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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
112/144

38-3話

 結局、大切な事は聞けなかったなぁ。

 神様にとんでも話の暴露をされた数日後、私はいつもと変わらず薬を秤で測定していた。秤と言っても、前世のようなデジタル秤ではなく天秤だけど。黒の大地ではすでにバネ秤が販売され、医学が進んでいる金の大地ではすでに採用されているらしいので、その内輸入したいなぁとは思う。お菓子作りのおかげで、天秤の使い方にも慣れてはいるが、やはり面倒な事には変わりない。


「はい」

「いつも悪いねぇ」

「悪いと思うなら早く治せ。医者に見せた方がいい」

 私は閉店と書いているにも関わらず、湿布薬を買いに来た老婆に渡す。

「そんな金あるもんか。あたたたっ」

「……ここも一応店だから。とにかく痛いところを温めて血行を良くして」

 私は老婆から受け取った卵をチラッと見て苦笑する。

 こうやって飛び入りで来る人とのやりとりは、物々交換が基本だ。別にお金は海賊や伯爵に売る時に得ているので問題はない。


「いつもおばあちゃんがすみません」

「いえいえ。こちらこそ新鮮な卵、ありがとうございます」

 老婆の付き添いできたお嫁さんに私は首を振った。

 確かに彼女達のおかげで卵料理が多くなる傾向があるが、肉や魚は、町へ行った時しか買わないので卵は貴重なタンパク源だ。特に育ちざかりのアユムがいるので、野菜ばっかりに偏らせたくはない。


 老婆達が出ていったのを見送って、私はふぅと息を吐き椅子に座った。

「オクト、大丈夫?」

「ああ。ちょっと立ちくらみしただけだから」

 店の隅で遊んでいたアユムがちょこちょこと私の方へ寄ってきた。私は安心させるように、アユムの頭を撫ぜてやる。

 たぶんこの疲れは、連日時属性の精霊について調べているからだろう。おかげでついつい睡眠時間が短くなってしまうのだ。アユムに心配をされてしまうという事は、顔色が悪くなっているのかもしれない。今日はアユムと一緒に少し昼寝をしようか。


 そう思っていると、再び店の扉が開いた。……こういう時に限って、どうしてこんなに繁盛するんだろう。

「今日はお休みで――」

「よっ!」

 とりあえず緊急でなければ断ってしまおう。そう思っていたが、扉の向こうに立っているヒトを見て、私は言葉を詰まらせた。

 扉の向こうには、赤茶色の髪をした青年が立っている。その頬には刃物で切ったような傷があった。


「ライ?」

「相変わらず客がいない店だな」

 ライは混融湖で襲撃された時に顔に傷を負った。私の所為だと当時は落ち込んだのだが、ライはこれで女装をさせられないですむと言って笑ってくれたのが慰めだ。

「おっ。そいつが、カミュが言っていた、オクトが引き取ったチビか」

「だれ?」


 アユムは顔私の後ろに隠れて、ひょこっと顔を出してライを見ていた。あまり人見知りする方ではないが、顔に傷があるのでびっくりして隠れたようだ。それでも声をかけられるのは、普段海賊という荒くれ者に遊んでもらっているからだろう。

「俺はオクトの友達のライだ。よろしくな」

 ライはすっと屈むとアユムに声をかけた。

「あーちゃんは、アユムっていうの」

 そう言ってアユムは私の後ろから前に出ると、ぺこりと頭を下げた。ちゃんと挨拶ができたので偉いという意味でアユムの頭を撫ぜてやる。


「それにしても、久しぶり」

 ライと最後に会ったのはアユムを引き取る前だから、約1年前ぐらいになるだろうか。ライは学校を卒業した後は色んな僻地へ視察する仕事が多くなったようで、国境付近を転々としている。

「本当に全然こっちに帰ってこれなかったからなぁ。オクトも少しカミュに仕事を減らすように言ってくれよ」

「えっ、嫌」

 カミュにそんなお願いをしたら、変わりに何をふっかけられるか分からない。それにその仕事を選んだのはライなのだから頑張るしかないだろう。

「即答かよ。まあいいや、ほら御土産」

 

 そう言ってライはドスッと瓶を机の上に置いた。

「ワイン?」

「ほら、オクトがホンニ帝国製の義手や義足送った地域の名産がワインなんだってさ。そこの奴らに是非渡してくれって頼まれたんだよ」

「えっ……そんな。別にいいのに」

 義手や義足を寄付したというのは、第一王子に教えた魔法の所為で傷ついた少数部族に対してだ。もちろんそれで許されるとは思わない。それでも何かしたくて、たまたま海賊が精工な義手を使っていたので、店を紹介してもらい寄付という形をとった。

 お金は以前特許申請した研究に対して入ってくるものから、引いていってもらっている。この並列や直列の法則を見つけた研究は私だけの力ではないと思うので、使うのをずっと渋っていた。しかしこのままにしておいても溜まっていく一方なので、戦争で犠牲になったヒトに活用する事にしたのだ。


「それに元々――」

「悪いのは使った第一王子。まあそれだって全て悪いわけじゃないんだけどさ。ほら、あいつ等自分達が色々できる所をオクトに見せたかったってのもあるから貰ってやれよ。あの時は水がなくて反乱を起こしたけど、今は第一王子主導の治水事業がはいって落ち着きを取り戻したらしいしな」

 第一王子は敵対すれば容赦ないが、味方になれば色々心砕いてくれる。今回反乱を起こした原因は、一本の水脈が枯れてしまった事から始まっていた。

 なので反乱が収まった後は、第一王子はその原因をちゃんと取り除くように動いていたのだ。犠牲を最小限に抑え、民の生活も見捨てない。私にとっては魔法を勝手に戦争に使ったり、私という存在を利用しようとするので微妙な感じだが、この国のヒトにとっては名君となっている。

 そして彼がもたらした結果だけを見ればその通りだ。


「ただワインは有難いけれど、飲めないかな」

 貰い物にケチをつけるのも申し訳ないが、実際そんな感じだ。

 私は未成年だし、今後成長期が来ると予想すると、成長阻害をしそうなアルコール類は飲むべきではないだろう。……あまり関係ないかもしれないけれど、気分的に嫌だ。

 そしてもう一人の同居人であるアユムは、まだ飲ませられるような年齢じゃないし、口にも合わないと思う。使えるなら料理ぐらいだが……料理に使うには勿体ないぐらい、結構いいワインじゃないだろうか。

「そう言うと思ってさ、ほら」

 そう言ってさらにライは紙袋を机の上に置いた。その中には、チーズやウインナーなどのお酒のおつまみになりそうなものがたっぷりと入っている。


「積もる話もあるし、一緒に飲もうぜ。カミュにも声かけたし」

 カミュに勝手に声をかけている時点で、もう決定事項だろう。場所提供するんだから先に連絡を入れろよとも思うが、私も久々だし少し話したい。

「了解」

 そう言って私は、準備のいいライに苦笑いをした。





◇◆◇◆◇◆






「にしても、久々に来たら、いきなり家から変な木が生えてるからびっくりしたんだけど。なんだよ、アレ」

 カミュが来たところで、昼間からという贅沢な酒盛りが始まった。と言っても、私とアユムはただのティータイムだ。

 テーブルに並んでいるのも、おつまみ系と甘いお菓子系という異色のコラボである。まあ正式なお茶会とかでもないし、こういうのもたまにはありだろう。


「私だって生やしたくて生やしたんじゃない」

 ハヅキの所為で天井を突き破って生えた木は、今もなお生えている。いっそ伐採してしまいたいが、そんな事をしたら、大木が倒れて家が半壊し兼ねない状態だ。

 それにどういう魔法だったのか良く分からないが、穴が開いた天井の板が何故か木と癒着し、雨風は入ってこない仕組みになっていた。水も床下に張りめぐった根っこから吸い上げているようなので手入れもいらない。とりあえずどうにもできないので、枯れてしまうまでは現状のままにする事にした。

 天然の素敵なオブジェだと思いこめばそれほど邪魔でもない。家でガーデニングするヒトだっているのだし、似たようなものだ。……たぶん。


「確か樹の精霊がいたずらしたんだっけ?こんな事例、初めて見たよ。やっぱりオクトさんに精霊の血が流れているからかな」

「さあ」

 たぶん原因は、精霊の血が流れているというより、その血筋に神様がいるからだろう。

 一応神様は勝手に出歩いてはいけないようだし、もしも神様が家にやってきたと他人に伝える事で、カンナ達に迷惑がかかってしまうのも悪いと思った私は、この木が生えた原因を精霊の悪戯という事にした。昔カンナも風の精霊のふりをした事があるので、たぶんこれで大丈夫だと思う。


「オクト、あれとってー」

 アユムに言われて、テーブルの奥に置かれたチーズかまぼこみたいな食べ物を皿の上に置いてやる。意外にアユムはつまみ系の食べ物が好きなようだ。

「うわ、本気でお母さんやってるよ」

「でも見た目的にはお姉さんかな。流石に子供は産めないだろうし。もしくは幼な妻?」

「……下ネタに走りはじめたら、お前ら2人外で酒盛りしろよ」

 アユムの教育上悪い言葉を吐きそうな2人を私は睨んで牽制しておく。酒を飲んでいるので、ある程度は目をつぶるつもりだが、勿論ある程度だ。

 すでに海賊と付き合いがある時点で色々アユムの耳にいらない言葉が入っていそうだが、それでも極力避けたいと思うのが親心だ。いつかは知ってしまうのだろうけれどまだ綺麗なままの君でいて欲しい。


「ひどっ。というか、何だか師匠に似てきてないか?」

「どういう意味?」

 ライの師匠といえば、たぶんアスタの事だろう。

 魔法的な才能の部分ならば大歓迎だが、この場合はたぶん違う意味っぽい。というか心臓に悪いから、その話題はあまり出して欲しくないんだけどなぁと思うが、ライがそんな空気を読んでくれるとは思えないので諦める。

「もちろん親馬鹿って意味に決まっているだろ」


 あ、やっぱり?

 確かに最近アユムが可愛くて仕方がない。混ぜモノだから子供を産んだり育てたりする事は一生ないだろうなと思っていた。なのでこんな風に思える相手ができるとは思ってもみなかった。

 あまり良い言葉ではないかもしれないが、親馬鹿と言われても悪い気はしない。

「何とでも言え。でも、ライ達もそろそろ結婚の話がでているんじゃないの?」

 2人は私よりも5歳は年上だ。とっくに成人の儀式も終わっている。私を親馬鹿だなのなんだのと、からかっていられるような立場でもない。


「うわ、嫌な事思いださせるなよ」

「ライは結構家からも言われているみたいでね。今のところ仕事を理由に御見合いは断っているみたいだけど」

 確かに今のライは一か所に落ち着く事がなく、転々と国内を回っている。中々結婚するのは大変かもしれない。

「俺は一生独身貴族を満喫してやる!!」

 そういって、ライはヤケッパチ気味にグイッとワインを飲んだ。ライは程よく酔っ払ってきているかもしれない。


「カミュは?」

「僕は時期をみてかな。せめて兄上の所に男の子が生まれてからじゃないと、面倒な事になるしね」

 力いっぱい嫌がるライとは違い、カミュは結構淡々としている。何と言うか、結婚の話ではなく事務的な話をしているかのようだ。

「好きなヒトは?」

「好きなヒトだったら、なおさら結婚はしないよ。それに選べる立場でもないしね」

 

 そういうものなのだろうか。

 まあ確かに、結婚は政略が入ってくるので、カミュの気持ちがそのままが反映されるとは限らない。一番いいのは政略結婚だったけど、ちゃんと相手の事が好きで結婚しましただが、カミュがそれを望んでいるようにも見えなかった。

「そりゃ多少は気が合うヒトを選ぶつもりだよ」

「多少って……」

「利害が一致しているヒトが一番いいしね」

 何だか夢も希望もないような返答だ。

 結婚時期も第一王子の子供が生まれてからとか。カミュは魔力が強いので成長が緩やかだから別にそれでも問題はないのだろうけれど、寂しくはないのだろうか。

 でもそれが王族だというのならば、私はとやかくいう事もできない。


「まあでも、王子でなくなれば別かな?」

「は?」

 王子でなくなる?

「今すぐは無理だけど、将来的にはね」

 いつもならこういう話はあまりしないので、カミュも酔っ払っているのかもしれない。好きな相手なら、なおさら結婚はしないとか、王子様事情は大変なようだ。


「そういえば、最近アスタリスク魔術師がここに来たって聞いたけど?」

「えっ?記憶が戻ったのか?!」

 ライの言葉に私は首を振った。

「カミュの方には話がいっているかもしれないけど、共同研究を申し込まれてるだけ」

 それですら、青天の霹靂なんだけど。

 何がアスタの興味を刺激してしまったのか。運が悪いとしか言いようがない。


「倒れた所にたまたま居合わせたんだっけ?」

「そう。それからなし崩しでそんな話に……。カミュもアスタの上司に許可しないように伝えてくれると――」

「残念。もう許可はおりたから」

 ……はい?

 内容的にはカミュが言ってもおかしくはないセリフだ。しかし、明らかにカミュの声ではない。私は聞き覚えのあるその声と共に、さあぁぁぁっと自分の血の気が引く音を聞いた。


「アスタリスク魔術師?!」

「あー、アスタだー!」

 ライの素頓狂な声に目まいが起こる。寝不足で体調不良なのに、どうしてこういう時に限って、心労の種が増えていくのだろう。

「お前ら俺抜きで、凄く楽しそうな話をしているみたいだな」

 今一気に楽しくなくなりましたけどね。

 むしろ怖いです。今は夏だけど、そんな肝試しいらない。

 そろりと椅子に座ったまま振り返れば、笑顔のアスタがいた。勿論そこから冷気を感じるので、上機嫌の笑顔ではないだろう。


 つかつかとアスタは私の方へ近づくと、私の顎を持ってグイッと上を向かせた。さっと目をそらしたのだが、顔を掴まれている為、ばっちりと紅い目と視線が合う。

「もう一度いうけど、許可は貰ったから」

「わ、分かりました」

 ひぃぃぃ。

 近いから。怖いから。

 アスタの笑顔を見るたび、私の顔が引きつっていく。


「あの、手を放してもらえませんか?」

「何で?」

 むしろ私が何でって聞きたいわ!!

 どう考えても顔の位置が近い。なので、紅い瞳がしっかり見えて余計怖い。助けを求めたいのに、カミュもライも、何も発言しないのは驚いているからか。……それとも関わり合いたくないからか。後者だったら後で絶対泣かす。


「この方がよく顔が見えるし。それで、どうして俺との共同研究をそんなに断りたいのかな?オクトにとっても、とてもいい条件だと思うけど」

 なんて自信満々な。でもその通りだ。アスタと共同研究という事は、国からも補助が出るだろう。それに国の最新の技術も学べるのだからメリットの方が多いように思える。

 ただ私の場合は、アスタから離れて、とにかく誰にも迷惑をかけない生活を目指しているのでデメリットの方が大きかった。それにアスタの傍にいる事で、アスタの記憶が戻る可能性もある。

 

 ……アレ?それ一番不味くない?

 いや、ほら。別にアスタが嫌いで記憶喪失のアスタを一人残して家を出たわけじゃない。でもアスタはどう思うだろう。まさかの裏切り者?その場合、何だ、何がどうなるんだ?

 ダラダラと冷や汗が流れる。

「えっと、実は……その……裏切れないヒトがいまして」

「裏切れないヒト?」


 アスタが怪訝な顔で聞いてきた。

 えーっと、咄嗟に言いわけをしてみたが、その次の言葉は全く考えていなかったので、さらに冷や汗が出る。逃げ出していいだろうか。……悪化するだけですね。分かってます。

 どうしても脳内が逃避へ向かっていくが、逃避している場合じゃない。いつものオチなら、逃避した事により、さらなる悪化を招くのだ。

 ここは慎重にいかなくては。


「い、一応未婚の女なので、あまり男性と一緒というのは……」

「責任とればいいの?」

「い、いえ。結構です。勘弁して下さい」

 さらりと恐ろしい事言わないで下さい、マジで。本気で失神してしまいそうだ。

 責任をとるって、何をする気だ。そこまでして、共同研究したいとか、どれだけ魔法に力を入れているの?!凄い魔術師だとは思っていたけれど、これぐらいしなければ、アスタレベルにはたどりつけないのかもしれない。私では無理だ。


 こうなったら、最終手段だ。アスタに責任をとられないためにも、もうこれしかない。

 意を決して、ごくりと生唾を飲む。

「じ、実は、私。ライとつきあっていて……その……ということなので」

「「「はあぁぁぁ?!」」」

 悪いライ。

 その場しのぎで、私は無関係な顔をしているだろう2人のうち、一番害がすくなそうな方を巻き込む事にした。

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