1.スノードロップ
「エル、この状況、相当ヤバいよ」
「あぁ、わかってる。どうにかして逃げ出したいのもわかる。ただ、最悪、死ぬことも考えていてほしい」
「エル!」
わかっている。私だってこんなところで負けたくない。だけど、この状況。どう考えても相当不利。
そんな私たちには、生まれつき、魔力が宿っており、魔法を使うことができる。この魔法はどんな技を使おうが、魔法攻撃にも魔法防御にもなる。これだけを聞くと、【生まれつきの魔力=勝ち組】と思われるが、そうでもない。
魔力が宿る人間には、ありがたいことに、魔法を使わない攻撃は一切効かない。解明されていない不思議な力が受け流してくれるみたいだ。そのかわり、魔力を宿した人間が出す魔法攻撃を魔法防御しなければ、まともにダメージくらってしまう。
そして、その逆があるように、魔力が宿らなかった人間には、魔力を宿した人間の攻撃が一切効かない。そのかわり、防御しなければ、魔法を使わない攻撃をまともに受けてしまう。
どうも神様は、魔力を宿した人間を最強にしようとはしなかったみたい。せこい神様だと私は言いたいが、今はそんなところではない。
私たちスノードロップは壊滅の危機にある。過去最大の窮地といっていいだろう。
「そろそろ観念したらどうだ!スノードロップ!」
集団から外れて、少し遠くから拡声魔法で私たちに声をかけてくる女。さっさと投降しろってか。そんなことするわけねぇだろうがよ。
「誰がそんなことするかよ!言っとくけど、あたいらは殺されるまで負けたとは言わないよ!」
負けじとこちらも拡声魔法で言い返す。
「いつまで強がっていられる。お前たちの負けはすぐそこまで見えているだろう。ここでおとなしくしてくれたら私たちもありがたいんだが」
「バッカじゃねぇの。あたいらはあんたらを殺すまではいつまでも騒ぎ続けるぜ」
「いつまでそんな口が叩けるか」
そうなんだよな。今、私たちは四方八方すべて政府の兵士で逃げ道をふさがれている。おそらく、数は数百から千数百。その大群が私たちにジリジリと詰め寄ってくる。
私たちの攻撃は手が尽きかけようとしている。そんなことはわかっている。だからこそ、言い合いに負けないように声を返しながら、いい案が浮かばないか必死に作戦を頭に思い描く。
もちろん、こいつらが持っている銃、剣は私たちには無効。だが、ちらちらと見える武器を持たない兵士。魔法が使える兵士が混ざっていることを証明している。
さすがにこの中に混じっているなら、魔力は少ないものの、攻撃魔法、防御魔法の基礎的なところは使える。
飛び上がって逃げようとするのなら、格好の餌食だろうな。かといって、魔法が効く相手でもない。
……八方ふさがりか。
「おやおや。先ほどの余裕そうな顔はどこかに行ったのかい?」
ちっ、相変わらずうるさいやつめ。この兵士どもがいなければ、そのならず口を心臓が動く音とともに止めに行くのに。
煽られるな。といってももう遅いが、もう少しだけ悪あがきをしたい。あいつの言葉はもう無視だ。
「こうなれば、ナターシャ、ムーナ。最終作戦よ」
「せやね。こうなったら仕方ないわ」
「そうね。私はもう言い残すことはないわ」
私の仲間は何を言っているのだ?それに、ムーナ。言い残すことはないってどういう意味だ。私はお前たちを絶対にこの窮地から救い出す。そのために私はいろいろ考えている。
「どういう意味だ、お前たち」
そう問うと、サブリーダーのレベッカが力強く言う。
「エル、この作戦がうまくいくかどうかはあなた次第。私たちはエルがうまくいくほうに賭けている。だから、信じてほしい」
そこまで言うと、一度言葉を切り、大きく息をつく。こうされると、私までもが緊張してしまう。
「私たちが囮になる。もちろん、殺される覚悟もできている。だから、エルは一人でアジトに逃げて。アジトはまだバレていない。一度体制を立て直して、奇襲を仕掛ければ目的は達成できるはず」
「何を言う!私はお前たちと一緒に目的を達成させるぞ」
「エル。うちらな、かなり魔力使い切ってんねん。ほんまにギリギリ。正直言うて、ここから逆転できそうな技も考えもない。それやったら、リーダーで一番強いエルが体勢を立て直して、うちらを助けに来てほしい。まぁ、殺されてへんかったらの話やけどな」
「そうそう。それに、この集団から逃げ出せたとしても、近くでビーロイアが待っているかもしれない。ビーロイアの正面までは私たちもなんとか動ける。あとは気にしないで逃げてほしい。それに、私たちは憎いあいつらの焦った顔を拝めただけで十分だよ」
確かに、私たちは少し訳ありだ。だからといって、ここで満足させるわけにはいかない。何としてもあいつらの死んだ顔を拝みたい。
だけど、私が悩んでいる間にも、じわりじわりと兵士たちが詰め寄る。時間がない。ここは女を見せるときか。
「くよくよしない。エル。助けに来てよ。ナターシャ、ムーナ。時間がない。打ち合わせ通りに行くよ」
「お前たち、いつの間にそんなことを!」
「ずっと前からかな。万が一の時の対処法ってやつ?生かされることはないと思っていたけど、しょうがないよ。エル。覚悟決めて」
サブリーダーのレベッカに言われると、もうどうにもできなさそうだ。
「……わかった。心苦しいが、必ず生き残ってくれ。私も必ず助けに行く」
「エルはそう強気でなくっちゃ。じゃあ、レベッカ。打ち合わせ通り」
「うん。それじゃあ、エル。最期に聞くけど、アルカイックランはまだ使える?」
アルカイックランか?自分の身体能力を30%ほどあげるくらいなら、まだわずかに使える。そう伝えると、レベッカがさらに続ける。
「そしたら、私がファイヤーブロッサム、ナターシャがサンドストリーム、ムーナがアクアポンプで壁を作る。もちろん、中を通れるように準備する。そこから逃げたら、アジトまで逃げて」
「お前たちは」
「死ぬ覚悟はできているってさっき言ったよ。私たちも逃げたいけど、もう満身創痍だからね。逃げ切る気力も魔力も残ってない。おなしくするつもりはないけど、最後の悪あがきをするよ。だけど、絶対、私たちを救出してね」
「あぁ、約束する。すまない」
「なに謝ってんのよ。……ふぅ。ナターシャ、ムーナ、覚悟は決めたね?」
「あぁ」
「もちろん」
私たちの仲間は本当に心強い。自慢の仲間だ。ここは彼女たちの作戦に従おう。
「エル。最期に」
静かにムーナが私に声をかけてくる。
「この灯火、繋いでよ。そうじゃないと、怒るから」
どうやら、励まされているようだ。そんな彼女を含め、最後ばかりリーダーの威厳を見せるかのように「フッ、そうじゃないとやってきた意味がない」とだけ答え、少しばかり笑って見せる。
私の笑みがこぼれたのが聞こえたのか、彼女たちも笑みの声を漏らした。
「それじゃあ、エル、頼んだから」
「もう何度目だよ」
「何回も言わないと気が済まない。成功するかわからない上に、生きるか死ぬかの瀬戸際なのに、緊張しないほうが意味わかんない」
「最後までお前はお前らしいな。レベッカ」
「最後くらい私らしくさせてよ。よし、2人ともいくよ。ファイヤーブロッサム!」
「アクアポンプ!」
「サンドストリーム!」
3人の声がそろい、魔法技が生まれる。残り僅かの魔力を使って逃がそうとしてくれているんだ。ここで仲間を置いていくのは見捨てるような気がして心もとないが、私は早く逃げないと。
「みんな、すまない。アルカイックラン!」
私は、身体能力強化魔法のアルカイックランを使って、ホースのようになっているアクアポンプの内側を壁蹴りのようにして上がっていく。
地表から20メートルほどの高さまで上がっていくと、そこがムーナたちの魔力の限界なのか、それぞれの技が途切れていて、その切れ目を最後の踏み台にして蹴りだし、私たちを囲んでいた兵士たちの集団の後ろになんとか着地。
魔力切れを起こす可能性もあるが、ここは逃げ切りを図るために、アルカイックランをかけられる分すべてかけ続けよう。そして、アジトにさえ逃げ込めればまだチャンスはある。頼む。私の魔力よ。アジトの手前までなんとか続いてくれ。
そして、最後に、私が駆け上り、蹴りだした瞬間、目下に私の仲間たちの姿を一瞬だけ確認することができた。正直言うと、見たくない光景だった。
集団が私たちの仲間に襲い掛かっている。そして、遠くからは「殺すな!生け捕りにしろ!」と派手に声が聞こえる。即時、殺されることはないようでほっとした半面、アジトに逃げ込むまで政府の兵士と鉢合わすことはできない。私のほうが緊張する。ただ、今は逃げることに集中する。それが今の私にできることだ。
そして、アジトに着いた私。なんとか追いかけられず、振り切った。ただ、やはり魔力切れを起こして、動けなくなったときは焦った。とりあえず、今は仲間たちには申し訳ないが、魔力を回復させてもらい、準備が整い次第、奇襲の計画を立てよう。一刻も早く、仲間たちを救いたい。その気持ちがはやる。だからこそ、冷静な作戦がいる。今は我慢だ。