ご遠慮申し上げます
―――ひっ、く…ヒ、…ぅうー…
何処からか泣き声が聞こえる。
子供のような泣き方だけど、その声は子供にしては低い気がした。
賑やかな宴の会場から離れた、王宮と後宮の間にある庭の片隅。
当時6歳の私が初めて足を踏み入れたにも関わらず、この広い庭で捜し人を見付けられたのは奇跡に近いだろう。
蹲って泣いているのは、どうやら青年に片足を踏み込んだくらいの年齢の少年だった。
闇に紛れることのない艶やかな黒髪の少年は、何が悲しいのかひたすらに肩を震わせて涙している。
「どうしたのですか? 何をそんなに泣いているのですか?」
突然声をかけられて驚いたのか、少年の泣き声がぴたりと止んだ。
そして振り返ったその顔は、まさにこの世の物とは思えない造形だった。
人の手でさえ造り出すことのできない完璧な美貌。
しかし一番目を引くのは、涙に濡れた瞳だろう。
不思議な色を湛える瞳が私を捉らえた瞬間、何故かその少年は再び泣き出してしまった。
自分の倍以上年上の少年に号泣され、当時まだ幼子だった私は大いに焦ったものだ。
だからだろう。
今なら絶対にあんなことはしなかったというのに、その時の私にはあれしか思い付かなかった。
シャンッ
懐から取り出した鈴を鳴らし、月夜の庭で私は舞った。
目も開かない頃に拾われて以来旅芸人の一座に身を寄せている私には、少年を慰める術がそれしかなかったと言ってもいい。
シャンッ
美しい少年の瞳から涙が止まるまで、私は精一杯舞った。
後で聞いた話しによると、彼の名前は―――…
***
「ディル・ラ・ゼザ皇帝陛下、お久しゅうございます」
あれから10年。
私達旅一座は再びこのゼザ国へとやって来ていた。
そしてその芸がお偉方の目に留まり、またこうして王宮へと呼ばれたのだ。
今私達の前にいるのは、26歳にして賢王と誉れ高いゼザ国の皇帝陛下。
まさかあの時の泣き虫がこんな立派な王様になるとは思っていなかったけど、私は純粋に再会が嬉しかった。
「久しいな、レイノ。あれから10年か」
たった一時を過ごしただけ私のことを覚えていてくれたのも嬉しかった。
だというのに、
「では座長、約束の代金だ」
「ははー!」
おい、座長。
その袋いっぱいの金貨は何だ?
「じゃあな、レイノ!」
「諦めろ、レイノ」
「なぁに、飽きたら抜け出しゃいい」
「これも経験経験」
何勝手なことばかり言ってんだ。
仲間だと、家族だと思っていた一座の奴らが次々に謁見の間を出て行く。
私を置いて。
いや、確かに最近は何処も不景気だ。
しかも戦争孤児やら何やらを次々に一座に加えたものだから、私達には明日を生きる金もなかった。
今陛下から貰った金貨があれば、5年は働かなくても食べていける。
頭では理解しているんだけど、どうも心が追いついて来ない。
私は一座の中では何でも器用に熟せるものの、煉瓦色の猫っ毛に土色の瞳、決して美形とは言えない平凡な顔立ちのおかげで花形にはなれない。
だからって、だからって…
「レイノ。お前は今をもって、後宮入りを命じる」
何も売り飛ばすことはないだろ!?
***
宮殿の奥。
そこは楽園と紛うばかりの場所だった。
白く輝かんばかりの建物は繊細な柱と艶やかな大理石で出来ていて、室内の調度品はどれも素晴らしい細工が施された一級品。
シャンデリアが目を引く居間。
天蓋付きの巨大な寝台が鎮座している寝室。
書斎の脇には侍女用の部屋。
何よりも圧巻なのはバルコニーを出た先にある、噴水が煌めく美しい庭園だ。
何でもこの部屋用の庭らしいのだが、それにしても広い。
こんな庭が各部屋についているのだろうか、この後宮というところは。
「更にこの後宮はふたつに分けられ、王子と姫、そのお母上がお住まいになられている月の宮と、この華の宮とがあり、」
居間の椅子に腰掛けた私の傍で流れるように話しながら茶を淹れているのは、侍女…ではなくて世話係兼護衛のバロウさんというらしい。
甲冑こそ身につけてはいないけど、短い茶髪に明るい笑顔が爽やかな青年だ。
年は恐らくディル陛下と同じくらいだろう。
金で私を買ったディル陛下はバロウさんに私を押し付け、自分は早々に公務に戻って行った。
何故私を買ったのかという理由も聞かされないまま後宮に連れて来られた私は、今頗る機嫌が悪い。
「バロウさん、質問があります」
「何なりと」
「第一に私は男です。この国では同性同士の婚姻は禁止されていますよね? 第二に私は旅芸人です。ここに住まう方々は皆王族の姫君ばかりですよね? 第三に私が加わる必要性を感じません。ここにはすでに皇后陛下と98人の側室、45人のお子様がいらっしゃいますよね? 最後に、これが1番重要なのですが、私には男色の気は一切ないんですよ」
表情ひとつ変えずに言い切ると、バロウさんが淹れてくれたお茶を啜る。
見掛けはいかにも肉体派だというのに、バロウさんは意外にも手先が器用なのかもしれない。
こんなに美味しいお茶は初めてだ。
「ハハッ、もちろんディル陛下も男色じゃないですよ! まぁ側室の中にはレイノ様以外にお一人だけ男性の方もいらっしゃいますが、それは例外中の例外であって夜伽はされていません。それに陛下は公平な方です。どんな小国の王族からも側室を迎え、どなたを贔屓することもなく順番に夜伽をなさっています。そしてお子をご出産なされた側室は月の宮へとお移しになられ、今後一切夜伽をお命じにはなりません。これは無用な争いを避けるための措置です。レイノ様は唯一平民の出でいらっしゃいますが、寛大で聡明なディル陛下ならきっとそのようなことはお気になさらないでしょう。今はお互いに慣れないことばかりでしょうが、いずれ時が解決しますよ」
………ん?
バロウさんの話しが本当なら、ディル陛下は世界中の国の姫を日替わりで楽しんでいる最低男ってことにならないか?
しかも子供が生まれたら用済みとばかりに転居させるなんて、私から見れば傲慢としか思えない。
ひとりいるらしい男には事情があるみたいだが、私を更に側室に加えたところを見ると…
ゲテモノが食べたくなったか、あるいは久し振りに会った私と友達になりたくて閉じ込めたか。
いやいや、最後のは有り得ないな。
「とにかく、私は理解しましたが納得はしていません。話し相手が欲しいとかなら構いませんが、夜伽は断固として拒否させてもらいます」
「えー、マジですか? あー…うーん、えーと………ま、今夜陛下が夜伽にいらっしゃるそうなので、その時にでも直談判なさってください。俺も命は惜しいんで」
コイツ…
「そんな冷めた目で見ないでくださいよ。陛下は怒らせたら本当に怖いんですから!」
怖いと言いながら完全に笑っているバロウさんを見て、物凄く気が合いそうな予感がした。
生憎私は健気でも儚げでも気弱でも臆病でも小心者でもない。
これぐらい一癖ある人間じゃなきゃ、私の傍にはいれないだろう。
「バロウさん。改めて、これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
ひとつ頭を下げれば、キラッと爽やかな笑みが返ってきた。
うん。
バロウさんの人柄に免じて、脱走は見合わせても良いような気がしてきた。
もう少しだけ付き合ってみるか。
***
夜。
バロウさんの言っていた通り、ディル陛下はやって来た。
執務を終えたその足で来たのか、謁見の間で見た時と同じ黒い詰め襟の軍服を身に纏っている。
こうして見れば、本当に美しく育ったと改めて実感する。
10年前にはまだ幼さが滲んでいたのに、今ではスラリと身長は高く伸び顔付きも美しいながらも男性的になっている。
ただひとつ、その瞳だけは昔と変わらず不思議な色合いを見せていた。
「レイノ…」
ディル陛下と入れ違いで出て行ったバロウさんが扉を閉めるのと同時に、低い声が私の名を囁いた。
「レイノ、ようやくお前をこの腕に抱ける」
寝台の傍らで突っ立っている私に向かって伸びてきた腕が、触れるか触れないかのギリギリのところで私はヒラリと避けた。
それが気に障ったのか、ディル陛下の顔が険しく歪む。
「お前、俺を拒む気か? この大陸一の大国であるゼザ国王である俺を。レイノ、お前にそんな権利はない。黙って俺に…」
「ご遠慮申し上げます」
「……何?」
「私は貴方の戯れに付き合う気などこれっぽっちもありません。後宮に100人囲っていようが、賢王の名に恥じぬ貴方の手腕は他国にいても耳にすることが出来ました。だから私はこの国に来るのを…貴方に会うのを楽しみにしていたんです。バロウさんが面白い方でしたので夜まで脱走は控えておりましたが、貴方はこの10年で随分と変わってしまわれたようですね」
10年前に出会った泣き虫な少年はちょっと頼りなく気弱な印象だったけど、それでも私の舞いを見て瞳を輝かす純粋な心の持ち主だった。
けれど今はどうだろう。
風の噂で後宮に大勢の女性を囲っているとは聞いていたものの、国王としての責務や政治的なことが絡んでいたりするのだろうと気にも留めていなかった。
それがどうだ。
まさかこんな、金で下賤の男を買うような変態に…いや、人間としての道徳が欠如した大人に育っているとは誰が想像できただろうか。
しかもどうやらこの私を抱く気らしい。
有り得ないにも程があるだろう。
その気になれば大陸一の美形を男女問わず侍らせることができ、尚且つすでに侍らせているこの男が一体何をどうとち狂ったのか。
何度も言うようだが、私は極々平凡な顔立ちをしている。
それは私が鈍いとかそういったことではなく、本当に、誰の目から見ても明らかに、単純明快に、真実私の容姿は平凡なのだ。
唯一誇るべきは、どんな文化風習の異なる国に行こうとも周囲の評価が『平凡』だったことだろうか。
不細工でもなく美しくもなく、何処に行っても普通だと言われるこの顔を私自身は誇らしく思っている。
だから卑屈になっているとかは全くなくて、ただ純粋に何故目の前の男が自分を召し抱えようとしているのか不思議でしょうがないだけだ。
刻一刻と移り変わり一時も同じ色を有していない不思議な瞳が、今は不機嫌そうに細められ私を食い殺さんばかりに見詰めている。
相変わらず綺麗な瞳だ。
様々な国へ行きそれなりに多くの宝石や美しいと称される物を目にして来たけど、やはり私はこの瞳こそが世界中のどんな物よりも美しいと思う。
ただ惜しむらくは、それを有している人間の残念な人格と趣向だろう。
まぁ、ただこうやって睨んでくるばかりで暴力や権力に訴えようとしないことだけは称賛に値するけれど。
「………変わってしまったのではない。懸命に変わろうと努力したのだ」
長い長い沈黙の後に呟かれた声は、低く不機嫌そうではあったが何処か切なさを滲ませているような気がした。
変わろうとした?
国王になるために、泣き虫な自分を変えたかったとでも言うのだろうか。
確かに今の彼は10年前よりも余程国王らしいだろう。
けれど、私が再会を果たしたかったのはこの男じゃない。
「この国を盤石なものとするため、様々な国の姫君を嫁に迎えた。どんなことがあっても世継ぎに困ることのないよう、出来る限りの子を成した。全ては国家安泰のため。延いては根無し草であるお前を繋ぎ止めておくためだ」
「………はい?」
今、何と言った?
大量の側室も、大量の子供達も、全て私のためだと?
「レイノは旅一座に身を置く者だ。様々な国を渡り歩き、様々な世界を見て回る。だから、そんなお前が永住したいと思える国を作れば、引き留められると思ったのだ」
「は、いや…確かにゼザは今まで見てきた国の中でも、ずば抜けて素晴らしい国だと思います」
私の言葉に嘘はない。
子供こそが宝だというこの国は、孤児を手厚く保護し、どんな子供にも等しく教育を受けさせチャンスを与える、稀に見るいい国だ。
こういった大国には付き物の、特権階級の腐敗も見られない。
実際には腐敗していたらしいのだが、このディル陛下が即位されてから一掃されたと聞く。
本当に有能な男だ。
若干天然が入っていることは否めないが。
「……私が聞きたいのは、何故そうまでして私をここに留め置きたいと思っておられるのかです。10年前のことに恩を感じているのであれば、それは見当違い…」
「違う! 俺は、俺は…っ」
私に贅沢な暮らしをさせることで恩を返そうとしているのなら見当違いだと窘めようとしたら、思いの外強く否定されてしまった。
いや、私の勘違いだったのなら別に構わないのだけど、今は正直それどころじゃない。
「へ、陛下…あの、何故泣いておられるのですか…?」
そう、目の前の美丈夫がハラハラと涙を流しているのだ。
銀河でも入っているのかと思うほどキラキラと光る瞳から、それは見事に涙の粒が零れ落ちていく。
大の大人が、しかも国家の頂点でもある皇帝陛下が、溢れ出す涙を拭うことすらせずに最早滂沱と言ってもいいほど泣いている。
これはアレか。
私が泣かせてしまったのか。
「…っ、何故、わかってくれない…! 俺は…10年前のあの日からずっと、ただひたすらにレイノ、お前を求めている、のに…ッ」
嗚呼、何ということだ。
答えは至極シンプルだったのだ。
私を留め置きたい理由、それは…
「愛、してい…る、レイノ…!」
涙で途切れ途切れだが、その言葉は確かに私の心にも響いた。
彼は、ディル陛下は、あの頃と何も変わってはいなかった。
変わっていたのは私の方だったのかもしれない。
「……泣き虫は、直っていなかったんですね」
私がそっと頬を拭ってやれば、透かさずその手を引き寄せ縋るように抱き付いてくる。
肩口がじんわりと濡れていく熱さに、私の頑なで理屈っぽかった心まで溶けていってしまいそうだ。
こんなにも純粋な想いを、私は知らない。
以前より逞しくなった背中を宥めるように撫でながら、私の心は次第に決まっていった。
良く良く考えれば夜の寝室で男同士が抱き合い、片方が泣きじゃくっているなんてドン引きもいいところだ。
だが確かに感じている。
胸に灯った暖かな感情を。
それに名前をつけることはまだできないけれど、私が完全に白旗を振ってしまう日はそう遠くないように思う。
今はただ、泣き止まないこの大きな子供を宥め賺すことに専念せねば。
駄々を捏ねるディル陛下の身体を引き剥がし、私はあの夜のように鈴を取り出し同じ舞いを舞った。
シャンッ
シャンッ
シャンッ
10年前よりは上達したであろう舞いが終わる頃には、貴方の涙が乾いていることを願って。
***
月の宮と華の宮の間にあるだだっ広い大広間に、全ての住人が集結している光景はまさに圧巻だ。
話には聞いていたけど皇后、側室、王子、姫、総勢145名のディル陛下の家族を実際に目の当たりにすれば開いた口が塞がらないのも仕方がない。
これだけの女性がひしめいているのだから、権力争いや陰険なイジメ、果ては暗殺を目論んだりと随分ネチネチしていることだろうと思っていたが…
「まぁっ、貴方がレイノ様?」
「何て可愛らしい方!」
「貴方の話はみんなディル陛下から聞いていますわ」
「旅をしていたのでしょう? 私の郷にも行かれまして?」
「是非舞いを見せていただきたいわ!」
「それよりもディル陛下がおっしゃっていた『運命の出会い』の真偽を確かめなくちゃ」
「あの方は貴殿のこととなるとお人が変わられますからなぁ」
「まさにベタ惚れですものね」
「お寝間の度に惚気ておりましたもの」
「妾も耳タコでごじゃります」
「あれだけ聞かされてしまえば、逆に応援したくなりますわ」
「レイノ殿、どうかわたくし達の駄目夫をよろしくお願い致します」
皆さん、仲良しですね。
これだけの人が集まっているにも関わらず、こんなにも和気藹々としているなんて有り得ない。
しかし、彼女達が嘘をついているとも思えない。
何なんだ、これは。
まさかこれも、ディル陛下の人柄によるものなのか?
ゼザに嫁いできたにも関わらず全く頓着せずに祖国の民族衣装を平然と着ている女性達、王位継承でギスギスすることもなく無邪気に笑い合う子供達。
まるで乙女のようにキャッキャと話に花を咲かせる側室に交じり、皇后陛下でさえも私に気さくだ。
「さぁ、お披露目も終わりだ。皆の者、席につけ。いい加減、俺にレイノを返せ」
そんな中、一人不機嫌…いや、拗ねているのか?
ディル陛下はむっつりと口をへの字に曲げて私の周囲へと睨みを利かせている。
この人は子供か…
「誰もあなた様から愛しのレイノ様を取りはしませんよ」
それを軽くあしらう皇后陛下も慣れたものだ。
上座に座ったディル陛下の隣に皇后陛下がいるのはわかるが、何故私はその逆隣に席を設けられているのだろう。
まだディル陛下の気持ちに応えていないはずだったのだが…
「では、食事にするぞ」
ディル陛下の言葉で、目の前のテーブルに料理が運ばれてくる。
焼き立てのパンにローストチキン。たっぷりのサラダに手間隙がかかっていそうなスープ。
デザートはカットフルーツだ。
夕食としては十分だが、王族としては実に質素と言える。
もちろん他のテーブルに運ばれている料理も同じ物。
注意してみれば、これだけの女性がいるにも関わらず香水の匂いもしないし、彼女達が着ている服も普段着で装飾品の数も目に見えて少ない。
貧しいわけではないのに質素堅実な夕食の光景は、私にとっては驚きだった。
「どうした、レイノ。これだけでは足りないのか?」
驚いている私に見当違いな心配をするディル陛下は、やっぱり天然だと思う。
「いえ、私が訪れた国々の王族は、皆一様に贅沢を好んでいたので」
「贅沢は身体に悪かろう。日々の食事はこれくらいで十分だ」
ディル陛下の言うことは尤もだが、後宮の女性の楽しみと言えば食べることと着飾ることだろう?
「ほほほ、レイノ殿はわたくし達のことを気遣ってくださっているのですね。でも心配は無用です。わたくし達は皆、籠の鳥等ではなく各々に仕事がございます。例えば学問に優れた者は子供達や女性、時には城の殿方相手に教鞭を取ったりと其々に生き甲斐を見出だしております。恐らくこの後宮は世界で最も充実したコミュニティだと自負しておりますわ」
皇后陛下が語る内容が嘘偽りないのは、女性達の誇らしげな表情を見ればわかる。
「理由はともあれ、様々な国の女性が集まってますからね。知識も教養も文化も入り乱れて、自然とより良いものが生まれています。旅などしなくても、この国はレイノ様を飽きさせることはありませんよ。どうです、お買い得でしょ、我が国は」
私の傍らに立つバロウさんが満面の笑みで自国を売り込んでくる。
搦め手でくるバロウさんは、やはり只者じゃない。
しかし、私がこの国に永住するのだとしたら、その理由は…
「ほら、レイノ。食事が冷めてしまう」
この天然陛下の他にないだろう。
後宮入り等ご遠慮申し上げたかったのだが、この人に泣かれるのは後味が悪い。
これが子供に対するような愛情なのか、友愛なのかはわからない。
けれど、
「ディル陛下、私は今しばらくここに身を置こうと思います」
「…っ、そうか!」
心底嬉しそうに笑う貴方を、確かに愛しく思う。
泣き虫で天然で趣味の悪いディル陛下。
しかし健気なその心に、私は陥落せざるを得ないのだろう。
今はただ、
貴方を泣かせることのないように…
【end】