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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
115/144

39-3話

 ない。ない。何処にもない。


 棚から本を全部出して調べたり、ベッドの下を覗いたりして探したが、やっぱり館長からの手紙は見つからなかった。探し方が悪いのか、それとも本当にないのか。

 私は肩を落としつつも、仕方がないと自分に言い聞かせる。

「やっぱり都合が良すぎるか」


 そう思うと余計に疲れを感じ、ベッドを背もたれにしながら、床に座り込んだ。本当なら、早く仕事に戻らなくてはいけないのに、体というより心が少し疲れて中々やる気が出ない。

 いや、私の疲れなんて、エストに比べればまだまだだ。そう思うのに、どうしても次の行動に移せずにいる。落ち込んだって仕方がないと分かっているのだけど、上手くいかないものだ。


「はぁ」

 せめて時の精霊が見つかれば、何か変わるのだろうか。

 ハヅキ様に時の精霊が住んでいる場所を教えて欲しいと手紙を出したが、返事が来るのはいつになるか分からない。果報は寝て待てというが、どうしても気が焦ってしまって駄目だ。

「……片づけよう」

 私は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 探す為に本が全て出しっぱなしだ。このままでは、次にこの部屋に入ったヒトが驚いてしまう。しかし本を元の場所に戻そうとしたところで、今手にとっている本が『ものぐさな賢者』だと気がついた。

 

 ……本当に変わったのだろうか。

 私は再び座り直すと、ページをめくる。

 パラパラと読み進めるが、特に変わったようには思わなかった。しかし確かに私の記憶とは違い主人公の『ものぐさな賢者』は『木が生えた家』に住んでいる。

 家の中に木が生えている表現が何か所かあり、とても読み飛ばしたとは思い難い。やっぱり本の中身が変わってしまったとしか思えず首をひねる。僅かな誤差。でもそれは私の思い違いなのか何なのか。

 

 例えば、コンユウがこの時間を見た後に過去へ戻り、本を改変したとする。そうすると今までと違う事になるわけだが、普通ならそんなの気が付けないはずだ。何故ならば時間は過去、現在、未来が繋がっているので、過去で書き変わったなら、私は書きかえられた本を最初から読んだ事になる。事実、アリス先輩の状態がそれだろう。

「……やっぱり時の精霊が関係している?」

 他にも時の精霊と契約した事があるヒトがいれば良いが、そんな偶然中々ない。


 上手く理解が追いつかず、ごろんと私はその場に転がった。

 そもそもこの本を書いたのは、私を殺した時間軸のコンユウなのか、それともアスタを刺したコンユウなのか。はたまたさらに別のヒトなのか。

 ややこしい。

 いわゆるパラレルワールドというものなのだろうが、考えはじめたらきりがない。

「はぁ……あれ?」

 コロンと転がって気がついたが、微妙に棚の床が傷ついている気がする。もしかして私が傷つけてしまったのだろうか。横になったまま匍匐前進でそこまで進み、指で傷跡を触って確認する。傷は棚からまっすぐのびているようで、まるで棚を動かしたような傷だった……。  


「まさかっ?!」

 この棚、動かしていたの?!

 流石に家具を動かしてまで、調べてはいない。私は棚の中身を全て取り出すと、全体重を棚へ加えた。

 すると、ずずずっと言う音を立てながら棚が動く。


「……えっ。ニンジャ?」

 別に棚の向こうに忍者がいたとか、そんなわけではない。

 ただ棚の向こうに大きくニンジャと書きこまれたのを読んだだけだ。その下には私の胸ぐらいの高さまである穴が壁に空いていた。たぶん元々物を収納する空間だったのだろう。

「ニンジャって……忍者だよね」

 何だろう。パラレルワールドにいる私が、エストにいらない事を教えた気がしてならない。外人は忍者が好きと聞くが、まさか異世界……この場合超未来人でいいのか?にも有効だったとは。


「いや……まあ、いいか」

 気にしたらいけない気がする。

 あえてその言葉はスルーすることにして、私は中に入っているものを取り出す。中には、日記らしきものや本、手紙など色々館長の私物と思われるものがごちゃごちゃっと入っていた。

 こんなところに隠してあったのか。

 ニンジャの文字が私ではない私が教えたとすると、館長は私ならば気がつくと思ったのかもしれない。


 ああ。でもそれもそうか。館長はエストだけど、私と一緒にいたエストではないのだ。

「何だかややこしい」

 同じエストだけど、違うとか、さっきのコンユウ並みに混乱する。時を司っていた女神様とか、時の精霊は混乱したりすることはないのだろうか。

 そんな考えても答えなど出ないような事を考えながら、私は館長の持ち物を物色した。





◇◆◇◆◇◆◇




『――オクト、もしもまだ時の精霊に会っていないのなら、絶対会わないで。会ってしまったなら、あんなただの合法ロリの言う事、真に受けて聞いちゃ駄目だよ――」


 いくつかのエストからの手紙の中に、時の精霊についての言葉を見つけ、私はドキリとした。まるで私が時の精霊に会いに行こうとしているのを知っているかのような言葉である。

 しかし過去にいるエストが未来にいる私の現状を知るはずもないので、私の行動を予測しての言葉だろう。まあ確かに、混融湖について調べたら、いつかはつきあたりそうな単語だ。私が時の精霊に会おうとしていると予測しても不思議ではない。でも――。

「……合法ロリ?」

 その言葉は、とても聞き覚えというか見覚えのある言葉だ。忘れもしない。その言葉を初めて見たのは、コンユウがアユムに持たせた手紙の宛名だ。たしか『オクトもしくはものぐさな賢者、合法ロリ又は図書館の館長と呼ばれているヒトへ』だったはず。

 あの忌まわしい言葉の所為で、私は毎日牛乳を飲むのを再開した。

 

「もしかして合法ロリって、時の精霊に宛ててる?」

 オクトもしくはものぐさな賢者というのは、たぶん私の事だ。オクトでは通じなかった時の為に、二つ名として広まっていそうな【ものぐさな賢者】を併記したのだろう。その後の言葉も私に宛てられているのかと思ったが、時の精霊が合法ロリならば、私ではなく時の精霊の方が可能性がある。一番最後がエストとすると、全員が時属性の関係者だ。

 それにコンユウも時を巡っているので、時の精霊に会っている可能性は高い。ちらりと紛らわしいと思った私はたぶん悪くない。


「でも会うなってどういう事?」

 時の精霊は気難しいのだろうか。

 私の場合はすでに時の精霊と契約しているので、知り合いといえば知り合いだとも言えるし、物ごころつく前の話だから知らないとも言える。

 しかし今の状態で、会わないという選択は無理だ。勿論エストやコンユウがすでに時の精霊と会って話をして、この現状なのだから、私が会っても彼らの為に何かできることなどないのかもしれない。

 それでももしかしたら何かあるかもしれないし、私自身の事についても、時の精霊なら色々知っていそうだ。

 できるなら会うなという忠告よりも、時の精霊の攻略方法を書いておいてくれると嬉しいのだが……そんなの館長だって予測できないだろう。


「案外日記の方に時の精霊について何か書いてあったりして」

 しかし日記は数十冊に渡っていて、読むのは一苦労しそうだ。

 それに手紙の量も半端なくあった。私がエストへ毎年手紙を送っているのと同様に、館長も私へ手紙を沢山残していてくれたようだ。

 それでも折角残してくれた手紙である。全部読みたい。

 ただ隠された穴の中には、手紙以外にも、まるで宝物でもしまってあるかのような箱や置物、何か包まれたものなどごちゃりと入っていた。とても今の時間だけでは確認できそうもない。

 さてどうしようか。


 思案していると、ノック音が聞こえた。

「オクトちゃん、ここにいるの?」

 聞こえたのは、アリス先輩の声だ。咄嗟に返事をしようとして、ふと館長から私へ宛てられた手紙を他人に見せるのはどうなんだと思った。

 私だったら自分が書いた手紙を第三者が読むのは言語道断。日記なんて、燃やして灰にして欲しい黒歴史が詰まっていそうだ。館長が手紙と一緒にここに隠したという事は、別に私が読むのはかまわないけれどという意味のような気はするが――。


 ドアノブが回るのを見て、私は咄嗟に叫んだ。

「わ、私には前世の記憶があります!私には前世の記憶があります!私には前世の記憶があります!」

 その瞬間、ドアノブの動きが止まった。

 よし。

「私には前世の記憶があります!私には前世の記憶があります!私には前世の記憶があります!私には前世の記憶があります!私には前世の記憶があります!私には前世の記憶があります!私には前世の記憶があります――」

 我ながら、何を変な事を叫んでいるんだと思わなくもないが、この言葉を聞いているヒトはいないので、恥は一時的に頭の隅に追いやる。

 そして叫びながら私はとりだした手紙などを急いで穴の中に戻す。

 時間が止まってしまったら物は動かないだろうかと思ったが、幸いにも私自身が止まった時の中で動けたのと同様に物も動かす事ができた。 


 時の女神様。とても便利な呪いをありがとうございます。


 初めてそんな御礼の言葉を思い浮かべながら、私は必死に手と口を動かした。この言葉を止めたらどれぐらいで再び時間が動き出すのかは分からない。とにかくやる事だけはやってしまわねば。

 全て中に入れきり、棚を元の場所に戻し、棚の中身も全て戻した所で、私は叫ぶのを止めた。

 

 さ、酸欠で死にそう。

 凄く急いで片づけをした所為で体中が痛いし、叫び疲れで喉も痛い。ベッドを背もたれにしてぐったりしていると、扉が開いた。


「オクトちゃん、こんな所にいたのね……って、凄く汗だくだけど、筋トレでもしたの?」

 どうして館長室で筋トレをしたと思うんですかとも思ったが、私は力なく頷いた。否定したとして、だったら何をしていたと言えばいいのか。

「……まあ、そんな所です」

 確かにある意味凄くいい運動だ。

 かすれた声で答えながら、明日は筋肉痛かもしれないと思い、私は苦笑いした。

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