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ダンジョンの目の前で弁当屋やってます

ダンジョンの目の前で弁当屋やってます

作者: 瀬嵐しるん


「いらっしゃいませ~、弁当出来立てですよ~!!

熱々で美味しいよ~!」


ダンジョンの朝は早い。

続々とやって来る冒険者の大半が、ダンジョンの真ん前にある弁当屋に寄ってくれる。


「おにぎり十個ください!」


「はいはい、いつも、ありがとね!」


おにぎりを注文するのは駆け出し冒険者だ。

買ったその場で朝飯として三個腹に入れると、残りを昼飯用に背中のリュックに放り込む。


「いってらっしゃい! 頑張って!」



「おばちゃん、から揚げ弁当五つ!」


「俺は焼肉弁当十個!」


「あいよっ! 毎度あり」


深層に潜れる冒険者は、たいてい時間が止まるマジックバッグを持っているので、熱々弁当をたくさん買ってくれる。


「気を付けて行ってらっしゃい!」


「おう! 今回はラスボス近くからスタートだから、もしかすると、もしかするぜ!」


「ラスボス倒せるように、祈ってるよ」


「おばちゃんの弁当と応援がありゃ、百人力だ」


ガハハ、と笑うリーダーを中心に、高ランクパーティーが入口に消えていく。


「今回は、必ずラスボスを倒してね」


わたしは心から祈った。



それから一週間後。


「悪い、おばちゃんの応援までもらったのに、ラスボス倒せなかった」


「そうかい、残念だったね」


なるべく優しく声をかけながら、わたしは店じまいを始めた。


「今日はもう、閉めるのかい?」


「悪いけど、二週間休みをもらうよ」


「……潜るのか?」


「ああ、行ってくる」


うちの食糧庫は時間を止めるタイプ。

材料も、作りかけの料理も心配ない。


「え? おばちゃん、その恰好は……」


「ちょっとダンジョンに行ってくるから、弁当屋は休みだ」


「それは残念……って、おばちゃん、ソロで潜るの?」


すれ違った駆け出し君が、びっくりしていた。

かまわずダンジョンに向かって歩き出すと、高ランクパーティーの誰かが、説明してくれる。


「あの人は、SSランクのソロ冒険者だ。

この辺じゃSSまでしか実力を測れないらしいからな。

本当は、もっと強いんじゃないか」


「この国で一番強いってことですか!?

もしかして、ラスボスもひとひねりとか!?」


「……ああ、何度も倒してるらしいぜ」


「ええええ………」



さっきの解説は全部本当のことだ。

わたしがダンジョンの前で弁当屋をやっている理由は、ラスボスの討伐を待っているからだ。

出来れば、半年に一度は討伐して欲しいのだが、駄目な時は自分で行くことにしている。


装備はシンプル。

厨房仕事の時にも着ている、厚手だが柔らかいコットン素材の作業着に、初心者と変わらない皮防具。

武器は、いつも裏口の側に立てかけてある棍棒一本。

久しぶりの感触を確かめながら、ダンジョンに入るなりブンブンと振り回す。

風圧で小さな魔物が飛んでいった。


最下層に一番近いポイントまでワープすると、雑魚を蹴散らしながら最速・最短距離で数階分を走り降りる。

もちろん、弁当の材料になる美味しいドロップ肉は、しっかり確保。

その他の素材は、今は無視だ。


そして、ラスボスの部屋の扉を開けると、ドラゴンが口から放つ炎を飛び越えて一気に距離を縮め、眉間に一発、拳をぶち込んだ。


ドラゴンは仰向けに倒れ、天の声が十数えると挑戦者の勝利を告げた。


『お前の望みは何か?』


希望のある者は、ここでそれを告げ、なければ巨大魔石とランダムで希少な武器と防具、アクセサリー類がいくつかドロップ。

ドロップ品を回収するか、希望が叶えば、その場にワープポイントが現れ、地上に帰れるという流れだ。


わたしは高らかに希望を宣言する。


「ドラゴンと蜜月一週間!」


『……好きにしろ』


天の声は溜め息をつき、ワープポイントは現れない。


仰向けに倒れたドラゴンは、黒い靄で包まれていたが、それはゆっくりと晴れていく。

そこにいたのはドラゴンではなく、浅黒い肌に黒髪黒目の精悍な男前だ。

ただし、全裸。


「あんたッ!」


わたしは迷わず、全裸の男前に飛び付いた。

もしも相手が受け入れなければ、暴虐の痴女としか言いようが無い。


「……お、お前か? ありゃ、また手を煩わせたようだな」


幸い、相手はすんなりと、わたしを抱きとめた。


「煩わせるなんて。弱点に拳一発だもの。楽勝だよ」


「そうか。まあ、お前は俺のことを知り尽くしているから、仕方ないよな」


そう言って抱きしめて来る男前は、わたしの夫である。

ドラゴンでも人型でもカッコいいが、戦闘でノってくると前後不覚になるから要注意だ。



二十年前に発見された、このダンジョンは踏破されるまでに十年かかった。

記念すべき初踏破を果たしたのは、何を隠そう、このわたし。

当時はソロのAランクだったが、この踏破の功績でSSに昇格した。


正直、ブラックドラゴンとの戦闘は五分五分というより、ややわたしの分が悪い。

もう駄目だ、逃走のスクロールを使おうと思った時、ドラゴンが喋った。


『ちょ、お前、俺の眉間を殴れ。動かねえから』


「は?」


『いいから、いいから、早く!』


「?」


ドラゴンに逆らってもしょうがないので、言われた通り殴った。

すると、ドラゴンは仰向けに倒れ、勝利判定の天の声が……。


あんまりな状況に、自分の願いが何だったかなんて頭の中から消えてしまい、気付けば帰還のワープポイントが現れていた。



考えるのが面倒になり、ドロップ品を集めて帰ろうとすると、後ろから抱きしめられた。

どうにも人間の腕の感触だが、気配はさっきのドラゴンだ。


「ちょ、待って! しばらくここにいてくれ」


『おい、こら、何を勝手なことをしている?』


「あのさ~、いくら神様のあんたが決めた仕事だからって、こうも四六時中ラスボスじゃ飽きるっしょ。

たまには娯楽が欲しい。嫁が欲しい。休暇が欲しい!」


『ふむ、時代だな。よかろう。一週間の休暇を許す』


「おし、やった! というわけで、お前は今から俺の嫁だ!

初夜するぞ。初夜!」


「は?」


とんでもないことを言っている男の手を振り払い、その姿をじっくり確認すべく振り返る。


そこにいたのは、黒髪黒目で浅黒い肌の精悍なイケメン。

しかも全裸。筋肉の付き方がとことん好みである。

涎が出そうになって、慌てて口元を押さえた


「……しょうがないね。わたしの夫にしてやるよ」


「そうこなくちゃな!

この奥に俺の住処がある。温泉付きだから、ゆっくりイチャつこうぜ」


「望むところだ」



イチャつきながら、ドラゴンの半生を聞いた。


「俺も昔は(ワル)でよ」


悪戯が過ぎて、神様によってダンジョンのラスボスに封じられたのだという。


「罰にしちゃ、軽い方だと思うし、神様には感謝してるんだ。

福利厚生もしっかりしてるだろ? この温泉なんか、最高だし」


ラスボス部屋の後ろにあるドラゴンの住処は広く快適で、湖のように広い温泉完備。

そして、ダンジョンなので、魔素も餌もたっぷりあるのだ。


「だけど、飽きる。一人でいるとな。寂しくなっちまう。

ここまで潜って来るむくつけき野郎どもとBLなんて御免だしな。

そしたらどうだい、お前がソロでやって来た。

一瞬、女神様が迷い込んだのかと思ったね」


褒められたのは嬉しいが、そんなふうに気もそぞろだったのに、ドラゴンは強かったのだ。

少し悔しさが残る。


「俺は、ここに封じられて出られないが、時々、訪ねてきてくれないか?

ここには瘴気もあるし、ずっと一緒に住むってわけにもいかんから……

なあ、嫌か?」


精悍イケメンが、断られたら心底困る、という顔で懇願する。

叶えてやらねば女が廃る。


「いいよ」


「本当か?」


「ああ。だけど、浮気したら絶対許さないからね!」


「おお! もちろんだ。

神様を証人にして、夫婦の契りを交わそう。

俺がもし浮気したら、俺の身体を丸ごと素材として渡す。

魂も、いい魔石になるはずだ」


「……そんなもの要らないから、絶対、浮気するなよ!」


体力馬鹿の二人の夜は熱い。



それからは半年に一度、最深部を訪ねることにしている。

ラスボス討伐の報を聞けば、すぐに飛んでいく。

復活までは時間があるので、それまでゆっくり過ごせるからだ。


「神様が言うにはさ、こうして睦まじくしていれば、二十年ぐらいで、お前も瘴気が障らなくなるらしい。

そしたら、ここへ越して来いよ。

四六時中一緒なら、子作りも子育てもやれるしな」


「いやしかし、わたしの寿命とか子供の寿命とかは?」


「あ、それ大丈夫。

ドラゴンの番だからな。俺の寿命に合わせてもらった」


神様が番を許すというのは、そういうことらしい。


「それより、お前も浮気すんなよ。

番効果で、いつまでもピチピチで若いままだからな。

男どもが群がるだろう?」


SSランクになったわたしに声をかける命知らずはいないが、夫の嫉妬が心地よい。愛い奴め!


というわけで、それからはダンジョンの前で弁当屋を始めた。

材料(主に肉)は自分で狩ってくればいいし、けっこう儲かる。

すでに夫婦のわたしたちだが、ダンジョン最下層に引っ越す暁には、最高の花嫁衣装をまとって、夫に惚れ直させる予定だ。




「今日はハンバーグ弁当がお勧めだよ~!」


今日も今日とて、わたしはダンジョン前で弁当を売っていた。


「おばちゃん、お勧め弁当一つと、おにぎり十個」


「毎度!」


駆け出し君はレベルアップしたのか、弁当を注文するようになった。


「おばちゃん、聞いたよ」


「何をだい?」


「昔、恋人がラスボスにやられたんで、定期的に敵討ちの討伐してるんだって?」


「誰だい、そんなデマ吹き込んだ奴は」


声をあげて、笑ってしまった。

実は、このダンジョン、神様が直接管理しているので死人が出ない。

逃走のスクロールが無ければ、ラスボス部屋の扉が開くことも無いのだ。



『私の趣味で作ったからな。

冥界の神に、ここで死んだ魂を寄越すことならん、ときつく言い渡されたんだ』

そんなことを、以前、神様から聞いた。



「わたしは世界一男前の旦那持ちだよ。色目を使わないでおくれ」


「いやあ、おばちゃんは美人だけど、さすがにSSに声かけるほど、俺は命知らずになれない……」


「いい心がけだ。気を付けて行っといで」


「ああ、行ってくる」


けっこう真面目な駆け出し君にも、そのうち、いい子が見つかるだろう。


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― 新着の感想 ―
これ好きです(笑) でもどっちも体力ありすぎてイロイロ終わらなさそう(意味深)
2024/10/22 16:39 退会済み
管理
[一言] お弁当食べたくなっちゃいました!
2024/10/06 21:12 退会済み
管理
[良い点] 年をとらないのにおばちゃんなんだ。 ということはドラゴンと会った時からおばちゃん?
2024/09/23 20:08 退会済み
管理
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