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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
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36-1話  再構築中な人生設計

 気がついたら、子供にめっちゃ懐かれた件について。


「オクトさんに懐くって、度胸あるよね」

「ははは」

 混ぜモノが何かを知らないというのもあるが、確かに無愛想な私に懐くのはかなり度胸がある。勿論、日本語を話せるのは私だけ。なのであーちゃんがこういう行動に出るのは理解できないわけではないが……どうするべきか。

 調理スペースでお菓子を作っている最中も、あーちゃんは私から離れなかった。


「えっと……あーちゃん」

 とりあえず、ケーキの切れっぱしを口の中に放り込むと、あーちゃんはにぱぁっと顔をほころばせた。ちょっとキュンとしてしまうぐらいに可愛い。どうしよう。もう一切れあげてしまおうか。

「オクトさん僕には?」

「そこにある」

「平等じゃないと思うなぁ」

「意味が分からない」

 子供に対抗するな。

 なんでカミュに食べさせなければならないのか。はっきり言って無意味以外の何物でもない。お菓子を作っただけでもありがたいと思え。


『オクト、ありがとう』

 カミュがいるので、今は日本語を話す事ができない。なので了承の意味で頭を撫ぜてやる。するとくすぐったそうにあーちゃんは笑った。無邪気な笑みに、何だか癒される。

「オクトさん、甘過ぎると思うけど。子供は甘やかすだけじゃ駄目だよ。躾けは飴と鞭のバランスが大切だと思うな」

「別に私が躾ける必要はない」

 あーちゃんの体調はかなり良くなった。やはり体調不良の原因は魔素中毒で、間違いはなかったようだ。今後は魔素を吸収する石を持たせて、定期的に代えてやればいい。

 となれば、私の役目も終わりである。躾けは私の仕事ではない。


「オクトさんって、相変わらず詰めが甘いよね」

 やれやれといった様子のカミュの行動に一抹の不安を覚える。えっ、何?何か見落としている?

 思い返してみるが、カミュの言っている意味が分からない。

「えっと……何がでしょうか?カミュさん?」

 しかし詰めが甘いのは、自分でも嫌なぐらい理解している為、顔が引きつる。その所為で、私は何度しょっぱい思いをした事か。


「だって、魔力がなくて、魔素も分解できなくて、その上幼くて異世界からの情報量も少ない。僕はこの子の将来が心配だなぁ。魔素を移し続ける石だって安くはないし」

 何ですと?

 確かにあーちゃんは魔素の分解ができないため今後も石に魔素を移し続ける必要がある。そして石は安くはない。それも分かる。

 あーちゃんの年齢からすると異世界の情報も、あまり期待はできそうにない。つまりは……。

「権力者って無意味なものにはお金をかけないと思うんだよね。ああ、でも。異世界人というだけで、研究材料にはうってつけかな?」

「お、お前には、血も涙もないのかっ?!」

「えー。オクトさんと同じ真っ赤な血が流れているよ。ただ、僕が言っているのは一般論だよ。あーちゃんは働けそうな年齢にも見えないし」


 確かに、あーちゃんは私とは違うので、働けというのは酷だ。というか、無理である。

 言語は通じない、幼いのであまり役に立たない、だけどお金はかかる。……うん。とてもいいヒトでなければ引き取ってくれないだろう。

「この状態を見たお人よしなオクトさんの次の動きを予測するとね、躾けって大事だと思わないかい?」

 そうですねー。

「ははは」

『オクト?』

 お昼の番組のような返しを心でしながら、私は笑った。というか、笑うしかない。カミュは良く分かっている。


「えっと、念のために。児童保護機関は?」

「善意を建前に一応あるけれど、一応かな。保護されるのはごく一部の子供だけだし、お金もないから石なんてまず買えないね。見殺されるか、もしくは身売りかな?見目がよければ多少体が弱くても需要は――」

「分かった。十分分かったから。喋るな」

 いくら言葉が分からないからと言って、幼児を目の前にして話すような内容ではない。まあカミュの表情は終始笑みの形をしているので、あーちゃんが内容に気がつく事はないだろうが。


「僕としては、治すまでがオクトさんの仕事だから、見捨ててくれるのが一番なんだけど」

「……だったら、私にこんな話をするな」

 たぶんカミュが指摘しなければ、このままさよならしていたはずだ。私の頭の中には、治すまでの計画しか入っていない。

「だって、オクトさん、絶対この後も子供の事気にかけるでしょ?その時に遊郭に引き取られましたとか言ったら怒りそうだしさ。僕だって、友人に怒られたいなんて趣味持っていないし。ああ、でもたまには新鮮かな?」

「そんな趣味、粗大ごみに出して」

 止めて。友達が王子であるだけでもちょっとどうなのと思っているのに、その上マゾだったら――。いやいや、カミュの場合、普通に考えてその反対か。それもそれで、どうなんだという話だが……。


「それで、どうする?今なら、口添えしてあげるから、オクトさんが好きなように選んでいいよ」

「この状況で聞くか」

「この状況だから聞くんだよ。そしてさっきも言ったように、僕は反対派だからね」

 何度も言わなくたって分かっている。

 でもカミュは私の性格を知っているから何度も言うのだろう。血も涙もないように聞こえるが、たぶんこういう時のカミュの選択は正しい。

 そして私はいつもこういう土壇場での選択を間違えるのだ。


「私が引き取るしかないだろ」

 でもそれが私なのだから諦めてもらうしかない。ここで見捨てる方が、精神的に面倒そうだ。でも、私に子育てなんてできるだろうか。それにお金の問題もあるし……。

 頭痛がする。

 私は不安な未来に、そっと溜息をついた。






◆◇◆◇◆◇◆






「オクト、起きる!」

 ドスン。

 お腹の辺りに重みを感じて、私は薄ら目を開けた。何だか内臓が口から飛び出そうなんですけど。

「アユム……マジ止めろ」

 死ぬから。

 布団の上にあーちゃん事アユムの姿を確認して、私は地獄の底から這い出てきたような声を出した。


 私があーちゃんにアユムと名前を付けて家に引き取ってから、丁度1年経った。

 その後も順調にアユムは成長しているので、そのうち身長の逆転があるかもしれない。……なんて恐ろしい現実。

 ともかくだ。そんな状態なので、そんな力いっぱいでじゃれられると私は昇天しかねない。ヒトって死んだら何処に行くんだろうなぁ……。


「今日、海賊!」

「あー……後3日ぐらい寝かせて」

「ダメッ!!」

 子供の脳みそはスポンジのようで、たった1年であーちゃんは龍玉語を話せるようになった。まだ片言だけど、ジェスチャーを加えれば問題ないレベルだ。子供の成長率って半端ない。


「海賊いくの!」

 そして、海賊が保育所代わりになっている件について。

 すみません。

 日本にいるだろう、アユムのご両親様にそっと心の中で懺悔する。普通に考えて、とても教育環境として最悪ですよね。でもアユムが言葉を覚えるには、実践が一番最適だったのだ。そして私もそこだと仕事ができるので、結果そうなってしまったとも言える。


「ねぇ、オクト。ダメ?クロと遊ぶ約束した。あと、船長もこいって約束。約束やぶったら、ダメって……」

「ああ、分かった。起きるからどいて」

 あの野郎。アユムをダシに使いやがって。

 クロはいいとしても、船長は強制的にアユムに約束させただろ。行けばいいんだろ、行けば。

 しょぼんとするアユムの頭を撫ぜながら、起きあがる。しかし、本に躓いて私は今度は床の上に倒れた。ああもう。このまま寝てしまいたい。


「オクトッ!寝たら死ぬっ!」

「いや、死なない」

 ここにあるのは雪山ではなく本の山だ。若干今の拍子に崩れた本が私の体の上に乗っかっているが、まだ何とか大丈夫である。

「カミュ、死ぬって。あと、掃除!えっと。した方がいいって」

 くっ。入れ知恵しやがって。

 私が何度言われても聞かないからって、アユムに言う事ないだろ。私はむくりと起きあがると、倒した本だけもう一度積み直す。……でもまあ、少しは掃除した方がいいかなぁ。


「オクト……お腹」

 ぐるぐるぐる。

 アユムのお腹から盛大な音が聞こえて、私は手を止めた。ああ、朝ご飯作らないとか。

「作り置きしておいたパンは?」

「オクト待ってた。食べてないよ?」

 自分でも勝手に食べられるように総菜パンを作っておいたのに、どうやら無意味だったようだ。

「待たなくていいし、先に食べてかまわないから」

「カミュね、やどぬしより、先食べる、ダメって」

 カミュめ。

 私に合わせていたら、アユムが餓死してしまうだろ。アユムは素直だから、言われた事を忠実にまもろうとするのだから迂闊な事は言わないで欲しい。


「分かった。まず、朝ご飯を食べよう」

『ごはん、ごはん、朝ごはん~!』

 私がそう伝えると、アユムが日本語で歌のようなものを歌い始めた。……アユムは朝から元気がいいねぇ。おばさんちょっと死にそうだよ……年かなぁ。

 そんな事を思いながら、台所の方へ向かう。


 昨日の残りのコーンスープを温めつつ、惣菜パンを軽くオーブンで温め、私は皿の上に乗せた。今日はこれぐらいでいいか。

「持ってく!」

「重いよ?」

「いい。だいじょうぶ」

 私は少し考え、大皿に乗せたパンを小さい皿2つに乗せ換えると、一つだけアユムに渡した。 

「じゃあ、よろしく」

「うん」

 少しよたよたしつつアユムは机へパンを運ぶ。  

 その間に私もスープをカップに注いだ。うん。いい香り。


「オクト、運んだ!」

「じゃあ、もう一皿よろしく。スープは私が運ぶから」

 アユムは嬉しそうに皿を持つと、机の方へ向かう。……家事が大好きって、将来メイドとかになるつもりかなぁ。

 だとしたら、アユムがもう少し大きくなったらヘキサ兄に相談してみるのが一番かもしれない。伯爵家は無理だとしても、いい場所を紹介してくれそうだ。


 スープを席まで持って行くと、アユムはちょこんと椅子に腰かけていた。そして何かを訴えかけるような目で私を見てくる。……あー分かっているから。

 私はスープを机に置いてから、アユムの頭を撫ぜてた。

「いいこ」

「えへへへ」

 どうやらアユムは撫ぜられるのが好きなようで、お手伝いしては、よく期待した眼差しで私を見てくる。可愛いには可愛いし、癒されるのだが……あれ?どうしてこうなった?


 というか、山奥で独り暮らしをする人生設計は何処に行った。そう思うが、すでにそれは夢のまた夢のような話に思える。

 私はどうやら計画の見直しをしなければならないようだ。 

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