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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
賢者編
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35-1話  壊れかけな未来予想図

 ああ、眠い。


 薄ら目を開けると、周りは薄暗かった。……もう少し寝てもいいかな?

 うだうだとまどろむ思考の中で、再び私は目を閉じた。何だか寝返りをうつのも面倒なぐらい体が重い。最近本を読んで、夜更かしをする事が多かったのが不味かったのだろうか。

「まあ、いいか」

 折角だ。もう少し寝てしまえ。

 きっとこれは、もう少し体を休めた方がいいですよのサインに違いない。ああ、でも何だか遠くで私を呼ぶ声が聞こえるような――。


「オクトさんっ!!」

「……ん?」

 突然上に乗っかっているものがなくなり、光が強くなった。そしてグイッと腕を引っ張られる。周りでドサドサと何かが――いや、本がなだれ落ちる音がした。

「なんで、家で遭難しているわけ?!」

「……へー、そうなん?」

 ドサッという音と共に浮いた体が再び地面に落ちる。地味に背中が痛い。


「心配して来てみれば……っ!どうしてまた寝ようとするのかな?」

「いや、背中痛いし……。おやすみ」

「だから寝ないでくれないかな。ちょっと、本当にこれ以上寝たら死ぬから!」

 寝たら死ぬぞって……あれ?何で家で遭難ごっこしてるんだっけ?

 ぼんやりと目を開けると、カミュがそこにはいた。相変わらずキラキラした顔をしている。あー、無駄に眩しい。おかげで頭痛かする。


「定期連絡が昨日からないと、アロッロ伯爵から連絡があったんだよ。嫌な予感がしたから来てみたら、案の定本で生き埋めになっているし。オクトさん、死にたいの?ちなみに死にたいなら、僕が馬車馬のように死ぬまで使ってあげるから、資源の無駄遣いをしようとしないでね」

「……あー、ごめん」

 カミュのすがすがしい笑顔が怖い。これは結構、腹を立てているっぽいなと思った私は素直に謝った。流石にここで変にごねて、カミュに城へお持ち帰りされたくはない。


「これは貸しにしておくからね。とりあえず、急いできたから朝ご飯がまだなんだけど」

「私は今まで遭難していたような……」

「今は遭難していないよね」

 カミュの言葉に、私は負けを悟り諦めて起きあがった。

 そう言えば、昨日本を読んでいた所から記憶がない。たぶんあの後、何らかの原因で本がくずれて生き埋めになっていたのだろう。頭が痛いのは、本でぶつけたせいか。


「王子様の口に合うような高級食材なんてないから」

「言えば何でも持ってきて上げるって言ってるのに。遠慮する必要はないよ?」

 止めて下さい。

 まともに料理の修業をした事もない私がそんな高級食材を使ったら、食材に申し訳がない。世の中には身分相応という言葉という物があるという事に気がついて欲しい。

 昔からお菓子をあげていた所為であまり気にしていなかったが、よく考えればカミュは王子様。本来なら私がカミュに料理をするのも許されないんだけどなぁと思う。

「ほらほら。ダラダラしない。オクトさん、最近魔の森には『ものぐさな賢者』がいるって噂になっているんだよ。よりのもよって、ものぐさだよ。ものぐさ。残念すぎると思わないかい?」

「いや、別に」

「せめて、森の賢者とか、もっと恰好のいい呼び名もあったはずなのにって、オクトさん聞いてる?」

 聞いていないし、そんな愚痴聞きたくないです。

 別に、ものぐさな賢者だろうと、森の賢者だろうと、何でもいい。すでに賢者と呼ばれているという事実だけで、恥ずかしいのだ。中二病ちっくな2つ名がついた日には、首を吊りたくなるかもしれない。


 私はキッチンまで行くと、冷蔵庫を開けて卵を取りだした。面倒だし、メインはオムレツにしてしまおう。あとはサラダとスープとパンでいいか。

「今日は何を作るの?」

「オムレツ」

 楽しそうに私の料理する姿を見つめるカミュに、短く答える。

 倒れたヒトに料理を作らせるとか、少しは罪悪感を感じればいいのに。


 ただし王宮でおいしい御飯が食べられるのに、わざわざここで食べたいと言ってくれるのは、私の為だという事も分かってはいるので、あまり強くも言えない。

 というのも、私は自分の為に何かをするというのを億劫に感じるようで、1年前に独り暮らしを始めてすぐ、栄養失調に陥ったという前科があった。原因は面倒でご飯をほとんど食べていなかったから。

 以来、時折こうしてカミュがご飯を食べにくるようになったので……まあ、まず間違いなく、私の為だろう。流石にそこまで鈍くはない。

「……どうしてこうなったんだ」

 現状を思い返すと、とても残念な気分になって、私はため息をついた。



 

 混融湖の騒動が収まった後、結局私は特別教室で授業を受けた。そして本来なら残り4年ある授業を圧縮して2年でこなし卒業した。ここまでは、今思い返しても全てが完璧だったと思う。

 しかしいざ海賊から独立しようとして、魔の森に住もうとしたあたりから計画が狂い始めた気がする。


 まず魔の森は、思った通り樹の神様の土地だった。その為叔母であるカンナに頼み、住む許可を貰う事はできた。しかしやはり魔の森の奥深くに家を建てるのは難しく、結局妥協して魔の森の麓に家を建てる事となったのだ。まあこれは仕方がない話である。

 ただ魔の森の麓でも、獣人の大工から近づくを嫌がられしまい、最終的にヘキサ兄の力を借りることとなった。そしてその取引で、ヘキサ兄は私に薬を優先的に伯爵家へ売る事と、すぐに連絡が取れるようにする事を持ちだしたのだ。仕方なく私は、風属性の魔法を使った電話のようなものを開発し、ヘキサ兄に預けた。以来、毎日定時連絡を入れる事になっている。

 でもまあ、伯爵家に薬を買っていただけるのは、私にとってもいい事のはずだ。これだけの想定外なら、それほど落ち込む事はない。


 次に予定が狂ったのは海賊との関係だ。卒業したら出ていくと宣言した通り、私は海賊から離れる事ができた。契約が破棄される事なく、とても円満だったように思う。

 しかし独立を宣言してから、将来薬を売りたいと思い少しずつ仲良くなっておいた薬屋が、私の作った薬の買い取りを拒否したのだ。ちなみに1軒だけでなく、全てである。しかも理由が特になくてだ。

 そしてそんな私に船長が言った言葉は、『良かったら、薬は俺が買ってやるぞ』だった。証拠はないけれど、このタイミングの良さ。明らかに、コイツが原因に違いない。

 やられた。

 おかげでまったく伝手というものを持たない私は、ずるずると海賊と付き合っうことになってしまっている。


 そして最後に。自分の中の一番の想定外は、カミュが頻繁にここへ通えてしまうという現実だ。……もっと早く気がつくべきだった。魔法に関して凡人である私でも、転移魔法を必死に勉強すれば魔の森がある場所でも使えるようなったのだ。つまりは同じくカミュが転移魔法を勉強すれば、可能であると。

 何で『成長』という言葉を計画の中に含めなかったのだろう。


 ああ……どうしてこうなった。


 そんな事を考えながら、私はオムレツなどをテーブルに置く。

 昔、独り暮らしをし始めれば、いずれ私は独りになれてここが理想郷になるとか、恥ずかしい事を考えていた。もしも過去へ帰れるなら、完璧な計画だと思い酔いしれている3年前の自分を殴ってやりたい。

 それ中二病だから。無理だから。甘過ぎるから。


「オクトさん、スープ運ぶね」

「……ども」

 人間諦めが肝心か。

 どんどん庶民臭くなっていく王子様を生温かいめで見ながら、私は席に座った。もっと別の所を頑張ればいいのに。

 カミュに運んでもらったスープと一緒に、色んな後悔を飲み込む。終わってしまった事は仕方がない。


「そう言えば、今年も混融湖に行くかい?」

「その予定だけど」

 私はあれ以来、必ず毎年ドルン国に行くようにしている。暴走を起こしかけたので、ドルン国に断られたって仕方がない立場ではあるのだが、今のところは友好的に受け入れてくれていた。カミュが何か後ろから手をまわしてくれているからなのか、それともドルン国の方に何か考えがあるのかは分からないけれど。

「それなら丁度よかった」

 丁度いい?


 カミュの言葉に、ヒヤリとしたものを感じる。

 何が丁度いい?……聞くべきか、聞かぬべきか。私はもぐもぐと噛んでいたパンをごくりと飲み込んだ。

 よしここは聞かなかったふりをしよう――。

「どうやら、混融湖にヒトが流れ着いたらしくてね」

「えっ?!」

 無視してしまえ。

 そう思ったが、カミュのとんでもない言葉に、私の即興の計画など簡単吹き飛んだ。混融湖にヒトが流れ着いた?


「ああ、先に言っておくけれど、彼らじゃないよ。流れ着いたのは、もっと幼い子らしいから」

 なんだ。

 私は肩から力が抜けるのを感じた。もちろん、過去に行っているだろう彼らが、簡単にこの世界に戻って来れるとは思えない。だからそんな期待はしていない……はずだったんだけどなぁと思う。こんな簡単に心を乱されるなんて、私もまだまだのようだ。 

「それで、なんで丁度いいわけ?」

「どうやらその流れ着いた子供が体調を崩しているんだけど、ドルン国の医師もお手上げらしいんだよね。今までにも混融湖に打ち上げられたヒトはいたけれど、今回はまったく言葉も通じないらしくて。賢者様なら何とかしてくれるんじゃないかなと――」

「無理に決まっている」

「どうして?」

 逆にどうして大丈夫だと思うのか聞きたいぐらいだ。 


「私は薬師であって、医師じゃない」

 田舎ならいざ知らず、都会ならちゃんと分業されている分野だ。私の役目は、山で薬草を摘んで、それを煎じる所まで。その後治療するのはやり過ぎだ。

「まあ、そうなんだけど。ただ言葉が通じないのが波紋を広げていてね。もしかしたらオクトさんなら、通訳できるんじゃないかなって」

「便利アイテムと勘違いするな」

 私は若干前世の記憶があるだけで、翻訳機能がついているわけではない。


「分かってるよ。ただその子供が、そろそろマズイようでね。死ぬ前にという形で僕の所に連絡が来たんだけど。駄目かな?」

 死ぬ?

 そうか。体調を崩しているけど、ドルン国の医師では無理だったと言っていた。……ヒトはいつか死ぬわけで、仕方がない流れだ。それぐらい分かっている。

 でも生まれた場所と違う所というのは、どれだけ不安なのだろう。言葉も通じない中で、どんどん弱っていくのは、例え周りにヒトが居たとしても、孤独に違いない。

 

「……期待はするな」

 私は抵抗を諦めた。

 何もできない可能性が大きいけれど、わざわざご指名してきたという事は何かあるのだろう。見もせず無理の一点張りでは、後で後悔する気がする。どうにもならない事を後悔する方が面倒だ。

 

 まったく。相手が死にかけているとか、子供とか、断りにくい嫌な単語を入れやがって。

「流石オクトさん」

 にっこりと笑うカミュを、私はチラッと見てため息をついた。

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