35.これが本当の
「ふぅ。なんとか終わった。これでこの国にも平和が訪れるかな」
「よくもうちの平和な世界を崩してくれたな」
2つのグループを諭すことに集中しすぎていて、気付かないうちに背後を取られていたのか、背後から声が聞こえて、ビックリした私は後ろを振り返ろうとする。
「おっと、それ以上動いたらその首、スパンと切れるで」
どうやら、首筋に当たっているのは刃物で間違いなさそうだ。
「ふぅ。それじゃあ、このままでいいわ。あなたは誰?デパーチャーにもスノードロップにもいなかったと思うけど」
かなり不利な状況だ。そんなことは言わなくてもわかり切っていることだけど、頭の回転を鎮めるためにも一度頭の中に浮かばせておきたい。
正直、このままでも相当怖い。18でこんな経験をすることになるとは思わなかったけど、とりあえず、今のこの状況、なんとかしたい。
「そうやね。ヒカリ。とだけうちの名前を名乗っておこうかな。まぁ、覚えていても意味ないと思うけどなぁ。それにしても、うちの平和な世界を崩してくれたなぁ」
おそらく、声は女性。ただ、それだけしかわからない。とりあえず、時間を稼いで、どうにか事態を好転させたい。
「へぇえ。私を殺すんだ。いい度胸じゃん。でも、知っているのかわからないけど、私は300
年も前の人間だよ」
「何が言いたい」
「私を殺すことによって過去の歴史が変わる。それに伴って、貴女の存在すら消えてしまう。どう?試してみる?」
また悪い癖で挑発しているけど、時期を見るためにはこうするしかない。
「ふん、面白いことを言うじゃないか。命を大事にしろって自分で言っていたのに、自分から命を差し出すなんてな。自分が言っていること、矛盾していないか?」
よし、ここがねらい目かも。もう少し油断させよう。
「そのあなたが言った矛盾の字がどっちに動くかな」
「言っていることがよくわからないな」
「もっと詳しく教えてあげようか?私が矛になって、あなたが盾になるってことだよ!」
とりあえず、滑らないために金具がついた靴を履いている。それですねのあたりを思い切り蹴って、女から離れた。
距離にして、だいたい3メートル。奇襲をかけられるとさすがに危ないけど、通常攻撃なら十分にかわせる距離だ。
それにしても硬い感覚があったな。金属か何かを入れているのか?
「アカリ!飛び降りてこい!そいつはアカリが相手できる相手じゃない!スーパーコンピューターのムーンライトだ!行動は全部読まれている。戦っても殺されるだけだぞ!」
なるほどねぇ。面白そうじゃん。それなら、なおさら戦ってみたくなるじゃん。
そう思って、懐から短剣を取り出しムーンライトと対峙して、ファイティングポーズを取る。
「やめておけ!今のムーンライトは暴走している!私たちでも太刀打ちできる相手ではない!」
クラシアが私に向かって大声を上げる。
へぇ。エルが言っていたムーンライトってこれのことなんだ。さすが、今の時代。コンピューターってこんな形にもなれるんだ。
でも、手に負えない相手か。これは政府の人にまかせるほうがいいのかもしれないけど、売ってしまった喧嘩は、買い戻して利益を得ないと。
「誰だと思ってんのよ。キッシングナイトのアカリだよ!」
「無理だ!手の内を知らないやつが相手するなんて、刺身どころではない!ミンチ、みじん切りだ!殺されたくなければ、今すぐ降りてこい!」
かなり切羽詰まった声だな。以前にもこういうことがあったのか?
そういえば、この人、国のトップなんだっけ?いうことを聞いておいた方がいいかも。
「それじゃあ、しっかりと受け止めてよ!」
言い出しっぺのエルに向かって大声で叫び、思い切り屋根からジャンプする。
まぁ、うけとめてもらえなくても、着地さえ決まれば問題ない。
それでも、エルは真に受けたのか、私をお姫様抱っこでキャッチしてくれる。
「ありがと。王子様みたいだったよ」
「戯言はあとで存分に聞いてやる」
少し照れたエルは、そっと私を降ろすと、ムーンライトのほうを見た。
それにつられて、私もムーンライトを見上げる。
「ちっ、暴走を止めるには設計図を見ないとわからないというのに。設計図は別の場所に。どうすればいい」
「誰を味方につけたと思っているのよ。史上最強の戦士、キッシングナイトだよ。任せてよ。ルナ!ユカリ!こっちに来ることできる!?」
『オッケー!すぐ行く!』
カナにアルカイックランをかけてもらったのだろうか。動きが早く、一瞬で私たちのところまで来てくれた。
「どないしたん。なんか、2グループともええ感じになってるし。仲直りしたん?」
「ごめん、それどころじゃない。ちょっと面倒な第3勢力が現れたみたい。あの屋根のところなんだけど、かなり暗くて見にくいけど、あそこに誰かいるのわかる?」
そういって、屋根の上を指さす。
「あぁ、確かにおるな。あれがどうしたん?」
「2人が言うには、スーパーコンピューターのムーンライトらしい。だから、機械兵と同じ要領で行こうかなって思っているんだけど」
「そういうことね。了解。コスモでいいの?」
「うん。それが一番効果あると思っているから」
「ほんなら、うちはサンダーバードやな」
「うん、お願い」
「よっしゃ、行こか!」
いつの間にか地上に降りてきていたムーンライトは、私たちを標的にして獲物を狙う目で見ていた。
そこに先制攻撃を仕掛けるようにユカリが飛び出し、切り付け、ルナが雷魔法でしびれさせる。
というのが、一連の流れのはずだった。だけど、2人からは「あれ?」という声しか聞こえなかった。
「ハハハ、あったま悪~。チョー笑えるんですけど~」
この声はムーンライトから。そして、ムーンライトは、上から切りかかったルナの背後を取っていた。その首筋に刃者が。
「頭が悪いんはどっちやろうか」
ルナは強がりを言っているわけではないんだろうけど、どう見ても、今のルナの体制は相当不利に見える。
それに、相手はスーパーコンピューター。情報の数が違う。
ルナは何を考えているのか。わからない。
ムーンライトの影がルナに近づいた時、青い光が夜空に放たれた。
「ナンダ!」
声が変わった?なにが起きたのか、私たちからだと死角になってわからない。
「頭が悪いんはそっちのようやね。もっかい雷耐性をつけてご主人様に作り直してもろうたら?」
そういうことか。
ルナがずっと背中を向けていたのは、技の失敗というのはあるだろうけど、それだけじゃない。サンダーバードを繰り出すにあたり、剣に溜めていた電気を戦闘服にばれないように移していたのか。
たぶんだけど、相手も金属製の刃物を持っていたことだろう。首筋に当てたときの一瞬をついて、身体を動かして戦闘服に触れさせたのか。
そうすると、電気を通さないハイネックのインナーを着ているルナは直接的に放電された電流を食らうことはない。
頭はいいけど、危なすぎる行為だ。もしかしたら、賭けたのかもしれない。
「ルナ!助かる!あとはこちらでどうにかする!ユカリとともに戻ってきてくれ!」
『オーライ!』
「カナもマリアもこっちに来て!」
なんだろう。一度全員集合させておいた方がいいと思ってしまった。こういうときの直感は当たるから、信じていいと思う。