40‐1話 幸せな家族
「これは……どういう状況なのだ?」
「まあ、仲がいいという事はいい事……なのかしら?」
さあ。どういう状況なんでしょうね。
そう言って一歩引いた所から感想が言えたらどれだけいいか。しかし現在の私は渦中のヒト状態なので、そんな逃げ道あるはずがない。
昼下がりに、突然私の家にヘキサ兄とアリス先輩がやってきたのが全ての始まりだ。
アリス先輩から事前にもたらされている情報のおかげで、私はなんとなく2人がそろってやってきた理由を想像する事ができた。ここにアスタもいる事を踏まえると、私の予想はまず間違いないと思う。
この場合、部外者は出ていくべきかと思い私はアユムをつれて外へ出ていこうとした。しかしそこで、何故かアスタに捕まった。そして現在アスタの膝の間に座り、ヘキサ兄達と真正面から見つめ合っている状況だ。……意味が分からない。
これから触れられる話題を考えると、騒がしくなるのはマズイだろうと思い、アユムは隣の部屋で勉強しているが……正直私もアユムの方に行きたい。
「アスタ……別の椅子を用意するから」
せめてこのおかしな体勢だけでも直したいと訴えてみるが、アスタは上機嫌な笑顔を浮かべていた。
「体勢が辛かったら、俺の方にもたれていいから。そうそう、これで昨日のゲームの命令権はチャラにするよ」
うっ。それをいま使うか。
「命令権?」
「ゲーム?」
緊張してここまで来ただろうに。そう思うが、アリス先輩とヘキサ兄は、ここに来た理由よりも私達の方が気になってしまったようだ。まあいきなり目の前で変な行動をとったら、そりゃ気になって当然だけど。
「昨日、アユムとアスタの3人でゲームをしたんです。優勝したら、1回だけ何でも命令できるという条件付きで」
私は仕方なくぼそぼそと現状の説明をした。
昨日雨がふって、アユムが暇だったため、一緒にカードゲームで遊んだのだ。優勝というのは、何度も色んなゲームをするので、とりあえず一番勝った回数が多いヒトの事を指す。結果、アスタは大人げないぐらいに勝利を物にしていったという。
神経衰弱的な記憶力を試すものなら私が強かったし、完璧な運だけを必要とするゲームはアユムが強かった。しかし頭脳戦が入ってくると……今思いだしても腹が立つ。今度リベンジしなければ。
「危険な遊びをするのね」
「へ?いやいや、ただのカードゲームですよ」
なんだか先輩がすごく残念なモノを見る様な目をしている気がするのは気のせいだろうか。別に私だってロシアンルーレットとか、そんなん恐ろしい遊びはしていない。
「それより、今日は何か話があってきたんですよね」
このまま私達のくだらないゲームの話をしていても仕方がないと思い、私は先輩達が話やすいよう話題をふった。こういうのは、タイミングと勢いが大切だ。
ヘキサ兄も今がチャンスだと理解したようで、すっと背筋を伸ばした。
「アスタリスク様。このたび、私はこちらの、アリス・フィオーレ嬢と結婚しようと思い、あいさつに来ました」
言った!
そして、やっぱりか!
堅物なヘキサ兄が結婚。しかもアリス先輩と。正直、アリス先輩から結婚する旨を聞いた後に全く推測できなかったというわけではない。
今回2人が一緒に家にやってきたのを見れば想像もついた。それでも、実際に改めて聞くと嬉しくなる。
「確か君は、今図書館で館長をやっている子だったよね」
「はい」
珍しくアリス先輩が緊張している。でも普通に考えたら、結婚を報告に来たわけだから緊張するか。貴族同士の結婚は、親が反対すればそれまでだ。駆け落ちという手もあるが、この2人がそれを選ぶとはとても思えない。となれば許しが貰えるまで、何度も直談判するしかなくなる。
「ふーん。いいんじゃない?これからよろしく頼むね」
軽っ。
いや、でもアスタは嫁に出すのではなく嫁を貰った立場になるのだから、そうなるのか?
アスタの親馬鹿度を考えると、もしかしたらごねるかもとチラッと思ったが……そっと伺ったアスタの顔は普通だ。しかもどちらかと言えば、喜んでいる顔である。
「その上で、結婚式をするにあたって、是非出席してもらえないかと思って来たのだが、どうだろう?」
結婚式の出席?
普通親子だったら、よっぽど反対された結婚でもない限り出席するのではないだろうか?改めて聞くと言う事は、アスタがすっぽかしそうだからとか?
確かにアスタは仕事馬鹿というか、魔法馬鹿だし、結婚式の日を忘れていてもおかしくないタイプだ。まあでも、私が気にして送り出せばいい話か。
アリス先輩のウエディング衣装はどんな風だろう。背が高くてモデルスタイルだから、さぞかし映えるだろう。ふんわりとしたドレスもいいが、マーメードラインも捨てがたい。ああ、でもこの世界の結婚式ってどうやるんだろ。信仰も龍神だろうし。
でもやっぱり神様に誓うのかなぁ。
「オクトちゃん、何だか他人事みたいな顔をしているけど、貴方に言っているのよ?」
「へ?」
私?
一瞬何の話か分からず、瞬きをした。
しかし良く考えれば、私はアスタの膝の前に座っているのだから、私を見てもアスタを見ても、視線はさほど変わらない。
「アスタリスク様は、私の義父に当たるのだから出席するのは当然だろ」
……ですよね。
私もさっきに疑問に思いましたとも。ヘキサ兄に言われて、私はへらっと笑って誤魔化した。
確かにアスタが出席する事が決まっているのならば、出席してもらえないかとお願いされるのは別のヒト。この場だと私だけになる。
折角のヘキサ兄とアリス先輩の結婚式。是非とも見てみたい。しかし私は混ぜモノだ。主役2人は問題ないとしても、参加者の中には私が出席する事を不快に思うヒトも居るだろう。折角の楽しい気分が、私の所為で損なわれるのは遠慮したい。
唯一の救いは、アスタと親子関係だった事がなかった事になっているので、ヘキサ兄とは実質赤の他人である事だ。もしも私と兄弟のままだったら、アリス先輩側の親族に断られた可能性もある。
総合して色々踏まえると、選ぶなら欠席だが……。
「ご結婚おめでとうございます。ただ……えっと、そう言う場所に着ていくドレスを持っていませんので、今回は遠慮させていただきます」
混ぜモノだから欠席しますなんて言ったら、優しい2人の事だ。そんな事ないなどと私を叱ったり、慰めたりして、結局出席する事になってしまう。なので、まるっきり嘘ではないが、いい断り文句を使う事にした。
アリス先輩もヘキサ兄も、お貴族様だ。対して私は、一般庶民。同じ席につけるだけの服を持っていないのは本当だし、新調するお金もなかった。……いや、ないわけではないが、色々他にまわしたいので、私の衣装代なんかに使うのは勿体ないというだけだけど。
「お2人のご結婚のお祝い品は、後日お渡ししますので……申し訳ありませんが――」
――あれ?何でアリス先輩、すごくいい笑顔をしているんですか?
ぞくりと寒気がして、私は自分の腕を握る。この笑顔はたぶん私が断ってくれてうれしいという類のものではない。というかアリス先輩はそういう事はしないと思うし、ぶっちゃけ心の中で思っても顔には出さないだろう。そんな簡単に顔に出るようでは、魑魅魍魎的な魔法使いや王族と対等にやり合っていかなければならない、図書館の館長なんて務められない。
だとすると――。
「オクトちゃんなら、そう言うと思って、もうドレスはお願いしてあるわ」
「……は?」
「お金の事は心配しなくていい。私が出席して欲しいと頼んでいるのだからな。もうすぐ、町から針子が来るはずだ。オクトとアユムは採寸してから布を選んでもらう」
布を選ぶ……採寸って――。
「お、オーダーメイドですか?!」
なんという、贅沢品。しかも2人分。
私は、ぶんぶんと首を振った。そんなもの、一介の薬売りが貰う事なんてできない。
「だ、駄目です。いただけません!そう言うのは、私ではなくもっとドレスの似合う方というか、普段使う方が作るべきであって。えっと、何と言うか、色々無理です」
頭の中が大混乱だ。
例えばここで私がドレスを作ったとしよう。果たしてそのドレスを次に着る事があるだろうか。普通に考えればないだろう。
私は舞踏会に参加する予定が沢山ある、お姫様じゃないのだ。
「オクトは私の大切な……薬師だ」
「そして私の大切な後輩よ。それぐらいして当然じゃないの。でも私の結婚式に今の恰好で来たら、一生恨むわよ」
「……そりゃ、この恰好では行けませんけど」
私の恰好は、白衣にズボン。ドレスどころか、女性の服装からも程遠い。でもこの恰好が一番楽なのだから仕方がないと思う。そもそもここは自然が溢れる場所。スカートで薬草をとりに森へ入るのは困難だから必然的にズボンになる。
「それに伯爵家の結婚式の参列者として、オクトちゃんに恥ずかしい恰好をしてもらったら困るの」
「……だから出席しないと――」
「言うわよ」
「へ?」
「私の一生のお願いごとなのに、聞いてくれないんだったら、オクトちゃんの秘密をここで暴露するわ」
秘密……秘密ってまさか?!
私がこの場でばらされて困る秘密など一つしかない。アスタと元々親子だったという事だ。この秘密が暴露されたら、私の人生は風前の灯になってしまう。
「オクトの秘密?それは気になるな」
ひぃぃぃぃぃ。
頭の上から降ってきた言葉に私は恐れおののく。一番気にしちゃいけないヒトが、興味を持っちゃったじゃないですか!
「い、行きます!行きますから!」
「服もちゃんと作って着てくれる?」
「作ります!でもって、ちゃんと着ますから!」
止めて、お願い。勘弁して。
あああ。でもアスタの興味が明らかに私の秘密にスライドしたのを感じる。本当に、どうしてくれるんですか。
私が渋ったのが悪いのかもしれないですけど。でも2人の事を考えてなんですよ!と言いたいが、不用意な発言は私の首を絞めそうで、言うに言えない。
「良かった。アスタリスク魔術師もオクトちゃんのドレス姿楽しみじゃないですか?私は是非ふんわりした可愛らしいドレスを着て貰いたいんですけど、でも大人可愛い的なのも捨てがたくて」
パンと手を叩くと、アリス先輩はにっこりと笑った。
「ああ。それは確かに楽しそうだね。いつもオクトは地味な服ばかりを着るから、たまには華やかな色を着ても似合うんじゃないかな?」
「分かります!素材がいいのに、勿体ないですよね!私も蜂蜜色の髪なら、明るい色の服が似合うと思うんですよ。最近は腕とか足を露出したものも流行り始めているんですよ!実は色々、デザイン画を持ってきたんです!見てもらえませんか?!」
おや?
気がつけば2人が勝手に私の服で盛り上がり始めた。
幸いな事にアスタの頭から、私の秘密については消えたようで、今はアリス先輩が持ってきたデザイン画を見てはあーでもない、こうでもないと、本人そっちのけで話しあっている。
えっと、主役は私じゃなくて、アリス先輩ですよね。そう思うが、今それを言ったら寝た子を起こしそうなので、お口にチャックをしておく。
せめてアユムの服でも考えて気を紛らわせようと思い、私もデザイン画を覗き込んだ。