世界最高の死に方を。
重い足を引き摺る。
典型的な何かを求めて、ただひたすらに、"普通"を目指していた。
風鈴の音、波の音、私にはただ、それが雑音にしか聞こえなかった。
昔はあれほど興味があって、よく走り回っては怪我をして泣いていたのに。
今はもう興味なんてなく、動かなくても泣いている。こんな私に、叫ぶ事はできるのだろうか。
「……はあ」
ため息をついた。
何かがあった訳でも無いのに。
『次のニュースです。中東地域では紛争が絶えず――』
ニュースキャスターが、世界を伝える。
手に持った水をテーブルに置き。ソファへ倒れ込む。
争い苦しみもがく人間とは違って、私はただ眠るだけの女。恋愛もした事なければ大した実績もなく、だからと言って運動もできないし、勉強もダメ。料理でさえも。
生きていくたび、明日が今日になるたびに自分が嫌いになる。
趣味もない。もう誰とも会わない。
お金は海外へ転勤した親が毎月くれるし、食料も日用品も全部宅配だ。
また本を開いた。タイトルは「生きとし生けるもの。なぜあなたは生きていくの?」私がこの世界で、唯一好きなもの。と言っても過言では無い本だ。
この本がなければ、私は今頃……
暗い気持ち。気づけば涙も消えている。
朝日が、とんでもなく私には猛毒で、輝き続ける彼の様に、私は生きたいと願った。
あの光が私を照らすから。
私はすぐ生きたいと思った。
ただただ逝きたいと思った。
月火水木金。働いた。
ただただ。学校に行った。
ひたすらに、自分を材料に、普通を目指した。何も分からない。分かるはずのない。
数学問題の様な正解なんてそこには無い。
痛くても、伸びたい。
私は目指した。
思い出すたびに泣けるあの頃。
普通を探した日々。
仲間と嘘を笑ったあの教室。
もう今は色褪せた、冷たくて暖かい彼の匂い。
ちっぽけな事かもしれない。たかが人の死。という人も居る。なぜかは分からないけど、否定できないその声が、私の身体を。心を貫いたのだ。
良いことばかりじゃないから。
ちっぽけな私だから。
私は自分を納得させた。
明日を目指して、探して、求めて、裸足で走った。
走り方も、道筋も、目標すら曖昧で。
――私はただ、足を削って走ることしかできなかった。
結局。大きく転んだ。崖に落ちた。壁紙道を塞いだ。
『さて、本日のゲスト。超人気アイドルグループの――』
おかしいな。
テレビから、無駄な音声が流れ行く。
どうせ、これは本物なのを分かってるのに。
『私の好きな食べ物……実は、クッキーで――』
どうせ嘘。
それなのに。妙に体が惹きつけられる。
人と関わると、物理的な壁がある様に感じる私でさえも。
よく思い出す。月魄の記憶でさえも忘れさせて、世界でたった一人、私を認めてくれる様な、そんな瞳。
画面一枚。私を見つめて。
本当はそんな事はないのに。ただそんな気がした。
生きたい。
いや。
逝きたい。
ありふれた時間。笑い合った記憶。
死にたくないんじゃない。生きたくないんじゃない。ただ。死ねない理由があるだけ。
だから、私は――
ただ一人目指す。
一枚。ポストに入った紙を取った。
髪を整え、歯を磨き。目の前の扉を、再び開けた。
もうすぐ冬。それなのに、どこか春の暖かさと、かつて、私が愛した彼の匂いがした。
「行ってくるね」
ただ一人。
誰もいない部屋の、小さな額縁に入った"記憶"に。
白い息と共に、この世界へ吐き出した。
「行こう。あの街へ。もう一度」
東京。
目的地はそこに……いや。明確な目的地はない。
あるのは曖昧な目的。彼がたとえ目を覚ましても、連れ戻せない様な。そんな場所。
一歩、また一歩。
ただひたすらに進んだ。
あの街の。空の上の。誰も知らない、誰もが知るあの場所へ。
「…………世界最高の死に方を。」




