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思い出す日々

某ファンの皆様、誠に申し訳ありません。

高校最後の夏休みが終わろうとしている。


今年は受験生として迎えた八月、我らが学年主席様のサポートもあって順調に受験勉強は進んだ。


模試の判定も悪くなく、このままいけば何とか受かる見込み。去年までは勉強の仕方が分からなかったのだが、そこは学年主席様の力でここまでやってこれた。感謝感謝。


その学年主席様こと美坂香里は、前のあゆ歓迎会のことなどまるでなかったかのように、今まで通り俺に接してくる。


さすがに俺も少しは悩んだが、香里がそうするならと俺も普段通りに接することにした。うだうだ悩んでいては勉強も捗らない。


結果として二人っきりになることも多く、気分転換に一緒に外に出かけることも多かったが、これといって何もなく日々は過ぎていった。受験生の夏は皆こんなものだろう。


陸上推薦入学濃厚の名雪は相変わらず部活に精を出し、北川は何をしているのかさえわからないのだが、こいつらは特別だ。そもそも北川の進路先は怖くて聞いてない。


甘酸っぱい青春もなく、いやこの関係が甘酸っぱいのかもしれないが、ともかくこんな調子でそろそろ蝉も短い一生を終えようとしているこの時期。



「祐一さん、どこへ?」


「気分転換に、散歩に出かけようかと」


「あらあら。風邪を引かないようにね」


「はい。では行ってきます」



満月が綺麗な夜、俺は鞄を片手に、何となく外に出かけた。


秋子さんには散歩と称し、行く先もないように。


だが、俺の足はある方向へ真っ直ぐ歩き出した。行く先は、実は決めていた。


陽は落ちても茹だるような暑さの中、誰もいない商店街を素通りし、すっかり歩き慣れた歩道を進み。


着いた先は、学校。


なぜここに来たのかはわからない。


ただ、会える予感がしたから。


校門を飛び越え、誰もいない宿舎室から校舎へ入り、この学校の警備はどうなってるんだと考えながら階段を登り、


……見つけた。


この学校からは卒業したはずの、西洋剣が妙に似合うその姿を。



「………ゆう、いち?」


「よう」


「……よう」



川澄舞は、俺の登場に小さな驚愕の表情を浮かべ、挨拶を返した。









思い出す日々









この学校が建つ以前、この地は一面の麦畑で覆い尽くされていた。


小さい頃にはよく長期休暇になると水瀬家にお邪魔していた俺は、来る度に街を探検しているうちにここに辿り着いた。


そして、出会ったのがうさ耳のカチューシャをかけた少女。


明るく活発な少女と俺は意気が合い、毎日毎日麦畑で遊んだ。


それは他愛もない昔話。誰にでもありえる経験だろう。


ただ、ひとつ。


俺が実家へ帰る際に、少女が放ったある言葉を除いては。



それから十一年。


再会した少女は、別人のように変貌していた。


ただ容姿だけの問題ではない。


少女はあの元気な性格とは正反対に、無口で感情を表に出さなくなっていた。


だから、最初は思い出せなかった。この少女が誰だったのか。俺は初対面のように振る舞い、月日は少し流れ。


あの事件に俺達は遭遇する。舞の退学騒動だ。



再会した当初、舞は学校の備品を傷つけたとして生徒会にマークされていた。


新学期になってから何者かに窓ガラスを割られる、消火器が撒き散らされている、教室がグチャグチャにされている、などの問題が頻発しており、教師の調べで夜の犯行の可能性が高いということが集会にして知らされることになる。


その中で深夜に学校付近目撃情報があった舞が、その犯人の有力候補にされるのは必然だろう。


なぜ警察を呼ばないのかは、学校側の保身のため。幸い生徒に被害は出ておらず、世間を騒がせる前に早々に犯人を見つける必要があり、それにおいても舞はうってつけのターゲットだった。


舞も弁護しないとあっては尚更だ。何も言わない舞に対し学校側は一方的に犯人と決めつけ、一時は停学処分を受けるまでに事態は悪化。


とどめにダンスパーティにて大勢の生徒がいる前で問題発生。そこにおいても居合わせた舞が犯人扱いされ、いよいよ退学処分が下されることになる。


それに対し、元生徒会役員である佐祐理さんが、卒業までの復帰を条件に舞の退学処分を取り消すよう生徒会に求めた。


この学校の実権を握っているのは生徒会であり、舞の停学や退学も実質生徒会が決めているようなもので、学校側の処分に不服を申し上げるのなら教師にではなく生徒会に、がこの学校の通例。


佐祐理さんは役員を舞を守るために退いてから長く、卒業までの時間も少ないが、有能な実務能力と誰にでも分け隔てなく接するがゆえの人望は引退後も根強く残り、生徒会からすれば一人の問題児の退学を取り消すだけなら願ってもない条件だった。


しかし、それらは全て生徒会の光明な計略。


佐祐理さんを生徒会に連れ戻すために、舞を引き立てにしただけだったのだ。


つまりは、生徒会の工作。


深夜いつも学校をうろついている舞を見つけた生徒会は、注意するのではなく利用することで舞と佐祐理さんを引き離し、佐祐理さんを生徒会に戻す工作に出たのだ。


その結果、ダンスパーティに大規模な事件を起こすことで一時は成功する。


だがそれに気づいた俺が動き、佐祐理さんの親が有権者ということもあって、生徒会の悪事を暴くことに成功。


それにより、実際に舞が深夜に何をやっていたのかという問題はあるものの、舞に対する乱暴なイメージは払拭され、ただの変わった一般生徒と認識されることとなった。


これにて舞の退学騒動は解決。騒がしかった学園にも平和が訪れることとなり。


ここで、俺は舞に関する全ての問題が解決したと思ってしまった。


今思えば馬鹿らしい。


何でそんなことを思ってしまったんだと。


そもそも。



舞は、なぜ夜の学校にいたんだ?



「久しぶりだな」


「そうでもない。一週間前に佐祐理と会ったばかり」


「一日会わなかったら充分久しぶりだ。ということで、久しぶりだな」


「……久しぶり」



感情が篭ってなさそうな淡々とした口調だが、これはこれで微妙な感情の変化がある。


俺の登場には驚愕、久しぶり発言には呆れと諦め。ここまで読み取れるようになったのは、日々たゆまぬ努力の故か。


いや、そんなことはどうでもいい。今日はそんなことをしにきたわけではない。


今日は。


退治しにきたんだ。



「ここで会うのは本当に久しぶりだな。舞は何しに来たんだ?」



何を?



「……」



決まってる。



「私は、魔物を討つ者だから」



魔物退治、だ。



幼い少女が最後に残した言葉。


『魔物が来る』。


魔物。この魔物と、舞はずっと戦っている。


恐らくは毎日。毎日ここに来て、魔物とずっと戦い続けていた。


器物破損? 退学? そんなこと、どうだってよかったんだ。


舞にとっては、魔物との戦いが全てだったのに。


俺は目先の問題を片付けるのに追われ、本当の問題を置き去りにしてしまった。


それだけではない。その問題が片付くと次は栞のこと。そう、俺はここでも栞のことをいい訳に、舞の問題を解決しないままにしてしまっていたんだ!



学校を卒業した今も、川澄舞は変わらず魔物を討ち続ける。


何かに囚われたように。いや、事実囚われているのだろう。


何に?


勿論、魔物に。



「魔物は、出たのか」


「いつもいる。けど、今日はいない」


「……なあ、魔物ってなんなんだ?」


「……」



舞の言う魔物。最初は学校荒らしの真犯人のことだと思った。


だが、舞は今も変わらずいる。一連の事件が解決したあとも、夜の学校に歩みを進め、今日も今日とて校舎内で佇む。


事態は何も変わってはいない。今も舞は魔物を討つ者を自称し、西洋剣片手に立っている。


魔物とは、生徒会のことではない。


ならば、魔物とは?


魔物とは、なんだ?


それは。



「なあ舞、本当は気づいているんだろう」


「……」


「魔物の正体が、何なのか」



当時はわからなかった。


『魔物を狩る者』の意味が。


過去から逃げていた俺は、この言葉の真の意味に気づかなかった。


舞のことを、生徒会から解放することで終わったものとみなし。


俺はまた、舞のことからも逃げていたんだ。



幼い少女が発した『魔物が来る』という言葉。当時は理解できなかった。


成長した少女が発した『魔物を討つ者』という言葉。当時は理解できなかった。


だが、今なら。


前に進みだした今なら、はっきりとわかる。


魔物の、本当の意味が。



「昔話をしようか」


「……?」


「ある日、とある街に少年と少女がいました、出会ったばかりの二人はすぐに仲良くなり、毎日遊ぶようになりました」


「……それは」


「まあ聞け。しかし少年はたまたま街に来ていただけで、のちに帰らなければならなくなりました」


「……」


「でも少女は少年に帰って欲しくありません。そこで少女は、ある嘘をつくことにしました。『魔物が来る』と」



不思議な力があるとされ、友達ができない少女と一緒にいてくれる少年に、行って欲しくなくて。



「しかし少年はその言葉を聞き流し、帰ってしまいました」


「……」


「少女は一人ぼっちになり、魔物と戦うことになりました」



そう。魔物の正体は───



「寂しさという、魔物と」



俺がいなくなると、独りになる。寂しくなる。


だから、寂しさを紛らわすために、戦う。


それは永遠に終わらない戦い。


舞は、あれからずっと戦い続けていたんだ。


月日は経って。佐祐理さんという親友とも出会えて。確かに孤独からは解放されたかもしれない。


それでも。


それでも今も変わらず、ずっと俺を待ち続けていた。


魔物と戦いながら。


寂しさと、戦いながら。



「ごめんな、舞」


「……何」


「気づいてやれなくて」


「……」


「夜の学校で再会した時から、既に舞は気づいていたんだろう、俺に」


「……祐一は、変わってなかった。だからすぐわかった」



ようやく、舞が自分で口を開く。


本当の気持ちを、告げる。



「だけど祐一は私のことをわかってくれなかった。今までずっと。だから、」


「魔物は消えなかった、か」


「そう。祐一は酷い。私にずっと魔物を押し付けた」



そう言ってむくれる。だけどその顔はどこか嬉しそうで、どちらも感情の起伏に乏しい今の舞からは想像できない、


昔の、明るくて活発な少女がいた。



「ようやく、魔物を狩る者卒業だな」


「祐一が言えたことじゃない」


「……えぅー、舞がいじめるよぉー」


「祐一、気持ち悪い」



舞が笑う。この表情も新鮮だ。



「あ、そうだ舞」


「……何?」



忘れてた。この日を選んだのにはわけがあったんだ。



「ほい、これ」


「……?」


「開けてみろ」



俺が鞄から取り出したのは、ファンシーな包装がされた袋。それを舞に渡す。


舞は怪訝そうな顔で袋を開け、



「……これ、は」


「出会ってちょうど十一年目。遅れた再会祝いは原点回帰ってことで」



うさ耳カチューシャを、取り出した。


初めに出会った際に、舞に送ったものと同じものだ。



「ただいま、舞」


「……おか、えり、なさい……!」



大粒の涙で、舞は俺を迎えてくれた。


その涙からは、完全に魔物が消え去っていた。





それからはいつもの他愛のない会話が続いた。


いつもはいる佐祐理さんがいないのは少し違和感があるが、そこは明るさを取り戻しつつある舞の新鮮さの方が気になった。


不思議な力のことや夜の学校のことなど、記憶がはっきりしている今だからこそできる会話も弾む。


魔物は孤独という寂しさ?


寒っ!


何言ってんだこいつ、馬鹿じゃないの?


こんな、さっきまでの舞からしたら何様のつもりだテメェというようなことも最早笑い話。舞も不服な顔をしながらも悪い気もしていないようだった。


過去と今のリンク。過去辛かった経験を笑い話にできるようになれれば、それは過去との決別といっていいだろう。


そう、過去との決別。


魔物なんて、もういない。


これが、本当の解決なんだ。



「祐一、ちょっと変わった」


「は?」



唐突に舞が口を開く。そろそろ散歩では済まされない時間になっていたので、学校から帰っている途中だった。


学校では喋りっぱなしだったので、帰路ではあまり会話はしていなかった。よって脈路なんてものは存在しない。舞らしいといえば舞らしいが。



「正確には、またちょっと変わった」


「また、とはなんだ。まあ俺は常に進化し続ける生き物だが」


「香里のせい?」



完全無視か。しかもここから展開する会話は俺にとって非常に困ることになりそうだ。



「つーか香里と舞は知人だったのか?」


「佐祐理と香里は友達。だから私と香里も友達」



まあ言いたいことはわかる。要するに佐祐理さんを通じて知り合ったんだな。


佐祐理さんと香里は……共に人目を引く存在だ、何か通じ合うものでもあったんだろうか。ほら、性格は正反対なほど惹かれあうって言うし。


大方生徒会絡みなんだろうが。役員だった佐祐理さんと一年からクラス委員長の香里とは会議で顔をあわせることもあるだろう。



「ふーん。じゃあ三人で出かけたりもしたり?」


「する。だから、祐一ことも三人で話したりもする」



げ、逸らそうとしたのに軌道修正しやがった。


舞め、いつのまにこんなアドリブを……



「祐一のことは香里からよく聞く。二月頃から元気がなかったのは栞のせい。それから立ち直って、最近はよく香里と勉強してる」


「その通りだが、香里とは別に何でもないぞ? この夏で香里とやったことはほとんど勉強だけだし」


「でも、最近祐一は楽しそう。充実してるように見える」


「……」



そう、なんだろうか。


確かに勉強は捗り、志望校の合格ラインも見えてきて、充実してるとはいえる。


かといって高校最後の夏休みを勉強だけで終わらせることもなく、息抜きではあるがそこそこ出かけたりもした。お陰で勉強疲れは無い。


が。


果たして、それだけなんだろうか?



「香里とは、本当に何もない?」



言葉に詰まる。


あったかなかったかで言えば、なかった。あゆの歓迎会のことはあるもののそれから進展もなく、俺達の距離は変わっていない。


しかし、それは形上のこと。


ならば。



「香里のこと、本当に何とも思ってない?」



俺はなぜ、香里といるとあんなにも落ち着くのだろう?


初めはただの名雪の友達の優等生。それから栞のことで内面を知り、深く関わっていくようになった。


そうなったのは、本当に栞のことだけなんだろうか?


今でも一緒にいるのは、それだけなんだろうか?


一緒にいると落ち着く。香里といると何かしっくりくる。そんなこと出会った頃は当然思っていなかった。


むしろ夏休みに入ってからは二人でいる機会も増え、一緒にいることが普通に思えてきている。


なるほど、確かに俺には『何か』があったんだろう。


ならば、その『何か』とはなんだ?


この感情の変化は、何を意味している?



「……分からん」



結局俺は、この言葉で思考を止めることにした。


分からない、というよりは分かろうとしない。


これ以上考えると、『何か』が分かってしまうと、まずい気がする。


だから、この件に関しては保留することにした。



「……私の家、向こうだから」


「ん、そうか」



分かれ道に差し掛かり、舞と別れることになる。


最後に舞は、意味深な言葉を呟いて去っていった。



「私は、この十一年間辛かった。だから祐一、忘れないで。待つことは、辛いことなの」



その言葉は、俺の心に深く突き刺さった。


もしかして。


俺は。


また、同じことを繰り返しているんじゃないか?



「……帰るか」



しばらく立ちつくし、やがて俺は歩き出す。


何も考えたくない。その一身で。



どこからか、誰かに「へたれ」といわれた気がした。

ということで、倉田佐祐理は出ませんでした。恐らく今後も出ないと思います。


残り二話。構想自体は固まっているので、自分が定めたXデーに間に合うかどうかですね。

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