40-2話
ドレスを注文して数ヵ月後。とうとうヘキサ兄とアリス先輩の結婚式の日がやってきた。
「くるくる~」
そんな事を言いながら、ドレスに着替え終わったアユムが目の前でくるくると回る。そのたびにヒラヒラとした淡いピンクのスカートがふわりと広がり、大変可愛らしい。
しかし回り過ぎたらしく、アユムは途中で笑いながら床に座り込んだ。
「目が回ったー」
「そんなに回るから」
良く考えればアユムがドレスを着るのは初めてじゃないだろうか。こんなに喜ぶという事は、やっぱりアユムも女の子だったという事か。
「ほら、汚れるから椅子に座ろう」
「オクト、かわいい?」
「かわいい、かわいい。くるくるしなくても、アユムは可愛いよ」
「えへへ」
なんだこの可愛い生物は。
嬉しそうに笑うアユムに、キュンキュンする。
小さい子はいいなぁ。癒されるなぁと思いながらアユムの頭を撫ぜた。
「オクトも凄く可愛いよ」
「あー……別に比べられて、ひがんだりはしないからお世辞はいらない」
自分自身、スカートを履くことすら久しぶりな所為で、違和感がバリバリだ。鏡に映った姿を見てもアユムと違って、全く癒されない。
「お世辞じゃなくて、本当だって。なあ、アユム」
「うん!オクトもかわいいー」
「……ども」
アスタとアユムにそう言われると、どういう顔をしていいのか分からなくなる。
もちろん見た目は面食いだっただろうご先祖様のおかげで、美少女だ。なのでドレス姿に違和感を感じているのは、たぶん私だけなのだろう。でもどうしても、自分自身の性格を知っていると、とても萌える事ができない。
唯一の救いは、私のドレスの色が可愛らしいピンク色ではなく、青色という事だろうか。何故か全員が全員、可愛い色合いのふりふりのドレスばかり選ぼうとするのだ。なのでシンプルなドレスにするのに骨が折れた。
本当は黒とか茶色が良かったのだが、地味系の色のものは圧倒的多数の反対意見で棄却されている。こんな時に団結なんてしなくていいのに。
「アスタも似合っているよ」
「えっ、本当か?」
褒め返すとアスタはパッと笑顔になった。そんなアスタの服はフリルがあしらわれた貴族服だ。長身な為すらっとしており、よく似合っている。とても90代には見えない。かなりのイケメンだ。
はっ?!
ぼんやりとアスタを眺めていると、ふと、とても素晴らしい案が頭の中に浮んだ。
もしかしたらこれはチャンスじゃないだろうか?
結婚式は出会いの場ともいう。きっと貴族で国一番の魔術師で、見た目もイケメンという、優良物件なアスタに一目ぼれした貴族のお嬢さんが出てくるに違いない。その中に1人ぐらい、アスタの好みの子もいるだろう。そうすれば、アスタは結婚。そして結婚したら流石に私と一緒に暮らすという事はないはずだ。
研究を一緒にやる事までは断れないが、現状の同棲問題は解消できる。とうとう私にも運が回ってきた!
「オクト、何を笑っているんだい?」
「べ、別に……。それより、そろろろ行かないと式に遅れる」
とはいえ、今考えた妙案は、できるだけ内密に進めなければ。
昔アスタがお見合いを片っ端から勧められてうんざりしていた事があった。というか、それが原因で私を引き取ったって言っていたし。となるとこの案を素直にアスタに伝えたらきっと不機嫌になるに違いない。とらぬ狸の皮算用で、怖い思いをするのはごめんだ。
それでも、ここは一つ私も一肌脱ぐべきだろう。私自身そろそろファザコンから卒業しなければと思っていたのだから丁度いい。
私は大きな野望を持って、伯爵邸に転移した。
◇◆◇◆◇◆
「オクトちゃーん!!」
「ぎゃうっ」
伯爵邸の中庭をのんびりと歩いていると、突然強い力で抱きしめられた。その力で私は一瞬気が遠のきかける。……お願い、体格差というものを考慮して下さい。
「えっと、ミウ?」
「久しぶり、元気だった?!」
「うん。まあ。ミウは元気そうだね」
ミウは私を放すと、オレンジ色の瞳を眩しそうに細めた。
「元気だけど、勉強が忙しすぎて遊べないの。オクトちゃんは7年で終わっていいなぁ。私は後2年頑張らないと」
「ああ。ミウも魔法薬学科に進学したんだっけ」
ミウはあまり勉強が好きではないので、てっきりライと同じ学科に進学するかと思っていたが、なんと私と同じ魔法薬学科に進学したのだ。
人生何が起こるか分からない。
「うん。卒業したら、薬屋開いてバリバリ働くわ。その時はオクトちゃんも薬を売りに来てね。あ、アユムちゃん、アスタリスク魔術師、こんにちは」
「こんにちはー」
「こんにちは」
アユムがちゃんと挨拶できたので、私は頭を撫ぜてやる。子供は褒めての伸ばすべきだ。
「そうだ。ちょっと、オクトちゃん」
ミウはグイッと私を引っ張ると耳元で囁いた。
「アスタリスク魔術師、記憶が戻ったって本当?」
「……分からない」
私は力なく首を横に振った。
アリス先輩に言われてから、さらに数カ月たったが、相変わらずアスタの真意が見えない。それに、もしも思いだしているとしたら、どうしてそれを言ってこないんだという話になる。記憶があるなら、何かリアクションがありそうだ。
かといって、私から聞くのは藪蛇な気がして、ずっと宙ぶらりんな状態で保留していた。
「ふーん。でも親子じゃないんなら大変じゃない?」
「何が?」
一緒に暮らす事を指しているなら、たぶん親子でも大変な気がする。色々アスタなりに考えてはいるのだろうけれど、思考回路が一般と少し違うからか、行動が突飛に感じるのだ。
「だって、アスタリスク魔術師カッコいいし。1日中、あのイケメンと一緒にいるんでしょ?」
「うん。そうだけど?……えっ。もしかしてミウ、アスタの事が――」
「あ、それは無理。私はオクトちゃんと違って束縛大好きな魔族タイプは好みじゃないから。それにあのヒト、すでにオクトちゃん大好きオーラが出ているし」
無理ってなんだ。それに私と違ってって。というか、私大好きオーラなんてもの、私には見えないから。
ツッコミどころ満載のミウの言葉にげっそりする。
「……アスタはたぶん子供が好きなんだと思う」
アスタは私だけでなく、アユムの事もとても可愛がってくれている。まあ、アユムは皆から可愛がられているのであれだけど。
それにアスタは私の事が好きというよりも、おもちゃか何かと勘違いしているに違いない。たまに、猫がネズミをイタぶるかのように接してみたり、猫かわいがりしてみたりと実に気紛れだ。
「ならいいんだけど。今日はやっぱり彼氏と一緒にいるの?」
「カレシ?」
カレシさん?誰それ?
「ほら、ライ先輩の事だってば」
あっ。
ああっ?!
咄嗟に付きあっています発言したのは、半年ほど前の事。その後、再び仕事で遠くに出掛けてしまたライとは実は全然連絡をとっていなかったりする。
今更だが、アスタはライとの関係をどう思っているのだろう。もしかして、自然消滅的な?……でも、現状を考えるとそう思われても仕方がない。
「ほらほら。噂をすればっ!」
ミウが向けた視線の先には、ライがいた。ライもこちらに気がついたようで、笑顔で手を振る。しかしその顔色は徐々に蒼白になり、顔が引きつったのが遠目で見ても良く分かった。
「ほら、行ってきなよ!」
ぽんとミウに押されて、私はつんのめるようにライの方へ進んだ。
「あー……久しぶり」
「お、おう」
何ともぎこちない挨拶だ。しかし久々に会ったから照れているわけではないし、音信不通だったから気まずいわけでもない。私もライも背後にいるアスタが何故か怖くて上手く喋れないのだ。
「と、とりあえず、馬子にも衣装だな」
「どうも。ライはいつもの変装の一環っぽいね」
「一応俺は貴族なんだから、これが正装だっつーの」
それもそうか。
ライは第二王子であるカミュの乳兄弟という立場だ。あまり貴族っぽくないので忘れそうになるが、ただの海賊やメイド、傭兵ではない。
ライと話していると、グイッと後ろから抱きしめられるように引っ張られた。
「よう。恩師にあいさつもなしとはいい度胸だな」
頭の上からするアスタの声は低い。顔は見えないが、とても不機嫌そうだ。
「い、いや。今挨拶しようと思ったんだって。でもオクトがいつもと違って可愛い衣装を着てるから……」
「オクトは衣装が可愛いんじゃなくて、全部可愛いんだよ」
ただし、性格を除く。
そんな言葉を私は心の中で付け加えた。
「それで、全然連絡をオクトにしてこなかったのに、今更何の用なのかな?」
「「うっ」」
私とライが同時に呻いた。
流石アスタ。痛い所と何のためらいもなくついてくる。普通付きあっている子がいたなら、その辺りはプライバシーだから関わってこないはずなのに。そういうのは本人同士の自由のはずだ。
「ほ、ほら。アスタ。ライも忙しいんだし」
仕事中毒者なライは、とにかく忙しい。全国津々浦々、今も飛び回っている。今日だってヘキサ兄はライにとっても恩師だけど、ちゃんと式に出席するとは思わなかった。
「へえ。オクトより仕事の方が大事なんだ」
何その、彼女のセリフ。私と仕事どっちが大事なの?的な。
いやいや、仕事ないとお金がないから生活できないんだよと私は思ってしまうタイプなのでその質問はどうかと思う。まあ価値感は色々なので何とも言えないが。それでも一つ言えるのは、それはアスタが使うセリフではない。
「勿論オクトの方が大切に決まって――」
「ふーん」
アスタと話すライの顔色はとてもよろしくない。
助けてあげたいところだが、どうしたらいいのか。今更ウソでしたごめんなさいとも言えない。かといって、今別れましたというのも、何だか危険な気がする。
「オクトちゃん!いいところに居たわ!」
どうしようとおろおろしていると、突然純白のドレスに身を包んだ花嫁が、スカートをたくしあげてもうダッシュしてきた。
……へ?
「アリス先輩?」
ウエディングドレス姿のアリス先輩はとてもきれいだ。とてもきれいだが、もうダッシュして来られると、びくっとなる。
「アスタリスク魔術師、ちょっとオクトちゃんを借りますっ!」
強い力で腕を掴まれて、私はアリス先輩に引っ張られるまま走りだした。
「ど、どうしたんですか?」
歩幅が違うため、少しでも速度を緩めたら転びそうだ。ウエディングドレスで良く走れるものだと感心する。でもそれぐらいアリス先輩は何か切羽詰まっているのだろう。
私の運動能力では、話している余裕はあまりない。しかしこのままでは何が何だか分からなかった。
「実は、私の伯父が毒を盛られたみたいなのっ!」
何ですと?!