戦争が殺戮になったとき
たった一つの武器で数え切れないほどの命が一瞬にして奪われ、生き残った多くの命が終ることのない苦しみの日々へと始まった日。
私はふと部屋の暦表を見て気付く。
「今日って私の世界の8月6日だったんだ・・・・・・・」
此処は私の元いた場所から、見当も付かないほど離れた異世界。
私の居た世界と文明も文字も常識も何もかもが違う世界。
何故私が喚ばれたのかも分からず、何故私がこのような目にあっているのかも分からず、ただひたすら恐怖と不安に苛まれていた時、手を伸ばして受け入れてくれたのはこの世界の優しい人達だった。
そうして知った残酷な現実。
この世界の優しい人達は今、その信念の為に「戦争」をしていた。
最初はただ怖かった。泣くことしか出来なかった。
「戦争」など何も知らない自分がこの状況下に置かれることが。
そして、昨日まで笑顔で話していた人が、物言わぬ姿になって帰ってくることが怖かった。
けれどもどう足掻いても私が元の世界へと帰る術など存在しなくて、泣いて叫んで拒絶してもどうしようもなくて。
結局周囲に迷惑と心配をかけるだけかけて分かったのは、自分の常識と目的を変えることだった。
私はふと、自分の手を見つめた。
元の世界では絶対に許される事のない罪を犯したその手を。
「矛盾・・・してるんだけどなぁ・・・・」
悲しいのか、哀しいのか、切ないのか・・・自分自身でも推し量ることなど出来ない感情が渦巻いているのだが。
「でも、やっぱり慰霊と供養と・・・懺悔はしたいわね。」
過去はやり直すことなど出来ない。
自分で決めた道を逸れることなど許したくも無い。
けれど、同じ過ちを繰り返さないように努力することは出来るから。
*****************
「あ、いた丁度良かったわ。少し出掛けてきても構わないかしら?」
食堂から仲間と共に出てきた軍主となった義弟に向かって言った。
大好きな義姉の姿を見た途端に、軍主の顔から義弟の顔へと変わったその姿に苦笑しながら、義姉弟の会話を弾ませる。
「姉さん?別に大丈夫だけど・・・買い物なら僕が一緒に行くよ?」
「今日はちょっと違うのよ。1時間くらいで戻るわ。」
「1人で??・・・・姉さんが邪魔じゃないなら僕も一緒に行くよ!!」
「別に1人でも大丈夫な場所に行くんだけどなぁ~。それに一緒に行っても楽しくは無いわよ?」
「僕も息抜きがてら散歩したいし、姉さんが良いなら連れて行ってよ。」
「そう?なら一緒に行きましょうか。」
「じゃぁ行ってくるね。後の事は帰ってきてからね。」
「本当に大丈夫なの?・・・すいません。少しだけ出てきますね。」
軍主は一緒にいた仲間に口を挟む隙間を与えずに、義姉と話を纏めて去って行った。
その場に残された仲間は、
「軍主・・・そんなに姉ちゃん独り占めしたいのかよ・・・」
「俺等は綺麗に無視して話すすめたな・・・・」
「完全に出遅れましたね・・・」
「お2人では、危険じゃないのか???」
「「「「 護衛は必要(だな)(ですね)(だろう) 」」」」
そう勝手に解釈して急いで2人の後を着いて行った。
*****************
義弟と私は町で買った白い花をもって、城の近くにある池へと向かった。
途中急いで合流した4人も、同じように白い花を買い2人の後ろをついて行く。
池のほとりに到着した私は、その水面に花をそっと流した。
そのまま座って、両手を合わせる。
何となくその行為が「慰霊」と解ったために5人もそっと同じ行動をした。
暫くの間静かに祈っていた私が手を下ろして目を開けるのを合図に、全員がどこか緊張から解放されたような状態になった。
「姉さん、此処で誰かが亡くなったの?」
この近くでの戦闘は今のところ行われておらず、この地域はおろか元々この世界の人間ではない私に此処で命を落とした人など居るわけがないはずで。
不思議そうに首をかしげて問いかける義弟に、私は苦笑しながら口を開いた。
「いいえ、此処では私の知ってる人は亡くなってないわ。今日は私の世界で悲惨な戦争があった日なの。」
「戦争って・・・姉さんの居た世界には、戦争はないって言ってなかった?」
「今じゃないわよ。私が生まれるずっとずっと昔・・・75年以上前の話よ。この戦争が元で私の住んでいた国では戦争放棄と言う法律が出来たわ。それくらい悲惨なものだったの。」
『原爆』って言うたった1つの武器が1つの町に落とされたの。
町と言ってもそうね・・・この町、いいえ王都よりももっと大きな規模の町よ。
沢山の人や動物や植物があったわ。
そのたった1つの武器は、それを一瞬で破壊したの。
想像も付かないその殺傷力に、誰もが息を呑んだ。
「って・・・この町や王都?よりも更にデカイ町を一瞬って言っても想像つかねぇな。」
「どんな上級魔法でも、そんな破壊力は聞いた事ないな。」
「私の世界には『ソレ』が普通に存在してるのよ。」
私の脳裏に、かつての惨劇が蘇る。
直接知っているものではない。けれども目を背けたくなるようなものばかりで、見るだけで涙が溢れて止まらなかった記憶だけがある。
生々しい、そんな言葉すらも申し訳ないレベルの目を逸らしたくなるような現実を写された写真、映像、文章。そして・・生き証人達の心からの平和を望み、戦争を憎む言葉達。
世界中の何もかもが狂ってしまっていた時代。
無残に散って行った多くの命。
この世界には魔法が存在している。
その魔法の攻撃もまた、多くの命をいとも簡単に散らす事が出来るけれども、魔法を使うのはその人の意思で、よほど性格が破綻しているか倫理観が壊れてさえいなければ、戦場という特殊な場所以外での危険性はほぼ無いと言っても過言ではない。
「『原爆』はそんなに優しいものじゃなかった。戦場ですらない、本当に普通に生活をしている人達の上にたった1個落とされるだけで、一瞬で命を奪うだけじゃなくて、何とか生きていた人も一生苦しむ傷を負わされたし、その土地も長年『原爆』についてくる『放射線』の影響で長い間再生に時間が必要になったわ。」
「『原爆』を作った国は勿論、どの国も想像以上の惨劇に恐怖を覚えたわ、そしてその『原爆』被害を受けた私の国では、二度と繰り返されてはならないからって、毎年『原爆投下』された日に式典を行っているの。」
「今日は8月6日・・・私の世界で最初の『原爆』が投下された日。3日後の9日にも別の場所に2個目の『原爆』は落とされて・・・そして壊滅的なダメージを受けた6日後にようやく戦争が終ったわ。」
「私の国の最後の『戦争』は、人と人の信念がぶつかり合うものではなくて、ただの殺戮だったわ」
世界中の何もかもが狂っていた時代で。
『正しい』事を『正しい』と言えなかった、『嫌』な事を『嫌』だとも言えなかったとても悲しい時代で。
戦争なんて大嫌い。
人が人を傷つけるのなんて大嫌い。
「けど、私は『戦う』道を選んで・・・」
どんな理由であれ、何時かはこの罪を償う時が来るだろう。
それでも、自分が狂わずにちゃんと向き合って逃げなければ、自分がその手で奪った命は背負って生きて行くことが出来る。
「こんな私が、こんな行為をするのは矛盾してるって判ってるんだけど・・・」
私はこの世界で『戦う』事を決めた。
大切なモノを守るために・・・だから後悔は絶対にしないと決めた。
「私は『殺戮者』にならないように、あの光景を思い出すわ・・・」
ふと身内の戦争体験を聞いて書きたくなって書いた、以前別のサイトで公開していた物を改稿して再掲載しています。
8月6日と9日の、広島+長崎の原爆投下の日はどんなに時が経っても絶対に忘れちゃいけないと思うんです。
昔と違って、今は小学校や中学校で『原爆の日』に出校して勉強をする事がなくなってますよね。
勉強する場所が減る、経験者がいなくなる。と言う事は、記憶の風化が劇的な速度で進んでしまうんです。
小さい頃は、夏休みわざわざ登校してなんでこんな気持ち悪い残酷な映像を見せられるんだろう?とか、面倒くさいとか思っていましたが。
現在のロシアとウクライナの戦争など、世界中で記憶の風化が進んだ挙句、我欲が先行する時代になってしまっているんじゃないかと不安になります。
『二度あることは三度ある』って言葉がありますが・・・
この原爆投下だけは、絶対に三度目があっちゃダメなんです!!(握りこぶし)
私達のような『戦争』をゲームでしか知らない世代が増えているからこその危険がこの時代にはあるんじゃないかな~?
そんな事をふと思ったときに、ちょっと書いてみたくなりました。