37-2話
「オクト。いつもより多い?」
はっ?!
アユムのツッコミで私は皿に盛り付ける手を止めた。
本日の朝ご飯。オムライス、タルティーヌ、サラダ、トマトのスープ、ミルクプリン。いつもならば、そもそも朝からオムライスはない。もしもオムライスをするなら、サラダかスープがつくぐらいだ。確かに多いと言われても仕方がない。……うん、これぐらいで終わっておこう。
いっそ、タルティーヌとかいらないだろと思ったが、手をつけなければ、3時のおやつにすればいいかという事にしておく。とりあえず、足りないよりは多い方がいいだろう。
「客がいるから」
うん。そうだ。それしかない。そうでなければなんだというのだ。
私は自分の行為の正当性を必死に考える。まさか自分が久々にアスタに料理を作れるから浮かれているだなんて事認められるはずがない。
だったらカミュがいる時よりも品数が多いのは何でだというツッコミが浮かぶが、心の中で黙殺する。
「はい。これもよろしく」
「うん」
私はさらに質問を続けて来そうなアユムの意識をそらす為に、タルティーヌの乗った皿を手渡した。アユムはそれを受け取ると、崩さないようにそっととリビングの方へ向かう。
我ながらこんな風にしか話をそらせない自分が情けない。かといって、アスタに褒められたいとか、アスタに喜んででもらいたいとかそんな意識がある事を認めてしまったら、色々何崩しにすべてが終わってしまう気がする。しかしならばどういう事なのかと聞かれても上手く返答できそうにない。
これ以上流されるわけにはいかないんだけどなぁ。
私がオムライスを持っていくと、部屋に置いてあった本を勝手に読んでいたアスタが顔をあげた。
「凄いね」
「今日は特別です……お客様がみえますので」
「いや、料理もだけど、本が凄い充実してる。この本とか、初めて読んだよ」
「はあ。趣味なので。よければ――」
貸しますよと言いかけたところで、慌てて口をつぐむ。貸しますよなんて、次回会う時のいい口実じゃないか。流されないと決めたばかりなのに、自分のうかつさに頭を壁に打ち付けたい気分になる。
「――最近出た書物です。まだ簡単に手に入ると思いますし、購入してはどうでしょうか」
わざと私と繋がりを持つための言葉を引き出しているんじゃないかと勘ぐってしまうが、私の思いこみですねすみません。わざわざアスタがそんな事をする理由なんて思いつかない。
とにかくギリギリのところで失敗を回避した私は、ふぅと息をついた。
「へぇ。最近なんだ。この著者、白の大地のヒトみたいだけど、よく見つけたね」
「はあ。図書館のアリス先輩から情報をいただきましたので。なので、図書館にも入っていると思います」
私が情報通というよりは、アリス先輩が情報通という感じだ。図書館に顔を出すたびに、アリス先輩が色々教えてくれるので、欲しそうな書物をついでに買ってもらっている。
「そうなのかい?なら図書館の方が近いか。折角だからまたここに読みに来ようかと思ったんだけど」
あ、危ないところだった。
まさかの借りるではなく、ここに入り浸ろう発言に私は冷や汗をかく。それぐらいならば、貸し借り程度の方がまだマシだ。家に遊びに来るって、いつからアスタは私の友人になったのか。
「あのですね。ここは仕事場なので、あまり来ていただくのはちょっと……」
「何で?」
そんな真顔で聞き返さないで下さい。
普通に返すならば、未婚の女性の所に男のヒトが入り浸るのはどうかと思うと伝えるのが妥当なところだろう。しかしこの発言をすると、私がアスタを男として見ていると言っているようなものなので、どうにも恥ずかしくなる。そもそも混ぜモノを襲おうなんて思う男はいない事も十分理解しているので、自意識過剰っぽくて嫌だ。
まあうちには私以外にアユムがいるし、そっちの方を理由にしてしまえばいいか。今はアユムはただの幼児だが、数年もすればまた変わってくる。船長だってアユムは美人に育つと言っていたのだ。それなのに、変なうわさが立っては困るというのはどうだろう。
「何でって……普通は――」
『リーン、リーン、リーン――』
アスタに何とか言いわけをしようとしたところで、ベルの音が鳴った。
「オクト、電話っ!」
「電話?」
アユムが叫んだ言葉に、アスタが首を傾げる。電話なんて言葉は、今のところこの世界にはないはずなので、聞き覚えのない単語だろう。
「……とりあえず、色々後で説明します。ご飯は先に食べていて下さい。アユムも先に食べてて。すぐ戻る」
「えー。オクト、待つ」
「アスタが1人で食べるのは寂しいから。お願い」
そう言うと、アユムはチラリとアスタを見て少し難しい顔をしたが頷いた。
「分かった」
「いいこ」
私はアユムの頭を撫ぜると、リビングに2人を残し、寝室に向かった。寝室には大きな箱から糸電話のような物が飛び出たモノが壁にかけてある。手作り感満載で、とても不格好だが、一応これが電話だ。箱の中には魔法陣が入っており、それがヘキサの住む伯爵家と音声を繋いでいる。
私が受話器をとると、家中に鳴り響いていたベルの音が止まった。
「もしもし」
「その声はオクトか?」
電話の向こうから、ヘキサ兄の声が聞こえた。コクリと頷いた所で、これは電話だという事を思い出して、慌てて返事をする。……やっぱりテレビ電話を考えるべきだったか。
テレビ電話にすると、風魔法と光魔法の組み合わせになるから面倒そうだと思って止めたが、どうにも相手を見ずに話すのは慣れない。相手には見えないと分かっりつつも、頷いたり頭を下げてしまうのだ。前世では普通に使っていたはずなんだけどなぁと思うが、龍玉での生活が長いのだし仕方がない。
「私はヘキサだ」
「知ってる」
というかヘキサ兄以外はかけてこないから。
この電話がつながっているのは伯爵邸だけで、他の場所には一切繋がっていない。また電話を受け取るのは誰でもできるが、電話をかけるには魔法を使う必要がある。なので必然的に、わざわざ混ぜモノに電話をするのはヘキサ兄ぐらいになるのだ。
電話に慣れていないのは私だけではないかと思い、私は小さく笑った。
「元気か?」
「うん」
「ちゃんとご飯は食べたか?」
「今から食べる所」
お前は私の母ちゃんかと言いたくなるような質問の数々に、私は一つづつ答える。そんな毎日電話しなくったって変わらないのにと思うが、まぎれもなくヘキサ兄なりの好意のしるしなので、黙っておく。
「変わった事はないか?」
「……あー」
アスタが今家にいます。
コレは明らかに変わった事だろう。だけど伝えるべきどうかを迷う。いるのがヘキサ兄も大好きなアスタなので彼が心配する事はないだろう。でもここにアスタがいるという事を聞いてヘキサ兄が家まで来てしまったらどうしよう。
ものすごいカオスだ。今でさえいっぱいいっぱいなのに、これ以上は何をどうしたらいいのか分からなくなる。
「言いなさい」
私が返答に詰まったのに気がついたヘキサ兄はピシャリと簡潔に意思を伝えてきた。……流石に素直に話すのはマズイよなぁ。
「少しご飯を作り過ぎただけ。大丈夫。多分消費できるから」
嘘ではない。さっき馬鹿みたいに作ってしまったのも、いつもからしたら十分変わった出来事だ。ただしあまりにしょうもない内容だった所為か、少しだけヘキサ兄が沈黙する。
「……食べきれないようならば、持ってきなさい」
「あー、うん。ありがとう」
流石に持って行くほどはないんだけどなぁと思うが、一応ヘキサ兄の気遣いに御礼をいう。普通ならば勿体ないから頑張って食べなさいか、食べれなければ傷む前に捨てなさいと言いそうなものだ。わざわざ消費を一緒に手伝うと言ってくれるヘキサはたぶんかなりいいヒトだ。
「必ず、何かあれば連絡しなさい」
「うん。分かった」
電話越しだと表情も見えないし、ヘキサの声は少しだけ怖く聞こえる。でもとても私を心配してくれている事は知っているので、私は素直に返事した。優しすぎる兄は、すでに兄妹でなくなったというのに、私を気にかけてくれる。
それは私の理想とはかけ離れているけれど、喜んでしまっている自分がいるのも事実。何とも自分に甘くて情けない限りだ。
私は受話器を置くと、小さくため息をついた。理想と現実は中々すり合わせが難しいものである。
とはいえ、落ち込んでもいられない。まだアスタをどうにかしなければならないというミッションは終わっていないのだ。
リビングに戻ると、アユムが笑顔でアスタと話している所だった。とりあえず、ちゃんと食事は食べ始めたみたいだ。
「あ、オクト、おかえり!」
「うん。ただいま」
アスタの面倒を見てくれてありがとうという意味を込めて、アユムの頭を撫ぜる。するとアユムはくすぐったそうに笑った。
「オクトは、ヘキサとも知り合いなんだってね」
「えっ……ええ。まあ」
あれ?今まで楽しく談笑していたんじゃ。
アユムの頭を撫ぜて少し癒されたはずなのに、すぐに私の精神力はマイナスに振り切れた。それぐらいアスタの笑顔からヒヤリとした恐怖を感じる。
何で?
そう思うが、聞くに聞けない。アユムは私がピンチに陥っている事に気がつかないようで、無邪気に笑ってオムライスを頬張っている。
「オクトも座ったら?」
「……あ、はい」
別にアスタの目が笑っていないとかそういう事はない。私の考え過ぎだろうかと思いつつ、椅子に座った。そしてどうにか落ち着こうと、スープを飲んだ。
その様子をアスタはジッと見つめている。……正直食べにくいんだけどと思うが、何かを言ったら藪蛇な気がして、どうにもあまり見ないで下さいの一言が言えない。
「えっと、アスタはヘキサ……グラム様……いや、伯爵様の事を知っていらっしゃるのですか?」
「うん。ヘキサは俺の息子だからね。聞いていないのかい?」
「ええ。まあ。それほど、親しい仲ではありませんので」
「ふーん」
「あ、いや。薬の関係では懇意にしていただいていますし……その。まあ、そんな感じで」
しどろもどろな説明になってしまったが、嘘は話していない。ヘキサからアスタと親子だなんて改めて紹介された事はないし、もう家族でもないのだ。
だから嘘ではない。……真実でもないけれど。
「俺がヘキサの父親だという事は驚かないんだね」
「あー……そういう偶然もあるのかと」
まさか知っていましたとも言えず、私はオムライスを口に入れた。質問には最小限で答える。これが失敗を少なくする一番の方法だ。
「そう言えば、この料理、珍しいね」
アスタが指したのはオムライスだった。突然の話題の転換にキョトンとしてしまうが、ヘキサ兄の話から離れられるなら万々歳だと、私は急いで意識を切り変える。
「はあ。卵の中に入っている米は、黄、青、赤の大地……そうですね、東側の大地で使われている食材です。この国では珍しいかもしれません。お口に合いませんでしたか?」
「いや。とてもおいしいよ。新しいような、それでいてどこか懐かしいような料理だなと。何処でこの料理を学んだんだい?」
何処でと言われるとなぁ。
使っている食材は龍玉のものだが、明らかに内容は日本のレシピだ。同じモノが、黄、青、赤の大地の何処かにあるのかどうかも分からない。
いつもならば必殺ママに聞いただけど……。
しかし、ふと私の中で魔が差した。
「ママに……いえ、前世で学びました」
今まで黙っていたけれど、もうそろそろばらしてもいいころ合いではないかと思ったのだ。いきなり前世がどうなんて言ったら、冗談だと思うか、もしくは頭がおかしいと思うだろう。
でもその方が私とは関わらない方がいいと考え直してもらうきっかけになりそうだ。アスタに頭がおかしいヒト認定されるのは辛いが、それぐらいは私も我慢するべきだろう。
「ママが何?」
「えっ?ですから、前世で……」
言いかけたところで、ふと周りがおかしい事に気がついた。何だろう。いつもなら聞こえる鳥の鳴き声も木のざわめきも何も聞こえない。
隣のアユムを見れば、オムライスを口に運ぶまさに途中のような格好で固まっている。瞬きをするがその様子は変わらない。少し傾いたスプーンから食材がこぼれ落ちそうになっているのに、見事なバランスで静止している。
どういう事だとアスタを見れば、アスタもまた瞬きもせず私を見ている事に気がついた。
「何か言いにくい事なのかい?」
「……いえ」
少しすると、まるで何もなかったかのように、アスタが私に聞いた。……止まっていた時間が、まるで動き出したかの様である。チラリとアユムを見れば、アユムも何事もなかったようにスプーンをくわえていた。
まさか、この現象は……。
「死んだママに教えて貰っただけです」
私は結局いつもと変わらない言いわけを口にした。というか、それしかできなかった。
コンユウやエストの事を考えると、私が何の制約もなく時魔法が使えるなんておかしいとは思っていた。でもまさか、前世の記憶があると伝える事が、女神の呪いに引っかかるなんて……。
私は動揺を胸の内に隠しつつも、目の前にアスタがいる事も忘れて、必死にその答えを見つけようと頭をフル回転させた。