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幻想戦線異状ナシ  作者: シュトルム3
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転移者


 連邦には防諜の為の機関が幾つかある。

 その中のひとつを構成しているのが戦史研究室第二課である。

 転移者を祖にもつ家系の監視、転移者が密接に関わっている過去の事件の調査など、主に転移者関連の業務を担当している。

 配属される前にクラウヴィッツ大佐からそういう部署であると説明を受けていたし、機密保持の誓いも立てた。しかしラーネン大尉は着任してから数ヶ月の間、書類整理などの雑務しか与えられなかった。

 初のまともな任務に緊張する大尉だったが、彼の言い方に引っ掛かりを覚えた。

 "転移者"の意味を彼女なりに解釈し、比喩表現の多い上官の言葉の真意を探ろうとする。


 「つまり…ムラル中将にスパイ容疑が?」


 「違う、文字通り、そのままの意味だ。」


 予想が外れ、困惑するラーネン大尉を前に、クラウヴィッツ大佐はさらに言葉を続ける。


 「去年の中将の解任劇、表向きは司令部からの死守命令を無視して撤退した為とされているんだが、事はまだ複雑でな、夏期攻勢作戦中に転移者として告発されていたんだ。」


 「その…転移者というものは、"異世界より転移してきた人物"という認識で間違いないですか?」


 連邦成立前の帝国時代、その最初期に構築され、今では実現不可能と言われる魔法の一つに、異世界より人間を召喚するものがあった。異世界の優れた知識と、付与される強力な魔力を持つ人間は、帝国の発展に欠かせぬものとなっていた。しかし、王国との開戦の際、国の要職に就いていた数名が転移の魔法陣を破壊し王国へと亡命。その後、他の転移者も次々と寝返ったらしい。敗戦の一因になったと言う者もいるが、終戦時の混乱で記録が失われている為、どれ程の人数がどういった形で召喚され、裏切ったのか今でも分かっていない。今では、転移者という意味はスパイ、裏切り者への蔑称として使用されることもある。


 「その通りだ。まさか、お伽噺の存在を告げられるとは思って無かっただろう?」


 大佐はそう言って自虐的な笑みを浮かべ、


 「私自身、未だに信じられない。信じられないが、命令は命令だ。軍人として従うしかない。」


 「しかし大佐、であれば中将は転移者の疑いのみで解任されたのですか?彼は書類上エルフとなっています。転移者は全て人間の筈ですが…」


 余程のことがない限り、解任などあり得ない。しかも、実在するかも分からない疑いであれば尚更である。


 「これを見てくれ、ある修道院で最近発見されたものだ。」


 そう言うと、彼は机の上に置かれていた数枚の資料と写真を彼女に手渡す。写真には、何か文字が彫られた石板のようなものが写されている。


 「石板には十三人の名が彫られていた。全て帝国時代の転移者で、十人は王国に亡命後、死亡したことが確認されている。」


 「ということは残る三人は生死不明と…?」


「その通りだ。そのうち一人の名が入った墓がムラル家の墓所で見つかったのだが、棺の中は空だった…それだけではない、代々ムラル家の家督を継いだとされる者達の墓も、空だったのだ。」


 資料には、記録上はムラル家当主は全てここに埋葬されていること、墓所を隅々まで調査したがそれらしい遺体は発見出来なかったことが報告されていた。

 

 「そしてもう一つ疑惑がある。ムラル中将が捕虜を解放しているというものだ。現地部隊の名簿にあった者が、将軍の作成した報告書から削除されている事例がある。主に高級将校や政治委員、指揮官クラスの貴族など、大物ばかりだ…。事実であれば赦しがたい背信行為である。」


 大佐は軽く首を横に振ると、ラーネン大尉へと歩み寄る。


 「転移者はその有り余る魔力を使えばある程度種族を偽ることもできるし、寿命を延ばすことも可能だ。ムラル中将が、自身の経歴を詐称し、今まで生きていたことも充分考えられる。」


 ラーネン大尉はようやく合点がいったという風な顔をしていた。自分の持つ特性が、この任務にうってつけだと理解したのだ。


 「隠蔽や認識改変といった類の魔法や魔術を見破る能力を持った人材でなければ、この任務は達成出来ない…そこで、貴官の出番となる。」


 「はっ!」


 「貴官への任務は、ムラル中将が人間だと判断したその時点で先行している捜査官に報告すること、中将が利敵行為とみなされるものを行った場合証拠を押さえること、この二つだ。」


 そこまで言うと、クラウヴィッツ大佐は彼女の肩に手を置く。彼の指輪が妖しく煌めく。


 「貴官は二課の中で最も実戦経験が豊富だ。正直に言って、かなりの危険を伴う任務だが、貴官には期待している。しっかりやってくれ。」


 それを聞き、彼女は心の中で思案する。新人に任せるにしてはかなり荷の重い任務である。おそらく、私に与えられた本当の任務は正体を見破ることのみ、その後は死を前提とした囮なのだろう。二課の一員である私が死ねば、ムラル中将にかけられた疑いは決定的なものとなる。


  「…はっ、了解しました。」


 内心、彼女はこの任務に喜んでいた。囮だろうが何だろうが、大嫌いな首都と、いけ好かない上官から離れる事が出来るのは僥倖であると思っていたのだ。


 (まあ、黙って死んでやる義理は無いがね。)


 任務についての詳細をクラウヴィッツ大佐と話しつつ、大尉は心の中でそう毒づいた。

 伊達に何度も死線を潜り抜けてきたわけでは無いのだ。ただで死んでなるものか、という反抗心にも似た感情が彼女の中にフツフツと沸き上がっていた。

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