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真珠のコルヌコピア  作者: 猫目石琥珀
飼い犬の回想譚
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26話 恋の矢の射手



 周りからの賞賛も、報奨のチュニックもまだ肌に馴染まなかった。

 特に好意的だったのは、司祭や助祭だった。

 いつも穏やかだが、殊の外、慈悲深い微笑みになっている。

 聖具を取り返した俺に、神の導きを見ているのだろう。俺に応えることが、神への応答になると思っているのだろうか。それほどに深い優しいを帯びていた。

「ジョンやエドガーさまが朗読されても、けして恥にならぬ手紙を綴りたいのです」

 好意に甘えて頼めば、助祭は快く頷いてくれた。

「慈悲と親愛のままに綴った言葉が、どうして恥になりましょうか。ですが格式をお望みとあらば、微力ながらお手伝い致します」

 俺は助祭に教わりながら、ジョンやエドガーさまへの文面をあれやこれやと考えていった。

 今まで読み書きの練習は頭痛を催していたが、おふたりへ出す手紙のためなら痛みにも耐えられる。

 手紙を綴り終えた。

「母にも聞かせたいので、封は後で致します」

「ええ。またお越しください。相談に乗らせて頂きます」

 助祭は筆記用具を片付けていき、犢皮紙(ヴェラム)を出した。この上なく良質な犢皮紙(ヴェラム)だ。聖書に捧げるに相応しい。

「写本作りですか? お運びします」

「助かります。いくつか完成間近な書を急がせておりましてね。今日も彩色師が朝から腕を振るっています」

「もしやマーガレットさまの嫁入り道具ですか?」

「エドマンドの若君のためです。近々、オックスフォードに預けられるので、写本を何冊か持たせて箔をつけようという親心ですよ」

 初耳だった。

 これほど上質の紙ならば、ラテン語も覚束ないエドマンドさまより、マーガレットさまにふさわしいのに。

 しかし主家の財産にあれこれ口を出すなどもっての外だ。この気持ちが漏れないように、口許に力を入れる。

「オックスフォード……エドマンドさまは学術都市で学ばれるのですか?」

「わたしも人づてで伺っただけです。なんでもご領主さまの母方の従妹姫の夫君の兄が、オックスフォードで教授をなさっているそうです」

 城の侍医も、たしかオックスフォード大学を卒業していた。

 二百年ほど前からある由緒正しい大学だ。騎士修行に出られずとも面目を失うほどではない。

 だが助祭の愁眉は深い。

「しかし城の主ならば、鞍に跨り剣を振るえなくば……マーガレットさまが勇猛果敢な騎士に嫁がれ、この地まで守ってくれぬかと期待してしまいます」

「……はい」

 おそらく城の誰もがそれを願っているだろう。

 ご聡明なマーガレットさまが、勇敢な騎士に娶せられることを。

 何故か胸が痛んだ。





 弓の鍛錬は回廊から下へ射貫く訓練と、外庭で遠距離を撃つ訓練がある。

 今日は訓練は外庭だ。弓を携えて出れば、やたら見物人が多かった。普段は外庭まで来ないはずの筵編みや洗濯女まで、訓練を覗いている。

「見物人が多いな」

 俺のぼやきに、弓兵長のロジャーが笑う。

「聖具を取り返した英雄の腕前を見たいんだろうよ。まったく女どもが浮足立っちまってさ」

「腕前だったら、ロジャーが上だ」

「あたぼうよ。けどよ、腕っぷしが良い色男なんて、めったにいるもんじゃねェからなァ」

「腕っぷしは兎も角、色男ではないだろう」

 俺がそう返すと、近くにいた弓兵のトマスとトロルド、ベネット、ジョージ、みんな揃って舌打ちした。威嚇の合唱みたいだ。

 ロジャーはますます笑っている。

「お前さんはいつも通りやりゃいいさ。未来の嫁さんが見てるかもしれねェし、気張れよ」

 また胸が意味もなく痛む。

 小さな痛みを振り切るように、的を睨みつけた。

「想像つかない。エドガーさまとジョンのために、腕前を披露するなら分かるが」

 ふたりを支える忠臣を目指すなら、腕前の披露くらいで臆せない。

「お前さんらしいこった」

 俺は深呼吸し、いつも通り矢を放つ。

 矢はいつもと変わらない。寸分たがわず真ん中に命中していく。

「おい、ジェイデン! 連射やれよ、連射!」

 弓兵のトマスが囃し立てる。

 言われてやるのは楽しくないが、いつもやっている鍛錬だ。矢を持ったまま、次々と弓を引いて撃つ。

 命中するたびに喝采だの拍手だの飛んできて、まったくやりにくかった。




 

 日課の鍛錬を終えて、弦を外して弓を手入れしていると、盾持ち(エクスワイア)のレナルドがやってきた。

 茶髪をきちんと梳って、顔を洗っている。

「ジェイデン。あのな、えっと、実は……」

 言い出しにくそうな様子からして……

「侍女のリチェンダと密会か?」

「ば、馬鹿、聞かれたらどうすんだよ」

 レナルドは慌てて周囲を見回すが、離れたところで弓兵たちが雑談しているだけだ。こっちを一顧だにしない。

「今日はマーガレットさま、おひとりで薔薇園でくつろぎたいとご所望らしいんだ」

「薔薇も見ごろだ」

「で、リチェンダさんを夕べの散歩に誘ったんだ。フられたけど」

「残念だったな」

「落ち着いて聞いてくれ、ジェイデン!」

「落ち着いて喋るのはお前だ、レナルド……」

「なんと、フられたのは散歩だけなんだ!」

 落ち着けと言ったのに、ますます興奮している。落ち着け。

「リチェンダさんはマーガレットさまのお呼びが聞こえる場所に控えて繕いものしているから、そん時は暇つぶしの話し相手がいるといいみたいな感じで、話を続けてくれて……」

 頬を赤らませて語る。

「ジェイデン。これって色よい返事だよな?」

「脈はあると思う」

「だよな。ほら、ユワードやハーワードにはさ、お前とくだらない雑談を喋ってたって、でっち上げさせてほしい」

 俺は従弟へのごまかし要員か。

 嘘はよくないが、囃し立てられるのも嫌だろう。

「構わない。調薬小屋の近くで、狩猟館の思い出を語らっていたと言おうか?」

「そうだな。うん。風景とか料理とか」

「歓待の酒宴で、レナルドが俺に給仕を押し付けた話とか」

「人手が足りなかったんだよ。客人が多くて、てんてこ舞いだっただろう。とにかくそんな感じで頼む」 

 頬を赤くさせたまま、鼻孔を膨らませて駆けていく。 

 あの意気込みでは、従弟ふたりの目に明らかだろう。俺とくだらない雑談をしていたという嘘を信じてくれるか怪しい。

 俺は弓を片付けてから、レナルドを見習って髪を梳く。歯磨きもして、顔から耳や首の後ろを海綿でこすった。

 そして夕方、美しく澄んだ黄昏を待った。



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