嫌い
「久しぶり、魔物ども。また、あいつの魔力の発散に付き合ってもらうよ、イラついてるからさ。普段より激しめになるけど」
王城の地下、魔法省の管理下にあるSクラスダンジョン。 本来、一国の騎士団が総出で挑むべき死地。しかし、今のルアフィナにとってここは、内側から自分を焼き尽くそうとする「アンナの過剰魔力」を排出すための唯一のゴミ捨て場だった。
「――おいでなさい」
ルアフィナが指を鳴らす。 瞬間、地面から巨大な大樹の根が、のたうつ蛇のように飛び出した。
「キシャァァァ!」
現れたのは、レベル80を超える魔獣、ベノム・ワイバーンの群れ。 しかし、ルアフィナの瞳は金色の光を増し、その表情は「令嬢の鏡」とは程遠い、飢えた捕食者のそれへと変わる。
「樹属性魔導・殲滅――『千手観音・捕食の檻』」
空間を埋め尽くすほどの樹木の触手が、ワイバーンたちの翼を、首を、胴体を絡め取る。 樹木神と世界樹の加護を受けた彼女の植物は、相手の魔力を吸い取り、ルアフィナの体内に澱のように溜まった「アンナの光の魔力」を強引に魔物へと叩き込むための媒介だ。
「……あぁ波長が合わない魔力は本当にいやだね」
ドォォォォォン!と爆音を立てて羽や首をもぎ取られたワイバーンたちが落ちてゆく。
「足りないッッッッ!」
ルアフィナは迷宮内にある大広場へ移動すると、地面から一本の細い美しい木を作り出した。
「樹属性魔導・誘惑ーー『百花繚乱・地獄の状』」
その木に色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが辺一面を覆う。すると、100を超える魔物たちが香りに釣られ、やってきた。
「樹属性魔導・決別ーー『一葉知秋・破滅の愛』属性付与:愛」
ルアフィナの周りに木葉が舞う。その木葉に触れた魔物は標的をルアフィナから仲間へ変えた。アンナの「愛」の属性が付与された木葉。それは触れた者の精神を狂わせ、もっとも身近な存在を「執着と殺意の対象」へと書き換える呪毒の散華。共食いを始める魔物たちの断末魔。それを無視してルアフィナはさらに魔物を呼ぶ。
「次!」
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「……ふぅ、これでおしまい。」
ダンジョンの深奥。さっきまで地獄絵図が繰り広げられていた大広場は、今やルアフィナが放出した魔力の残滓で、異常なほど青々と茂った植物に覆われている。レベル80超えの魔物たちの死骸は、その根に食われ、養分として消えていった。
ダンジョンを出ると、夜風が火照った体に冷たく刺さる。 魔法省の門番たちが、死地から戻った少女のあまりに凄絶な雰囲気に、言葉もなく道を開けた。
自分の役割は、アンナという「太陽」が世界を焼き尽くさないための「冷却装置」。 幼馴染として、友人として隣にいる時間は、彼女の過剰な魔力を少しずつ自分の体へ移し替える作業に過ぎない。
「……あいつ、本当にキラい。何も知らないで、幸せそうで」
吐き捨てる言葉とは裏腹に、ルアフィナの手は震えていました。 彼女が願う「田舎での隠居」は、死にたくないと願う十五歳の少女の小さな願いなのだ。
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翌日、ルアフィナは1人迷宮の中で殺戮を繰り返していた。
「はぁ、よしボス殺して早く出よう……!」
ボス部屋の扉を開けるとそこにいたのは重厚な鎧に身を包み、慢心仕切った様子でこちらを見下ろすゴブリンジェネラルだった。
「邪魔」
ルアフィナは樹属性魔術・裂傷ーー「劈・秋葉」を無詠唱で発動し、ゴブリンジェネラルを切り裂き、殺した。
ルアフィナは魔導は難しいが、魔法と魔術程度なら無詠唱ができるのだ。
「終わりました」
クリアタイム、わずか3分。 出口の扉が開いたとき、外で待機していたフルール先生と、応援していたアンナたちの顔は凍りついていた。
「……え、あ、もう……? ボスは……?」
「慢心しきって隙だらけだったので、簡単に殺せました」
ルアフィナは冷めた瞳で、手元の泥を払う。 その姿に、アルフォードとシリウスが言葉を失い、ユーリスだけが悲しげに目を細めていた。
一週間後。特Aクラスの面々は、初の実地訓練として『よろずの森ダンジョン』の前にいた。
「では、ルアフィナ嬢はソロ。他の皆さんはパーティごとに突入。死なないようにね!」
フルール先生の合図と共に、アンナたちが賑やかに出発する。アンナは何度もルアフィナを気にしていたが、シリウスに促されて森の奥へと消えていった。
「では、行ってまいります」
ルアフィナはフルール先生にカーテシーをし、森に入って行った。
さて、索敵ー『探・傾聴』木々の根から根へ、葉から葉へと微弱な魔力を伝わせ、ダンジョン全体の動静を把握する。私にとって、樹木に満ちたこの場所は、神経が四方八方に張り巡らされた自分の庭も同然。
……アンナたちのパーティは、あっち。魔物の反応は……まばらね、でもその名の通り魔物の数が多い。初心者向けのダンジョンだけあって、あいつらが手こずるようなのはいない。異常も見られない、早々にボスを倒して、アンナたちを見張ろう。ボスは大体10分で復活する、アンナたちの場所と移動速度的にどんなに早くても後40分はかかる。今すぐ倒しに行こう。
ルアフィナは最短ルートを突っ走る。 『よろずの森』に自生する樹木たちは、ルアフィナが通るたびに敬意を払うかのように枝を退け、足元の根を平坦に整える。称号《世界樹の友》は伊達ではない。
「……あ、一応これだけはやっておかないと」
走りながら、背後の道に小さな『種』を等間隔で落としていく。これはただの種ではない。アンナたちが通った際、彼女の漏れ出る魔力を微量に吸着し、座標を特定し続けるための「吸魔の追跡種」だ。
ボスの間へと続く大扉。 そこには、このダンジョンの主であるフォレスト・ガーディアン――巨大な鹿の姿をした精霊獣が待ち構えていた。
「……悪いけど、今日は急いでるの。眠ってて」
ルアフィナはただ片手をかざす。 樹属性魔法・拘束――『誘い・揺籠』
地面から凄まじい速度で伸びた強靭な蔓が、フォレスト・ガーディアンの四肢を絡め取り、その巨体を一瞬で床に縫い付けた。攻撃ではなく、強制的な休眠。魔力を吸い取り、無力化する。 ボスが光の粒子となって消えるのを確認し、ルアフィナは宝箱の中身を無造作にマジックバッグへ放り込んだ。
「所要時間、5分。さて…… 」
ボス部屋の外に出て、人が寄り付かない場所へ行き、木々で覆い周りから見えないようにする。そして結界をかける。
「風・無属性混合魔術・結界ーー『帳・雲隠れ』」
そこには最初から何もなかったかのように、樹々が話し、葉が踊る。そんな空間に見せかける。
「樹属性魔導特性付与〈魔力吸収〉・変異――『清濁併呑・呪詛の茨』対象:ロリアンナ・ルシート・レドラントの過剰分の魔力」
ルアフィナの手から伸びた漆黒の茨が、地面を這い、ダンジョン全体に張り巡らされた自身の根と接続される。
「…………」
繋がりが確立された瞬間、ドロリとした熱い感触が、ルアフィナの全身を駆け巡った。吸魔の追跡種を通じて、遠く離れた場所にいるロリアンナから「過剰な光の魔力」を強引に引き抜き、自分の体へと流し込む。
「樹属性魔導・放出ーー『六根清浄・愛華の戯』」
「あ、樹属性魔法・回復ーー『光合成・魔力』」
吸収した魔力をそのまま地面に流し、自分の周囲だけに限定して放出する。周囲の植物が、異常な速度で巨大化し、極彩色の花を咲かせては腐り落ちてゆく。
魔力を放出する時、自分の魔力もまぜ、土が適応できるようにしている。だから魔力の消費スピードが速い。枯渇はしないだろうが、何かあった時に困る。だから微弱でも回復を。
「木よ椅子になって」
木の根っこが盛り上がり、ちょうどいい高さになり、蔦で背もたれと、クッションを作った。これは魔法とは少し違う、魔力操作の範囲内。
「ふぅ。これを後三十分以上、保つ。うん、いけるな」
ルアフィナは、蔦のクッションに深く身体を預け、目を閉じた。 視覚を遮断すると、他の感覚が鋭敏になる。ダンジョンの壁を伝い、地面の底を這う自身の根が、一歩一歩進むアンナたちの足音を克明に伝えてくる。
「アンナ、花たちが教えてくれたよ、あっちにボスがいるって」「ありがとう、ユーリス君!じゃぁ行きましょう!」「魔物の気配、気をつけて」
蔦の椅子に身を預けながら、頭上から降り注ぐ異常な生命力の粒子を見つめていた。
「……はぁ、本当にバカバカしい」
本来なら、この『よろずの森』は癒やしの聖地として知られる場所だ。しかし今のルアフィナの周囲だけは、吸収したアンナの魔力のせいで、植物たちが「愛」を帯びて巨大化し、毒々しいまでの美しさを放っている。
「愛って行きすぎたら呪いになりますよね…ん、そろそろボス部屋に着きますね。〈栄養吸収〉でちょっとだけ栄養を、よし普通の植物くらいになった。残りは、森に均等に蒔いときましょう。」
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「アンナお疲れ様です」
「ルアー!今日ねなんかすごい調子が良かったのー!魔物もいっぱい倒したんだよ!」
アンナがキラキラとした瞳でそう言いながら駆け寄ってくる。
「良かったですね」
「お疲れ様、みんな。ダンジョンどうだったかしら?」
フルール先生が、水晶板を確認しながらそう言った。その後ろには、疲労困憊といった様子のクラスメイトの姿があった。
「疲れてると思うんだけど、一週間後までにこれに、感想、反省点、評価を書いて提出してね。じゃ、バイバーイ」
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ルアフィナは自室のベッドで、震える手で薬を飲み下していました。 窓の外からは、アンナたちが中庭で楽しそうに今日の訓練の成果を語り合う声が聞こえてきます。
「……死にたく、ないなぁ……死なないと、いいなぁ」
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