28話 イラクサの茂み
エドマンドさまのご出立がお決まりになり、城の中庭で宴が支度される。
騎士修行ではないとはいえ、嫡子が遠方に旅立つのだ。ご領主さまは誉れ高く送り出したいのだろう。
あれやこれやと城は準備でにぎわっていた。
宴支度の喧騒から離れ、俺と母さんはひっそり身を潜める。
エドマンドさまに忌み嫌われている俺たちは、宴に近寄れない。居ないふりだ。
調薬小屋でペトロニラと母さんの手伝いをする。
俺は冬用のチュニックを重ね着て、イラクサ刈りに精を出していた。
イラクサはマンドラゴラと同じく、悪しきと善きを宿した薬草だ。そのままでは激痛と火ぶくれを齎すが、水や太陽に晒せば善き癒しを与えてくれる。
刈ったイラクサを革手袋で運ぶ。
調薬小屋の窓が開いた。ペトロニラだ。
「ジェイデン。余ったうさぎ膠があったろ。あれ、そのうち写字係に持っていってやってくれ」
うさぎ膠は写本造りで金箔張りに使う。
どれくらい減っているか聞いてないけど、たぶんいくらあったって喜ばれるだろう。
「うん。持ってくの、宴が終わったらでいいかな」
「いつでもいいさ」
そう言いながらペトロニラは薬草壺を脂で封じる。それを母さんが羊皮紙をかけて紐で押さえていった。
「ただ写字室に羊皮紙のきれっばしが余ってりゃ、融通利かすように頼んどいとくれ。しばらくは持つけどね」
蓋用の羊皮紙が、残り少ないのか。
夏の盛りの恵みを薬にして、冬に備えている。保存のための蓋は、早めに頼んでおいた方がいいだろうか。
考えていると、炊事塔から誰がやってきていた。
怪我人か病人か?
「よお、ジェイデン」
「レナルド、ユワード、ハーワード!」
そっくりな従兄弟たちが並んでいる。
ユワードだけ、怪我をしていた。
額が怪我をしたのか、血を流している。咄嗟に湯冷ましの水差しを掴む。
「鍛錬か? 馬か?」
怪我の原因が鉄か獣か、それを問う。
洗っていくと、血の量と比べてひどい傷ではなかった。硬いものが掠ったのか。
「エドマンドさまだよ」
思わぬ原因だった。
レナルドとユワードは黙っていたが、末のハーワードが呟いた。
「あいつ、ユワードをレナルドと間違えて癇癪起こしたんだ。見分けがつかないんだよ」
「おれは厭われているから近づないようしてたけど、さっきユワードが鉢合わせて……」
「普段は物投げられても躱せるけど、今日はちょっとヘマした」
この従兄弟たちは来た当初、本当にそっくりだった。
だがレナルドは本格的に武芸に打ち込み、成長期もあって体つきが引き締まってきた。ユワードは動物好きで、清潔な飼い葉おけの匂いがする。いちばん年下のハーワードはすばしっこい。
なのに、跡継ぎであるエドマンドさまは、いづれ家臣となる三人の見分けがつかない?
とにかく手当だ。
キャベツの外皮に塗り薬をつけ、ユワードの額に巻いていく。
「あの若君、ずっとイライラしているんだ。おれの顔見た途端に、ジェイデン庇ったことを咎められて、ブローチ投げつけられさ」
ユワードは溜息なのか説明なのか分からぬほど、重く肩を落としていた。
「アミーリアが取られて欲求不満なんじゃないか」
「それもありそうだけどさ、弟とジョンが貴族の元で騎士修行なのに、自分はオックスフォードの学者に預けれられて矜持が傷ついてんだろ」
「矜持! 寛容も勇敢もないのに、矜持! だったら騎士修行がしたいと願い出ればいいのに。あれはもう挫折する前から挫折してる」
忌々しそうに三人は語る。
咎められるべき発言だったが、俺は咎める気など起きなかった。
手当を続けていると、ペトロニラが顔を出す。
「ふん。けちんぼ、どんくさ、ぐうたらが雁首揃えてお出ましかい」
ひどいあだ名だ。
レナルドは大らかに笑っていた。
「ペトロニラの婆さまはよく見分けられることで」
「あたしゃあんたら見分けがつかないほど耄碌しちゃいないし、眼病みでもないさ」
面白くなさそうに吐き捨てたけど、レナルドたちは面白そうに笑っていた。
「育ち盛りども、飯を食っていくかい?」
「いいの?」
「エドマンドの若君がいる大広間じゃ、食事しにくいだろ。こっちで腹を膨らませておいき」
「やった!」
レナルドたちは喜ぶ。
「ジェイデン、あんたは不断草をたっぷり取ってきな。メアリ、メアリ、うさぎを捌いとくれ」
どういう風の吹き回しか分からぬが、ペトロニラは気前が良い時は実に良い。吊るしてあったうさぎをぜんぶ出してくれた。ローズマリーに守られて吊るされたうさぎ肉だ。
母さんが丁寧に筋を取り、細かく切り、不断草と塩ゆでにしてくれる。
ほどよく柔らかくなったうさぎ肉は、ほんのりとローズマリーが香っていた。
レナルドたちは美味しそうに頬張る。
でもユワードだけは怪我がひきつって、噛むたびに痛そうだった。
この三人は、三代前からご領主さまに忠誠を誓っていた家柄だ。聖具盗難でレナルドが俺の無実を信じてくれたのは嬉しかったが、そのせいで跡取りに嫌われてしまうなんて。
「俺のせいで……」
「飯時に辛気臭い話するなよ」
レナルドに釘を刺されてしまった。
「だいたい騎士になれないご領主なんて、こっちから願い下げだ。エドガーさまは必ず立派な騎士になられるけど、当座のところはマーガレットさまのご夫君かな」
瞬間、胸に痛みが走る。
隣のユワードも語りはじめた。
「マーガレットさまの叔母のご夫君に仕えている騎士が、遠方遥々といらっしゃるって。若いフランス人だってさ」
「熱心だね。フランス人よりイングランド人の方がいいな。もしフランスに嫁がれるなら、おれはエドガーさまのご成長を神に祈るよ」
「ハーワードはフランス語を覚える気がないからな」
従兄たちのからかいに、ハーワードは縮こまる。
「だって……」
「フランス語を覚えないと、フランス騎士を捕虜にしても身代金交渉できないぞ」
「だいたいパウルズ伯のとこの騎士が、何人か候補に挙がってるんだから、フランス人と結婚しないよ」
「やっぱ本命はそこかな?」
「そう、か………」
言葉が、苦く痛い。
まるで肺はイラクサの茂み、吐息はニガヨモギ。それほどに相槌ひとつが苦かった。
宴を終えて、エドマンドさまはオックスフォードに出立。
そしてマーガレットさまの婿候補を集めた宴が、孔雀の舞う薔薇園で催された。
夏の宴の幕が下り、ご領主さまは内々のうちに婿の候補を絞られた。
漏れ聞こえてくる話によれば、あとは持参金や領土の細かな話し合いらしい。
ご領主さまがお選びになる騎士ならお間違いはないが、マーガレットさまが摂理や学問を愛しておられるとご存じなのだろうか。
容色の美しさだけを賛美する愚か者では、マーガレットさまの聡明さに釣り合わぬ。かといって聡明さにかこつけて、城の采配を任せるだけの堅物でも、この世稀なる美貌と詩情豊かな音楽にふさわしくない。
そもそもマーガレットさまに釣り合う騎士など、この世にいるのだろうか。
イングランドやフランス、神聖ローマ帝国にイタリア諸都市、聖地に至るまで探しても見つからぬ気がする。
婚姻の相手を考えていると、焼けつく気持ちが胸郭の奥に燻っている。
どれだけ祈りを捧げても、昼は心から笑えず、夜は心から安らげなくなっていた。




