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世界最高の死に方を。

掲載日:2025/11/27

 重い足を引き摺る。

 典型的な何かを求めて、ただひたすらに、"普通"を目指していた。

 風鈴の音、波の音、私にはただ、それが雑音にしか聞こえなかった。

 昔はあれほど興味があって、よく走り回っては怪我をして泣いていたのに。

 今はもう興味なんてなく、動かなくても泣いている。こんな私に、叫ぶ事はできるのだろうか。


「……はあ」


 ため息をついた。

 何かがあった訳でも無いのに。


 『次のニュースです。中東地域では紛争が絶えず――』


 ニュースキャスターが、世界を伝える。

 手に持った水をテーブルに置き。ソファへ倒れ込む。

 争い苦しみもがく人間とは違って、私はただ眠るだけの女。恋愛もした事なければ大した実績もなく、だからと言って運動もできないし、勉強もダメ。料理でさえも。

 生きていくたび、明日が今日になるたびに自分が嫌いになる。

 趣味もない。もう誰とも会わない。

 お金は海外へ転勤した親が毎月くれるし、食料も日用品も全部宅配だ。


 

 また本を開いた。タイトルは「生きとし生けるもの。なぜあなたは生きていくの?」私がこの世界で、唯一好きなもの。と言っても過言では無い本だ。

 この本がなければ、私は今頃……

 暗い気持ち。気づけば涙も消えている。


 朝日が、とんでもなく私には猛毒で、輝き続ける彼の様に、私は生きたいと願った。


 あの光が私を照らすから。

 私はすぐ生きたいと思った。

 ただただ逝きたいと思った。


 月火水木金。働いた。

 ただただ。学校(強制され)に行った。

 ひたすらに、自分を材料に、普通を目指した。何も分からない。分かるはずのない。

 数学問題の様な正解なんてそこには無い。

 痛くても、伸びたい。

 私は目指した。

 思い出すたびに泣けるあの頃。


 普通を探した日々。

 仲間と嘘を笑ったあの教室。

 もう今は色褪せた、冷たくて暖かい彼の匂い。

 ちっぽけな事かもしれない。たかが人の死。という人も居る。なぜかは分からないけど、否定できないその声が、私の身体を。心を貫いたのだ。


 良いことばかりじゃないから。

 ちっぽけな私だから。

 私は自分を納得させた。

 明日を目指して、探して、求めて、裸足で走った。

 走り方も、道筋も、目標すら曖昧で。



 ――私はただ、足を削って走ることしかできなかった。



 結局。大きく転んだ。崖に落ちた。壁紙道を塞いだ。


 『さて、本日のゲスト。超人気アイドルグループの――』


 おかしいな。

 テレビから、無駄な音声が流れ行く。

 どうせ、これは本物(偽物)なのを分かってるのに。


 『私の好きな食べ物……実は、クッキーで――』


 どうせ嘘。


 それなのに。妙に体が惹きつけられる。

 人と関わると、物理的な壁がある様に感じる私でさえも。

 よく思い出す。月魄の記憶でさえも忘れさせて、世界でたった一人、私を認めてくれる様な、そんな瞳。

 画面一枚。私を見つめて。

 本当はそんな事はないのに。ただそんな気がした。


 生きたい。

 いや。

 逝きたい。


 ありふれた時間。笑い合った記憶。

 死にたくないんじゃない。生きたくないんじゃない。ただ。死ねない理由があるだけ。


 だから、私は――

 ただ一人目指す。

 

 一枚。ポストに入った紙を取った。

 髪を整え、歯を磨き。目の前の扉を、再び開けた。

 もうすぐ冬。それなのに、どこか春の暖かさと、かつて、私が愛した彼の匂いがした。


「行ってくるね」


 ただ一人。

 誰もいない部屋の、小さな額縁に入った"記憶"に。

 白い息と共に、この世界へ吐き出した。


「行こう。あの街へ。もう一度」


 東京。

 目的地はそこに……いや。明確な目的地はない。

 あるのは曖昧な目的。彼がたとえ目を覚ましても、連れ戻せない様な。そんな場所。


 一歩、また一歩。


 ただひたすらに進んだ。

 あの街の。空の上の。誰も知らない、誰もが知るあの場所へ。


「…………世界最高の死に方を。」

 

 

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