5.捕らわれてしまったスノードロップ
私たちが捕まってから数日がたった。これまで政府の役人による聴取が朝から夜まで延々とおこなわれていたが、ナターシャとムーナと結託し、何も話さず、黙り込むことを決めた。
用なしと言われ、すぐに殺されることを防ぐためだ。それに、ただで情報をこいつらに渡したくない。というのが本音かな。
そのせいか、聴取人は、何も動かない、何もしゃべらない私たちを横目に隠れて転寝をすることもあった。
その姿を見て、殺そうと思えば殺せる。
捕らわれの身だとしても私たちは一応反政府勢力に一員。魔法が一般人に聞かないことも知っていて、魔力を込めることができない武器も持っている。それなのに無防備すぎる。逆に笑えてくる。
しかし、魔力を封じ込める魔法陣があり、聴取人を殺したあと、魔法を使って逃げることができない。捕まる可能性のほうが大きい。
そんなリスクを判断して、私は今自重している。
そして今日も長い一日が始まろうとしている。
ただ、今日は何か様子がおかしい。中の兵士があわただしい。
すると、現れたのは、特殊攻撃部隊デパーチャーの奴ら。魔法を消す魔法陣があるから、魔法は使ってこないと思うが、こいつら、何が目的だ。
「貴様らに朗報だ」
前にいたリーダー、確か名前はグラシアだったか?そいつが静かに言う。
「この狭い拘置所から、いいところに移してやる。エルトゥーヤ・エディーナが来るまでの餌だ」
言い切りやがった。やっぱりすぐに殺さなかったのはそういう意味か。
「で、どこに連れて行ってくれるん?」
毒舌のナターシャが相手に物おじせず聞く。
「そうだな。戦犯収容所がお似合いだな。お前たち一人一人に独房も用意してやろう。今では罪を犯すのはお前たちだけだから、部屋が馬鹿みたいに余っているんだ。もったいないだろ?喜んでもいいんだぞ?」
相変わらず嫌な言い方をしてくる。私たちをあおってやがる。
「おれへんのは当たり前ちゃうん?全部あんたらが殺してしもうてんから。ほんで残ってんのはみんなあんたに“はい”か“イエス”しか言えへんもんね」
お願いだから、ナターシャ。これ以上やつらにケンカを吹っかけないで~。
そんな私の願いが届いたのか、珍しく喧嘩にならない。助かった。
「お前たち。こいつらを連れていけ。いうことを聞かなかったら多少の暴力は許す。逃げられるなよ」
国のリーダーがそんなことを言うか。告発したら面白いようにメディアが話を盛り上げてくれたりして。
ただ、そんなことを考える余裕もなく、目隠しをされ、耳にはふさぎたくなるようなモスキート音。手は後ろで縛られている。今にでも狂いそうだ。
ほかのことに意識を向けようとしても、すべてこのモスキート音に意識を持っていかれる。
そして、どうやって運ばれたのか、モスキート音がなくなり、目隠しも取られ、急激な光の変化に目がついていかなかったが、しばらくして噂で聞いていた戦犯収容所に閉じ込められていたことに気づく。
「あんたらはそこがお似合いだよ。せいぜい苦しみな」
そういうと、デパーチャーのやつらは去り際にこんな声を発して出ていく。
幸いなことに、やつらは馬鹿なのか、ナターシャの姿が正面に、ムーナの姿斜め前に確認できた。話すことはできそうだ。ただ、兵士に聞かれている可能性があるから、さすがに大きな声で話せない。やめておくか。
「後悔しやな。あんたらのその行動!」
ナターシャが弱い子犬のようにわめく。ただその言葉も、デパーチャーのやつらは鼻で笑うだけだった。
そして、やつらの姿が完全に消え、ガシャンと重い扉が閉まる音がした。
「よっしゃ、ほんならレベッカ、ムーナ、作戦会議や。ここからどうやって逃げ出すか」
「ちょっと、声が大きい!前の見張りに聞こえたらどうするのよ」
本当にナターシャはここでしゃべった時のリスクを考えているのだろうか。こちらがひやひやする。
「ナターシャ、どうやってここから逃げ出すのよ。こんな鉄格子、破ることなんてできないでしょ」
「そこは力業でしょ」
私の問いに答えるように、拳で鉄格子を殴りつけるナターシャ。本当に脳筋な考えだ。本当に呆れる。
それに、この鉄格子。太さも申し分ない。私の拳3つ分。それ以外にも問題は山積みだ。
この檻から脱走できたとしても、この通路の先。戦犯収容所と外を隔てる扉。噂では、30センチほどの厚さがあると聞いた。私たちの今の力じゃ、破ることはできないだろう。
「ナターシャ、悪いけど、私は反対。エルが助けに来るまでおとなしく体力と魔力を回復させたほうがいいと思う」
ムーナの目はいろんなところを見ているけど、的を得た言い分だ。私もその反応に同意する。
すると、今度はナターシャが意見してくる。
「殺されるまで時間がないって言うのに?」
そう。私たちは捕らわれの身。いつ殺されるかもわからない。ナターシャがいうこともわかる。
だけど、私たちはエルと約束した。
必ず救出してくれるって。
ただ、あの人数を相手にしてエルが救出に来てくれたとする。もちろん、無傷では済まないだろう。私たちが助けられた後は、私たちがエルを守りながらアジトまで逃げなければならない。
そうなると、ここで無駄な体力を使うことはせず、おとなしく待つほうがいい。
あくまでも個人的な考えだ。
「たぶんだけど、私たちをすぐに殺さない理由は、エルをおびき寄せる生餌として私たちを使いたいからだと思う。そうじゃないと、回復されて不利になるのは向こうだと思わない?少なくとも私はそう感じる。それでも、生かされているっていうのはそういうことなんだと思う」
ムーナが落ち着いた声で言う。ただ、対照的なのはナターシャ
「みんなまとめて殺されるって言うんか!うちは何が何でも抵抗したんで。あいつらの好き勝手に殺されてたまるか!」
ナターシャは今までの鬱憤・怒りをすべてぶつけるように鉄格子を何度も拳で殴る。
痛くないのかなって思ってしまうけど、魔法で防御を固めているだろうし、なにより、破壊しそうな勢いで殴り続けるのは、痛みよりも相当な怒りが勝っているんだと思う。
そしてムーナは、言いたいことを言いきったのか、鉄格子から少し離れていろんなところを見ている。
……何を見ているのか。
たしかに、私やエルを含めてスノードロップは何かしら外れていることもあるし、なにを考えているのかわからないときもある。しかも、その意味が分からないこともまぁ多々ある。
さらにナターシャは、まだ怒りのままに鉄格子を殴り続けている。
……まぁ、ナターシャに関しては、怒りを覚えると、全部暴力に変えて、落ち着くまでにかなりの時間がかかる。
それがナターシャの悪いところでもあり、いいところでもある。
「うぅっ……」
うめき声気が肥えたと思ったら、ムーナがいきなり膝から崩れ落ちた。何!?何が起きたの!?
「ナターシャ!」
「待って、わからん!とりあえず、テレパシーで接触してみる」
ナターシャにも突然のことでわからないみたい。だけど、ムーナが崩れ落ちたのは事実。
奴らがなにか仕掛けてきたのか?そう考えるのは不思議なことではない。ただ、なにが起きているのかわからない私とナターシャにとっては、不安と困惑が入り混じっている。
この章の最後が少し欠けておりましたので、追加しております