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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
100/144

34話  ものぐさな魔法使い

 混融湖の波の音を聞きながら、私は歩いていた。不思議なもので、ここで混ぜモノが暴走しかけたなんて思えないぐらい、街はにぎわっている。


 一通り身の周りの事が落ち着いた所で、私はどうしてもやりたい事があって、再びドルン国の混融湖に足を踏み入れた。もちろん不法入国するわけにはいかないので、ちゃんと正規の手続きをとり、フードで顔を隠してだ。流石に色々問題を起こしたばかりなので、混ぜモノですと主張して歩く勇気はなかった。

 幸い魔法使いのローブにはフード付きのモノもあるので、フードをかぶった今の恰好でも浮いてはみえない。


「というか……商人って凄い」

 私が暴走した事によりできたクレーターは埋め立てられる事なく、『混ぜモノの暴走の跡』と看板が立てられ、名所となっていた。ついでに何故か私とコンユウ、エストの話が洩れており、『混融湖で起きた悲しい結末』やら『世界を救った勇者の話』という内容の紙芝居が、混融湖の女神の話と一緒に語られている。本当に洩らしたの、誰だ。

 商売逞しいというか、なんというか。でもこうやって何でも観光材料にするからこそ、ここはこれだけにぎわい続けているのかもしれない。


「アールベロ国も見習わないといけないね。そう言えば、ミウが学校で色々イベントを開催しているみたいだし、ああいうのをもっと大規模で行なったら、アールベル国の新しい名所になるかもね」

「……その進化は色々どうだろう」

 今回一緒に同行してくれていている、カミュのとても残念な発想に、私は眉をひそめた。

 ミウが開催しているイベントといえば、アレしかない。

 確かに前世でも、そういった大がかりなイベントはあったと思う。2次元を極めたヒト達が織り成す、薄い本とか、グッズの流通イベントだ。確かにあそこで動くお金は半端ないと聞いた事があるが……それを国が推し進めるのもどうだろう。

 ああいうのは民間のヒトが自分たちの思うがままに行うからこそ燃えるというか、萌えるというか。というか果たしてオタク文化が栄えるのは、進化なのだろうか。……うーん。


「そう?アールベロ国は、今まで魔法一色だったし、違う方面も見直してもいいと思うんだけどね」

「別に魔法から無理にそれる必要はないと思う」

「僕は今までと同じでいいと思っていたら駄目だと思うんだよね。国が豊かにならないと、安定って難しいと思うし」

「いや、同じではなくて。……たとえば魔法を使いやすくするだけでも、また別の進化かと」

「昔の魔方陣に比べれば、今でも十分使いやすくなっていると思うけれど?」

 上手くカミュに伝わらなくて、私はちょっと考える。

 今までなら、伝わらなくてもまあいいかで終わらせていたけれど、それでは駄目なのだ。ちゃんと話し合えば回避できた悲しい事だってある。説明を面倒だけで終わらせてはいけない。


「魔法使いは使えるけれど、そうでないと使えないから」

「……つまり、魔法使いや魔術師以外も、魔法を使えるようにするという事かな?」

 私はカミュの言葉にコクリと頷いた。

「面白い考えだけど、誰でも使えるという事は、色々危険もあるんじゃないかな?」

「危険?」

「ほら。攻撃魔法を誰もが使えると、危ないと思わないかい?」

 

 うーん。確かに攻撃魔法を皆が使えるという世界は、ちょっと嫌だ。喧嘩の度に攻撃魔法がぶっ放され、町が半壊……。ギャグ漫画ならすぐに直るが、生憎と現実はそうはいかない。

 でもそれはちょっと私のイメージとも違った。どうしたら伝わるだろうと考えながら、再度口を開く。

「別に魔法は攻撃魔法とは限らないと思う。例えば、アスタに作ってもらった、食べ物を冷やす箱。あれはとても便利。又は時魔法がもっと簡単に使えるようになれば、非常時の食べ物の備蓄に便利だと思う」

 元々私は攻撃魔法以外の、普段の生活に便利な魔法を知りたくて学校に入学したはずだ。アスタが研究しているのだって……ん?あれ?アスタってどんな研究しているんだっけ。

 そういえば、あまりアスタは仕事の話をしなかったなぁと思う。もしかして、魔法の研究と言えば、攻撃魔法――つまりは軍事系というのが普通なのだろうか?


「そう言えば、オクトさんは昔からそういう小さな魔法が好きだったね。そうか……今は軍事用の研究が主流だけど、そういう流用も可能だね。ただ魔法はどうしても、特別なヒトが使うものっていうイメージが強いから、誰もが使えるという感覚がないんだよね。売られている魔道具も魔法使いの為みたいなものだし」

 特別なヒトが使うものか。

 その発想はなかったが、よく考えると魔法は才能に頼っている部分が大きいし、そう思うヒトがいてもおかしくないのかもしれない。いや、むしろそれが普通か。

 だから魔法使いの中には、魔法が使える自分の価値と見合う地位が用意されない現状に我慢できず、反王家を掲げたりするヒトがでてくるわけだ。

 ただ私の中での魔法は、電気の代わりのようなものという意識が強かった。電気というエネルギーが発達しなかった代わりに、魔力や魔素というエネルギーを使うという方向へ発達したという感覚だ。なので電気と同様、特別なヒトが使うものという感覚がない。

 

「魔法石は誰だって使えるし、魔素なら魔力がなくても使える」

 ただ魔素は細心の注意を払わないと魔素不足が起こるし、魔法石は充電池のようなもので、誰かが定期的に魔力を補充しなければならない。だとすれば、使えるのは魔法使いを雇う余裕がある金持ちくらいだろう。そして魔法使いを雇えるのならば、わざわざ自分で魔法を使う必要はない。

 どう考えても実用化には程遠い、まだまだ研究が必要な分野だ。

「オクトさん。それを僕の下で研究してみる気はない?」


 カミュの甘い誘いに私は苦笑した。私の答えなんて決まっている。いい加減カミュも諦めればいいのに。

「……私はカミュは好きだけど、王家に力を貸す気はないから」

 どちらかにつけば、バランスが崩れる。カミュなら上手くバランスを取り直すかもしれないけれど、そんな危ない橋を渡る気はさらさらなかった。

「なら僕が王子じゃなければ力を貸してくれるんだ」

 うーん。王子じゃないカミュかぁ。今一想像できないなぁと思う。カミュは王子である部分もひっくるめてカミュな気がするのだ。でもカミュが困っている時に私は見て見ぬふりなんてできない気がする。

 彼が私を見捨てられずに、落ち込んだ時もずっと付き合ってくれているのと同じように。

 

「まあ、……第二王子じゃない、カミュの為なら」

 友人の為なら少しぐらいいいのではないだろうか。王家と魔法使いとの争いは正直もう関わりたくないけれど、カミュ自身の為ならば――。

「相変わらず、オクトさんは甘いね」

「……そう思うなら、無理な注文するな」

 くすくすと笑うカミュを見て、私はげっそりした。

 駆け引きとか苦手だから、本当に勘弁して欲しい。そんな思いのまま、私は柵を超えて混融湖の方へ進んだ。

 柵より中へ入る手続きもカミュにお願いしておいた。だから咎められることはない。

 本当に……持つべきものは権力を持った友人だ。私1人だったら、また夜間に忍び込まなければいけなかっただろう。


「オクトさん、思いつめて、心中とか止めてね」

「しないから」

 というか、心中する気だったら、確実に止めそうな人物なんて引きつれてこないから。死にたいんです詐欺は、いまどき流行らない。

「今日はちょっと、届け物」

 私はそう言って、2つの小さな小瓶を取り出した。中にはすでに手紙が入っている。

 

「もしかして……」

「うん。エストとコンユウへの手紙」

 上手く届くか分からない。というか、ここに融けている女神様は性格悪そうだし、上手く届かない確率の方が高そうだ。だから何度でも送ろう。彼らの事を忘れないように。

 何度も送っていれば、いつかは女神も根負けして、彼らの手元に届くような気がするのだ。


「花束じゃないんだね」

「……縁起でもないこと言うな」

 アールベロ国では、死者に花束を贈るという習慣がある。まあそう考えるのも致し方がないとは思うが……、そんな簡単に2人の事を諦めないで欲しい。

 今は彼らに会えないけれど、きっとどこかで繋がっている。館長の語った過去とはまた違うかもしれないけれど、彼らもまた未来へ向かって動いていると思うのだ。


「ごめん。それで、手紙にはどんな事を書いたんだい?」

 私はカミュをチラリとみて、ため息をついた。

「内緒」

 というか、手紙の内容なんて言えるか。恥ずかしすぎる。


 私はカミュに強制的に読まれる前にと、混融湖に小瓶を投げた。

 どぼん。

 小さな水しぶきを上げて、小瓶はそのまま混融湖の中に沈む。そして湖面にできた波紋は小瓶の存在などすぐに忘れてしまったかのように、いつものように穏やかに波打った。

 しばらく見守ったが、瓶が岸に流れ着く様子はない。流石何も浮かばない混融湖だ。


「もしかして、ラブレターとか?」

「……帰る」

「えっ?本当に?!どっちに対してだい?」

 カミュの脳みそは一体どういう構造になっているんだ。どうしてその結論になる。

 私はカミュを無視して、再び柵に向かって歩き出した。くそう。落ち着け私。もう手紙は流してしまったんだ。

 別に付き合って下さいとか、そういう事書いたわけじゃないし。というかそんなの望んでないし。


 でも……伝わって欲しい。 

 彼らが私に対して思っているのと同様に、私だってどう思っているのかを――。 

「また来年」

 毎年必ず手紙を送るから。

 誰にというわけでもないが、私はそう誓いを立てた。 

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