3-3話
最後の公演も無事終了し、私は片づけを手伝っていた。力仕事はできないので、もっぱら道具を磨いたり保全をする。今もフラフープの数を数えている最中だった。
「オクト、ちょっといいかい?」
アルファさんに声をかけられ、私は立ち上がった。ドキドキと心臓が打つが、もう答えは決まっている。私は道具置き場から外へ出た。
空には満天の星が広がっている。この星が消えたら、アルファさんとクロはここから立ち去るのだ。そしてこの一座もこの町から出ていく。
「この間の、答えをそろそろ聞きたくて--」
「おい。アルファと混ぜモノ、団長に呼ばれてるぞっ!!」
アルファの声をさえぎるように、遠くから他の団員が大声が聞こえた。
「こっちは、今大事な話をしてんだよ」
「団長が至急って言ってるんだってっ!!頼むよっ!!」
「まったくもう。あいつは本当に自分勝手なんだから。オクト、悪いけれど話は後にしよう」
どうせいつ返事をしようとも意思が変わる事はない。私はこくりと頷いた。
アルファさんに手を引かれ団員の元へ行く。
「それで、肝心の団長は何処にいるんだい?」
「団長室だよ。何か上客が来てるんだ。公演依頼かな」
「何で公演依頼で私たちが呼ばれるのさ」
そういえばと団員も笑った。
しかし団員は上品な人でさと楽しげに説明続ける。私の頭の中には、キャベツ頭……じゃなくて、キャベツ色の髪の少年が思い浮かんだ。彼は私の歌が聞きたいと言っていたので、私が呼び出されるといったらそれぐらいだ。ただし彼は上品かもしれないが、公演依頼するような年齢には見えない。となればきっと誰か知り合いに頼んだのだろう。
アルファさんが私を引き取りたいと言ってくれている事はきっと団長も知っている。だからアルファさんと私の2人を呼んでいるのだろう。
「分かった、分かったから。ほら、オクト、行くよ」
アルファさんは団員の賛辞を片手で止めると団長がいるテントの方へ足を向けた。他の団員もまるで王族や貴族が来たかのような騒ぎっぷりだ。
「失礼します」
「失礼します」
アルファさんがテントの扉を開いたので、私も慌てて頭を下げる。本当に貴族ならば、公演を受ける受けないに関わらず、粗相をするわけにはいかない。もし何かをしでかしたら、二度とこの国へは来れないと前に団長からきいた。
「やっと来たか。アルファ、オクト、入れ」
団長と向かい合う様に、黒髪の男が中央で腰かけていた。マントを羽織っており服は見えないが、その止め具は多分大粒の宝石だろう。団員達が騒ぐのもなんとなく分かった。
もし本当に貴族からの依頼で公演をするならば、一座に箔がつくし、給金もかなり貰えることだろう。
「用事はなんですか?まだ片づけの途中なので忙しいのですが」
片づけは確かに途中だけど、一流の芸人であるアルファさんはそんなこと気にする必要ない。多分、客がいるから言葉のあやだろう。
「ああ。まあ用事はと言うのは、アルファというよりも、オクトにだな。オクトこっちへこい」
団長に手招きされて、私はアルファさんを見上げた。アルファさんも仕方がないと肩をすくめると、私の手を放す。行って来いという事だろう。
団長はアルファさんよりもさらに大きいので、近づくと顔を見るのが困難だ。多分二メートルぐらいあるんじゃないだろうか。首が痛い。
「オクト。こちらは、王宮の魔術師である、アスタリスク様だ。お前を引き取りたいと申し出て下さっている」
「やあ、小さな賢者様。またあったね」
そこにいたのは、異界屋にいた魔族だった。私を見下ろす紅い目は楽しげだ。だが私は楽しむ余裕もない。今団長は何て言った?
引き取りたいって、えっ?!どういう事?
「ちょっと、待って下さい。オクトは私が引き取る事なったはずです」
混乱して何も言えない私より先に、アルファさんが抗議した。まだアルファさんには何も言っていないが間違ってはいない。申し訳ないけれど、アルファさんの好意に甘えようと私は決めていた。
「そもそも、お前には引き取れないだろ。混ぜモノがいたら、宿もまともに使えないんだぞ。お前ら自身どこかに定住する気はないくせに。毎日野宿でもするつもりか?」
えっ。
私は団長の言葉に耳を疑った。混ぜモノは宿が使えない?なんで?そんなの初耳だ。
「混ぜモノはね、いつ何が起きるのか分からないからね。だから宿などはよっぽどランクが上な、保険に入っているような場所でないと使わせてもらえないんだよ」
知識不足で困惑している私へ、アスタリスクが説明する。
「そしてそんなホテルを使えるのはまず、貴族ぐらいだろうね」
つまり私やアルファさんでは到底無理だという事か。嫌な現実というか、混ぜモノの人権のなさっぷりが酷い。混ぜモノって、本当に嫌われているだと、しみじみ実感した。
「それは、私がなんとか--」
「なんとかって、何だ。オクトに顔を隠させて生きて行かせるつもりか?そんな事ノエルが願っていたとでも思うのか?」
アルファさんは団長の言葉に、唇をかみしめる。
ママの願いなんて、きっと誰にも分からない。私自身は顔を隠して生きても、別にいいかとは思う。それだけ嫌われていて、その方が楽に生きられるなら問題ない。
でも私の所為で、アルファさんやクロに迷惑がかかるのは嫌だ。
「それに俺も慈善事業でこの一座をしてるんじゃないんだ。もちろん引き取り手がいないなら面倒をみるぐらいの情は持ち合わせている。でもな、アスタリスク様はお前を引き取りたいとおっしゃられているんだ。オクト分かるか?」
その言葉は嫌というほど分かった。
私だけではこの一座ではやっていけない。力仕事も出来なければ、何か凄い見世物になる特技があるわけでもない。クロがいなければビラ1枚配れない。ここでも私は足を引っ張るだけなのだ。
「……アスタリスク様の家に行く」
「オクト?!」
私はアルファさんの顔を見ないようにアスタリスクだけを視界に入れる。今アルファさんを見たら流石に心が折れそうだ。
悠然と笑う、アスタリスクはまるで悪魔のように見えた。彼が欲しがっているのはきっと私の前世の記憶だ。アルファさんのように私を思っての事では断じてないだろう。ただ理由がしっかりしている分安全だ。そして彼は私を引き取っても問題ないほどの金を持っている。
「よろしくお願いします」
産まれはどうしようもない。こんなの、とても理不尽な選択だ。……自分が何も分からないただの5歳児だったら良かったのにと思った。
それでも、そうはなれないので、私は悪魔へ静かに頭を垂れた。