とうりゃんせ
「どうかしたか?」
「もしかしてこれじゃない?」
とおりゃんせ とおりゃんせ
ここはどこのほそみちじゃ
てんじんさまのほそみちじゃ
ちっととおしてくだしゃんせ
ごようのないものとおしゃせぬ
このこのななつのおいわいに
おふだをおさめにまいります
いきはよいよい かえりはこわい
こわいながらもとおりゃんせ
とおりゃんせ
本の表紙を見てみると、『子供とうたう童謡』とだけ書いてあり、優しい絵ではなく、少し恐怖をあおるような色遣いをしているだけで、どちらかというと、子供向けではない。むしろ、これだけを見ると、子供の誘拐を企んでいそうな大人が読んでいそうな本だ。
「うわっ、こわっ。いわくつきの本とかじゃないよね?」
「そういうのじゃないと思うぞ。ただ、ここの本棚は、私が来た時にはすでに並んでいたし、私が持ってきた書物は客間の部屋に置いているわけだから、ここの本棚には何も手を加えていない」
「だとしたら、前の住民が置いていったものって考えたらいいのね」
「だな。だとしても、こんな本の中から見つかるとは思っていなかったな。とりあえず、そこの書いてあるものは、これで間違いなさそうだな」
「見た目の歌詞もそっくりだもんね。それに、私が持っているのは、子供から聞き取っただけのメモに過ぎないから、曖昧なところがあったのかもしれないし。……ただ、これがわかったからと言って、事件と何のかかわりになるんだろう」
まぁ、言われてみればってところだな。たしかに、この動揺で誘拐された子供たちとどんな関係があるのか。それがわからない。
だめだ。こんなところで考えていても、いろいろ考えが煮詰まるだけだ。少し外に出て凝り固まりそうな思考回路を開放してきますか。
「ムーナ。少し外に出ようか。ここで事件の話をしようとしても、凝り固まった能だとどうにもならないだろうし」
「それもそうかもね。にしても、久々にエルの部屋に入ったけど、なんか、緊張したね」
「なんでそんなに緊張する?」
「いや、だってさ。エルの部屋、私らの部屋より暗いでしょ?それが少し怖く感じちゃうんだよね。そうじゃなくても、きれいに整いすぎてるって言うのもあるかな」
「それはおまえたちが片づけないからじゃないのか?
「……それを言われちゃ、なんにも返せないけど。ただ、リーダーの部屋にはホイホイと入れないよ」
そういうものか?……まぁ、誰が来ても恥ずかしくないように整えているだけ。なにも不思議なことじゃないと思うんだけど……。
なんて思うけど、一人になってからというもの、キッシングナイトを個室に止めるために掃除をしたことがあったけど、そのときのナターシャたちの部屋の惨状を思い出す。
本当にこいつらは片付けができないよな。まぁ、住めないほどではなかったけど、少し強く言わないといけなかったなぁ。なんて思いながら、少しため息をつく。
「まぁ、どうでもいいか。あとは、この「とおりゃんせ」と事件の関連性がどうなってるかってところか」
「一応、ここでわかりそうなものはないかな。詩の出所がわかりさえすれば、いろいろ進むんじゃない?もう、これがわかれば、あとは警察の仕事じゃない?私はもうわかんないよ」
どうやら、ムーナは自分の仕事は終わったよ。と言わんばかりの表情をしている。
ただ、私としては、ものすごく気になるところでもある。ムーナには悪いが、もう少し付き合ってもらおうかな。
そんなことを思いつつ、外に出ると、街頭も何もなく真っ暗ので、街の明かりもないことから、しばらくこんなところにいると、私が今どの方角を向いているのかわからなくなる。
「夜ってこんなに暗かったっけ?私が明るいところに慣れすぎたせいもある?」
「もしかすると、その可能性もあるな。私も今ここを動けば、戻ってこられないと思う」
「エルがそこまで言うなら、本当に動かないほうがいいね」
「昔なら私も闇に眼を慣らしたら、どこにでも行けたが、もう、今の仕事をしてからというもの、最後に目を慣らしたのは、クリスマスに来た時だから、もう私も衰えているな。こういうのを感じると、老いを余計に感じてしまうよ」
「どの口が言ってんのよ。私ら同い年でしょうが」
少しだけ軽口をたたくと、思った以上に真剣な声で言い返してきたムーナ。こういうのは、ずっとレベッカがいたから、私に何か言い返してくるみたいなことはあまりなかったけど、こういう関係がいつまでも続けばいい。
私はいつまでも性格を変えるつもりはない。
もし、じわりじわり変わっているなら、レベッカたちが教えてくれるだろう。
そこは何も気にしていない。いつまでも言いたいことを言い合える関係ならば。
「それにしても、やっぱり、真夏の夜はまだまだ暑苦しいな。昔よりは涼しいと聞いているが、それでも堕落に慣らしてしまった体には堪える」
「同感。昔はこれくらいの暑さなんてへっちゃらだったのに、あんなに冷暖房の効いた部屋で仕事をしていたら、そりゃ、身体も弱くなるはずだよ。ほんと、こんな真夏に戦闘服を着ていた私たちをほめたいくらい」
戦闘服は、私たちが闇に紛れるように、暗い色を全身にまとい、できるだけ肌を隠そうとしていた。必然的に体すべてを覆うようになり、夏でも冬でもそのスタイルを変えることはなかった。