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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
109/144

37-3話

「おいしかったよ。ごちそうさま」

 

 へ?あ、ああ。

 ふと気がつけば、アスタは自分のぶんのオムライスを綺麗に食べ終えていた。しまった。どうやら私は食事の間ずっと考え込んでいたようだ。

 混融湖や時属性の不思議が気になったからって、お客を――しかもアスタを無視していたなんて大失敗だ。

「おいしかったー!アスタ、また来てね!」

「うん。すぐにまた来させてもらうよ。オクトとこれから一緒に共同研究をしていくからね」


 何ですと?!

 人懐っこいアユムがアスタが仲良くなっていたのは仕方ないとしても、いつの間に私はアスタと共同研究をする話しになったのか。

「えっ。共同研究ですか?」

「さっきも話した通り、オクトが見つけた並列つなぎと直列つなぎの法則を使って、より効率よく魔法石を使う研究を進めたいんだよね」

 さっきの記憶がほとんどないので、食事の間、無意識に相槌を打っていたのかもしれない。

 にこりと邪気のない笑顔を向けられるとつい頷いてしまいそうになるが、それでは駄目だ。ここは怖くてもきっちりと断らなければ。


「あ、あの。それなんですけれど……実は私は別の研究をしていまして。時間がないといいますか……。なのでまたの機会で……」

 言葉がだんだん尻すぼみになっていく。

 やっぱり、怖いものは怖いのだ。私はNOとは言えない日本人魂をきっちり受け継いでしまっているので仕方がない。

 それでもどうにか正当性のある断り方ができた方だと思う。


「なら逆に、俺がオクトの研究を手伝うよ。オクトには俺の研究を手伝ってもらうわけだしね」

「へ?」

 言われた言葉をすぐに理解する事ができなかった私は、目をパチパチとさせた。

 あれれ?おかしいな。上手く断ったはずなのに、何だか深みにはまっているような……ってなんですと?!

 アスタの申し出の意味をしっかり認識できた私は、ぎょっとした。何でそうなる。


「い、いい。結構だ……です。そんなアスタの手を煩わせるわけにはいかな……いきませんっ!!」

 私はぶんぶんと首を振って断る。

 いい断り文句だと思ったのに、どうしてこうなった。頭を抱えて叫びたいが、そんな事しても事態は好転しない。むしろアスタの機嫌が悪くなり悪化する。

「そんな気を使わなくてもいいよ。俺とオクトの仲じゃないか」

「どんな仲だっ?!」

「えーと、そうだな。今のところ研究仲間?」

 だからまだ一度も共同研究していないっての!!


 ツッコミどころが多すぎて上手く言葉にならない。

「ああ、共同研究については俺から上司に伝えておくから、オクトは気にしないでいいよ。上手く言いくるめておくから」

 気にしなければいけないのは、私ではなくアスタの方だ。

 どうしてこんなに強引なんだ。頼むからちゃんと私の話を聞いてくれ。これではまるで私を逃がさないようにするような……あれ?


 私の頭によぎった不吉な言葉に、思考が止まる。

 待て待て待て。それは流石に考えすぎだろう。だって私を逃がしたところで、アスタへの不利益はほとんど見つからない。

 そうだ。きっとこんな風に思うのは、ちょっと私が神経質になっているからだ。アスタにとってはごく自然な流れで、私の事を認めて、共同研究を申し出てくれているのだろう。だから落ち着け。パニックになっても意味はない。


「あのですね――」

「あ、そろそろ仕事に行かないと。ああ、そうだ。これから一緒に研究するんだし、敬語はいらないから。じゃあ、また後で。」

 すべての言葉を聞き終わった後には、アスタの姿は忽然と消えていた。……へ?

 ええっ?!


「やられた」

 ゴチンっと私はテーブルに頭を打ち付ける。

 落ち着こうとしている間に、まさか言い逃げされるだなんて。ちゃんと断れなかったどころか、アスタはこれから上司に共同研究の申請をするのだ。もう逃げ道はない気がするのは私だけか?

 しかもまた来るだと?

 そもそも、仕事前に立ち寄るとか何なんだ。思いつきか?思いつきなのか?

 

 ……何処か遠くに逃げてしまいたい。

 そう思うが、今更何処に逃げられるというのか。

「オクト、元気だしてー」

 よしよしとアユムに撫ぜられながら、私はやけくそで冷たくなったオムライスを口に入れた。






◆◇◆◇◆◇







 終わってしまった事は仕方がない。

 どうか上司が共同研究を断りますようにと私は祈る事に決めた。  

 それにアスタの研究は軍事機密のようなものだ。そう簡単に一般人と共同研究するのを認めるはずがない。頑張れ、アスタの上司さん。すべては貴方にかかっている。

「うん。きっと大丈夫」

 

 というかそう思わなければしかやってられない。私は深くため息をつくと、気分を切り替えた。

 アスタの事も気になるが、女神の呪いについても、もう少し頭の中を整理したい。

 そもそも時属性を持っているのは混融湖に流れ着いた人だ。そして混融湖に一度沈んだ人は、時属性を得る代わりに過去の事を話せなくなる。また時属性を持つ、館長、コンユウ、アユムの3人の共通点を考えると、瞳が紫である事があげられる。

 館長の元の瞳の色は緑色だし、日本人であるアユムも黒色だったはずだ。

「そして、私は例外と」


 ノートに分かった事を書きながら私は頬杖をついた。

 私に時属性があるのは間違いがない。実際に図書館でその魔法を使っているし、視覚でも確認済みだ。だけど私は時属性を持つ3人とは違い、瞳の色は青色のまま。また混融湖に落ちた記憶も全くない。

 そもそも混融湖に落ちたのならば、私は別の時間帯、もしくは異世界にいてもいいはずなのに、どうして生まれてから今までの時間が滞りなく繋がっているのか。


 やっぱり、前世の記憶が中途半端だということも関係しそうだよなぁ。

 

 思いついた事をとにかく紙に書き出してみたが、中々ちゃんとした仮定が組み上がらない。

 でも今回新しく『私に前世の記憶がある』と伝えることが、女神の呪いに引っかかる事は分かった。これまで私がうまく呪いをすり抜けてこれたのは、きっと前世で日本にいた時の記憶が私の中で欠如しているからだろう。

 私は前世の自分の名前すら分からないのだ。日本の都道府県だって言えるのに、何処に住んでいたのかも分からない。そもそも知識として日本という国の事を知っていたので日本人だろうと思っていたが、もしかしたらそうでない可能性だってある。

 改めて確認して気がついたが、私は前世の私という情報を何も持っていない。私が持っているのは、記憶ではなく知識だけだ。


「私は……誰だ?」

 勿論、オクトという名前の混ぜモノであるのは間違いない……と思う。ちゃんとオクトとしての記憶だってあるのだ。でも改めて考えると不安になる。逆に今まで前世を気にも留めなかった自分が能天気すぎたのか。


「風の精霊」

 ふわりと私の前に風が集まったのが分かった。目に魔力を溜めてはいないが、そこに精霊がいるのだと感じる。

「風の神に、私が会いたがっている事を伝えて」

 きっと風の精霊なら、カンナの居場所も知っているだろう。たまに手紙のやりとりはしていたが、こちらから会いたいと伝えるのは初めてなので、これでいいのかどうか分からない。

 ただ私の魔力が体内から出ていくのを感じたので、了解してくれたようだ。

 

 分からない事を情報もないまま悩んで不安になっていても仕方がない。

 混融湖は女神が融けた場所だとされる。ならば同じく女神であるカンナなら、混融湖について何か知っているかもしれない。

 混融湖に融けた女神は、一体どんな神様だったのか。混融湖に近いドルン国ですら、女神と表現するだけで、何を司る神なのかを誰も知らない。普通ならただの伝説で済ませるが、生憎とこの世界にはちゃんと生きた神様がいる。混融湖の神話が、ただのファンタジーであるとは限らない。

 それにヒトの文献には載っていない事でも、神様達の間では何か情報を残しているかもしれないのだ。ならば餅は餅屋に限る。神様の事は神様に聞くのが一番だろう。

 本当は風の神の手をわずらわせずに、自分一人で調べ上げたかった。でも最近手詰まりを感じていたのだから、仕方がない。このままでは前に進めないのだ。


「オクトが俺を呼ぶなんて珍しいな」


 それでも何とか分からないものかと考えていると、数分もしないうちに頭上から声が聞こえた。

 ばっと顔を上げれば、胡坐をかいた状態でふよふよと空に浮かぶカンナと目が合う。会いたいとは言ったが、こんな早く会うというか、現れるとは思わなくてドキリとする。

「丁度良かった。俺もオクトと話したい事があったんだよな」


 数年ぶりに会ったカンナは、初めて会った時とまったく変わらない姿で、にこりと笑った。

「あっ……お久しぶりです」

 もしかしたらカンナってヒトを驚かせるのが好きなんだろうか。樹の神であるハヅキの家を訪問した時も、窓から入ってきたはずだ。

 そもそもこんな簡単に出歩いていいものなんだろうか。

 誰からも隠された神の家を考える限り、たぶんダメなんだろうなぁとは思う。思うが、こちらから会いたいと言っておいてそれを指摘するのもどうかとも思う。なのでその言葉は呑み込んでおく。


「少し背が伸びたか?」

「ほ、本当ですか?」

 地面に足をつけたカンナは私の前に立つとよしよしと頭を撫ぜた。

「中々会いに来てやれなくてごめんな」

「いえ。こちらこそ、突然呼んでしまってすみません」

「いいって。いつでも俺の名前を呼べって言っただろ?気にするな!」

 バシンとカンナは私の背中を叩いた。カンナは神様だと分かっているのだが、こうやって話すと、普通のヒトとまったく変わりないように思える。

 

「それより、今日は一体どうしたんだ?」

 カンナの言葉に私は何から説明するべきかと思案した。

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