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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
111/144

38-2話

「おーい。オクト、聞いているか?」

 ひらひらっと、目の前でカンナに手を振られて、私ははっと気がついた。あまりに予想外な発言ばかりが続いて正直、頭がついていっていない。

 なんとか理解できずとも、納得をしようと私は頭の中を切り替える。


「そっか。そうだよな。セイヤも死んじまっているわけだし、オクトにそう言う事を教えられる奴はいなかったんだよな」

 カンナは腕を組み、何故か勝手に頷いている。

 そしてにこっと笑うと、いきなりしゃがんで私に目線を合わせた。そしてよしよしと私の頭を撫ぜる。……意味が分からない。


「あの……何ですか?」

 明らかに子供扱いだ。いや、まあ。カンナがママと同い年と考えると、確かに私は子供のようなものだろうけれど。でも私はもう幼児じゃない。

「オクトはちゃんとセイヤに望まれて産まれたんだ」

「はい?」

「そうでなければ、高位の精霊と産まれたばかりの子供が契約するなんてありえないんだ。だから堂々と生きていいんだ」


 カンナの言葉に、何と返していいのか分からず、私は黙りこむ。私が望まれて産まれた?いきなり言われて、頭の硬い私がはいそうですかなんて言えるわけがなかった。

 もちろんそんな風に言ってもらえて嬉しくないわけではない。でも私には自分がヒトに望まれるような人物には思えなかった。

 もちろん誰からも嫌われているなんて、そこまでは思っていない。クロやヘキサ兄、アユム達がいるのだから、そんな風に思っては罰が当たる。カミュは、絶対怒るだろうし。

 でも堂々と生きるのは……無理だ。


「その言葉は嬉しいです。……でも」

 私はどう言っていいのか分からず、とりあえず笑った。カンナが私の為に言ってくれたのは間違いないのだから。

「でも?」

「混ぜモノは危険です」

 私は産まれるべきではなかった。

 この言葉はたぶんカンナを傷つける。だから心の中だけで呟く。

 きっと私がいなくてもこの世界は回っていくだろう。でも私がいなければ生まれなかった不幸はある。それは理解していくべきだ。


「そんなもん。危険じゃないヒトなんていないんだから、普通じゃね?」

「はい?」

「ほら。混ぜモノじゃなくたって、魔法ぶっ放せば危険だし、刃物振り回しても危険だし。混ぜモノだから危険って事はないだろ」

「そりゃまあ……。でも規模が違いますし」

 混ぜモノの暴走は恐ろしい。好き嫌い無視して、全てを無に帰そうとしてしまう。どれだけ心が乱されないようにと努力しても、絶対大丈夫なんて事はありえない。

 私はどうしても好きなヒト達を傷つけたくなかった。ヒトを傷つけるのは、正直苦しくて辛い。はっきりいってそんな思いを抱えるのは面倒だ。だから山奥で1人になろうとしていた。今のところ、私が甘い所為で上手くいっていないけれど、今でもその思いは変わらない。

 誰も傷つけたくないと思っているが、私は私を一番信用する事ができなかった。


 何と言ったらカンナを傷つけず、分かってもらえるだろう。そんな事を考えているとカンナが私の頬を手の平でギュッとつぶした。

「うっ」

「暴走の事を言っているなら、アレは混ぜモノの所為じゃない」

「いや、混ぜモノの所為では?」

 混ぜモノの魔力……もしかしたら魔素の可能性も出てきたが、それがあふれ出て、精霊の魔法が暴走する。多分それが混ぜモノの暴走の真実だ。

「違うだろ。混ぜモノは被害者だ。お前らが悪いんじゃない」

 どうだろう。

 カンナの言い分は分からなくはない。私だって望んで暴走するわけではないのだから。でもそもそも混ぜモノがいなければ、暴走なんて起こらない。刀を憎むか、刀を振るった相手を憎むかという話だが……どちらが正しいともいえない。


 考えても答えが見つかりそうもないので、私は小さくため息をついた。どちらにしろ、私は自分を好きになる事はできないだろう。それに良い方へ考えていて悪い方へ突き落されるよりも、最初から悪い方へ考えて覚悟を決めておいた方が衝撃は少なく済む。

 一応ここは納得したようなふりをして流してしまおうか。

「そう言っても、今更考え方変えろっても難しいよな。この間、ヒトに強要するなってミナにも怒られたばかりだし。でもセイヤはお前が産まれる事を望んでいたんだ。それだけは忘れないで欲しいんだ」

 私が誤魔化す前に、カンナが先に口を開いた。カンナの口調は真剣で、私は頷く他なかった。

 それにママが私の誕生を望んでいたという言葉を否定するだけの情報を持っているわけではない。そして私が生まれる為には精霊と契約する必要があるというならば、きっとカンナが言う事の方が正解なのだろう。


「分かりました。それで、話は戻りますが、私は魔素が作れるんですか?」

「おう。そうじゃなきゃ、オクトの周りにこんなに精霊はいないって。居ても、魔素不足で倒れるだろうし。コイツら魔素のおこぼれをもらいに来ているんだよ」

 マジですか。……目に見えないUMA的存在な精霊が、一瞬砂糖に群がる蟻のイメージになった。

 それにしても魔力も魔素も作れるなんて、まるで酸素も二酸化炭素も作れる植物みたいだ。混ぜモノは植物だった。いやいや。光合成じゃ魔素は作れないし。

「あれ?でも魔素が作れるのは、神様だけじゃ……」

 いや、だけとは言われていないか。

 でもわざわざ魔素を生み出す為に作られた存在だとさっきカンナは言っていた。混ぜモノが魔素を作れるならば、神様を作る必要はなくなってしまう。

 だとすると神様は、混ぜモノよりも効率よく魔素を作れるとか?特に今は神様は6柱しかいないとされる。となると相当効率が良くなければこの世の中は魔素不足になるだろう。

 あれ?6柱だけに頼っている現状のシステムって結構危険な状態じゃ……。でも教科書には魔素は勝手に発生するものと書かれていたそれよりはずっと理解しやすい。


「まあ効率よく魔素を作れるのは俺らだな。その為に生み出された存在だし。ただ神がいる前から魔素は存在しているわけだから、作れるのは俺達だけじゃないな」

 そう言えばそうか。カンナの話が本当ならば、神様が作られる前から魔素はあったという事になる。ならば神様以外にも作り出す方法があるはずだ。

 やっぱり魔素の多いパワースポットが関係するのだろうか。


「やはり、ここにいましたのね」


「げっ」

 カンナが目を向けた方を見れば、窓の前に茶色の髪をした女性が立っていた。腰まであるふわふわとウエーブした髪を垂らした可愛らしい女性を私は1人だけ知っている。とっさに目がいった胸はカンナと反対のささやかさ……うん。間違いない。

「私の領地を何勝手にうろついているんですの?」

 貴方もなんで、勝手にヒトの家に上がっているんですかと言いたいが、相手は人工製と分かったとはいえ神様だ。多少の理不尽は仕方がない。

「いや、ほら。俺とハヅキの仲じゃないか」

「親しい中にも礼儀あり。連絡なしでヒトの領地をうろつくだけならまだしも、申請なしで一般人に会ってはいけないという決まりを忘れたわけではありませんわよね」


 ……あ、やっぱ駄目なんだ。

 以前会った時は、事前に招待状をいただき、さらに神殿を経由して神様が住む場所まで移動した。しかも王子であるカミュを仲介者としてだ。そんな状態だからか、神様と会うと決まってから、実際に会うまでに時間もかなりかかったような気がする。

 そもそも神様は王族としか会わないはずなので、いくら姪っ子といってもアウトだろう。

「いや、だって。ほら、俺も風の神として来ているわけじゃないし……」

 非公式の場所だからいいとしたいようだが……どうだろう。ハヅキの様子を見る限り、たぶんセーフではなくやっぱりアウトコースな気がする。


「すみません」

 私は少し考え、速やかに謝る方針に決めた。

「えっ、オクトちゃん?!」

「私がカンナさんに会いたいと無理を言ってしまったんです」

 まさかこんな早く来てしまうとは思わなかったけれど、言いだしたのは私だ。速やかに場を収める為に私はぺこりと頭を下げた。家の中で、神様バトルとか勘弁して欲しい。

「いや、俺が悪いんだって!ほら、オクトに伝えておかなくちゃいけない事もあっただろ。それでっ!!」

「……まあ年下の女の子にすべての罪を擦り付けるようなヒトが同族じゃなくて良かったとしますわ。でも誤魔化す身にもなって下さいね」

 ハヅキは瞳を半眼にしてカンナを見たが、諦めたようにため息をついた。誤魔化すって誰に対してなのか。分からないが、神様にも神様なりのルールがあるのだろう。


「オクトちゃんも突然訪問してしまって、ごめんなさいね」

「い、いえ。大丈夫です」

 一応ハヅキは人としての常識も持ち合わせているようで、カンナを責めるのをやめると私に向かって謝罪した。神様に謝ってもらうなんてどうしたらいいか分からず、私は問題ないという意味で首を横に振る。あまりに気安くて忘れそうになるが、相手は神様。王様にだって頭を下げなくていい存在だ。謝ってもらうとか、色々ありえない。


「それで、カンナちゃんは、伝えたい事は言えたのかしら?」

「えっ。まだ……い、いや。今から言うところだったんだって。別に、このまま一緒にお茶しようとか思っていないから」

 カンナさん、色々ぶっちゃけ過ぎです。

 このヒトというか、この神様は嘘がつけない質のようだ。そしてアウトな感じの訪問なのに、お茶までしてこうとは、なかなかに図太い。

 ああでも、神様が来ているのだし、お茶ぐらい出したほうがいいのか?


「お茶、ご用意しますけど……」

「ありがとうございます。でも要件が終わったら、すぐ帰らせていただきますのでいいですわ。今度私の社で飲みましょうね」

「えー。折角、誘ってくれてるんだしさぁ」

「いいですわよね?」

「はい」

 あ、言い負けた。

 どうやら、カンナはハヅキに弱いみたいだ。実際2柱を見ていると、ハヅキの方がお姉さんのように感じる。見た目はそれほど差があるようには見えないが性格の問題だろう。


「で、まあ。ここからが本題なんだけど。魔素がないとヒトは生きていけないわけだ」

「はあ」

 カンナは気を取り直したように再び語り出した。

 魔素がなければ魔力が作れない。魔力がなければヒトは死んでしまう。そう考えれば、魔素がないとヒトが死んでしまうというのは間違っていない。事実、それで一度滅びかけたとカンナも言っていた。

「だからさ、オクトが魔力の低いヒトでも魔法を使えるようにしようとしているのは知っているし、別に俺も頭ごなしに反対はしたくないんだ。ただできるだけエコな魔法にして欲しいんだよ。少なくとも魔素を使わないタイプでさ」

「……エコですか?」

「あー、エコっていうのは、できるだけ魔力や魔素を使わないって事で。その、なんだ。今は俺ら神も半数になってしまっているし、魔素をあまり使われるとバランスがとれなくなるんだよ。いや、ほら。オクトが悪いわけじゃなくてだな、むしろ皆が平等に魔法を使えるとか、いい考えだと思うぞ。うん」

 必死にフォローしてくれているが、ようはあまり魔素を使うなという事だろう。まさかファンタジーな世界でもエコを考えさせられるとは思ってもみなかった。


「カンナちゃん。姪っ子に嫌われたくないからって……」

「違うって!俺は本当にオクトの考えはいいと思うんだよ。ただ、ちょっとやり方を考えた方がいいと思ってさ」

 いや、うん。そんな必死に言いわけしなくていいですから。むしろ言いわけをすればするほど、カンナさんは余計に墓穴掘りそうな気がします。

 ハヅキのカンナを見る目がとても生温かいが、たぶん私も似たような目をしているのだろう。……ママと姉妹なのだし、この人私より年上なんだよなぁと思うが、今の様子はとてもそうは見えない。


「うっ。ハヅキ、その目は何だよ!俺は本当の事を言っているだけで。とにかく、俺が伝えたかったのはそれだけだから。じゃあ、俺は帰るから!後はそこのペッタン子にでも聞いてくれ」

 へ?

 顔を真っ赤にしながらカンナは叫ぶと、瞬きする間もなく目の前から消えた。そんなに私に優しくするのが恥ずかしかったのか。もしくはそれを他者に指摘されるのが恥ずかしかったのか。

 でも最後の最後に照れ隠しで暴言を吐くなんて、まるで子供みたい――。


『ミシッ』


 自分の真横辺りから何処か不吉な音が聞こえて、反射的に横を見た。そしてその直後に見なければ良かったと後悔する。

 壁や床として使われている木材から芽が出ているのだ。それが板と板の間を縮め、軋む音を出している。この不思議現象は、やっぱり……。

「誰がペッタン子よっ!!」


 ハヅキが叫んだ瞬間床から生えていた芽が一気に成長して天井を突き破った。私は家が揺れる振動で尻餅をつく。その間もぐんぐんと木は成長した。

「カンナちゃんの馬鹿っ!!もう知らないっ!!」

 ハヅキの声と一緒に家が揺れ、家の中で生えた木が幹を太くする。

 そして可愛らしく両手で顔を覆い隠したハヅキは、私が突然生えた木に注目している間に家の中から消えた。全てが一瞬の出来事で、私も何と言っていいか分からない。


「オクト!!じしん!!……って木?!どうしたの?」

 突然の地震に驚いたらしいアユムが部屋の中飛び込んできた。そして部屋の中に生えた木を見てさらに目を丸くする。うん。私も突然家に木が生えていたら、驚くと思う。前世のアニメで出てきた、隣に住んでいる森の妖精さんだってこんなとんでもない悪戯はしなかったはずだ。

 答えてあげたいのは山々だが、私も何が何だか分かっていない。現実は小説より奇なり。とりあえず言えることは……。


「神様相手でも、修繕費とか請求できるのかなぁ」

 流石にそれは罰あたりだろうか。怪我がなかっただけ良かったのかもしれないし。でも家に木を生やしたままだと、さらに町のヒト達から変人扱いされそうだなぁ。

 そんな事を思いながら、今度から生きる災害である神様に会う時は家ではない別の場所にしようと誓った。

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