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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
102/144

35-2話

 久々に来たドルン国は相変わらず賑やかだった。

 あの時の暴走の跡は観光の良い名所となっている。それどころか、紙芝居では『悲しい勇者の物語』という名前をつけ、ここであった出来事に、尾びれと背びれ、さらにはスパンコールでもつけたぐらいの脚色をして、物語を紡いでいる。ちなみにたぶんジャンルは悲恋……いや、もう何も言うまい。あれは混融湖の女神と同レベルのファンタジーな物語であり、実在の人物とは関係ない話なのだ。


「問題の子は、城の方で保護されているらしいよ」

「城?」

「ほら、オクトさん達が以前泊まったあそこだよ。とりあえず普段は使われていないから、隔離保護したみたいだね」

 隔離をするということは、疫病がはやるのを恐れてという事だろうか。しかしまだこれだけ観光客がいるのを考えると、一般には知らせていないのだろう。混乱を避けての対応ともとれるが……結構危ない橋を渡っている。


「子供の他に感染した人は?」

「今のところいないようだね」

 まあ状況が正確に分からないというのに、ここまで来たのだから、危ない橋を渡っているのは私も同じか。ただ今のところ感染者がいないなら、ウイルス感染の可能性は低いだろう。潜伏期間が長いとしても、ウイルスならそろそろ1人か2人ぐらい倒れたっておかしくはない。

「とりあえず。カミュ、帰れ」

「うわ。酷い。折角一緒に旅行に来ているのに、そういう言い方ってないと思うなぁ。今の言葉で僕の繊細な心はズタズタに引き裂かれたよ」

「茶化すな。……王子だろ」

 いくらなんでも、王子を危険な可能性がある場所に連れていったらまずいだろうぐらいの常識はある。ウイルスの可能性は低いとはいえ、ゼロではないのだ。


「そういうのは、差別だと思うな」

「私がしているのは差別ではなく、区別。病気になられるとまずい」

「その辺りは、大丈夫だから。僕だって安全を確認できなければ、オクトさんをそんな危険な場所につれてきたりしないからね」

 そうだろうか。

 カミュは今まで私を危険な場所に容赦なく放り込んでくれた気がするんだけど。これまでの経験を思い出すと胡乱な目になってしまう。


「そんな目で見ないでほしいな。子供が発見されたのはざっと10日前。その間に関わった老若男女、誰一人病気に罹ったヒトはいないよ。隔離保護されているのは、子供が聞いた事もない言葉を話すからじゃないかな。今まで、異界から流れ着いたと思われるヒトはいなかったからね」

 異界ねぇ。

 そう言えば、混融湖は異世界からのものが流れ着くとされる場所だった。実際、異界屋の商品を見ると、この世界のものとは作りがかなり違う。

 でも私は時属性について研究するにつれ、もしかしたら混融湖に流れ着いているモノは、そうではないかもしれないと思い始めていた。特にコンユウやエストの事例があるからなおさらだ。

 とはいえ、また憶測の域を出ないし、そもそも証明する方法も思い浮かばない。それに人族しかおらず、魔法が一切ない私の前世はどういう事?という話にもなるので、解明は難しそうだ。


「だからオクトさんはそういう小難しい事は考えなくていいんだよ」

「いや。ちゃんと、考えたい」

 何も考えず、ぼんやりしていられればそりゃ楽だろうけど、それでは自分の身一つ守れない。それどころか気がついたら、王宮とかにいそうで怖かった。

「残念だなぁ。昔なら、もっと素直に流されてくれたのに。僕の所に来たら、絶対後悔はさせないよ」

「冗談に聞こえないから止めて」

「冗談じゃないよ?」

 ぶーぶーと口をとがらせたカミュを見ていると頭痛がしてくる。元々カミュは本心が分かりにくい性格だったが、年々さらに分かりにくくなってきた。冗談っぽい口調で喋っても本気に聞こえる時もあれば、本気のような口調で喋っていても冗談に感じる時もあって、かなりひねくれている。

 流石第一王子と同じ、王家一族の血筋だ。

 

 そんなくだらないやりとりをしているうちに私達は城についた。

 城につくと、腰の曲がった爺さんが出てきて、部屋まで案内してくれた。城の中は静まりかえっており、あまりヒトがいないようだ。

「こんな場所まで、よう来て下さった。今この城には、わしと後2人使用人がおるだけなんですよ。何か困った事があったら遠慮なく言って下され」

「はあ」

 かぶっていたフードを外したが、爺さんは特に私の姿に驚いた様子もなく私達の前を歩く。事前に混ぜモノが来る事を聞いていたのかもしれない。

「例の子供は今も苦しんでおりまして、見ていると、哀れで、哀れでなりません。是非とも助けてやって下さい」


「できるだけの事はしますが……」

 本当に、何で私なんだろう。

 折角来たのだから、色々な薬は験してみるつもりだが、あまり過度に期待されても困る。こういうのは、普通医者の役目だし、私よりずっと経験を積んだ薬師だっているのだ。私はまだ学校を卒業したばかりのひよっこにすぎない。

 期待が重すぎてため息が出る。


「実は今回オクトさんが呼ばれたのは、子供が持っていた手紙が理由なんだよね」

「手紙?」

 それは初耳だ。

 もしかして異界の言葉で書かれた何かを持っていたのだろうか。だとしたらその解読のために呼ばれたのかもしれない。……確かにその方がしっくりと来る。しかし何だか子供の命をないがしろにしているようで少し気分が悪い。

「何か勘違いしているみたいだけど、手紙は龍玉語だったよ」

「へ?」

 龍玉語?

 だとしたら子供はもしかして、龍玉語をまだ勉強していなくて、自国の言葉しか喋れないという感じなのだろうか。だとしたら、なおさら私が呼ばれた理由が分からない。


「ただ宛名が、『オクトもしくはものぐさな賢者、合法ロリ又は図書館の館長と呼ばれているヒトへ』になっていて、明らかにオクトさんに向けられた手紙っぽいんだよね。手紙も時魔法で時を止めてあるようで、誰も開封できなくて。それにしても、ものぐさな賢者や図書館の館長は分かるけれど、合法ロリって何だろうね」

「……本当」

 誰が合法ロリだ、この野郎。

 送り主に明確な悪意があるようにしか思えない。よりにもよって、合法ロリ。私はまだ成人していないし、好きで小さい姿をしているわけでもない。


「あ、その様子だと、ちゃんと意味が分かっているみたいだね。問題解決の糸口になるかもしれないし、教えてくれないかな」

「絶対今の問題とは関係ないと思う」

「そうかなぁ」

「そして言っておくが私は、合法ロリではない」

 そんな言葉と病気に関連があってたまるか。

 

「合法ロリとは、見た目は小さい子の姿ですが、成人しているという意味のようですぞ。封筒の裏面にそう書いてありましたから」

「へぇ。でもオクトさんはまだ成人はしていないよね――」

 あっさりと爺さんにばらされて、私は頭を抱えた。

 何でわざわざ説明を書いた、この野郎。差出人が誰かは分からないが、とんでもない手紙に、私はキリキリする。


「――小さいけど」

「私はまだ成長途中だ」

 カミュに見降ろされ、私はすぐさま反論した。

 私の身長はカミュに比べると、確かに小さい。それは素直には認めよう。でも私はまだ成長期が来ていないだけなのだ。絶対いつかは伸びるはずである。

 それに私の血筋は、獣人族と精霊族とエルフ族と人族で、たぶん今の私はエルフ族に一番近い成長をしているのではないかと思う。

 この世界で最も魔力の高い種族は、魔族又はエルフ族とされる。どちらもゆっくりな成長には違いないが、成人するまではゆっくりながらも少し早く成長し、その姿で止まってしまう魔族とは違い、エルフ族はとにかくゆっくりと成長し同じように老化していく。

 だから私の姿がいつまでも子供のままなのは遺伝が理由なので、仕方がない。そう、仕方がないのだ。だからまだ手遅れでもない。


「オクトさん宛てなのは、まず間違いなさそうだけどね。図書館の館長はオクトさんの事ではないけれど、もしかしたら時魔法が使えるヒトに宛てたのかな?」

 今の図書館の館長であるアリス先輩は時魔法は使えない。しかしその前の館長は、時属性の持ち主だった。特に今回の手紙に時魔法がかかっているならば、その可能性は高い。

「たぶん……」

 私がものぐさな賢者と呼ばれている事を知っているヒトが、その手紙を子供に持たせたのだろう。いやでも、ものぐさな賢者の呼び名を知っているという事は、すでに前館長が他界している事を知っている可能性が高い。

 しかも私の背丈が小さいままだという事も知っているとなると……いや、まて。あえて合法とつけているという事は、これは私が成人した後、つまりはもっと未来に宛てられているのか?

 いやいやいや。成人までは後5年。流石にそのころには、もう少し成長しているはずだ。ロリなんて呼ばれているはずがない――。

「オクトさん?何か思いついた?」

「……流石にこれだけの情報ではなんとも」

 考えているうちにどんどん混乱してきた。とにかく合法ロリだなんて、そんな残念な未来は阻止しなければ。


「この部屋です」

 恐ろしい未来に恐怖していると、先を行く爺さんが止まった。爺さんが部屋のドアをノックすると、中から返事が聞こえる。

「あらあら。遠いところから、ようこそ」

 扉を開けると、部屋の中にはメイド服を来た中年の女性がいた。この方がこの城に滞在する使用人のうちの1人なのだろう。女性の隣にはベッドがあり、どうやらそこで眠っているのが、問題の子供のようだ。

 私達が近づいたが、黒い髪をした子供はピクリとも動かない。少し呼吸が荒く、汗で髪が張り付いている。

「最初はもう少し元気だったのだけど、徐々に弱ってしまってね。たまに目を覚ますから、その時にご飯は食べて貰っているんだけど」

「失礼します」

 額の上に乗っている濡れたタオルをどかして触ってみる。結構熱い。


 私は持ってきた鞄の中から保冷の魔方陣を書いた魔法石を取りだす。そしてそこに魔力を流した。

「とりあえず、3点クーリングをする。これを両脇と足と胴体の付け根に当てて欲しい」

「脇?なんでそんな所に当てるんだね」

「あー……そこに太い血管……血が流れる管があるから……えっと」

 何て説明したらいいのだろう。

 相手の知識に合わせて説明というのは、結構難しい。ようは熱を下げる為に体を冷やすのだが……うーん。下手な説明で、変な解釈をされても困るし……。


「マダム。どうか聞いてもらえませんか?彼女は、我が国で賢者と呼ばれる方なんです」

「あら、マダムだなんて。やだよう。でもお兄さんがそういうなら、そうなんだろうね。私も賢者様がこんなに小さい子とは思っていなかったからさ」

 小さい子。

 グサリと、心にその言葉が突きささる。……いいもん。若く見られるっていい事のはずだし、いつかは大きくなるはずだ。

 最近良く寝ているし。うん、大丈夫。


 自分を慰め、心で泣きながら、私は他の魔法石にも魔力を通した。

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