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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
幼少編
10/144

3-2話

 出ていくか、出ていかないか。付いていくか、付いていかないか。

 

 悩んでいても日にちは経っていくもので、あっという間に公演の日を迎えてしまった。公演は午前と午後の2回に分かれていて、朝から大忙しである。その為今のところまだアルファさんと話せていない。

 会場のセッティングが終了したところで、私はパンと薄いスープ、一かけらのチーズをようやく口に入れる事が出来た。この世界での平民の食事は2回。朝食と夕食だ。ここに貴族や金持ち達は昼の軽い軽食が入る。一座も例にもれず2回なのでこれを逃したら夜まで空腹と対決をしなければならないのでありがたい。


「ほらほら、さっさと食べて仕事に行くんだよ」

 他の団員と食事をしていると、副団長に急かされた。食事の後は、外で客寄せの為に歌を歌う事になっている。といっても、知能の発達が遅かった事もあって私はこの世界の歌を知らない。以前も母さんが鳴らす楽器に合わせて、ララララと適当に声を出すだけだった。精霊族は産まれた時から歌を歌うそうで、私にもその血が混じっている。そのおかげで適当に出した声でも、ちゃんと歌として聞こえていたようだ。今も音感は健在のようなので、ありがたい。


「オクト、いたっ!いっしょにきゃくよせしようぜ!」

 スープを飲みほしたところで、クロが食堂に入ってきた。

「クロは食べた?」

「うん。母さんとすこしまえにな」

 私は食器を返却場所へ持っていくと、クロの後についていった。そして道具置き場に寄ってから、敷地の外へ出る。


 テントの外ではすでに一座に所属している魔法使いが、雲を使って今日の公演の告知をしていた。まばらだがお客は徐々に来始めているようで賑やかな声がする。

「さすが、さいしゅう日だね。すごいちからはいってる」

「クロ、遊んでねぇでちゃんと客呼べよ」

「わかってるよ。おじさんもちゃんとしごとしなよ」

 テントの周りでは、すでにグッズや食べ物の店が並んでいた。食べ物は通常価格より少し割高となるが、ここで買った商品は公演中に食べてもマナー違反とはならない為比較的売れる。また子供が好きそうなものが置いてあるのも、親の財布のひもを緩める一因だろう。この販売も収益に大きく関係してくると前に団長に聞いた。


 店がある場所から少し離れた場所でクロは立ち止まる。

「だんちょーがこのあたりでがっきならして、きゃくをあんないしろだって」

 クロの手には、アコーディオンが抱えられていた。

 私は【グリム一座、会場はこちら】と多分書かれている看板を掲げる。矢印が入っているし、私とクロの服装は、舞台用なので文字が読めなくても多分理解してもらえるだろう。

「オクトもてきとうにうたったりやすんだりしてればいいから」

 クロはそういうとアコーディオンをならした。確か音楽もアルファさんに教えてもらったと聞いたとこがある。……剣が出来て楽器もできるって、アルファさん何者?

 まあ今はそんな事考えても仕方がない。私も邪気の含まない笑顔を浮かべた。混ぜモノではあるが、見目は良いと思う。無表情さらしているよりは、いいは――。


「オクトかわいいっ!!」

「ふひゃっ?!」

 クロがアコーデオンごと私にタックルしてきた。腕に当たって地味に痛い。

「クロ?」

「かわいい。マジかわいい!!おっし、やるきでた!!だんちょーに、オレらのじつりょくみせつけるぞ!!」

 ……まあ、やる気が出たならいいか。

 腕をさすりながら、私は落としてしまった看板を拾いもう一度掲げる。その隣で、クロがアコーディオンを鳴らした。その音楽はとても子供が鳴らしているとは思えないほど流暢だ。

 音楽に合わして私も、ラだけで声を出す。


 しばらくはそうしていたが、ふと気がつくと、クロの音楽が聞き覚えがあるものになってきた。ん?っとクロを見ればニッと私に笑いかける。

「このあいだ、オクトがうたってたきょく。だいたいあってるだろ」

「大体っていうか……」

 ほぼ完璧だ。

 嘘、アレは1回しか歌ってないよ?これ、アルファさんが凄いんじゃなくて、クロが凄いんじゃない?そんな簡単に耳コピできるなんて信じられない。

「クロ、凄い」

「お兄ちゃん、だからな」

 えっへんと胸をそらすが、世の中のお兄ちゃんはそんなハイスペックではないと思う。

 ただ懐かしい音楽を聞いていると、もっと聞いてみたくなった。それも私が多分一番知っていると思われる、アニソンやボーカロイドの歌を。

 どうしよう。聞けるって分かったら、無性に聞きたい。ビラくばりの時も、イメージ壊れそうだから歌えなかったけど、でも聞きたい。たぶん前世の私はそんな曲ばかり聞いていたのだろう。

「クロ……」

「なに?オクト?」

 キラキラ純粋なまなざしが苦しい。でも自分の中に産まれた渇望は消せない。汚れた人間でごめんなさい。でも聞きたいんです。ニコニコしたいんです。

「今から歌う歌、それで演奏してくれる?」

「いいよー」

 返事が軽い。

 多分クロにとってはそれほど難しいものではないのだろう。せめてあまりにも場違いな歌にはならないように気をつけようと心に決める。

 そして私はドキドキとしながら口を開いた。

「ららら、らららぁ。ららら、らららぁ~」

 私が始めに選択したのはボーカロイドの曲でも無難に感動できる歌だ。某金髪双子の歌である。今の私なら高音も楽々とでるのでありがたい。

 間奏部分の音楽もラの音で表現する。前世の人物はどれだけこの音楽を聞いたのか知らないが、完璧に丸暗記していた。そして今の能力なら、音感はもとより、高い音も完璧に出す事ができる。精霊族の血よありがとう。私は生れて初めて自分のご先祖様に感謝した。ママありがとう。

 歌い終わったところで、クロを見た。期待のまなざしを止められない。パチパチパチとクロは拍手すると、今歌った歌を弾き始めた。

 多少違うかもしれないが、ほぼ記憶のそれと同じ音に私は感動する。


 すごいすごい。嘘みたい。


 そこから私の中でたがが外れてしまったようだ。興奮が冷めやらぬ内にクロの音楽に合わせて私はもう一度熱唱する。そしてさらに次の歌をクロに強請った。私がアカペラで熱唱し、その後クロのアコーディオンに合わせてもう一度熱唱する。それを飽きることもなく何度も繰り返した。

 気がつくと、まわりに人だかりができてしまうほど楽しんでしまった。

 ……オタクの記憶って怖い。


「いこくのうたもきける、グリムいちざ!ほんじつさいしゅうこうえん。かいじょうはあちらだよ!!」

 クロが慌てて周りのお客を案内したところで、一度歌を休憩した。

 想像以上にハイテンションになってしまった自分に反省する。次は気をつけよう。


「ねえ、それも異世界の歌?」


 顔を上げると、キャベツ色の髪が目に飛び込む。緑の髪の人はこの国に多いが、珍しいほどの鮮やかさなそれは、数日前の記憶を揺さぶった。

 何故、あの時の子供がいるんだろう。

「僕もチラシを貰ったからね。本当に今日で終わりなんだ。残念だなぁ」

 顔に出てしまったらしい。にこりと笑いながら少年は私にビラをみせる。

「君も舞台に出るの?」

 その言葉に、私は首を横に振った。最終公演は、花形の人たちが全員出るので、私が舞台に立つタイミングはない。私が出る時は、誰かが休みをとったりする時の代役と決まっている。

「そっか。残念。なら見る必要はないな」

 少年はチラシをびりびりと破ると捨てた。何をされたか咄嗟に理解できなくて、風に乗って飛んでいく紙を見つめる。

「僕は君の歌の方が聞きたかったんだけどね」

「……私なんかより、皆の方が凄い」

 わざと怒らせようとしているのだろうか。

 何が目的か分からないが、私はとりあえず思っている事実をできるだけ平然と伝える。私の歌は所詮、精霊の恩恵と前世の記憶の恩恵であり、切磋琢磨している彼らと並び立つものではない。

「何だ。喋れたんだ。残念。本当に喋る事の出来ないドールちゃんだったら連れ去ろうと思ったけど。ほら絵本だったら、悪い人に囚われたお姫様を王子様が助けるものでしょ?」


 ……コイツ、何言ってるんだ?

 私は少年の言葉にドン引きする。王子様って何?

「でもこの場合は僕が悪人になるかな。それは困るなぁ。仕方ないか。じゃあまたね、ドールちゃん。悪い人に攫われないようにね」

 問答無用で攫わないだけの常識はあるらしい。もしかしたら攫うとかは彼なりのジョークだったのかもしれない。笑えないけれど。

 キャベツ色の髪の少年は、手を振るとテントとは反対方向に歩いて行った。本当に公演を見る気はないようだ。


「オクト!きゅうけいにはいっていいってさー」

 少し離れた場所でクロが手招きする。私もこれ以上変な人に絡まれたくないので、クロの方へ足早に近づいた。

「クロ……さっきはごめん」

「なにが?」

「歌いすぎたから」

 クロもきっと耳コピばかりさせられて疲れたはずだ。しかしクロはにこりと笑うと、私の頭を撫ぜる。

「オレはお兄ちゃんだからだいじょうぶ。それにオクトがたのしいと、オレもたのしいから。あとでまたやろう?」

 その言葉は胸が痛くなるぐらい嬉しくて、私は何も言えなかった。それでも感謝を伝えたくて、ギュッとクロの手を握る。そしてできる事なら、この先もずっと彼の手を握っていられればいいのにと、私はそう願った。

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