36-2話
「クロぉ!!」
「アユム良く来たな!」
クロはタックルしに行ったアユムをひょいと持ち上げると、くるくるくるっと回転した。キャーッとアユムが叫び声をあげているが、どちらも楽しそうなのでまあいいか。
「ども」
「オクトも良く来たな!」
クロはアユムを下ろすと、私の頭をわしわしと撫ぜた。なんだろう、完璧アユムと同じ扱いである。
「一応、これでもアユムの保護者なんだけど」
「子供が子供を育てられるって凄いよな」
「誰が子供だ」
ちょっとだけ自分の方が大きく育ったからって。クロと私の年齢差は1歳だ。私が子供なら、クロだって子供だ。
「あ、悪い。ちょっと冗談が過ぎた」
「ちょっと?」
「違う。かなり!ごめん、マジ悪かった。だからその空気は止めてっ!!」
「クロ、オクト虐める、ダメ!!」
ポカポカとアユムがクロの足を叩いた。勿論アユムの力じゃまったく痛くはないのだけど、クロもアユム相手では無茶ができなくて、思いっきり困っている。
……何だ、この可愛い生物。とりあえず、アユムを基準にすると、こんな可愛い行動ができない私は子供ではなさそうだ。怒るのも馬鹿馬鹿しくなって私は笑った。
「アユム。大丈夫」
「ほんと?」
「うん。本当。でも、怒ってくれて、ありがとう」
よしよし。
何だか最近撫ぜるのが癖になってきている気がする。うーん。でももしもアユムが私の身長を越した時、はたして私はどうするべきか。
「お前ら、可愛すぎる!!」
「ぎゃっ!クロ!!ちょっと、誰か!!クロが暴走したっ!!」
クロが突然私とアユムをぎゅっと抱きしめるので、慌てて海賊たちに助けを求めた。
海賊に助けを求めるしかないなんて、何だか慣れ合いすぎているとは思う。でもクロはどうも可愛いいモノ好きなようで、時折暴走し、その時は誰かに止めてもらうしかないのだ。まあ可愛いモノは正義という概念は分からなくもない。でも私を可愛いに含める辺りで、残念な方向に感性がずれている。
「はいはい。それぐらいにしておくっすよ」
「げっ。副船長」
副船長である、ロキが声をかける事で、なんとかクロの暴走は止まった。
「ロキ、ありがとう」
「ありがとー」
「どういたしまして。先生もアユムも良く来たっすね」
ロキはにこりと笑うと、真っ赤なポニーテールを揺らしこちらへ歩いてきた。
「そう言えばこの間先生が作ったシャーベットとアイスクリーム。凄く売れたみたいっすよ。もっと暑くなったら量を増やしてもいいかもしれないっすね」
「分かった」
そうか。売れ行きは順調か。
実をいうと、アユムの面倒を見ながら魔の森で薬草を摘んで薬を作るという作業は思った以上に大変だった。その為私は薬を作る量を減らし、代りにお菓子を作って海賊に販売委託するという方法を取り入れたのだ。
勿論製菓修業も何もしていない私では多少お菓子作りが得意でも、プロにかなうはずがない。そこで魔法を使い、今はまだこの世界にないだろう菓子を売る事にした。その一例がシャーベットやアイスクリームである。
冷凍庫が普及していないこの国では、魔法で凍らせて食べるという概念がない。一応冬に作った氷をとっておき氷菓にしたり、果物を凍らせたりして食べる習慣はあったが、そんなものが食べられるのは貴族だけだ。なので私は対象を一般市民とし、シャーベットとアイスクリームを販売する事にしたのだ。
もちろん自分で売るのがお客様の声も聞こえて一番だとは思うが、なにぶん混ぜモノの為、私が売っては商売にならない。その為、海賊に売ってもらうという前代未聞の方法となっている。
「しばらくしたら他の店にも真似されると思うっすが、今のところ製菓に通じた魔法使いはいないみたいっすからねぇ。王宮の魔術師ですら買いに来ているって話っすよ」
「良かったな。これで凄い儲けられるぞ!」
もしかしてこれは商業で億万長者を築けるフラグなんだろうか。……でもアイス屋がもうかるという事は、海賊の軍資金も増えるという事。
何だか嫌な予感しかしない。
「オクト、イヤ?」
「なんだ?嬉しくないのか?」
「あー、まあ。お金はあって困る事はないけれど」
詰めが甘い、詰めが甘いと言い続けられている私だ。どうしても目の前の事を素直に喜べない。勿論、ここで巨額の富を得て、アユムが独立した暁には森の奥に隠居。後は混融湖についての研究をしたりしてのんびりと暮すというのも悪くない。というか、かなり賛成だ。
でも絶対何か問題が出てくるに決まっている。
人生そんなに甘くない。海賊が軍資金を集めたら、どういった問題が出るのか、ちゃんと考えておくべきだ。
……カミュに聞くか。
少し考えたが、たぶん海賊に財力がついて問題なのは政治方面じゃないだろうか。それならば、そう言った事に疎い私が考えても無意味だろう。
もしも海賊に売ってもらうのが問題ならば、何処かの製菓屋と提携を結ぶのもありだ。……薬の時のように、船長に叩きつぶされないよう細心の注意が必要だけど。
「そうだ。話は変わるけれどさ、昔オクトってケイタイを異界屋で貰ってなかったか?」
「へ?携帯?……貰ったけど」
そんな古い話よく覚えていたものだ。
携帯電話は、私の数少ない宝ものとして保管してあるが、それがどうかしたのだろうか?
「悪いんだけど、貸してもらえないか?な?この通り!」
パンとクロが手を合わせて頭を軽く下げた。
「いいけど。何に使うの?」
「実はさ、俺の育て親がホンニ帝国で機械屋やってて。この間手紙でちょっと話したら凄く興味持っちゃってさ。今異界屋でその類のものを買いあさり中なわけ。もしかしたら直るかもしれないし、絶対分解しても元に戻すって約束するから」
まあ貸す分には構わないけれど、もし治ったとしても携帯電話としては使えないだろう。どう考えても、電波塔がこの世界にあるとは思えない。
とはいえ、電波塔はなんだとか、電波とは何だと言われても、私の知識で上手く説明できる気がしない。原理を知らなくてもお金さえ払えば小学生だって使える。それが、携帯電話なのだ。
まあいいか。
若干無駄な努力っぽくて申し訳ないが、電話が使えなかったら直らなかったという事でいいだろう。
「じゃあ、後で召喚しておく」
「おう。ついでに機械屋までの、転移魔法用の魔法石と、帰り用の魔法石もよろしく」
「分かった」
海賊で商売をし始めてから、私は荷物を運ぶ転移魔法に蓄魔力装置を用いる方法を導入した。今のところの精度だとヒトや生物を運ぶのは怖いが、物を運ぶ程度ならば問題ない。
もちろん重量に制限はあるし、受け取る側にも魔法陣を用意しなければいけないという問題はあるが、この方法ならば魔法が使えないヒトでも、遠い場所と簡単にやり取りができる。
……良く考えると、私って結構いい仕事しているんじゃないだろうか。
「じゃあ、そろそろ船長に薬売ってくる」
そう言って、私はしゃがみこむと、アユムと顔を合わせた。
「クロ達といい子に遊んでて。後で迎えに来るから」
「分かった!クロと遊ぶ!だから、オクト頑張って」
そう言ってアユムは小指を突き出した。そろそろ慣れてもいいだろうに、アユムは今もまだ異世界のおまじないをしないと安心できないようだ。
とはいえ、いきなり言葉も通じない、知らない所に連れてこられたようなものだ。1人になるのを怖がったって仕方がない。
日本に戻してやりたいとは思うが、戻す方法が見つかる見通しは全然立たない。その間もアユムはどんどん大きくなる。10年もすれば、戻ったところで、日本で生活するのは難しくなっているだろう。
まだアユムが幼かったのが幸いだ。こちらの生活が長くなれば、戻る事の出来ない世界の記憶は徐々に薄れて消えてしまうだろう。
『ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます。ゆび切った!』
日本にいた時の事を忘れないように、私の記憶にある範囲であちらの勉強させる事はできるが、はたして何が一番アユムにとっていいのか。
引き取った当初は異世界の事を忘れないように日本風の名前はつけた。でも戻れるみこみの薄い場所の事など忘れた方がいいものなのだろうか。私はまだ答えを出せずにいた。
◆◇◆◇◆◇
「相変わらず、お前もアユムも色気のない恰好しているな」
「アンタに色気を見せてどうするんだ」
船長から貰ったお金を数えていると、そんな事を言われた。
私の恰好は男モノの服に白衣を羽織るだけ。アユムの恰好は――。
「……アユムの性別って言ったっけ?」
「男なら、女かどうかぐらい見分けられるに決まっている」
決まっていません。
特にアユムの場合幼児であるだけでなく、髪も短いし、女の子らしさもあまりないので、男の服を着せればバレないと思っていた。
でもそう言えば、私と初めて会った時も、船長は私の性別を一発で見ぬいた気がする。……きっとこの男、ヒヨコでも簡単に雌雄鑑別するに違いない。
……ちょっと気持ちが悪いと思うのは私だけだろうか。
「子供の性別見抜いたからって、だからなんだ」
「たぶんロキも気付いていると思うぞ。クロは駄目だな。アイツは鈍いし、レディーの扱いが全然なっていない」
レディーって。
「ちなみに私は?」
「レディーだと思っていますよ、先生?」
ニヤリと笑われたが、全然嬉しくない。そしてレディーの扱いを受けた記憶が一度としてなかった。混ぜモノの私に性別なんて関係ないと言えばないのだけど、彼の言うレディーの扱いってどんなものなのか。
「まあでも、付き合うとしたら、色々もう少し成長して欲しいものだな」
「そんな予定はないから問題ない。ちなみに、アユムに手を出したら殺す。勝手に色街にでも行け」
「おお、怖いお母さんだ。アユムは美人に育つと思っていたから、残念だな。勿論先生もですよ?あと30年ぐらいかかるかもしれないけどな」
さ、30年。……それは言いすぎじゃないだろうか。
いやでもこの成長率だと……。いやいやいや。今一生懸命牛乳を飲んでいるじゃないか。そうか、分かった。きっと船長が熟女フェチなんだ。うん。そうに違いない。
「熟女フェチか……」
「あんまりおかしな事考えていると、本当にオカスぞ?」
「すみません。熟女好きなヒトに、船長と同じ感性だなんて失礼な事考えていました」
「おいっ」
まあどうせ、私では船長のお目に叶わないのは分かっている。少なくとも船長はロリコンではない。だからこそ、この手の類の話も冗談として聞き流せた。
ただアユムが成長した場合はどうなるか分からないので、保護者としてあらかじめ釘をさしておかなければ。アユムには異世界で生活しなければならないという苦労が待っているのだ。その上、悪い男に騙されたら可哀そう過ぎる。
「オクトは俺たちの事を、犯罪者、犯罪者と言うが、俺の嫁になりたいという奴は結構いるんだぞ」
うわぁ。悪い男ほど恰好よく見えるとか、そういう話なのだろうか。こんな男に騙されるなんて残念なヒト達だなぁ。
とにかくアユムにはちゃんと言って聞かせないと。どうもアユムは海賊の事を正義の味方か何かと勘違いしている節がある。友情パワーとかなんとか言っていたので、たぶん日本のアニメの影響だろう。
「そう。なら船長が結婚したら、アイスクリームでケーキを作って祝ってやる」
別にこの船長が結婚したところで、私には関係ない話だ。……アイスケーキ。できなくはないよな?異世界にはそんな商品がすでにあったし。
「それは楽しみだ。アイスと言えば、またここで作っていくんだろ。ついでに夕食も作っていけ」
「えっ」
夕食を食べていけじゃなくて、作っていけとは、何とも横暴な男だ。まあアユムの面倒を見てもらっているわけだし、ついでにここで夕食を食べていけば1食楽ができる。
「まあいいけど」
「なら、その御礼に一つ忠告しておいてやる」
「いい。何か呪われそう」
船長に忠告なんかされたら、嘘でも本当になりそうで怖い。そんな親切いらない。
「考え方改めないと、後で泣く事になるぞ」
「いいって言ってる……。考え方って、海賊が犯罪者って事?」
「まあ、それは俺も否定はしないな。そうじゃなくて、自分が女だという事を忘れるな」
……怖い忠告ありがとうございます。
世の中にはいろんな性癖のヒトがいるというし、ちょっと自分とアユム用の防犯魔法を開発しておくべきかもしれない。確かにこの辺りは治安もそれほど良くない。だから男の恰好をしているのだし。
「分かった」
私は数えたお金を袋に詰めながら、スタンガンって作れるかなぁとぼんやりと考えた。