35-3話
単刀直入にいう。
俺が今いる時代だとコイツの病気は治せない。だから、混融湖に流れ着いたコイツをもう一度俺は流す事にした。運がよければ何処かにたどりついているはずだ。
できるなら、この手紙を読んだ奴は治してくれ。無理ならコイツはそこまでの運命だったって事だ。気になるようなら、もう一度混融湖に沈めて他の時代に託して欲しい。
別に俺はコイツがどうなった所でどうでもいいけど、目の前で死なれたら、寝ざめが悪くなるからな。
ちなみに俺が導き出した、コイツの病気の原因は――。
◆◇◆◇◆◇
相変わらず用件のみの手紙に私はため息をついた。
自分に割り当てられた部屋に入り、問題の手紙を読んだが頭痛がしてくる。
せめてもう少し、近状報告とかしろといいたいが……ツンデレ発動して、文章にならないのかもしれない。短い用件のみな手紙の中ですら、子供の為ではなくて自分の為とか言いわけっぽい言葉が含まれていた。はいはい。ツンデレ、ツンデレ。
「ある意味コンユウらしいか」
最後の最後に付けられた申し訳ない程度に書き加えられた名前。言葉が足りないのは昔から。でも久々に私にまで届いた手紙がこれってどうよ。もう少し書く事あっただろう。
それにしても、一か八かの賭けをしてくれるものだ。勿論彼自身が何処にたどり着くとも分からない混融湖旅行をしつづけているわけだから、少しぐらい何か勝算あっての事かもしれない。でもそれならそれで、理由を記載しそうな気がするし、やはりギャンブルか。
まあこの子供が最初に流れ着いた時代ならば、そのまま死んでいたのだ。一か八かの賭けに出たのも致し方がない。
「にしても、魔素中毒か」
コンユウの手紙には子供の病状はたぶん、魔素中毒ではないかと書かれていた。
実際に魔素が生み出されているというパワースポットでは、時折そういった症状を起こすと文献を読んだ事がある。ただしその場所から離れれば、しばらくすると正常に戻るはずだ。薬学を学んだ時も、薬以外での対処が効果的な病気だと、少しだけ取り上げられただけだった。
しかし子供は現在そんなパワースポットにいない。
この場所では魔素中毒なんて起こしようがないぐらいの量しか空気中に含まれていなかった。
「……まさか、魔素の耐性がないとか?」
そんな事があるのだろうか。
先天的な疾患で耐性がなければ確かに中毒になりえる。しかしその場合、魔素で溢れたこの世界では、生まれた時点で死んでいる。それに魔素を体内に取り入れられないなら、どうやって魔力を作るのだろう。魔力がないとされているヒトだって、生命維持に必要な魔力は体内で魔素から生成しているのだ。
「仕方ない」
私は手紙を鞄の中にしまい込むと、もう一度子供がいる部屋へ向かった。
先ほどは子供が眠っていたため、結局クーリングしかしていない。この国には注射というものが存在しておらず、私自身の知識では直接体内に薬を入れる勇気がない。となれば経口しか方法はないのだけど、目が覚めてくれなければ飲ませるのも難しい。
胃の中へ転移させるという無理やりな方法もあるが、実験もなにも行っていないので、失敗なんてした日には目も当てられない。
「失礼します」
部屋の中は子供だけだった。使用人のヒトは席をはずしているらしい。まあいいかと思い、私は部屋の中に入った。
子供はまだ眠っているようで、私が近づいても先ほどと同様にピクリとも動かない。
私は子供の魔力状態を見ようと目に魔力を集めた。
「これは……時属性?」
魔力を通して見た子供の周りには、紫色のもやのようなものがまとわりついていた。
たぶん時属性の魔素ではないかとは思うが、こんな風に魔素がまとわりつく姿なんて、見た事がないので何とも言えない。しかし体の中からでてくる魔力とは違うので、子供が作りだしているわけではないだろう。
とりあえず、このもやを取り除いてみようか。
私は部屋から持ってきた紙に、魔素を別の場所へ移す魔方陣を描いた。魔素の発生場所をとりあえず子供に指定して、魔素を溜める用の石を用意する。
急激に魔素が減る事によるショック症状を起こされても困るので、動きを緩やかにしていつでも止められるようにした。しばらく付き添わなければいけないが、魔素不足で倒れられても困る。
魔法陣を何度も間違いがいないかチェックした所で、魔力を注いだ。
上手く発動したようで、子供の周りを覆っていた紫のもやが徐々になくなっていく。そしてもやがほぼなくなった所で、私は重大な事実に気がついた。
「あれ?」
普通はどんな生きモノだって生命維持ぶんの魔力はある。
昔はあまり気にしていなかったが、魔力を目に溜めて良くヒトを見てみると、薄らと魔力を見る事ができる事を最近知った。もちろん魔力がないといわれる獣人でも確認可能だ。
しかしこの子供からは、まったく魔力というものを確認する事ができなかった。
「えっ?魔力がない?」
魔力がなければ生命維持なんてできない。それなのに、子供は確かに生きている。なんで?
目をこすってみるがやはり変わらない。
もしかしたら、目では確認できないぐらい魔力が微弱だとか?でもそんな魔力じゃ、やっぱり生命維持ができないし……。となれば考えられる事は一つだけだ。
「体の造りがちがうとか?」
通常ならば起こさない魔素中毒を起こすという事は、魔素の耐性が小さいという事だ。でも元々魔力というものを使わずに生きていると考えれば、魔素を分解できないのも理解できる。
ただしこの世界に魔素がないなんて場所があるとは聞いた事がない。となると、本当に異世界出身なのだろうか。
「やっぱりここにいたんだ」
子供の脈を測ってみたり、もう一度魔力が本当にないのか確認していると、カミュが部屋までやってきた。
「治療は子供が起きてから行うんじゃなかったのかい?」
「その予定だったけど……」
自分でもなんて言ったらいいのか分からない。少し確認したい事があってきただけのはずだ。
「あれ?少し顔色がよくなってない?オクトさん、何かした?」
「……魔素中毒の可能性があって、魔素を取り除いた」
たしかに子供の顔色は大分と良くなっていた。熱も下がってきたようなので、クーリングを外してやる。
「それにしては、浮かない顔だね」
子供が元気になるのは喜ばしい事だ。別にそれが嫌なわけではない。ただ上手く納得ができなくて悶々としているだけなのだ。
「カミュは魔力がないヒトなんていると思う?」
「僕が知る限りはいないかな。どんな生物でも魔力がなければ生きていけないから……。もしかして、この子供は魔力を持っていないのかい?」
私はどう言うのがいいか迷った末に、コクリと頷いた。
半信半疑といった状態だが、でもそれ以外の答えを見つけられない。でもそんな事がありえるのだろうか?魔力を持たずに生きられるなんて、先天性疾患とか、そういうレベルの話ではない。
「やっぱり異世界は、こちらとは全然違うのかな?」
どうだろう。
この子供は異世界のヒトだから魔力を持たず、魔素の耐性もないのだろうか。
そういえば私の前世には、魔素や魔力なんて存在しなかったように思う。電気や天然エネルギーが色々あったから魔力が発達せず、魔素なども発見されていなかったのではないかと思っていた。しかし、もしかしたら科学が発達した前世では、魔力や魔素というものが存在しないのかもしれない。
となると、やはり混融湖は時間の前後に繋がっているだけではなく、通説通り異世界にも繋がっているという事か?うーん。コンユウやエストはたまたま違う時間に流れ着いたけれど、もしかしたら異世界に繋がる可能性もあったとか?
「オクトさんっ!」
「ん?」
混融湖について考え込んでいると、カミュが私の肩を揺らした。
「子供が目を覚ましたみたいだよ」
「えっ?」
子供の方を見れば、眠そうな顔をしていたが、子供が紫の瞳で私とカミュを見ていた。そしてすっとカミュを指差した。
『へんな色』
「何だろう。僕の事を言っているのかな?」
うん。多分そうだろうね。
子供の口から飛び出た言葉に驚くよりも先に、王子様に突然とんでもない事をいう子供に度肝を抜かれた。
『あれ?大きなおばさんどこ?』
大きなおばさんというのは、先ほどの使用人の事だろうか。というか、子供の言葉が分かってしまった自分に絶望した。
あああ。分からないでいたかった。魔力がないとか、魔素への耐性がないとか、こういう変種は絶対後々厄介な事になるに決まっている。
「誰かを探しているのかな?もしかして、先ほどの女性かな?」
「……たぶん。呼びに行ってくる」
「僕が呼んでくるよ。オクトさんはここにいて。年も近そうだし、仲良くなれるんじゃない?」
「私はもう15だ」
年が近いってなんだ。
この子供はたぶん5、6歳ぐらいだぞ。確かにカミュよりは近いだろうが、10歳の差は大きい。
「大丈夫だって。オクトさんなら警戒されないだろうし。よろしく」
「それはどういう意味っ……くそっ」
逃げられた。
言葉が理解できないから、面倒だと思ったのだろう。カミュが出ていった扉を恨めしく睨みつけるが、戻ってくる様子はない。
仕方がない。
私は改めて子供と向き合った。流石に放置しておくわけにはいかないだろう。
『おっきなお耳……。だれ?』
子供はキョトンとした顔で私を見てきた。一応保護されてから怖い目にはあっていないのだろう。私を見ても怯えたような表情はない。
「オクト・ノエル」
私は自分を指差して、名前を名乗った。
『オクトノエル?』
「オクト」
苗字と名前が一緒に繋がってしまったので、再度私は自分の名前を名乗った。
『オクト。分かったっ!あーちゃんは――』
突然子供の言葉が止まった。
子供は一度首を傾げ、再び口を開くが、やはり言葉は出てこない。しばらくすると、泣きそうな表情になった。
『あーちゃん、なまえ……』
どうやら、『あーちゃん』という単語は女神の呪いに引っかからなかったが、名前は流石に引っかかったらしい。エストの手紙の内容が本当ならば、話そうとするたびに時間が止まってしまうらしい。だとしたらあーちゃんも話せない状態を、数分もしくは数時間単位で体感していのかもしれない。
さてどうしよう。
私に泣いた子をあやす能力はないぞ。泣くな、マジで泣くなと祈りながら、私は声をかける事にした。
「あ、あの。あーちゃん?」
『オクト?』
あーちゃんは、潤んだ瞳で私を見つめた。さてどうしたものか。声をかけてみたものの、どうしていいのか分からない。
仕方がない。
『えーっと。久々だから、ちゃんと喋れているか分からないけど』
奥底にしまいこまれた日本語という知識を掘り起こして、私は恐る恐る話しかけた。すると、あーちゃんは目を大きく見開く。
この様子だと、一応伝わっていそうだ。だとしたら、あらかじめ、伝えておいた方がいいだろう。流石に異世界の言葉を知っているのは、ママに教わっただけでは済まされない。面倒な事は事前回避してしまった方がいい。
『私が日本語をしゃべれるのは内緒で』
人差し指を立てて口の前に持っていく。
『ないしょ?』
『うん。あーちゃんと私の秘密。その代り、内緒にしてくれたら、色々教えてあげる』
上手く伝わっただろうか?
『分かった!あーちゃん、ひみつ、する!』
あーちゃんは元気に手を挙げた。
一応これで大丈夫だろう。元々、あーちゃんの言葉は誰にも伝わらないのだ。後は私が日本語で話しかけないように注意すればいい。
『ゆびきりげんまん』
あーちゃんが小指を出してきたので、私もそれに小指を絡ませた。
『ゆびきりげんまん。うそついたら、はりせんぼん、のーます!ゆび切った!……えへへ』
何が楽しかったのか、小指を見て、あーちゃんはケラケラと笑った。
はて、どうしようか。とりあえず、約束をしてくれた事を褒めておくべきか。
『いいこ』
色々考えた末、私は昔アスタにやってもらったように、あーちゃんの頭を撫ぜた。