
「あ、あの。もう少し真面目に調べるから。だからお願いします。この事は誰にも言わないで下さい!」
時の精霊を調べるのだけに現をぬかしたりしませんから。本当に、マジで、頼みます。
心配させてしまうからとかという甘い理由ではなく、情けない事だが……保身の為に、私は2人に頭を下げた。