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Xeno-A.I.D.  作者: 草薙薙ノ
第一章:秘密結社ブラッド
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第一話:渕上見空は自由を夢見る

・前書き

始めました新シリーズ。ゼノエイドです。異なる世界の住人が混じり合った星、ゼーレスを舞台に、人と人との信頼を築くことの難しさ、そして大切さを描けたらなと思っています。

『──先生!』


 夢を見ていた。

大好きなあの人と、デートをしたあの日の夢。追憶。


父さんも母さんも無しで、あの人と二人っきりで初めて連れてもらったのが……綺麗な海だった。


都会の真ん中に住んでいて、自然なんて全く触れて来なかった私は、初めて海を見た。

太陽の光を反射するその水面ほどじゃあないけれど、私は目をキラキラと輝かせその景色を焼き付けていた。


そんな私の頭を、あの人は優しく撫でてくれる。


『そんなに見つめなくていい──いつでもまた見れる』


『ホント!? それじゃあ明日! 明日また来よ!』


『ふっ、明日ってわけにはいかないけど……そうだな』


 あの人の優しい笑顔と、初めて見た青い海の輝きを、私は片時も忘れたことがない。


『いつかまた、一緒に来よう──』


 その約束が果たされることはなかった。


「っ!」


 呼吸が苦しくなって、心地の良い記憶から強制的に叩き起こされた。


「あ……え……?」


 目が覚めたそこは──窓一つない薄暗い空間。

仰向けに寝かせられているようで、視線の先では、ガスマスクを装着した全身白の防護服の人たちが、私の顔を覗き込んでいる。


(なに……これ…………?)


 手足は、金属のバンドで床にがっちりと拘束されていて身動きが取れない。


視界をぐるりと回すと、自分がどうやら、ガラス張りの直方体のケースに容れられていることがわかる。

そして──得体の知れない紫色のガスが、そのケースの中に充満してゆくことも。


「ッ──!」


 背中に氷を押し付けられたみたいな寒気がして、指先が震える。


「エーテル濃度、問題無し」


「被験体、体調良好」


「了解。エーテル投与開始」


 全身から体温を根こそぎ奪われるような気色の悪い悪寒と共に、私は本能で理解した。このままでは──死ぬより恐ろしい体験をする。


「た、たすけてっ……! ここから出して! ねぇっ!」


 苦しい。呼吸が完全にできなくなって……空気の代わりに取り込んだ何かが、血液と共に血管を通って全身に渡ると、酷い痙攣が起こった。頭に数百本も針を突き刺したみたいな激痛が走り……視界を初めとして、五感が曖昧になってゆく。

それでもなお──鼓膜を叩くのは、私と、私以外の誰かの、阿鼻叫喚。


「がああああああああああああッ!!!?」


 その数秒間で、一体幾度『死んだ方がマシ』と考えただろうか。

やがて痛みが治る、なんてことはなく。痛覚だけを残して他のあらゆる感覚が希薄になってゆく最中さなか──私はソレを見た。


『喜べ、お前らは尊い犠牲だ』


「──くも、おとこ……?」


 蜘蛛の紋章エンブレムの仮面で顔を隠した、黒ずくめの男──


間違いない。私はあの日──何かしらの人体実験を受けていた。沢山の人を集めて……エーテルとかいう何かを投与する実験。

それを覚えているのは私だけで……誰もあの日起こったはずのことを覚えている人はいなかった。


──あれは夢だったのか?


否、夢なんかじゃない。その確信だけが私の中に残って……手がかり一つ掴めないまま──7年の時が流れていた。


○●


 九月上旬。幸いなことに、この星には四季がある。季節で言うところの秋で、まだまだ残暑が残る時期だが……昔から寒がりの私は、既にワイシャツの上からセーターまで着込んでいた。


「お、グラント。来たな」


 ある日のこと。私はクラスメイトの男子生徒に呼び出された。校庭のど真ん中。


アルハイド・ベーク。彼はそれなりに顔が整っている。不良みたいな振る舞いの私とは違い、制服をきっちりと着こなしており、清潔感の溢れる見た目をしている。普通は「可愛い」とか「愛くるしい」って要素の一端になりそうな獣の耳も……なぜだか彼のソレに限っては「格好良い」って感想を抱くんじゃないだろうか。


「何の用? どうせ断れないんだから、さっさと言って」


「あそこに財布を置いて来ちまってさ。取って来てくんね?」


 ベークは上を指す。正確には、ウチの高校のシンボル──御神木……の一端だ。メンドイから細かい説明は省くけど……ウチの高校の近くにある重工企業、ユグドラシルの本社。その敷地内に生えてるめちゃくちゃデカい御神木の幹が、地面の下を辿ってここまで伸びてるんだ。


規模で言うと、校舎三階と同等。何をどうしたらあそこに財布を忘れられるんだか。


「はぁ……」


 ホント、嫌がらせのためにどうしてそこまで労力をかけられるかね。


「わかった。一応命綱なんかは……もらえないよね」


「当然だろ。お前は難民なんだからな」


「はいはい」


 獣耳一つ生えちゃいない頭を掻きむしって、私は世界樹に手をかけた。


クライミングの経験は無いけど、運動神経は良い方だ。何ヶ所か手こずったけど、程なくしてベークが財布をわすれた──というより、設置した地点まで登ることができた。


「うわっ……」


 ふと下を見やると、いつの間にか自分が建物の3階くらいの高さにまで登っていることがわかった。高いところは好きだけど、命綱無しのクライミングを強要されるとなると、背筋にひんやりとした汗が伝う。


「さて、と……あいつの財布は──」


 視線を動かすと、人一人は余裕で寝転がれそうな太い枝の上に、ベークの財布がぽつんと無造作に置かれているのを見つけた。ギリギリ、手が届かない位置。しょうがない。


「よっ、と」


 足場の木を蹴って、ベークの財布が置かれている地点まで跳ぶ。いくら手を伸ばしても届かないとはいえ……一メートルもない距離。小学生の運動神経でも問題ない跳躍だ。


「よし」


 無事、枝の上に腕を引っかけ、ベークの財布を回収することができた。ふふ、ちょろいもんだ。


と、いつものように受けている嫌がらせが完遂されたと、つい緊張を解いてしまった瞬間──ベークの財布の中から、漆黒の影が無数に蠢き現れた。

まさか、これは──


「蜘蛛!?」


 不意に脳裏によぎる『あの日』の光景──


『喜べ、お前らは尊い犠牲だ』


 びっくりして、財布を投げ捨てると共に、身体を支えていた手をぱっと離してしまい──真っ逆さま。


「ッ!!」


 空中で体勢を変えて、背中から地面に激突してしまう最悪の事態を防ぐ。なんとか間に合って……左腕を犠牲に受け身を取ることができた。


「ぐっ、うぅ……」


 地面に激突した部分が鈍く痛む。私が落下したのは昨日の雨のせいで泥濘化した地面。世界樹の木が日光を遮って……ここら周辺だけ地面が乾くのが遅れていたみたいだ。これが無かったら、洒落にならない大怪我になってしまっていたかもしれない。


それでもしばらくは立てそうもない激痛。私は地面を這いつくばりながら、楽しそうにニヤつくベークに向き直った。


「ベークっ、私が蜘蛛嫌いなの知ってるでしょ……!」


 いつもは気にしない……わけではないけど、それでも何も言い返したりはしないのに。

忘れたいことを──あの日のことを思い出させられたからだろうか、頭が熱い。怒りでぐつぐつと煮えたぎっていた。


「知ってるとも。なにせ最近はうんともすんとも言わなくなってしまったからな……昔のお前の可愛い反応が恋しくなったんだ」


「死んだらどうすんの!」


「ハッ、お前がこの程度で死ぬわけないだろ! この薄汚い難民が!」


 言って、ベークが一目散に逃げ去ってゆく──やり返すと思ったか。そうしたい気持ちで山々だけど、私は絶対、やり返すことはしない。ベーク(あいつ)はそれを知らないだけ……まだマシな方だ。


「くっそ……」


 一応、立てるくらいには痛みが治ってきた。人より身体が頑丈とはいえ……さすがに今回のは応えた。やり場のない怒りが、乱暴な口調として排出される。


「なんでだよっ、見た目はおんなじ……人間なのに」


 私には獣耳も、尻尾も生えちゃいない。ただ、それだけ。それだけなのに……。どうしてみんな、私を嫌うんだろう。


○●


 今、私が住んでいる世界は、私が生まれた世界じゃない。


惑星ゼーレス──7年前のあの日、私の故郷を奪った種族が住む星。難民としてこの星に移住を余儀なくされた……所謂宇宙人の私たちは、この星の住民に酷く嫌われているようだ。


難民が原住民の税金を元としている生活保護に頼って生活しているからかな。それでも貰える金額なんてたかが知れてる……生活保護だけで暮らすなんてとても無理。ましてや私みたいに学校に通うなんて──奇跡みたいなことなんだ。


なのに、あいつらは……私たちが受けてきた苦痛も知らないで、己が快楽を満たすために……難民を排斥している。金がなんだっていうんだ。あんたたちは私たちから、故郷も、思い出も、大切な人も、全部奪っていったというのに。


嫌いだ。私は、私を嫌うこの星の民が大嫌いだ。


さっきベークに受けたやつみたいな嫌がらせは、別に珍しいことじゃない。というかまあ、毎日……。むしろ今回の(ベーク)は、目立った外傷が無かっただけマシなのかも。みんな……私の身体が頑丈だって気づいた頃には、どんどんやり口がエスカレートしていったし。


そうやって虐められて……やり返すこともできず、憂鬱な気分になった時。必ずするようにしていることがある。


私は泥だらけの制服のまま、人気ひとけの少ない校庭の隅っこで、逆立ちをしてみた。


「よっ、と」


 視界を遮っていた前髪が重力に従って退く。そして視界に映るは、当然ながら上下が反転した世界。


酷く胸糞悪くなった時、私はこうして逆立ちをしてみるのだ。理由を問われていても、何と答えて良いかわからない。強いて言えば思い出……だろうか。


嫌なことがあったらお菓子を爆食いするように、良いことで覆ってしまう。そうして傷口を見えなくする。


私にとってそれは、大好きだったあの人との思い出……というわけだ。こうして逆立ちをしていると、故郷のことを思い出す。故郷ふるさとで、あの人と共に過ごした日々のことを。


『何してんの……先生?』


 この姿勢を維持するのは難しい。慣れていないとなおさら。少しばかり辛くなってきて余裕を失うと……まるで手を離した瞬間、自分が空の彼方まで落っこちてしまうのではという錯覚に陥る。


そういう時──あの人はこう叫んでいたっけ。


「『──世界を背負って立つ!」ってね』


 これは私の恩師──先生の言葉だ。


本当は世界の部分に私の故郷が入るんだけど、ここは私の故郷じゃないし……かと言ってこの星の名を使うのも癪なので世界で代用。


『こうしてみると、自分というちっぽけな存在が、この星を支えている気分になるだろ?』


 昔、先生は言っていた。どんなに辛くて、どんなに苦しくても、自分の行いが他人を支えていると思うと、もう少しだけと力が湧いてくる。それを、逆立ちに例えた、今考えると「なるほど」と唸ってしまう名言みたいな?


毎日に鬱屈していて、部屋から出ようともしなかった私を変えてくれた言葉だ。難しいことかもしれないけど、私が笑顔でいれば、先生や父さん、母さんは喜んでくれる。三人も喜ばせているんなら、私は凄い奴だ。


だから、逆立ち(これ)は思い出なのだ。


空に落ちる……か。


昔は、諦めて手を離してしまったら落ちて死ぬけど、自分がこの星を支えていると思えば力が湧いてくるだろ、って意味だった。


でも今は……違う。星が、世界が違うから。


むしろ。もしこの星に重力が無ければ──この星が私を支配する気を無くしてくれたら……私はこうして飛び降りて、遥か空の彼方に輝くあの光(故郷)へ、飛んで行くことができるだろうか…………なんてくだらないことを思ってしまうくらい。


「はぁ……」


 いつか、帰りたい。帰って……故郷の空気を吸いたい。見慣れた文字が並ぶ街を歩いてみたい。

そんな日が……来るのだろうか。こうやって、先生との記憶に思いを馳せるだけの、平凡な私に。


「シエル!」


 忌々しい自分の名前が、私の鼓膜を震わせる。逆立ちしているので、私は首だけを苦労して声の方向へやった。

といっても、学校内で私を名前ファーストネームで呼ぶ奴なんて一人だけだろう。


「アトラ、どうかしたの?」


 やっぱり。顔を赤くして私に駆け寄って来たのは、雅な黒髪を靡かせる狐耳の少女──アトラ・ブランジュ……高校内での、私の唯一の友達だ。


「何の用、じゃないわよっ! あんた、またこんな所で奇行をっ──ちょっと男子! 見せ物じゃないから!」


 どうやらアトラは私と、その他全員にもキレてるようだ。アトラ以外の万物に視線を回してみると、彼女の言う通り、いつの間にか人が群がっている。男女比率9対1。皆私を見ている。


「シエルっ、あんたも! 恥じらいとか、そういうのないの!?」


 言われて、合点がいった。

さっきベークにやられた悪戯のせいで泥まみれのスカートが、重力に従いひっくり返っている。アトラが血相を変えるのも仕方ないのかもしれない。


「ないよ、そんなの」


 とはいえ、わざわざ彼女の心労を増やしてやる理由もない。

ぱっと手を離して仰向けに倒れる。


「これでいい?」


 アトラは頷くと、周囲の男子たちをキッと睨む。


「ほらほら帰った! サービスタイムは終わりよ!」


 が、生徒たち……特に男子が、中々その場を動こうとしない。ここで去れば、エロ目的でいたって白状しているようなものだ。くだらないプライドがそれを認めさせたくないのだろう。


「アトラ──行こ。私たちの方が消えてあげよ」


「ちょっ……シエル!」


 歩き出した瞬間、鼓膜を震わせるアトラの怒声。あんまり大きい声だったので、少しびっくりしてしまった。


「あんたはこれで良いの!? あいつら……あんたが難民だからって、まるで家畜みたいな扱いして──」


「…………」


 憂さ晴らしに洒落にならない嫌がらせをする。見せ物のように扱う。確かに、まるで動物園の獣だ。私にとっては、あんたたちの方が見た目的にもよっぽど獣なんだけど。


「別に。付き合うだけ無駄でしょ」


「むっ……」


 まだ何か言いたげなアトラはほっとき、自分の教室へ向かって歩き出す。

と、すぐにドタドタと慌ただしい足音が聞こえた。アトラ、着いて来てるな。


数秒と経たずして、私の隣では狐の少女が歩いていた。


「ねぇ、やっぱり先生に相談してみなよ。きっと力になってくれるって」


 私たち一年生の教室がある一階の廊下に降りた時。アトラが口を開いたかと思えば……まだこの話を続けるのか。本気で心配してくれてるのはなんというか、ちょっと嬉しいけど。


「えー……パス。どうせイジメはダメだよで終わりだって。あいつらが反省せず終い……最悪、面倒なことしやがってーなんて言われたら……痛い目見るのは私の方だよ」


「でも、このままで良いの……? もしかしたら、どんどんやり口がエスカレートしてゆくかも……」


「良いの」


「なんでっ」


 アトラが、まるで自分のことのように声を荒げる。親身になってくれているのだ。嬉しいけど、私はベークにはもちろん、誰にだって反撃するつもりなんてない。


「難民のみんなは、ずっと我慢してきたから。ううん、今も、そしてこれからも。だから、私がプッツンしたせいで難民全体のイメージが下がっちゃうのは嫌」


 私が殴りかかって、「やっぱり難民は乱暴な生き物だ」なんて言われたら……嫌だ。みんな、みんな優しい人ばかりなんだ。私一人を高校に通わせるために、沢山の苦労をしてくれた……暖かい人たちなんだ。


だから、私は絶対に反撃しない。私が難民の模範になって……いつか、難民とゼーレス人が手を取り合える……その架け橋になるんだ。


「だから、先生にチクるなんてダメ。わかって、アトラ」


「あんたが決めたことなら……私は何も言わないけど──でも、その制服は変えなさい」


 と、アトラはベークに泥だらけにされた私の制服を見る。

んなこと言われても、制服の予備なんかないよ。


「体操着は? 持って来てないなら私の貸したげる」


「一人だけ制服じゃないと浮くじゃん……」


「泥まみれの方が浮くでしょ」


 アトラにはわかるまいが、クラス全員から嫌われている人間は、イジメられた格好でいた方が浮かないのだ。


それに──


「不服そうな顔しない! 別にまた汚されても構わないからっ」


 う、見透かされてた。


トイレの個室に連れ込まれた私は、あっという間にアトラの体操着に着替えさせられた。手際が良い。制服に悪戯されるのはこれが初めてじゃないし、アトラも慣れてしまったのかも。


そういば……こうやってアトラに助けてもらうの、一体何度目だろう。


「なによ」


 じぃっと覗き込んでいたのがバレて、アトラは怪訝そうにこちらを見やる。


「ね、アトラ。なんでアトラは私にこんなに良くしてくれるの?」


 この質問も何度目か……私が問うても、アトラは決まって、まともな理由を教えてはくれない。

ただ──いつも、これだけは教えてくれる。


「そんなの、シエルのことが好きだからに決まってるでしょ」


 どうして原住民に虐められても、何もやり返さないのか。確かに難民のイメージを下げたくないってのもあるけど……多分、私は結局──


「……ありがと、アトラ。私も、大好きだよ」


 私は……アトラが好きでいてくれている私であろうと思うんだ。


○●


 その日の放課後。保健室に行くまでもなく、打ちつけた背中の痛みが完全に癒えた頃。


「や、グラントさん」


「ぐえっ」


 アトラと共に教室を出ようとしていた私は、一人の女子生徒に話しかけられた。というより、鞄の紐を掴まれて、前進した私の首が絞められた。


軽く咳き込みながら振り返ると、そこにいた人の顔を見て目を丸くする。


「アーグルさん……?」


「そ。やっほ」


 シオン・フォン・アーグルさん。ユグドラシルのCEOの娘さん……だっけ。つまりは、めちゃくちゃ偉いとこのお嬢様。でも性格は温厚かつ謙虚。クラスの隅っこで三角触りしてるオタクの男子なんかにも分け隔てなく接してくれるらしい人気者だ。


ま……難民である私へは、そういう目頭熱くなるエピソードは無いんだけど。


「えっ、と、私に何か?」


 アトラの苗字がグラントさんでないこと、私の苗字がグラントさんであることを今一度思い返してから、自分を人差し指で指して尋ねる。


「君と仲良くなりたいなって思って。ほら、私たち、まだ話したことないでしょ?」


 えへへ、と小首を傾げる、どこかあざとさのある仕草。可愛い……小動物みたいな愛らしさがある。同じく小柄な女の私には可愛げの欠片も無いのに。


「良いの? 私、難民だよ?」


 捻くれてるからか、あるいはゼーレス人(あんたたち)がそうさせたのか、唐突な善意には、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。


すると、アーグルさんは「うーん」と唸る。何か言いずらい話でもあるのか、しばらく沈黙していたけど……やがて、努めて小声を作って言った。


「貧民街のリボルカジノって知ってる?」


「リボルカジノ?」


 聞いたこともない名前に疑問の声を上げたのは、私ではなくアトラ。


「あのーブランジュさん?」


 お前にゃ用はねぇって目だ。


「あ、気にしないで。あたしはシエルの保護者だから」


 物凄い剣幕。そして笑顔の圧。さすがのアーグルさんも若干引いてる様子だったが、やがて観念したように続けた。


「──私の友達……が、違法薬物所持の疑いで治安官に捕まったの」


「マジ?」


 アーグルさんがこくりと頷く。薬物乱用とか、授業で聞いたことはあるけど、ホントにあるんだ……。別に存在を疑ってたわけじゃないけど、こんなに身近な問題だと思ってなかったってゆーか。


「それで、どこで買ったのかって治安官が問い詰めたら──」


「貧民街のリボルカジノ?」


 冒頭の……よくわからん名前に戻るわけだ。アーグルさんが首肯。つまりは、貧民街のどっかにある『リボルカジノ』なるとこに行きたいから、難民の私に案内して欲しい……って話だ。


そりゃ、ゼーレス人だけで貧民街を出歩くのは危険だ。でも──


「悪いけど、お断り。難民があんたの友達に薬を売ってるとでも? 言いがかりだよ。難民(私たち)がそんな最低なことするもんか」


「へ?」


「どうせ……あんたも他の奴と同じ──私に嫌がらせしようって魂胆でしょ。そのために私に近づいてっ! 悪いけど、経験ずみだからっ──」


「ちょっ、と待って! 私、目的があってグラントさんと友達になろうとしたわけじゃないよ!? 今言ったのは、嫌だったら別に協力してくれなくて良いし!」


「へっ?」


 てっきり、逆上してくるかと……思ってもみなかった反応に、私は困惑する。


「もちろん……できたら例の件の調査の協力を、とは思ってたけど。私、ちゃんと一回難民の子()とお話してみたかったんだ」


「そ、そうなの?」


 首肯し、アーグルさんはふと、窓の外の景色に視線をやった。


「私たちは……グラントさんたちから、大切なものを数え切れないほど奪った」


 窓の外には、下校するウチの生徒、公園で遊ぶ子供たち、道行く人々。なんてことのない、幸せな日常の一ページ。


一体……この景色に、難民は何人いるんだろう。


私のように学校に通えている難民は、本当にごく僅か。私の両親や、貧民街での知人が、気の遠くなるような苦労の末に稼いだお金で、難民でありながら高校に通う『特別編入生』の立場を私に与えてくれた。この学校で私以外の難民を見た回数なんて、片手の指で数えられる。


今も生活保護無しじゃ生きてけない難民だっているし、そもそもそれすら受給できず貧民街から出ることのできない人だっている……難民が餓死したり、自殺したりなんてことはしょっちゅうなのに、ニュースに取り上げられやしない。


──全部、ゼーレス人が私たちから故郷を奪って生まれた不幸だ。


それを彼女もわかっているのか、この景色を真剣に、穴があくほど見つめている。


「私は、ただの子供で……この星の何も変えてあげることはできないけど──せめて、私くらいは、難民と仲良くなりたい」


「アーグルさん……」


──そこまで、私たちのことを。

私、酷い態度取っちゃったかな……


「あ、ごめんね、勝手に話進めちゃって。まあそういうことだから、これから仲良くできたらなって思う。それじゃ!」


「ま、待って!」


 私は、去って行こうとするアーグルさんの背中を呼び止めた。


「リボルカジノ……だっけ。調査、やる、協力するよ、それ!」


 アーグルさんはイマイチ状況が理解できていないのか、目をぱちくり。


ゼーレス人は嫌いだ。私たちから故郷を、大切な人を奪って……今も私たちを同じ人間とすら扱わず、差別して……苦しめてる。


「貧民街で悪さしてんなら……難民の評判が下がるのも嫌だし。それに──」


 でも──この人は違うんだ。私たち難民を同じ人として見て……友達になろうとしてくれてる。そんな人の手を払うことなんてできない。


「私……アーグルさんのこと、好きみたい、だし」


「わーお」


「はああああああっ!!?」


 アーグルさんよりよっぽど酷い驚き方をしたのはアトラ。鼓膜にキーン、と嫌な音が残った。


「うるさいな……何よ」


「何よ、じゃないわよっ……さっきと対応が全然違うじゃない! てかあんたはそれで良いの!?」


 別に良いじゃん。確かにアーグルさんは、私たちの故郷を滅却処分したCPTのスポンサー──ユグドラシルのお嬢様だけど、私と仲良くしたいって言ってくれてるんだなら。その……私も嬉しいし。


「前から思ってたけど、やっぱりあんたチョロすぎよ……近いうち絶対何か詐欺に引っかかるって!」


 余計なお世話じゃい! てかそれアーグルさんの目の前で言う!?


「なんだかよくわかんないけど……とりあえず、友達になってくれるってことで良いの!?」


 こんなちんちくりんと友達になれたことがそんなに嬉しいのか、アーグルさんが声を大きくする。あまりにも純粋に喜んでもらえて、私は恥ずかしいやら何やらで赤面し、頬をかきながら頷くしかできなかった。


「それじゃグラントさん! 明日校門に集合ね! 後で集合時間とかメッセージで送るから!」


 言って、アーグルさんはぶんぶんとこちらに手を振りながら去ってゆく。


「嵐みたいな人だったな……」


「…………」


 ご機嫌そうな背中を見つめ、ついそんな感想が溢れる。そんな私を、隣のアトラは何故だか心配そうに見つめるのだった。


○●


 自宅の最寄駅に到着した頃には、太陽が沈みかけ、空は茜色に染まっていた。


スマホを確認すると、アーグルさんから事件の概要や、明日の集合場所と時間などが送られていた。


それらを確認しながら、人の波に飲まれるように移動し、改札を通ったとこで……私は視界の端に、あまりご縁の無い人、あるいはご縁になりたくない人を見かけて顔をしかめた。


いや……人、って言うと語弊があるか。あくまで人型をしてるってだけで。


私の視線の先にいたのは……青い体躯の機械人形。つまりは治安局の守衛兵ガーディアンだ。守衛兵ガーディアンはユグドラシルが造った機械兵で、治安局に労働力として提供されている。しかも、人間の治安官よりもよく動くから有能。昔、ニュースでこいつらが機関砲をぶっ放しているところを見たことがあるが……ユグドラシルが守衛兵ガーディアンを発明したあたりで、ゼーレスの治安はめっきり良くなったらしい。


ま、こいつらが7年前私たちの故郷を襲って来たゼーレスの主力兵器なわけだし、私としちゃ結構なトラウマなんだけど。


と、そんなことを考えながら守衛兵ガーディアンを見つめていると、不意に、身体に衝撃が。


「きゃっ!?」


 驚いたせいで体勢を崩し、臀部を強かに地面にぶつけてしまった。余所見をしながら歩いていたせいで、誰かにぶつかってしまったみたいだ。


「すみません、ぶつかってしまって。大丈夫ですか?」


 鼓膜を震わしたのは、男性の声。見上げると、私と同い年くらいのゼーレス人の少年がこちらへ手をやっていた。猫の耳と尻尾。海のように青い髪と瞳が特徴的な、中性的な少年だ。


「い、いえ……こっちこそ、余所見しててすみません……」


 少年の手を取って立ち上がる。が、どうしてだろうか…………私は、少年の手をいつまでも握っていた。


「あ、あの……?」


「あ、うわっ、ご、ごめんなさい!」


 不審そうに首を傾げられて、慌てて手を引っ込める。が……おかしい。この子に触れた右手……そこだけが、熱い。まるで右手だけお風呂に浸かったみたいに、疲労が抜けていて紙のように軽い。変な感覚だ。


いや──それだけじゃない。身体が……全身がおかしい。急に、自分の身体が自分のものじゃなくなったみたいに……言うことを聞いてくれない。金縛りにあったみたいに私の意思で動かないのだ。


──どうして……?


「えっと……僕はこれで?」


 もしかして、この子のせい……?


「──待って!」


「えっ」


 頭と体が違う動きをする──久々の再会でもない、今初めて会った男の子を呼び止めて……私ってば、何してんだ……?


「な、何か?」


 この子から目を離せない。一目惚れ……? いやいや、なわけない。全然私のタイプじゃないし。

じゃあどうして──まるで、この子のいる場所以外の全てが死角になってしまったみたいに、身体が勝手に、この子だけを見つめてしまう……。


「えも、ごめん。急に、変だよね。でも……なんか他人って気がしなくて……」


 例えるなら、そう──引力。どうしても目が離せない。引力とも言うべき運命的な何かを、私はこの少年から感じずにはいられなかった。


「は、はぁ?」


 ヤバい……視界がぼんやりとする──意識が朦朧として、身体が熱い。完全に私の意識を離れた私の両手は、どうやらまた少年の手を取っているようだった。


私の行動を、一体どのように受け取ったのか……少年は身の危険を感じたらしく、手を振り払おうとするが、思うように抜けない様子。


馬鹿──私、何普通の男の子に本気出してんだっ……!


「私……君のことを知りたい──」


 早く、手を離さないと……!


『叛逆者シズク・フラン発見』


 オジサンみたいな気持ち悪いナンパ文句を理性に反して口走る私の意識は、突如耳元で聞こえた機械音声により我に返った。


慌てて振り返ると、そこには左腕さわんが巨大な機関砲となっている守衛兵ガーディアンがいた。赤外線の眼光がギラリと光り、私を……というより、私の前の少年を捉えているように見える。


「っ、離してください!」


 言われて──びっくりするくらい自由に動くようになった私の手は、握っていた少年の手をぱっと離した。急な私の対応の変化に一瞬驚いていたようだが、少年はすぐにその場から逃げ去って行く。


『追跡開始。発砲許可確認』


「ぶべっ!?」


 少年を追う守衛兵ガーディアンの鉄の身体に突き飛ばされ、豪快にすっ転んでしまう。

痛た……まさか、あの男の子が治安官に追われてたなんて。あんなに可愛い顔して、犯罪者だったとは……。人は見かけによらないもんだ。


「はぁ……さっきの私、どうしちゃってたんだろ」


 転んだ拍子についた汚れを叩き落としながら立ち上がる。アトラに貸してもらった体操着なのに、汚しちゃった……。まったく今日は災難だな。


「あの子……ちゃんと逃げ切れたかな」


 ふと……言葉にして漏らしたのは、あの不思議な男の子への心配だった。

馬鹿──何言ってんだ私。さっきまでの私はどうかしてたんだ…………守衛兵ガーディアンに追われてる男の子なんて、関わったらロクなことにならない。今起こったことは全部忘れて、ちゃっちゃと帰ろう。


「ん?」


 と──帰路に向けて歩き出そうとした瞬間。私は、何か小さな物を蹴飛ばした感覚を覚えた。


屈んで見ると、そこに落ちていたのは小さな箱……? らしき物。黒くて平べったい、板……とまでは言わないけど、たいしておおきくない物が入ってることがわかる薄い箱だ。サイズは大体、スマホより縦に一回り大きい感じ。


「落とし物……さっきまでは無かったし、位置的にもあの男の子の物だよ、ね?」


 その時──私は脳裏に電撃のようなものを感じた。


「あ……」


 さっきまであの男の子から感じてた不思議な引力……それをこの箱から感じる。


というより──その正体が、この箱だ……。


「ッ……!」


 それを認識した途端、先ほどまでの、理性に逆らう私じゃない私が蘇った。


○●


 私は難民だけど、貧民街に住んでるわけじゃない。現在の住所はエリアI(アイ)共同住宅マンション。部屋番号は507。父さんと母さんが死に物狂いで働いて稼いだお金で借りた部屋。


春から高校に通えるということで、貧民街を出て原住民エリアに住み始めたのがつい一年前のこと。それ以来……私は貧民街にいる知り合いと幾度か連絡は取ったものの、顔は合わせてない。


そんな私が帰宅後、自室のベッドに籠って、睨めっこしているのはダグさん──ダグラス・ウィリアードさんとの、一年前で止まってるトーク画面。


ダグさんは貧民街の入り口で門番のようにどっかりと座っているオジサンだ。規律に厳しく人情家だから近所からの信頼も厚い。彼自身も同族と街を愛していて、定年を迎えてからは街を見守り治安維持に勤しんでいると、いつの間にか貧民街の町長みたいになっていた……そんな人だ。


ゼーレス人は執拗に嫌がらせしてくるぐらい難民を嫌ってるけど……その逆も然り。難民だってゼーレス人が大嫌いだ。私だけでこっそり帰省するならともかく……原住民(アーグルさん)を伴うとなると、ダグさんに断りを入れないわけにはいかないのだ。あの人の拳骨は一度だけ貰ったことがあるけど、さすがにあれをもう一度くらってみようという気にはなれない。


久しぶりなのでコミュ障を発揮しないか心配だったが……意を決して『通話』のボタンをタップ。数回のコールの後……聞き慣れた、だけど懐かしい厳かな声が鼓膜を震わせた。


『シエルか、久しぶりだな』


「ダ、ダグさん……ええと、お久しぶりです」


『シエルお姉ちゃん、こっちに戻って来るの!?』


「おお、びっくりしたー」


 スマホのスピーカーから聞こえたのは、ダグさんの声だけでなく……数人の子供の声も含まれていた。


『おっと……悪い。お前の代わりに、ガキ共に読み書きを教えてやってんだ。まったく……お前のように上手くはいかんな。本当、よく短い時間でゼーレス語をマスターできたもんだ」


 一年前、貧民街に住んでいた頃……お金が無くて学校に通えない子供たちに、私が読み書きや計算のやり方なんかを教えていたのだ。まあ、私も人に教えられるほど頭が良いわけじゃないんだけど……さすがに小学生知識となればおちゃのこさいさいだ。


『ね、シエルおねえちゃん! あたしたち、シエルおねえちゃんがよんでくれてたえほん、よめるようになったよ!』


「おっ、凄いじゃん! やったね」


 この声は……ホックだな。私が丁度引っ越しの準備を始めた頃くらいに教えていた子だ。あの頃はまともに文字も読めてなかったけど。大した成長っぷりだ。地頭は私より良いかも……いやまあ、私より頭悪い奴なんかそうそういないか……。


「ダグさん……ありがとうございます、私の代わりに、子供たちの世話をしてくれて」


『気にすんな。お前だってこいつらと同じ……学びを受けなきゃなんねぇガキだろ』


 ダグさんは母さんたちと共に私を『特別編入生』にする資金を負担してくれた一人。とても返せない恩がある人だ。


『それより、何か用があって連絡したんじゃないのか?』


「あ、そうでした」


 ダグさんには、明日高校の友達と貧民街に行くこと、そしてその友達がリボルカジノとやらを調べていることを伝えた。


「そういうことなんで、明日はゼーレスの子が街にいると思いますけど、あんまし気にしないでくださいね」


『おうよ。折角の帰省だからな、ガキ共の相手もしてやれよ』


「了解です。それじゃ、また明日よろしくお願いしますね」


 そうしてダグさんとの通話を切ったと同時、スマホが振動する。何かと思えば、母さんからのメッセージ通知だ。帰りが遅くなる、晩御飯は自分で用意してという連絡。


「母さん、今日遅いのか……。どうせ父さんも帰って来ないし、暇になるな……」


 ごろん、とベッドの上で横になる。

特段やることもないので、今日一日を追憶してみる。


今日は色んなことがあった。ベークの悪戯で三階から落っこちて、アーグルさんと友達になれて……。


──そして……あの箱。


不幸と幸福の上下が激しい。昔父さんに連れられて乗った、怖さだけを追求したトンデモジェットコースターよりも酷い。そういえば、父さんがあんまり絶叫マシンに私を乗せたがるから、先生が本気で説教してたっけ……。


「先生……」


 懐かしいな……。今はなんというか、同じ一日を永遠と繰り返しているみたいな、退屈で無意味な日々だけど。あの頃は……何でもない日々が、本当に楽しくて楽しくって。父さんのわんぱくさに笑ったり、母さんのドジっぷりに手を焼いたり、先生の優しさに……ドキドキしたり……本当に……毎日が楽しくて、幸せで……。


──あれ?


「私。どうして急に、故郷のことを……」


 そこで思い出したのは、あの箱のこと。

鞄から取り出して、じっと見つめる。そうすると、なぜだか懐かしい世界の匂いを感じるのだ。


あの時感じた、不思議な引力──もう決して取り戻すことができない私の故郷の香り。


どうしても気にかかる。何故ゼーレス人のあの少年が、私の故郷の匂いがする箱を持っているのか。故郷の匂いって、何言ってるのか、自分でもわからないけど。


虫のように地面に這いつくばって、モゾモゾと我ながら気色の悪い動きで、鞄まで手を伸ばす。そこから取り出したのは、言わずもがな例の箱。


軽い……。試しに振ってみるが、手がかりになりそうな音は聞こえない。ますます中に何が入っているのかわからない。


「…………よしっ」


 生唾を飲み込み、箱の蓋を留めているテープを恐る恐る剥がす。


が、次の瞬間──ブツッと、聞き慣れない不快な音が聞こえたかと思うと……部屋の明かりが消えた。


「へっ、何? 停電?」


 のようだ。停電が起こるほど家電を同時使用してはいないはずなんだけれど……。発電所側のトラブルかな。


そう思って窓の外へ視線をやってみるが……眼下の民家に明かりは点いてるし、耳を澄ませば隣の部屋のテレビの音なんかも聞こえてくる。


これって──私ん家だけ、局所的に停電してるってこと?


「はん、まさかね──」


 首筋に、冷たい金属のような物が押し当てられていることに気づいたのは、その時だった。


「へ?」


 次いで……背後から、人の手や足と思しきものが、私の手足と絡み、私の身体をその場に戒める。


「ひゃいっ!?」


「動いたら殺す。許可なく喋っても殺す。君に許されているのは、黙って僕の指示に従うことだけだ」


 暗闇の最中、ベッドの上に腰を落としていた私は、後ろに低い男性の声を聞き取った。一応言っておくが、私の部屋のベッドは、部屋の隅っこに置いてある。私の背後一メートル先は壁で、人間が不意に現れる余地なんて無いはずだ。


「──君が拾った荷物を渡せ」


「に、荷物って……な、何のこと?」


「黒い箱だ。とぼけるな」


「いっ!」


 首筋から、ちくりとした静かな痛み。針みたいなもので刺された! 血、は出てないと思うけど……。


「あれは君のような一般人が触れるべき代物じゃない。渡せば君の命を無用に奪う必要はなくなる」


 箱を渡したくない気持ちもあったが、そこはさすがに恐怖が勝った。私は震える手で、背後の人物に箱を手渡した。


「それで良い」


 それから一拍遅れた後、私の身体を縛る圧迫感が消えたかと思うと、ブレーカーを上げたわけでもないのに、停電が復旧。


「けほっ、けほっ……あんたはっ──」


 開いた窓のふちに足をかけ、こちらを見つめている少年。やはり──当然と言うべきか、そこにいたのは、先ほど駅で私とぶつかった彼だった。


「怖い思いをさせてすまない──この箱は大切な物でね。ちょっと乱暴させてもらったよ」


「ま、待って! それって何なの!?」


 窓の外へ半身を出していた少年は、私を一瞬だけ一瞥し──


「君は知らない方が良い世界だ」


 言って、空に身を投げた。


「ちょっ──ここ五か、い……?」


 慌てて窓の縁に手をかけ、視線を下げると……少年が細心の注意を払いながら、足場を伝って地上へ降りる最中だった。


「現実的……ま、そりゃそうか」


 あの箱……結局取り返されちゃったな。まぁ治安官に追われるような男の子が持ってた箱だし、貰ってくれた方が私も安全なんだろうけど…………。


にしても──あの箱から感じた、懐かしい記憶……。


「──あ……」


 また、まただ。お風呂に何十分も入ったみたいな、暖かな快感が全身をかけ巡って……思考と視界がぼんやりとしてゆく──私の身体が、私の理性じゃ制御できなくなる……。


数秒後。地面に降りたゼーレス人の少年──故郷の匂いがするあの箱を伴う彼を、私は今一度見下ろした。


○●


 獣耳と尻尾が無い──多分難民の女の子。髪は肩にかかるくらいで、桃色に染めている……中学生くらいの少女に、ゼノシステムを盗まれてしまった。


とりあえず、エーテルで彼女の自宅を停電させ、その先にゼノを取り返すことには成功した。


「ふぅ……」


 地面に足をつけた僕は、額に滲んだ汗を拭った。


今日のことは失態だった。折角あのまま治安官のいない貧民街まで行こうと思ったのに……あの子のせいで、こんな街中まで来てしまった。最近の子供は、その辺に落ちてる怪しい黒い箱を家まで持って帰るのか?


とにかく気を取り直して、貧民街を目指そう。顔が割れてるみたいだし交通機関は使えない、そもそも貧民街の場所も知らないけど……行かなくちゃ。


と──歩き出そうとしていた僕の進路を、不意に現れた小さな人影が閉ざした。


月明かりが逆光になっていたが、目を凝らして見ると、女の子だった。先ほど見たばかりの、部屋着姿の難民の少女──


「や、不法侵入者さん」


 名前は知らないけど──ゼノを家まで持って帰った、さっきの女の子だ。


「な、なんで君が!?」


 この子の部屋は五階にあったはず……。地上に降りてくるには、エレベーターを使うにしろ、階段を使うにしろ、数分はかかるはずだ。万一落下するリスクを無視し僕と同じように壁を伝って降りたとて、僕を追いかけた彼女が、たった数秒で僕に追いつくのはおかしい。


「あの箱、私興味があるんだ。ね、治安官には通報しないからさ、家に上がりなよ」


「断る、アレは小学生が関わって良いような代物じゃない!」


「だ、誰が小学生っ……」


 言って、少女が途端にフレンドリーの仮面を崩したので、もしかしたら彼女は中学生……いやもしかしたら高校生なのかもしれない。


「とにかく、これは渡せない。今日のことは全部忘れるんだ」


「逃げてみればどう? ここは都心部だし、治安官がそこら中にいるけどね」


「む……」


 確かにその通りだ。僕はこの辺りの地理に詳しいわけでもない。彼女の家に迷わず来れたのだって、ゼノシステムに搭載されている位置情報を追って来ただけ。


賢い選択をするなら、ここで彼女に匿ってもらうのが最善だ。


だけど──


「やっぱりダメだ。この件に、君のような女の子を巻き込むわけにはいかない」


「女の子は安全な所でじっとしてろ、ってわけ? 随分と昔の価値観引きずってるようだね」


「どうでも良い。何と揶揄されようと、これは僕の信念だ。曲げる気はない。二度と、女の子に危ない橋は渡らせない」


「ふーん……」と、つまんなそうに肩を落とす少女は、眼をぐるぐると回して……思考を回転させているようだった。どうやって引き止めるのか考えているのだろう。そんなにゼノを気に入ったのか。箱を開けてもないのに。


まあ、僕には関係の無いことだ。早急に彼女からは離れて、貧民街を目指そう。


「──私が、ここで悲鳴を上げたら……言うことを聞かざるを得なくなるかな」


 ……立ち去ろうとしていた僕は思わず振り返った。


「なんてことを考えるんだ」


「極端な話、治安官に通報しても良いんだよ?」


 困った。僕に一番効く文句だ。

ストレスのせいか……自分の顔から血の気が引いてくのがわかる。どうしたものか……僕の体内にエーテルはほとんど引き継がれていない。それにこの少女は……不気味な嫌悪感がある。どうしてか、真っ向勝負で勝てる気がしない。


それでも……やるしかない、か。僕は目の前の難民の少女へ、手のひらを伸ばしてかざした。


「エーテルアクト・リアライ──」


「いたぞ! フランだ!」


 が完全に落ちた暗がりの街中。響き渡る怒声は、少女の背後からだった。


「ん?」


 少女が首だけを動かして、後方を見やると……そこには、二名の治安官の姿があった。


「ッ! 捕まってたまるもんか」


「ちょ、待ちなよ!」


 踵を返し、地面を蹴って走る。ひとしきり全力で走った後、呼吸を整えるためその場で膝に手をついた頃……不意に身体がふわりとした浮遊感に包まれたかと思うと、僕の目の前の景色がぐるりと回転した。


○●


 男の子──治安官のおじさんたちには、フランって呼ばれてたその子を脇腹に抱え、私は自宅である507号室の扉を開き、彼を玄関に押し込む。


「っ、は? ここ、君の家……? 五階の!?」


 騒がれて隣人にでもどやされたら面倒なので、私もすぐに上がって扉を施錠する。普通のマンションだし、防音機能なんか期待しない方が良いかもだけど。

そして──遅れてやって来た自己嫌悪に苦しんだ。


「あ、ああ、あー…………」


「うわっ」


 突然その場で蹲る私に、少年はギョッと目をひん剥いた。


「何やってんだ私ィ!」


「は、はぁ?」


 少年、顔を引き攣らせる。当然の反応。


「治安官から逃げて、犯罪者を家に連れ込んじゃったよ……! ホント馬鹿したっ!」


「君が脅しまでかけて招いたんだろ……」


「あ、あの時はっ、なんというか……ハイになってたの! その箱のせいで!」


 今更になって、目の前の少年が、あの箱を取り戻すために刃物を用いるような野蛮な人物であることを思い出すのだ。楽しい夢から叩き起こされたような、気持ちの悪い嫌悪感が濁流のように押し寄せてくる。


でも……ずっとこうしていても仕方ない。まずは自己紹介──だよな。


「えっと……フランくん、だっけ。私、シエル・グラント」


 我ながら、さっきまでの馴れ馴れしい態度は何だったのか。冷静になって急によそよそしい態度になってしまった私は、恐る恐る少年に話しかけた。


逃がすつもりはないことを察した彼は、床に腰を落として答えてくれた。


「フランは昔の名前。今はソーン・ワイズだ」


「へ、へぇ……格好良い名前だね」


 何よそれ! 急に名前褒めんの意味わかんないでしょ……コミュ障か!


「君、友達付き合い苦手だろ」


「うぐっ」


 見透かされてしまった……。私はしゅん、と肩を落とし、ワイズくん? ええと……ソーンの隣に恐る恐る腰を寄せた。


「本当にエーテルに心を奪われてたんだな。この性格の豹変っぷりを見るに」


「えっと、えーてるって何?」


 ソーンはため息。深い、深い一息だった。


「……ごめんなさい」


「なんで君が謝るの?」


「や……私の我儘であなたを家に入れちゃったから……。巻き込んだら危険だから、って、私を遠ざけようとしてくれたのに……」


「…………そうは言っても、僕を──コレを諦めるつもりはないんだろ?」


「い、いや、そんなことナイヨ……?」


 カタコトになってしまった。実際……気分の高揚は治っているけど、あの箱を諦めるつもりは今も毛頭ない。危険だって理性が訴えているし、関わらない方が良いって頭ではわかってるけど……なぜだか。心の奥底の自分が「欲しい」って叫び続けるんだ。


「──これはゼノシステム。この箱の中身は、ある物質を体内に投与するためのアイテムなんだ」


「その物質っていうのが……エーテル?」


 ソーンは頷いた。エーテルって、どっかで聞いたことがある気がするんけど…………どこだっけな。


「ただ、エーテルは危険な物質だ。使い方次第で、世界を滅ぼすことだってできる。政府に存在を秘匿されているし、何らかの理由で知ったとして、許可なくそれを使用するのは違法だ」


「道理で、治安官に追われてるわけだ」


 そんな物騒な物持ち歩いてちゃ、そりゃね。


「でも捕まるわけにはいかない……彼女との約束──僕はゼノを、在るべき人の手に渡さないといけないんだ」


「在るべき人?」


「エーテルに適合して、この力を正しいことに使ってくれる人……だと思う」


「だと思う──って」


「仕方ないだろ……自分以外の誰かのために命を張れる、そんな本物のヒーローみたいな人、滅多にいないんだから」


「まあ、確かに」


 ヒーロー……か。私にとっては先生みたいな人のことを言う。昔は、ちょっと憧れたりしたんだよね。そういえば──私、あの箱に影響を受けて、性格がちょびっとハイになってたっけ。もしかして……、


「それ私だったりしない?」


 至って真面目だったんだけど、ソーンには鼻で笑われてしまった。


「まさか。エーテルに心を奪われて性格が豹変してる時点で器じゃない」


 ぐ……ド正論。何も言い返せない。


「じ、じゃあ、その在るべき人って、目星はついてるの?」


 ソーンは首を横に。なんだ、八方塞がりか。


「とりあえず貧民街に行ってみるつもり。あそこには治安官もいないし、身を隠すには打ってつけだから」


「貧民街ぃ? じゃあなんでゾーンD(こんな所)でモタモタしてんのよ。ここからゾーンZ(貧民街)って、一、二時間かかるよ?」


「…………」


 なぜ黙る。ソーンをじぃっと見続けていると、やがて観念したように口を開いた。


「……場所を知らないんだ、貧民街の」


 え……てことは、道に迷ってたの!?


「スマホはっ? 地図アプリとかで行けない?」


「そんな物は無い。学生だから」


「いや、私……学生で、しかも難民」


「嘘でしょ……今小学生もスマホ持ってんすか」


 本気の蹴りを男性の急所に入れてやったので、しばらくは悶絶だ。私は高校生だと、何度言えばわかるのか。


「──とにかく。貧民街なら案内しよっか? 私、見ての通り難民だから」


 そんなに痛むのか、ソーンがうめき声一つ発さず、物凄い形相でこちらを見やる。


「明日、友達と用事があって、貧民街に行くの。着いて来ても良いよ。とりあえず今日は家で治安官をやり過ごしなよ。私の部屋使って良いから」


 たっぷり数十秒ほど待ってから……気合いなのか、まだ額に汗を滲ませているがソーンはこちらに向き直った。


「前者の好意はありがたいけど、後者は……君はほとほと危機感が欠如してるんだな。僕は治安官に追われている犯罪者なんだよ? 泊めている間、何をするかわからない。君を襲うかもしれない」


「大丈夫。ソーン悪い人じゃないでしょ?」


「断言すか」


 それくらいわかる。出会ってからこれまでずっと……短い間だったけど、ソーンはずっと私の身を案じて発言していたから。悪い人じゃない。


それに──ずっと治安官に追われて、これから当てもなく彷徨うなんて可哀想だ。


「またエーテルに心を奪われてるんじゃないの?」


「うっ、そう……なのかな。ごめんね、身勝手で。でも、ソーンに家にいて欲しいってのは本当だよ?」


 私が惹かれてるのは、箱の中身──ゼノ。そのはずだ。なのに……。


私自身、どうして自分がソーンという少年個人に拘っているのか……イマイチ理解できていない。


私が言葉に詰まっていると、ソーンはまた、ため息を。でも、今度は浅くて……どこか心の重りのようなものを取っ払った、晴れやかなため息だった。


「わかった。一晩だけ、お世話になる」


「ホント!?」


「うわあ」


「あ、ご、ごめん……」


 自分でもびっくりするくらいデカい声が出た。そんなに嬉しかったのかな……?


「と、とにかくっ、ようこそソーン。歓迎する。とりあえず……両親が帰って来たら私の部屋に籠って。意外と広いから不自由はないよ」


「親に内緒……? まあ、話したところで納得して承諾するような親はいないか」


 悪かったわね、馬鹿な提案で。


「さあてソーン。どうせ今夜限りなんだし、私が歓迎のご馳走をしてあげる」


「……ありがとう。いただくよ」


 久しぶりに私の料理を振る舞う相手だ。引っ越し当初、母さんにボロクソ言われてからずっと練習してたんだよね。母さんたちは二度と食べたくないって言うし、良い試食係ができた。


苦節数十分──私自信作の夕食をリビングの机上に並べた。


「よしっ、できたよー! 一緒に食べよっ?」


 さて。どうやら私の故郷の味は、彼には合わないらしかった。

にしても、他人ひとの飯を食って吐くのは失礼すぎやしないだろうか?


○●


 翌日──私は寝不足だった。

原因はもちろん、親にも隠して、同い年の男の子と同居したこと。


本当に……背徳感と羞恥が半端じゃなかった。自分の部屋を見られるばかりか、そこで同衾──ではないのか。ソーンが気ぃ使って床で寝てくれたし。


そういうわけで体調が良いわけではないのだが……私にはアーグルさんとの約束がある。デートじゃあるまいし、私服を選ぶのも面倒なので、制服を身に纏い、休日の校門に。約束の時間丁度に来たはずだが……私はそれから数十分も待たされていた。


「アーグルさん、遅いな…………」


 私がおかしいの……? 女の子同士のお出かけって、みんなこんくらい遅刻するってこと? アトラに聞いとくべきだったかな……。


そこで、スマホが振動。何事かと画面を見やると、アーグルさんからのメッセージをしらせる通知だった。


何とはなしにタップして内容を確認すると、私は目をひん剥く。


『ゾーンF。ラーメン屋アルマ裏口に来て』


 送られたのはそんなメッセージと、画像一枚。


「あんのバカッ!」


 画像を見た瞬間、私は頭を抱えながら指定された場所まで全力疾走。かなり田舎めで来たこともない街だったが、地図アプリを頼りになんとか到着。写真通りの位置で待機していた馬鹿を発見した。


「あのさ、なんでアーグルさんを拉致してんのよ…………ソーン!」


 そこにいたのは、縄でぐるぐる巻きにしたアーグルさんをお姫様抱っこしているソーン。なんか胸がざわざわするので、すぐさまアーグルさんを地面に降ろさせた。


そう──アーグルさんのスマホから送られた画像は、気絶させられたアーグルさんとソーンのツーショだったのだ。


「あんた治安官に追われてんでしょ……? 私の部屋でじっとしときなさいよ! 後で迎えに行くつもりだったんだからっ」


「そうもいかない。貧民街に行くっていう君と友人の用事とやらが気になって、昨夜、君と彼女のメッセージ履歴を見た。君たち、リボルカジノに行くんだろ?」


「は……私のスマホ勝手に見たの!? へっ、パスワードは?」


 ソーンが正体不明のリボルカジノについて知っている──その事実よりも、自分のスマホを勝手に見られたことによる羞恥が勝ってしまった。


「昨日寝落ちしたろ。スマホ見ながら」


 た、確かに……! 眠れなくって、ずっとSNSの画面をスクロールしてたけど……それってあんたがいたせい──って、私がソーンに家に泊まるよう言ったからか……。


「ついでにSNSも見させてもらって……一応今の一般常識を調べた。君の趣味嗜好とか要らない情報も回ってきたけど……」


「ひ、人のプライバシーをよくもっ……!」


「……異性に随分と高望みしてますね」


「はぅわっ!?」


 こいつ、もしかしなくてもブックマーク見たな!? ことSNSにおいて他人のブックマークを覗き見することがどれだけ重罪か知らないのかこいつ!


「っ……余計なお世話だし! 初恋の人がそんだけ完璧超人だったんだから仕方ないでしょっ、あんたみたいなノンデリと違ってね!」


「あ、そこはすいません」


 こういう、すぐに認めて謝るとこもキライ! 大人ぶってるみたいでめちゃくちゃ腹立つんですけど!


「はあ……もういいっ、話戻して。なんでアーグルさんを──」


「君が話を逸らしたんだろ……」


「ああもう私が悪かったわよごめんなさい! これで満足!?」


 ソーンは思いっきり肩をすくめてため息。


「リボルカジノは危険すぎる。だから、グラントさんを装って彼女に連絡して、調査に行くのをやめるよう伝えた。でも、やたらと食い下がるから」


 これまた私を装って呼び出し、気絶させたと。


「彼女は女の子だ。危ないことはさせるべきじゃない。しかも、ユグドラシルのお嬢様なんでしょ? ならなおさら。何かの調査に行くなら、僕と君だけで十分だ」


「その理論なら、私も行かないべきでしょっ。その……、私だって女の子だし」


 よく高校でゴリラってからかわれるんだけど。私だって心も身体も乙女のつもりだ。


「なんだ、プリンセスに興味があるんだ」


「わ、悪い?」


 どうせこいつはまたせせら笑うんだろ、せめてもの反抗のつもりで、食い気味に返してやったのに……真っ直ぐに私の目を見据え返されてしまった。そして、ソーンはニコリと笑って一言。


「ううん、全然。それじゃあ君も必ず守る」


「えっ……あ。あ、ありがと……」


 こいつはっ……本っ当に、ごく稀にっ、少しだけ格好良いことを惜しげもなく言うから苦手だ。


「あと、一つだけ忠告。この子──アーグルさんとは、あんまり関わらない方が良い。君のためにも」


 偶に、わけがわからないことも言う。

私はソーンの提案を丁重にお断りした。


○●


く アトラ            通話 ≡


 『至急至急。エリアIゾーンFまで来たれ』


『どうしたまる』


     『アーグルさんを回収してくれ』


『なぜまる』


               『聞くな』


『おけまる』


 気絶したアーグルさんをおぶって、去ってゆくアトラの背中を見送ってから、私は踵を返す。


「さ、行こっか」


「あの人……便利っすね」


「便利というか……私の言うことは何でも聞いてくれる」


 その代わり……報酬として私の私物を要求してくるんだけどね。今日は使用済み歯ブラシを要求してきた。若干キモイけど、私のことが好きでいてくれるみたいだから……嫌いになれない。本人の前じゃ絶対言わないけど、むしろ嬉しいとまで思ってるくらいなんだ。


さて──予定はちょっと……いや、大幅に狂ったけど、リボルカジノの調査のため、貧民街に行こう。アーグルさんはいなくなっちゃったけど、元々調査を決心したのは、貧民街で薬なんかを売買してる連中が許せないからだし。


鉄道も駆使しながら一時間ほど移動していると、ようやく、街の雰囲気が閑散としてきた。原住民の生活エリアを抜けて、政府の手が一切入っていないエリアが近づいてきた証拠だ。


ということは、もうすぐ貧民街──ゼーレスから捨てられた、私の同族たちが住まう街。


「ねね、ソーンって、リボルカジノのこと知ってんの?」


 私もアーグルさんも、そこについて何一つ知らない。だから一緒に調査に行こうとしてたんだ。どうやら、ソーンが横暴な手段を取ってまで止めさせるくらいには危険な場所らしいけど……。


「まず、今のリボルカジノがどのような場所になっているか……僕にもわからない。ただ──リボルカジノの名はよく知っている」


「名前だけ?」


「昔……僕は、仲間と組んで、人助け──ヒーローめいたことをしてたんだ」


「どったの急に」


 ソーンは困惑する私を無視して続ける。


「その一環でリボルカジノと相対したことがあって。その頃は、顧客からお金を搾り取る、ただの悪徳カジノだった。貧民街じゃなくて、都心部に構えて富裕層を相手にしていたしね。でも、僕と仲間が経営陣をとっちめて……以降リボルカジノは僕たちの活動拠点になって……その名が正義を意味するようになった」


 正義のヒーロー、リボルカジノ同盟! って感じ?


「でも待って? それなら、なんでリボルカジノがアーグルさんの友達に薬を売りつけるような、闇市みたいな場所になってるワケ?」


 リボルカジノはソーンたちの秘密基地……っていうか、人助け集団の代名詞になったわけでしょ?


「ある時──巨大な危機を前に、犠牲を厭わない仲間と意見が衝突して……僕はリボルカジノから離反したんだ」


「もう何年も行ってないの?」


「7年」と付け加えて、ソーンは頷く。


それじゃ、リボルカジノが闇市になってるのは──


「多分、僕が袂を分かった仲間の仕業だ。拠点を貧民街に移して、昔のリボルカジノみたいに……いや、昔以上の悪事を働いて、君の友人(アーグルさん)の友人や、沢山の人を闇に落としている」


 リボルカジノ──その名を、私とアーグルさんのトーク履歴から見つけたソーンは、その時どんな気持ちだったんだろう。


昔、人助けをしていた自分たちの名前が、今は最低な闇市に変貌してるなんて。


「──グラントさん」


 不意にソーンがこちらに向き直り、じっと見つめてくる。なぜだか、ソーンに見つめられていると思うと落ち着かない。というより……私の方がソーンの顔を見るとソワソワしちゃう。


私は胸中の動揺を見抜かれないよう、努めて冷静を装って返した。


「シエルで良いよ」


「いや、でも」


「良いって。ソーンだし」


 そもそも、別にこの名前でどちらで呼ばれてもどうでも良いのだ。大して愛着があるわけじゃないし。なら呼ばれ慣れてる方で呼んで欲しい。


「──じゃあ、シエル……。君は、僕に着いて来る?」


「え、なんで?」


「僕が離反したあの人──今、リボルカジノを牛耳ってるであろうその人に、僕は勝ったことがない。今はエーテルを操作できるけど……それでも、荒事になったら君を守れるか……」


「そ、そんなに私を大事に思ってくれてるのは嬉しいけど……」


 顔が熱い! どうしちゃったんだろ……!


こほん、と咳払い。無理矢理にでも気を取り直して。


「──自分の身は自分で守るよ。ていうか、あんた一人じゃ危なっかしいから、私が着いて行ってあげるの。私は貧民街の地理に詳しいし、身体能力には自信がある。危険になったら、私がおぶって逃げてあげるから、大船に乗ったつもりでいなさいな!」


「……そっか」


 ソーンはフッ、と笑って……肩をすくめる。


「──君と違って引き際はわきまえてるつもりだから、むしろ君の方が心配だけど。イノシシみたいに突っ込んでいかないかね?」


「はあ? 言ったわね!?」


 カチンときたので、瞬時に名前も知らないプロレス技をキメてやった。


「人に向かって豚ってないでしょ! 最近食べ過ぎで太ってること気にしてるのにっ!」


「知らないよそれは! 君に自制心が無いのが悪いんだろ!?」


 私が締め技をするからか、口頭で言えば良いのになぜか身体を数回叩くことで降参の意を示すソーンくん。だが知ったことか、こいつは私の逆鱗に触れた!


「ちょっ、君強くないっ!? ホントに人間!?」


「そこはせめて「ホントに女の子?』でしょーがあああああ!!」


 あまりの怒りに我を忘れて、つい本気でソーンを投げ飛ばそうとしちゃったところ、幸か不幸か、その先で私の知り合いと目が合った。


「あ」


「よう、シエル」


 ダグさん。昨日、アーグルさんと一緒に貧民街を訪ねるって伝えたから、出迎えようとしてくれたのだろう。


「や、あの、これは違くて」


 慌ててソーンから手を離し、弁明の言葉を思考するが、悲しいかな、勉強は昔っから苦手だから……頭で考えるようなことはからっきしだ。


「ハハッ、なんだお前! 見ねぇ間に随分と色気付いたじゃねぇか! どうやら案内は要らねぇみたいだな! 二人で仲良く観光して行きな!」


「ち、違うし! そんなんじゃないってば! ねぇダグさん!? ちょっ、待ってよ!」


 私の悲痛な叫びも虚しく、誰もいなくなってしまった(入り口なので門番のダグさんはすぐそこにいる)貧民街の入り口に響き渡るのだった。


その後……すぐに門の脇にどっかりと座っているダグさんに嫌というほど丹精込めて誤解を解いたのだった。


○●


 あの後、ダグさんが()()リボルカジノの位置を教えてくれた。

ここから一時間ほど歩いた先……誰も使っていない廃墟の中だそうだ。廃墟なんて貧民街じゃ珍しくないし、一目見てわかるか心配なんだけど。


そういえば、ダグさんはどうしてリボルカジノの場所なんか知ってんだ……と聞いてみたところ──昨日私から連絡があった後、聞き込みを中心に徹夜で調べてくれていたらしい。それで場所を突き止めたんだとか。ただ……ヤバめの雰囲気を感じて、中に入ることはしなかったらしいけど。


「え……でもおかしくない? ソーン、富裕層にしか縁のない場所って──」


「それは僕も気になっていたところだ。あの人はなぜリボルカジノを貧民街に移したんだろう……。そもそも、リボルカジノを昔のような──と言うには語弊があるけど、闇営業に戻したのも不可解だ。金に興味がある人じゃないし……」


 難民をとっ捕まえて、地下労働させてるとか?


「まさか。そんなのリボルカジノを通して秘密裏に拉致する意味がない。難民相手なら、治安官なんかに金を握らせて、難癖つけて連行すれば良い。それが許されてしまっている社会だ」


「そ、それもそっか」


 というか、アーグルさんの友人──そういえば聞いてなかったけど、十中八九ゼーレス人もターゲットにされてた……あるいは、少なくとも難民限定じゃないんだから、余計貧民街に拠点を構えてる意味がわからない。治安官の目から逃れるため……?


「とにかく、きなくせぇ所にゃ変わりねぇ。正直な話……お前にゃなるべく教えたくなかったんだが……」


 アーグルさんの友人が違法薬物を売りつけられた場所……ダグさんには、事前に事件の概要を伝えている。そりゃ心配も尋常じゃないだろう。


「怖い? 今からでも帰る?」


「全っ然!? 行くよ!」


 ダグさんにお礼を言ってから、教えてもらった方角へ歩き出す。ふと後ろを見ると、ダグさんとソーンが何やらコソコソと内緒話をしていた。


数秒後、小走りで私の隣まで来たソーンに尋ねてみると──


「僕らの位置情報、それと、非常時にはあの人に緊急信号が伝わるようにしてきた」


「ソーン、私たちの言葉喋れるだ……」


 ダグさんはゼーレス語をそんなに話せないはずだ。あんなにすぐにコミュニケーションを終えて帰って来たとなると、ソーンは私たちの母語を話したということ。


「昔ね。君の同族の女の子に教えてもらった。ま、それは置いといて──」


 ソーンはこちらに、石くらいの小さな黒い何かを投げ渡してきた。

これは、黒塗りのボタン……? ホント黒好きだね。てか、ボタン単体って、ちょっと面白いな。


「何かあったら、それを押して。あの人にシエルが危ない状況だって伝えることができる」


 それ、普通ウチの両親に伝えない? まー……ひょろひょろな父さんなんかよりがっちりとした大男のダグさんの方がよっぽど頼りになるし、別にいっか。


「あとこれ」


 ソーンが続けて、今度は手渡し。やけに丁寧だと思ったら、例の箱──ゼノだった。


「良いの?」


「良くない。だけど仕方ない。今は君が持つべきだ」


 貧民街は電波が届かないから、電子機器が死んでる。私たちの位置をダグさんに知らせるには、超常的な力を秘めるゼノとそのデバイスだけなんだそう。


先ほどの内緒話の際にダグさんに渡したデバイスに、ゼノの位置が記されてるんだって。もしかしなくても、昨日私ん家を特定して乗り込んで来れたのもソレのおかげだよね。


とと、そんなことは置いといて。やっとこさ貧民街の中へ。

帰って来てみたら懐かしい気分になるかなと思ったけど、あんまりそんな感じはしないな。まだ一年くらいしか経ってないせいかな?


「あっ、あそこの公園! 小学生の頃よく遊んでた……! 懐かしいなぁ……」


「──シエル? 大人ぶってないで、はしゃいできたらどう?」


「はっ!? べ、別に!? 今更公園で遊ぶ歳じゃないしっ……!」


 あ、あそこ……私が子供たちに無料で読み書きを教えてた児童館──あの子たち、元気にやってるかな……。


や、でも今日はリボルカジノの調査のために来たんだからうつつを抜かしちゃダメ……絶対!


「ふっ」


 ソーンが首を傾げ、優しい笑みを浮かべる。な、何よ。


「行って来たら?」


「ッ〜〜〜〜!! つ、着いて来ないでよ!? 彼氏だって勘違いされたくないし! あと勝手に先に行かないで!」


「はいはい。君と違って小賢しい真似はしないよ」


「一言余計っ!」


 相変わらず人をイラつかせる言動を隠さないソーンを隣に、私は懐かしの街を練り歩きながらリボルカジノへと向かった。


○●


「ここか」


 ダグさんに教えてもらった場所──薄汚い廃墟。貧民街じゃ建物が老朽化してるなんて珍しい話じゃない──というより、綺麗な建物の方が少ないから、特別目立っていることもないけど。


「ダグさんの話だと、地下に入り口があるんだよね」


 地下への階段。そこに怪しい人物が入って行くのを目撃したという。曰く、ゼーレス人。今のところ、この件に難民が関わっているという話はなさそうだ。


さて──廃墟内部。探索の際、ソーンに手分けすることを提案されたが全力で拒否。生半可な鍛え方の大人相手には負けるつもりはないけど……こういうお化けなんかが出そうな雰囲気の場所を一人で歩くなんて、絶対に御免だ。


「あったよ、こっち」


 数分の探索の後、見つけた地下への階段。その先には、頑丈そうな鉄扉があるだけだった。

しかし、一つ問題が。


「深っ……ちょっと怖いかも」


 そう、比較的小柄な私とソーンが並んで歩くのが限界の狭い通路──それだけで閉塞感を覚えるのに……階段は、見た感じ十数階分の深さだ。


異様な雰囲気に気圧されている私を置いて、ソーンが躊躇なく階段を下ってゆく。


「お、置いてかないでよっ」


 慌てて後を追いかける。まったくこいつは、私を守ろうとしてくれているのか、杜撰に扱っているのか、ハッキリしない奴だ。


異常なほど深い階段をようやく下り切って……カジノの入り口に到着。

ソーンが扉の取っ手を握り、引く。キィ、と金属が擦れるような不快な音を立てて扉が深い闇を解放した。


「行くよ」


「ま、待ってって」


 ずかずかと進むソーンの背中を追って、とうとうリボルカジノ内に潜入。


カジノって言うくらいだから、どんだけゴージャスな空間が待ち受けているのかと思えば……扉の先は、さっきまでいた廃墟と大して変わらない、薄暗くてオンボロな場所だった。


違いがあるとすれば──そこは廃墟内というより、天井がある街。


「うわぁ……」


 思わず、感嘆の声が漏れる。貧民街の地下にもう一つ街があったなんて。私は視力は良い方だし夜目も利くけど、それでもここは突き当たりが見えないほどに広い空間だ。道行く人々は、ゼーレス人がほとんど。見た感じ難民の姿は見当たらない。


光源は……電球やランタンじゃなくて、淡く輝く水晶クリスタル。天井から突き出ているものや、床から隆起したもの、人間が採取し、加工して吊るされているものなど様々。不気味な雰囲気のこの場所と、幻想的な光を放つ水晶が妙にミスマッチだ。


私たちが扉を潜ってすぐに当たったのは、小さな建物が並んでいる小道。商店街のような並び方……実際、どいつもこいつも銃器とか、そういう物を販売している悪者わるものの出店のようだ。


正に闇市って感じね……アーグルさんの友達もここで薬を買った──あるいは買わされたっぽい。


「おかしい──僕が知ってるリボルカジノと違う」


「へ? どこがどう違うの?」


 私が問うと、余程困惑しているのか、ソーンが荒げた声を発する。


「全部っ。こんな闇市みたいな場所じゃなくて……もっと一般的なカジノ然とした場所のはず──」


 一般的なカジノ……がよくわからないんだよね。私の故郷、カジノが違法だったし。でも、確かにドラマとかで見る、目がチカチカするような金ピカゴージャスの空間……ではない。


と、私とソーンが困惑している最中──どこからか、何か小さな物が風を切る音が私の鼓膜を震わし、私は半ば本能で上半身を逸らした。


「いぃっ!?」


 目と鼻の先を横切る、黒い線。標的()を見失ったそれは、私の背後の光源クリスタルを破裂させた。


「シエル!」


 私は崩した体勢のバランスを整えながら、バクバクと脈動する心臓を押さえる。


「だ、大丈夫……多分」


 さっきの……もしかしなくても、銃弾だよね。

とにかく、明るいとこ……クリスタルがある場所まで避難しないと。今のは偶々山勘で身を逸らしてなんとか避けることができたけど……これが何回も続くとは思ない。少なくとも弾が見えるくらいの明かりは欲しいものだ。


「こっちだ」


 ソーンに連れられ、明かりが強い、手近な出店へ駆け寄る。しかし……そこで私たちは、ある違和感に気がついた。


「人が……いない?」


 いつの間に、通行人どころか、出店を開いていた人たちの姿まで──周辺から人の気配というものが消えている。店も畳まず、まるで私たち以外の人という存在がこの世から消え失せたかのような静けさに、私とソーンは若干面食らった。


「面倒事を察したんだろう。荷物をまとめる時間も惜しくて逃げ出したってところかな。気にするな」


 狙われてるのが私たちなら、申し訳ないことをしたかと思ったけど──どうせどいつもこいつも銃や薬を売買してる最低な連中だし、気にしなくていっか。


「さっきの弾……エーテルが込められてた。あの人だ。シエル、下がって」


「あの人?」


「──嬉しいぜシズ。わざわざ貧民街まで、俺に会いに来てくれたのか?」


 そう──低い、男性の声。その声に反応して、ソーンが私と店の外──声のした方向の間に立つ。


声の主は……赤髪の、ソーンよりも頭一つ分高い長身のゼーレス人男性だった。右目には獣の爪で引っ掻いたみたいな切り傷があって……失明しているのか、その瞼は固く閉ざされている。右手には拳銃。あんまり詳しくないけど、サプレッサーって言うんだっけ……? さっきも銃声がしなかったし、きっとこの人が私を撃ったんだ。


「リノさん……」


 リノさん──そう呼ばれた男が、私に銃口を向ける。すかさず、ソーンが射線を遮るように移動した。


「ゼノをエーテルも隠せない一般人に持たせるたぁ、随分と無警戒じゃねぇか、シズ」


「っ……あんたを釣るためだ、勘違いするな」


「俺を殺しに来たのかよ」


「……あんたがリボルカジノの名前を使って悪事に手を染めていると知った時点で、そのつもりだった」


「はん、そうかよっ!」


 リノが発砲。物音一つで隠れてしまいそうな小さな銃声と共に……凶弾が放たれる。


「きゃっ!?」


 ソーンの足を引っ張らないよう……って考えじゃあなくて──私は生存本能のようなもので、身を縮こまらせた。


「エーテルアクト・リアライズ!」


 右手を前にかざし、叫ぶソーン。次の瞬間、私たちに迫っていた銃弾が、空中で何かに押さえつけられてるみたいに止まっていた。


「凄い……ソーン!」


「ッ……!」


 だけど、苦しそうだ……右手を押さえて、辛そうにうめいている。長くは続かない力なのかも。


「おいおい、お前はナヴと違って適応体質じゃないだろ? そんなにエーテルを多用して良いのかよ?」


「構わないさ……あんたを殺した後も、のうのうと生きるつもりはない!」


 なんかよくわからないけど、ただならぬ因縁って感じだ。私、もしかしなくても完全に邪魔者っぽい──逃げなきゃ!


「無駄だ! ゼノをみすみす逃がすものか!」


 リボルカジノの入り口……ソーンが吹っ飛ばした扉まで走るが、行く先を数体の守衛兵ガーディアンが閉ざした。


「な、なんで守衛兵ガーディアンがっ!?」


「捕えろ。四肢くらい捥いでも構わん」


「ひぃっ!」


「ッ──ユグドラシルもグルか!」


「正っ解!」


 リノのパンチ──目で追うのがやっとの、普通の人間じゃありえないスピードの拳が、ソーンの鳩尾に命中して……小柄とはいえ高校生男子のソーンの身体が紙のように吹っ飛んだ。


「ソーン!」


 既に店員が逃げ仰た近くの出店の入り口をぶっ壊し、豪快に入店するソーンを追いかける。


「大丈夫!?」


「問題無い! それより、ゼノを僕に!」


 ソーン……額から血が出てる。

私は懐のゼノを握りしめて、首をぶんぶんと横に振った。


「事態をわかってるの!? リノさんはゼノを狙ってる……! リボルカジノの名を使って悪事に手を染めたのだって、ゼノを僕から取り返すためだ! それを渡せば君は安全だ!」


「わかってる……! わかってるし、めちゃくちゃ怖いけどっ……そんなことしたらソーンが危ないでしょ!」


 ソーンが歯軋り。ふと、彼の手を見ると、血が出るほど拳を握っていた。


ソーンの中でも、完全に八方塞がりなんだ……。多分、私を逃がすので精一杯。でも、だからと言って、ソーンを見捨てて逃げるなんて嫌だ。なんとかして、あのリノって人と守衛兵ガーディアンの防衛網を突破しなきゃ……!


「おーいおいおい、シ〜ズ! そろそろ出て来いよぉ? あんまし他チームの出店荒らすわけにゃいかねぇんだって」


「ひっ……き、来たっ!」


 ヤバい……隠れないと!


「──フランくん!」


「うひゃぁ!?」


 必死に頭を回転させ秘策を練っていたところ……不意に背後から肩を掴まれ、素っ頓狂な声が出てしまった。


振り向くと……当然だが見知らぬ男性。30代前半くらいの、茶髪のゼーレス人がいた。


「だ、誰!? こ、来ないでっ! ち、チカンって叫ぶよ!?」


 この近くに人がいないことなんざ百も承知だが──せめてもの抵抗として、肺の中に思いっきり空気を入れる。


が、視界の端で、ソーンの様子がおかしいことに気づいて、それはやめにした。


彼は目を細めて……まるで何かを確かめるみたいに、目の前の男性を観察していた。そして──やがて目を見開いて……、


「ウィリアムさん……?」


 そう、彼の名と思しき単語を発した。


「し、知り合い?」


 ソーンも困惑しているのか、遠慮がちに頷いた。


「バン・ウィリアムさん──僕と一緒に、リボルカジノをやってた人」


「じゃあ、リノの仲間ってこと!?」


「違う! この人は──」


「俺はフランくん側だよ、君がどこまで知ってるのか知らないけど……フランくんと一緒で、あの件が原因でリノさん──リボルカジノから離反した」


 そうこう話してるうちに、足音が大きくなってゆく──もうリノがすぐそこまで来てるんだ。


「詳しい説明は後だ、着いて来て」


 茶髪の男の人──ウィリアムさんが案内してくれて、裏口から外へ。ドカドカ走って足音立てるわけにもいかないので、徒歩で移動。その間、リノが襲ってくるのでは……と、心臓がバクバクしっぱなしだったけど。


程なくして、さっきとはまた別の商店街に来たようだ。通行人が沢山……人の波と言って差し支えないだろう。


「ここだ、今の僕の隠れ家……僕のチーム」


 それから数分歩いて到着した路地裏。よく見ると、地面と同じ色に塗装されたハッチがある。重そうなそれを開くと、地下への入り口──鉄製の梯子が現れた。


「あの、ウィリアムさん。気になってたんですけど……チームって?」


「あ、リノ──だっけ。あの人も言ってたよね」


「今のリボルカジノの体系に関わる話だね……落ち着いてから全部話すよ。とりあえず今は、ここで銃火器を売買してる、一グループだと思って」


「じゃあ、悪人じゃないですか」


「──シエル」


 思ったことをそのまま口にすると、ソーンからの制止が入った。


でも──ソーンには悪いけど……アーグルさんの友達に薬を売りつけた連中と何が違うって言うんだ。たまたまこの人じゃなかったってだけで…………ううん、この人がアーグルさんの友達に薬を売りつけた張本人かもしれないんだよ?


同じことをしてるんだ。相手が私──じゃなくて、アーグルさんとは関係のない赤の他人だっただけ……この人だって、そいつらとやってることは同じ罪人だ。


「まあ、褒められたことをしてるわけじゃないのは認めるよ。今はとにかく、着いて来て」


 それに関しては異論は無い。このままだと私もソーンも、あのリノって人に捕まってしまう。


ソーン、私、そしてウィリアムさんの順に梯子を降りる。忘れずに、ウィリアムさんが出入り口を施錠。


随分と狭っ苦しい空間を降って、やっとこさ着いた地面。


「なっ……」


 降り立った私は、思わず目を見開いた。


そこは──一般民家のリビングのような空間だった。一、二……三人の人間がいる。ソファに座って寛いでたり、デスクに向かって何かを書いてたり。三者三様。


しかし、私が驚いたのはそんなことじゃない。


「ようこそ、チームバスターズの拠点に」


 その三人は、獣の耳と尻尾を持たない──私と同じ難民だったのだ。


○●


「シエル、改めて紹介するね。バン・ウィリアムさん。僕と一緒にリボルカジノ同盟、やってた人」


 さっきの、茶髪のゼーレス人。

確かに昔のソーンは気になるけど、今はそんなことどうでも良い。


「なんで……」


「うん?」


「なんで、難民のあなたたちが、こんな所にいるんですか?」


 ウィリアムさんの他に、地下室にいたのは三人の難民……。ウィリアムさんは、ここがチームバスターズの拠点だと言ってた。


そう──違法薬物をアーグルさんの友達に売りつけた、最っ低な売人。同一人物とは言わないけど、リボルカジノ(ここ)で徒党を組んでる以上、この人たちも同類。銃火器や薬物を売買してる犯罪者だ。


「シエル、今はそんなこと──」


「まあ待ちなさいな少年」


 ソーンを制止したのは、三人の難民のうち一人。筋骨隆々、身長は180を優に凌ぐ巨漢──なんだけど、口紅とかチークとか、女性みたいなメイクを顔面に塗りたくっていて異彩な雰囲気を放っている。


「ワテクシたちがそういうことをしてんのは事実だもの。このお嬢ちゃんの質問には真摯に応えるべきよ」


「フランくん──」


 ウィリアムさんが、ソーンの肩の上に手を乗せる。


「ゼノは持ってるだろ?」


「……はい──ナヴに託されましたから」


「ゼノを俺に。リノさんやアルマさんほどじゃあないけれど……俺も一応、エーテル適応体質だから」


「でも……」


 ソーンは私をちらと見た。


「大丈夫。この人は、難民(彼女)を傷つけることはしないさ」


 と、ウィリアムさんは筋骨隆々な男性(女性?)を視線で示して言った。ソーンは長いこと迷っているようだったが……やがて、私に手を伸ばす。


「──わかりました…………。シエル」


「ん」


 懐に入れていた例の箱を、ソーンに手渡す。


「私はこっちで、話したいことがあるから」


 ゼノを受け取ったソーンは、ウィリアムさんと共に奥の扉から別室へ。それを見送ってから、オネエの人たち──犯罪を犯している難民たちに向き直る。


「えっと、あなたたちの名前は……」


「名前? さてね。ゼーレス(ここ)じゃ禁句でしょう?」


「あんでしょ、移住させられた時に与えられた識別子──ほらこれ」


 私は制服の袖を捲って、左の二の腕を見せる。そこにはゼーレス語で『シエル・グラント、AID0003739』と焼印されている。これは私だけでなく……難民全員にある。ゼーレスに移住させられた時に刻まれた、私たちの新しい名前と管理ナンバー。


オネエの人は、それまでの態度を一変させ、心底不機嫌そうに答えた。


「アルター・ワードよ。後ろのはクヲーとパッチ」


「よろしく。ボクはアルターの従兄弟だ」


「……」


 前者は馴れ馴れしい態度で。後者は、警戒した様子で私を睨みつけている。


「シエル・グラント、です」


 後の二人は大した特徴もないかな。普通の男性って感じだ。アルターさんが奇抜すぎるだけかもだけど。


「ここ──リボルカジノは元々義賊の名だった、っていうのは……少年から聞いたかしら」


「はい。ソーンがウィリアムさんとか、リノとか、と……一緒に悪人を懲らしめてたって」


「ワテクシもウィリアムから聞いただけなんだけど……少年が離反したリボルカジノはリノの手によって、様々なチームがユグドラシル製よりも優秀と謳う兵器を売買する闇市へと姿を変えたわ」


 それが今のリボルカジノの体系ってわけね。じゃあ、やっぱり──


「そう──ワテクシたちはチームバスターズ。お察しの通り、お手製の兵器を金持ちに売りつけてる極悪人」


 と、アルターさんはとても犯罪を犯している自覚があるとは思えない笑顔で語った。


「わかってて、なんでっ……!」


「なんで?」


 声色に怒気を籠らせる私を、アルターさんは鼻で笑って肩をすくめた。


それから──冷たい眼差しでこちらを睨む。


「正義のヒーローにでもなったつもりかしら」


「は?」


「ワテクシたちが相手にしているのはゼーレス人だけよ。同族を巻き込むことは絶対にしない」


「っ、確かにゼーレス人はクソ野郎ばっかだけどッ……やって良いことと悪いことがあるでしょ!」


 憎いからってゼーレス人を陥れて……そんなことしても、誰も幸せにならない。


「人の悪意からは……何も生まれない! あなたたちの悪意が、誰かを傷つけて……もしかしたら、命だって奪ってるかもしれないんですよ!?」


 命なんて──そんなものだ。人の悪意一つで簡単に処分できてしまう。私はそれを身をもって嫌というほど知っている。


この7年で、何度、死にたいって思っただろう。人間の憎悪に当てられて……怖くて、心細くて。あんなのは序の口で……これからもっと辛い地獄が待ってるって思うと、より一層心が苦しくなって……逃げて(死んで)しまいたいって思うようになる。


そんな時──アトラと出会ったんだ。


『ちょっとあんたたち! やめなさいっ!』


『ッ……ブランジュかよ──おい、行こうぜ』


『逃げるなッ…………、はぁ。ね、大丈夫? どこか痛くない?』


 あの時、アトラが……独りぼっちだった私に、初めて手を差し伸べてくれて……泣いていた私を助けてくれたんだ……。


嬉しかった。心が温かくなって、嬉しくて涙が止まらなかった。


「気持ちはわかります……痛いほど……! わかるけど! 難民の私たちが、憎しみに任せて悪事に手を染めちゃダメなんですっ……!」


 人の悪意からは──何も生まれない。


人を幸せにするのは、善意なんだ。だから、ひたすら手を差し伸べて、わかってくれる日を待つんだ。どれだけ振り払われても……立ち上がって明日、明後日はきっとわかってくれる──そう7年やって来たんだ。


「この事が明るみになれば、間違いなく難民(私たち)はゼーレスに来たばかりの時みたいな迫害を受けることになる……! 私たちが、7年築いてきた信用ものを、全部壊すつもりですか!?」


 アトラにアーグルさん、それにソーンだって。わかってくれるゼーレス人()はいるんだ。今ここで諦めたら……また7年前みたいな争い(戦争)が起きてしまう。


空から現れる守衛兵ガーディアンの群れ、火に包まれる街、倒壊する家屋や灼熱のビーム砲に呑まれる人々。


全部、全部……昨日のことのように思い出せる地獄。


「──もう、あの日みたいな悲劇は、嫌だッ……」


「ゼーレス人は分からず屋よ。ワテクシたちが7年浮かべてきた笑顔は、全部無駄だった。あーたが言う、築いた信用ものってのは、本当にあーたにとって満足のいくものだったのかしら」


「……それは──」


「変えるしかない。あの日ゼーレスがワテクシたちにしたみたいに……今度はワテクシたちが、ゼーレスから全部奪ってやるのよ」


「っ……そんなこと言って……あなたたちがやってるのは、ただのちっぽけな犯罪じゃないですか!」


「──ワテクシたちなら、故郷を取り戻せるかもしれない……って言ったら、納得してくれるかしら」


「は?」


 その時、奥の扉が開き、ソーンとウィリアムさんが戻って来た。


「キャップ。ゼノだけど、俺じゃ70パーセントってところかな」


 ウィリアムさんがゼノの箱を片手に、わけのわからないことを。


「あら、そう。まあ起動できるだけ上出来よ」


「ちょっ、そんなことよりさっきの続きを!」


「あら、興味が出てきた? 善意はどこへ行ったのかしら」


「それは、話を全部聞いてからです……!」


 故郷の星を取り戻せる……そんな夢みたいな話が、現実にあるとしたら──とにかく、話だけでも聞く価値がある。


アルターさんは、まるで釣りで獲物がかかったみたいに、獰猛な笑みを浮かべた。


○●


「これがゼノシステムよ」


 例の箱の中身がずっと気になっていたんだけど、開ける時は一瞬。一応は頑丈そうなテープで留められていたのに、アルターさんが片手で引きちぎり、外箱を退ける。

そうして現れたのは、大体15センチ定規と同じサイズ感のスティックだった。


赤と青を基調とした持ち手、親指が当たる部分に突起物。恐らくスイッチ。先端には光を失った水晶クリスタル


「僕たちも初めて見るけど、エーテル適応体質の人間がスイッチを押して点火すると、亜空間にしまってある宇宙服を自身に転送できるアイテムなんだってね」


 と、クヲーさん……だっけ。従兄弟。ソーンより少し背が高いくらいの、いかにもフツーって感じの男の人だ。


「宇宙服って、あの?」


 白くてでっかい……言っちゃ悪いけどダサいヤツ。私の疑問に、クヲーさんが首を横に振った。


「エーテル製だからね。ヘルメットも酸素タンクも要らない。ちょっとばかし派手な私服だよ」


「え、それで宇宙に行くんですか……?」


 大丈夫なの……? 呼吸とか、気温とか。あんまし詳しくないけど。


「そこはエーテルが全身を覆ってくれるから大丈夫らしいよ。既存の宇宙服よりも戦闘力と機動力を確保してある。100パーセントの適合者なら、守衛兵ガーディアンにだって勝てる」


「戦闘力……?」


 なんか、宇宙服の話題じゃ絶対に聞かない単語が聞こえたぞ?


「要はゼノを使えば超人になれるってことよ。馬力も身体能力も生存能力も、何もかもが飛躍的に向上する。守衛兵ガーディアンだって敵じゃない」


「ほえー……」


「さて、ここで問題よシエル。何光年と離れてても、ワテクシたちの故郷へ帰るには、何が必要かしら」


 何、急に。ええと……、


「宇宙船? 難民を全員収容できるでっかいやつ。私たちがゼーレス(ここ)に来る時乗せられたやつみたいな」


 ブッブー、とやけに癪に障る判定をいただいた。


「正解はかねよ」


 な、なんて夢も希望もない……。


「良い? 宇宙船はマネーでできてるの。決して金属ではない。あれは全てマネーの塊なのよ」


「なんか聞きたくない話だなぁ……で、お金とこのゼノ、何の関係があるんですか?」


「ワテクシたちは主に銃火器をゼーレス人に売っている、覚えてる?」


 もちろん……それで口論になったんだから。


「ただ、爆発物はもちろん、ユグドラシルの技術力を超えるような兵器は販売していないの。他のチームはバンバン売り出してるのに──そのワケは何だと思う?」


 私は顎に手を当てて、無い頭をフル回転させる。


「──試し撃ちできないから? 難民じゃ広い土地を買えないし」


「今度は正解よ」


 わしわし、とアルターさんが私の頭を撫でる。というよりは、掻きむしった感じだ。女々しい口調に反してあまりにも力が強すぎる。昔くらったダグさんの拳骨と良い勝負の馬力を感じるほど。


「そこで宇宙空間──少年みたくリボルカジノに乗り込んだウィリアムをとっ捕まえたワテクシたちは、ゼノの存在を聞き出したわ。ワテクシたちはゼノを使って宇宙空間で活動し、難民のチームながら強力な兵器を販売するプランを発案した。そして集まった資金で、故郷に帰るのよ」


 なるほど……概要はなんとなくわかったけど──私はソーンをとっ捕まえて耳打ちする。


「ねぇっ、正しいことに使ってくれる人にゼノを渡すんじゃないの?」


 おもっきし闇商売じゃん。ウン千億ってお金を難民が用意するなら、こういうことに手を出すしかないってのもわかるけどさ……。


ソーンもそれはわかっているのか、やや苦しげな反論。


「それは、リノさんの手に渡るよりはマシだから……」


「まあ確かに」


「そう、そのリノが問題なのよ」


「うおっ」


「ぴゃっ!?」


 アルターさんが私とソーンの間に割って入る。破壊力のある顔面が目の前に来たせいで変な声を上げてしまった。


「ゼノは元々リノの物でね。ウィリアム曰く、少年が持ち出したそれを狙ってるらしいわ」


「え、ええ……リボルカジノの名を使って闇市を開業したのも、僕を誘き寄せるためかと。そして……悪に堕ちたあの人の手に渡ってしまったら、絶対にロクなことにならない」


 あの悪人面だと、世界制服なんて口走るかもしれないよね……確かにゼノをリノに渡すわけにはいかない。


「とはいえ、ゼノがなくてもリノさんは昔と変わらず強かった。まともにやり合うなら、ゼノに100パーセント適合する人間が必要なんですけど……」


 ソーンはちらりとウィリアムさんを見やる。すると、ウィリアムさんは申し訳なさそうに一言。


「俺じゃダメだったみたい……」


 さっきの……70パーセントって話。そういうことだったんだ。リノに勝つには、それでもまだ足りないってことだ。


「ワテクシとしてはそれで十分なのだけど……ウィリアムに少年。あーたたちはそうもいかないんでしょう?」


 二人は揃って頷いた。必ず──過去に決着をつける、そう言いたげな、決意に満ちた眼差しだ。アルターさんはニコリと笑う。


「それじゃ、100パーセント適合者を探すしかないわね」


 この人たちも本当は大悪党なんだろうけど……リノっていうもっとヤバい奴がいるせいで、なんだか良い人のように錯覚してしまう。


と、今後の方針がハッキリした時。


「──姐御、リボルカジノのオーガナイザーから全チームへ通信。『シズへ』だって」


 と、クヲーさんがパソコンの画面を見て。


「おーが……え?」


 な、何語よそれ。


「主催者ね。この場合、リノさん」


「し、知ってたし! てかリノ?」


 アイツ、さては馬鹿でしょ? 『シズへ』──シズって、リノがソーンを呼ぶ時に使ってた名前だよね。てことはソーンを呼び出してるんだろうけど、そんなの無視すれば良いだけじゃん。


「どっかのチームに匿われてることを察したんでしょ。それで全チームへ同時通信ってわけだ。どうする、出る?」


「呼び出しなら応じなければ良いだけです。話くらいは聞いてみましょう」


 ソーンの言葉に応じて、クヲーさんがタブレットの通話ボタンをタップ。


「──何ですか、こんな時に」


『おっ、バスターズか。難民だらけのへんぴなチームによく匿ってもらえたモンだな』


「…………」


『フンッ、まぁ待て。お前がどうしても出て来ないってんなら、引きずり出せば良いだけだ』


「何をするつもりですか」


『まあ見てろって』


 と、カメラが移動して……端の方に、守衛兵ガーディアンが映った。でも……普段見てる奴と姿が違う……? なんか、トゲトゲが多くなって、体格も大きく見える。蟻と女王蟻みたいなほんの些細な違いだけど。


守衛兵ガーディアンⅡ型……戦車並みの武力を備える上級守衛兵(ガーディアン)ね。ユグドラシルの最新兵器よ」


『ご明察。リンがくれたんだよ。うっし、それじゃ一発──やれ』


 カメラがぐるりと動き、周囲──恐らくリノの視点──を映す。そこで初めて、私たちはリノがいるのがリボルカジノ内ではなく、貧民街のどこかの建物の屋上であることに気づいた。街全体、とまではいかないが、周囲百メートルくらいは見渡せる高所だ。


難民()もそれなりに多い街を見下ろす、リノと守衛兵(ガーディアン)。リノの企みを察したのか、ソーンが珍しく切羽詰まった様子で声を荒げた。


「まさかッ──やめてください、リノさんっ!!」


 次の瞬間──守衛兵ガーディアンの右手の主砲から、青白く光る光波熱戦が放たれた。


あれ、破壊光線……だよね? あんなのぶっ放したら、街の人たちはひとたまりも──


「上がります! リノさんを止めないと!」


「わ、私も行く!」


「オーケー。ワテクシたちは電波の届く場所(ここ)から情報収集を続けるわ」


 アルターさんはこちらへ、小さな豆くらいのサイズの物を二つ投げ渡す。私とソーンがそれぞれそれを受け止め見てみると……ワイヤレスイヤホン──インカムっていうのかな? 小型通信機だ。


「行こう、シエル!」


「うん!」


 私とソーンはそれを装着し、この地下室に入って来た梯子を通って闇市カジノ内に上がり、来た道を戻って貧民街(地上)へ。


「なっ……」


 絶句──それもそのはず、カジノの入り口である廃墟を出るなり私たちが見たのは、あまりにも凄惨な光景……炎に呑まれ、数百はくだらない大量の守衛兵ガーディアンに襲撃されている貧民街の姿だったのだから。


「そんな……」


 あの日と、同じだ。


突如飛来した大量の守衛兵ガーディアン、炎に包まれる家屋、焼け落ちた家材や守衛兵ガーディアンのビームに呑まれる人々。


人間の悪意が、同じ人間の命を奪って──


「なんで、こんなことに……」


「絶景だろ? シズ」


 地獄のような光景を背に、飄々とした態度のリノが姿を現した。


「ッ、ふざけ──」


 ソーンが私の前に立ち、行く手を阻む。押し退けようとしたが、かなり強い力で踏みとどまって、びくともしない。


「ソーンッ!」


「約束したろ、君を守る……」


 だからって……じっとしていられるわけが──って、身体が動かない……? 空気の層に押し付けられてるみたい──エーテルを使ったの……!?


「──リノさん、無関係の人を巻き込まないでください、誓約を忘れたんですか?」


「強きをくじき、弱きを助ける──だっけか? わりぃな。俺の野望のために、こうするしかなかったんだ。ま良いだろ。どーせどいつもこいつも、生きる価値もねぇ難民共だ」


「取り消してください──」


「ふざけんな!」


 聞いてられない──エーテルの拘束を力づくでぶち壊して、リノに飛びつき、胸倉を掴む。


「なっ……!?」


「あん……?」


「私たちが、何をしたって言うんだ! 私たちはあんたたちに何もしてない! 何も何もッ、何も奪ってないのに──どうしてお前らゼーレス人は、私たちから何かを奪わずにはいられないんだ!!」


「……よく言うぜ。自分たちの罪も知らずに」


 リノが指をスナップさせると、次の瞬間、私は腹に強い衝撃を感じる。


「お、ごぉっ……」


 呼吸ができない……身体の内側まで響くような、重い一撃──これがエーテル……!?


「死なねぇ……? そういや、さっきもシズのエーテル拘束を無理矢理──……フン」


「ひっ!」


 次が──来るッ!


武術の心得なんかちっとも無い私は、普段決して出すことはない自分の全力を、乗せれるだけ乗せて拳を突き出し、それがリノの拳とぶつかる。


「きゃぁぁぁぁっ!!?」


 が、一瞬後には、女性でなおかつ小柄とはいえ、数十キロはある私の身体が後方へ吹っ飛んだ。近くにあった廃墟に背中を激突させ、地面に落ちると同時に砂埃が舞う。


「シエル! 大丈夫!?」


「けほっ、けほっ。なん、とかっ……」


 お腹はまだ痛むし、拳からは血が出てるけど、多分、軽傷の範疇だ。こんなちゃんとした傷、本当に久しぶりだけど……。


でも、この人、ホントに何なの……? 私が力負けするなんて──本当に人間なの…………?


「エーテルを物理的衝撃に交えても死なず、か。まあ良い。ゼノを渡さねぇなら、気が変わるまで指を咥えて見てろ。7年前のように、罪人に制裁が下るその光景を」


「リノさん……もうやめてください! こうやって傷つけ合って、争いを繰り返して……ミラさんが喜ぶとでも思ってるんですか!?」


難民こいつらはミラの同族なんかじゃねぇ。とっくにミラを捨てた罪人共だ。だから俺が裁く」


「黙れッ、ふざけんなぁっ……!」


 そうやって……お前らは、7年前も今も──難民(私たち)が、ゼーレス人(自分たち)がって……よくわっかんない、大人の難しい問題を──私たち一般人には、これっぽっちも関係無い事のために、巻き込んで!!


私から家を、街を、星を……先生を奪って──


「もう、沢山だ……!」


 ゼーレス人が嫌いだ。

今も昔も──私たちから、何もかもを奪う。


「私たちは──私は、何も悪くないのにっ……」


 沢山我慢してきた……自分の気持ちを飲み込んで、いつか互いのことを理解し合える日が来るって信じて……全部我慢して拳を収めてきた。


「もう、私たちから何も奪わないでよ……」


──もう、本当に……沢山だ。


「さてシズ、とっととゼノを渡せ。そうすりゃ難民がこれ以上死ぬこたぁなくなる」


「ッ──」


 歯軋りして、ソーンが懐からゼノを。長い逡巡があったが……やがて、燃え盛る街を背にするリノにゼノを手渡した。


「賢しい選択だ」


「ぐっ!」


 リノはソーンを蹴飛ばし、遂に奪い取ったゼノを握りしめた。


「ソーン!」


「だ、大丈夫……それより、君は隠れてろ!」


「っ……!」


 私には、リノをどうすることもできないの……?

こんな……クソみたいな身体を持ってるのに、いざ、こういう時になったら、全く役に立たないの……!?


「遂に、遂にゼノが俺の手に帰って来た…………」


──こいつは、エーテルのおかげとはいえ、私以上の力を出せる。それでいて戦い慣れしているのだ。身体のスペックに頼りっきりの私じゃ、どう逆立ちしたって敵わない……。


どうすれば──


『要はゼノを使えば超人になれるってことよ。馬力も身体能力も生存能力も、何もかもが飛躍的に向上する。守衛兵ガーディアンだって敵じゃない』


 頭の中で蘇ったのは、十分ほど前の記憶。アルターさんが教えてくれた、ゼノシステムの権能。


「超、人……」


 アレを使えば、守衛兵ガーディアンだって敵じゃない、超人になれる……!

変われる……! 怖くて、辛くて、泣いていることしかできない私から、変われるんだ……!


目の前で、命が消えてゆくのを、ただ見つめることしかできなかった、私から──みんなを守れる、超人に!


「ッ!」


 地を蹴って、全速力でリノに接近。

力は本気を見せたけど、敏捷性まで人間離れしているところは見せていない。狙い通り、反応が一拍遅れたリノから、ゼノシステムを奪い取る。


「なっ!?」


「シエル!?」


 そのまま減速することなく突っ走って、リノからどんどん距離を離す。足の速さだけは、割と実用的だから鍛えてきたんだ……力勝負のようにはいかない!


「この野郎……って──速ぇなっ!? くそっ、追え! 殺しても構わん!」


 リノが守衛兵ガーディアンに命令を出す。二体の守衛兵ガーディアン、うち一体Ⅱ型が、私の目の前に立ち塞がった。


「しまった……!」


 私は踵を返し、逆方向へ。だけど、そちらにはリノがいて。私が向かった──というより追い込まれたのは、リボルカジノへと続く階段だった。


今は、こうするしかない──階段を駆け降り、リボルカジノ内へ。


「で、でも……やっぱこっちに来ちゃったのは失敗だったかなぁ……!」


 貧民街と異なり、全く道がわからない街の景色を見て、自責の言葉を漏らす。


さっきはああするしかなかった……でも、地の利がある貧民街ではなく、リボルカジノに逃げたのはやっぱり失策だった。あっちも、私が難民だからこっちへ誘導したんだろうけど。


と、その時、後方から機関銃の発砲音が聞こえて、右腕に熱い痛みを感じる。


「う、ぐぅっ……!」


 撃たれたんだ……制服には小豆のように小さなサイズの穴が空いていて、その向こうの私の素肌は真っ赤に腫れていた。


「ひっ……」


 こいつら、本気で私を殺す気だ……!


どうしよ……ホントに道がわかんない。対してあっちは、ここで働く守衛兵ガーディアン……! いくら私の足が速くても、すぐに捕まって殺されてしまう……!


恐怖で頭が真っ白になってしまい……どちらの道へ行こうかの判断もできずぐずぐずしていたところ──突如、手の中のゼノが強烈な光を発する。


「うぴゃぁっ!? な、何なのよ急に! 壊れてんじゃないでしょうね……!」


 何の操作もしていないのに稼働し出したゼノをぶっ叩いていると、不意に頭の中に……こちらに進んだ方が良さそうだ、なんて漠然とした勘が思い浮かぶ。


次いで……視界に光の筋のようなものが浮かんで見える。広すぎてどこに進んだら良いかわからないリボルカジノ内で、無数に分岐している道の一つに光の筋が浮かんでいるのだ。


「なに……これ?」


 背後に気配……反射的にその場から転がり離れると、一瞬前まで私がいた所に、守衛兵ガーディアンがビームでできた物騒な刃を振り下ろしていた。


「ひっ……」


 名付けるならビームソードってところか……切先が触れた地面が融解して見たこともない状態になっている。これが人体に当たったら…………銃弾のように軽傷では済まないだろう。


「に、逃げ……逃げなきゃ……!」


 よくわかんないけど……ゼノが光り出して急に浮かんできたこの勘──というか、道標……? 信じるしかない!


たった一つの道を示す光の筋を追いかけて走る……すると、また次の分岐路に当たって、再び光の筋が道を教えてくれる。


そうして何度も別れ道を進んでゆくうち……途中で、『立入禁止』の看板と見張りの守衛兵ガーディアンを突き飛ばして──私は、商店街のような風景だったリボルカジノから様変わりしてしまった空間に出た。


リボルカジノと同じ、天井がめちゃくちゃ遠くてだだっ広い地下空間。ただ、明らかに人の手が入っているランタンにより明かりが担保されているのに、リボルカジノのような出店も無ければ、人の姿も見受けられない。リボルカジノから建物や人を取っ払って、ただ何もない地下通路だけが残って殺風景になった感じだ。それが見回しただけで前や左右に分岐して、迷路みたいになっている。


不気味なほど静かで、何もない……立入禁止って書いてあったし……普段は入っちゃいけない場所なんだろうけど、人に見せないからって、ここまで殺風景にする?


「こ、ここ……何なの?」


 今日は色々と起こりすぎている。疲労と混乱で頭がぐちゃぐちゃになっていると、さっき『立入禁止』の看板と共に突き飛ばした守衛兵ガーディアンを加え三体になった追跡者集団が、もうすぐそこまで来ていた。


「やっばッ」


 さすがに距離が離れているからか、ビームソードではなく、実弾の連射。三体分の弾幕が容赦なく私を捉えた。


「痛い痛い! 容赦無さすぎでしょ!」


 ビームじゃなくても痛いものは痛い。私は慌てて殺風景な迷路の曲がり角へ身を滑らせる。よし、ようやく射線から逃れたところで……今のうち! リノから奪ったゼノを取り出す。


ゼノシステム──適合者がこれを使えば、超人になれる。


──思い出したんだ……『エーテル』。どこかで聞いたことあると思ってたら、あの日──蜘蛛男に身体を弄られた時! 今でも夢に見る……あの人体実験の時、私に投与されたのがエーテルだ!


だから、私なら……きっとゼノを使いこなせる──恐る恐る、ゼノのスイッチを押してみる。


「あ、あれ……?」


 しかし──何も起こらない。先端のクリスタルあたりが光るのかと思えば、そんなこともなく。一応自身を見下ろしてみるが、折角昨日のアレから洗濯して綺麗にしたのに穴が空いてしまった制服のままだった。宇宙服なんてどこにもない。


「え、嘘っ、ホントに0パー!? 幾分か適応してたら、起動すんじゃないの!?」


 ウィリアムさんみたいに70パー、は高望みか……? でもせめて50、40……30くらいは期待してたんだけど……!


い、いや、落ち着け……そんなわけはない……! エーテルを身に纏うシステムが、私と適合しないわけがないんだ──間違いなく100パーセント適合してるはず! 私は耳に装着していたインカムを叩き、起動させ……目当ての人物を呼びつける。


「ソーン、これ動かないんだけど!」


『シエル! やっと繋がった……早く戻って来るんだ! 死ぬぞ!?』


「そう! 死ぬ! 死んじゃうから早く原因を教えて!」


『ゼノを使うつもりなのか!? 無理だ、諦めろ! それは君みたいな普通の女の子が使える代物じゃない!』


 ご生憎様、私は普通の女の子じゃないんでね……!

てこでも動かない私の決意を察したのか、ソーンは深くため息を吐き出した。


『──ゼノを点火するには、パスワードが要るんだ……』


「何てヤツ!?」


『……』


 押し黙るソーン。


ゼノは、使い方次第で世界すら意のままにできる。


私は──難民だ。ゼーレス人を恨んでる、難民。きっと……ゼーレス人を傷つけるためにゼノを利用するんじゃないか、って……心配してるんだろう。


「信じて!」


 でも、私はそんなこと絶対にしない。私はただ、この力で難民を救いたいだけなんだ。


『…………』


 私の言葉に何を思ったのか……ソーンは、長い逡巡の末──その言葉を私に告げた。


「っ!」


 すかさず、私は曲がり角から身を乗り出し──守衛兵ガーディアンたちの眼前に立つと、ゼノを頭上に掲げ、叫んだ。


「エントリー!」

シエル「急に台本渡されたと思えば……自己紹介? これホントに必要なの……?」

アトラ「もちろん。じゃないとみんな困るでしょ」

シエル「みんなって誰よ」

アトラ「それは……色んな人よ」

シエル「……? ま良いや。えーと、シエル・グラント15歳、誕生日は10月30日。趣味はランニングで特技は大道芸。初恋の経験から好きな異性のタイプは高身長で細身の優しいイケメン……とかなり高望みをして──なんでこんなことまで書いてあんの!? てか最後のは余計なお世話じゃい!」

アトラ「私の類稀なるリサーチ力の賜物よ」

シエル「これをなんで本人が読み上げなきゃいけないのよ……! 公開処刑かっ」

アトラ「じゃ私に委ねて良いの? ここに書いてあるヤツ全部読んじゃうわよ? えーと身長は133センチ体重46キロ。実はかなりのむっつりスケべで、年齢詐称して閲覧したR18のイラストを大量にスマホに保存して──」

シエル「なんで知ってんの!? ねぇなんで知ってんの!?」

アトラ「いや良いじゃん、体重が40後半とか絶対人気出るわよ」

シエル「いやそっちじゃなくて……まあそっちもか──えっと、身長と合ってないんだよ……! 最近、前までは着れてたズボンとかスカートが着れなくなって……恥ずかしいからあんまり知られたくないの!」

アトラ「え、それってお腹出てるってこと? うわちょっと興奮する見せてもらっても良いですか? できたら舐め回させていただけると……」

シエル「キモいからやめて!」


・後書き

『Xeno-A.I.D.』、いかがでしたでしょうか。この小説が、人を信頼することの大切さを説くことができましたら幸いです。とはいえシエルのようにボロボロになりながらも他人に手を伸ばし続けるのは危険です。信頼することの大切さを描くとは言いましたが、信頼しすぎることの愚かさも同時に語るつもりではあります。これからのシエルの人生の転落にも期待していただいて……どれだけ堕ちようとも、他人を信じ続けて這い上がる彼女の人生が、あなたに少しでも勇気を分け与えることができれば、私とこの作品としては本望です。

さて、ゼノエイドという言葉には二つの意味を込めました。

一つは「異なる世界のヒーロー」。ソーンにとって、シエルは異なる世界に住んでいたのに、この世界を守ってくれるヒーローなのです。ゼノエイドという言葉は、ソーンからシエルへの憧れを端的に表した単語ということで、かなり気に入っています。

もう一つは「異なる世界を救う」。自分とは何にも関係が無い異世界を救う。ゼノエイドという言葉は、シエルの尊さ、あるいは愚かさを表した単語でもあります。もっとも、これが尊いことか、愚かなことであるかは読者の皆様の判断に委ねます。

戦いの末、シエルが行き着く結末とは、どのようなものなのでしょうね。果たしてその時、シエルは胸を張って「良かった」と言えるのでしょうか。

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