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幻想戦線異状ナシ  作者: シュトルム3
3/17

会議室にて

 旧帝国を母体として、ノルトベルグ公国、アールヴ自治領、マルトー沿岸評議会という三つの大国と、大陸西方の中規模な諸邦、各地に点在する無数の小国や都市国家群を統合して出来た大国が"連邦"である。

 大陸の中央に広がる巨大な内海、その西端の海岸部に位置する都市は、連邦における軍事と政治の中枢として据えられていた。

 中世以来の古い石造りの城下町と、比較的新しい赤レンガの建造物が建ち並ぶ行政区、蜘蛛の巣状に張り巡らされた運河網の中心部に、無数の尖塔を纏った城塞があった。

 名をシュヴァルツ城という。

 かつて人間から"魔王城"と呼ばれ、恐れられたその城は、未だに王国側にとって脅威であった。

 勿論、戦術的な理由ではない。

 今は亡きかつての王の居城、その地下深くの強化ベトンと防郭術式で幾重にも守られた空間に、王国にとって最も恐るべき敵がいた。

 連邦構成国の軍事力を統一する為の組織。

 陸軍・海軍・空軍・義勇軍である蒼衛隊、それぞれを司る連邦の頭脳。

 四軍最高司令部。 

 その中の一室、重厚で装飾がされていない実用重視な設計の部屋で、今後の対応を定める重要な会議が開かれていた。いずれも金色の肩章と飾緒を輝かせた将官ばかりである。居並ぶ軍人達の顔色は、薄暗い地下室ということを差し引いても、一様に暗い。

 部屋の中央に、大きな戦況図が机の上に広がっており、参加者はそれを囲んでいるようだ。無数の記号の書き込みや部隊を示す駒が置かれているそれは、両軍の情勢が一目で分かるようになっていた。 

 その地図の中心、"大陸中央海"と表記された文字の下を、皆食い入る様に見つめている。

 そこには両軍共に"回廊"と呼称する特殊な地形が描かれていた。

 

 大陸の中南部、中央海と内南洋に挟まれた地峡の間に、湖がある。レウィン湖と呼ばれているその湖によって、元々狭い地峡部が更に狭まっているのだ。

 中央海とレウィン湖の幅は、最狭部でおよそ四十キロ。

 そこには岩混じりの砂漠と、点在する小規模な森林の他は遮るもののない草原が延々五百キロ以上にも渡って続いているのである。

 その場所を守備している筈の部隊は既に無く、敵を示すいくつかの駒が置かれていた。


 「総帥閣下、戦況は極めて我が方不利の状態で推移しております。」


 居並ぶ軍人達の中で唯一、元帥を示す肩章を付けた壮年のリザードマンが、やや声を震わせながら目の前に座っている小柄な人物にそう報告していた。

 リザードマンの種族的特徴である緑色の硬い皮膚は、まるで彼の心理的苦痛を表すかの様に、薄黒く変色している。


 「数日前に南部戦区の第5軍、第1装甲軍の戦線の間隙部を突破した敵の先鋒集団、推定約二十個師団は、内南洋沿岸へと進撃を続けております。また、回廊方面の戦闘で、第53軍団は壊滅的打撃を被り敗走、敵軍は確保要地であるメルターギの包囲を目論んでおります。」


 図上では、敵主力を示す幾つかの駒が戦線深くにまで食い込んでいる。"総帥"と呼ばれたゴブリンの老人は、黙って元帥の言葉に耳を傾けていたが、静かに視線を上げ、眼鏡越しに彼を睨み付ける。


 「攻撃の予測は出来なかったのか?何故これ程までに後手に回っているのだ。」


 「…北方で先月開始された敵攻勢の規模から、南部での大規模作戦は無いと判断し…」


 「無いと判断?だから、南方に展開した敵戦車部隊を囮と決めつけ、中央軍集団の装甲軍まで北方の反攻作戦に投入したというのか!」


 彼は突然立ち上がり、怒りを顕に拳を机に叩きつけた。そして脱力したように椅子へと座り込み、頭を抱える。


 「結局、作戦を認可した儂が愚かだったのだ、、、。参謀総長の危惧通りになってしまった。」


 北方での王国の攻勢は完全に行き詰まっていた。

 二倍とも、三倍とも言われる敵の戦力を、現地のドワーフからなる山岳猟兵部隊がことごとく跳ね返し、一部では反撃すら行っていた。

 そこまでは良かったのだが、司令部ではこれを敵北部軍殲滅の好機と判断し、中央の戦略予備たる七個機械化師団を投入してしまったのである。

 無論、反対意見も出たのだが、昨年夏の攻勢作戦の失敗が尾を引き、貴族院や評議会、更には軍内部まで厭戦感情が醸成されていた。ここで勝てばという思いが、首脳陣の判断を鈍らせたと言っても過言ではない。

 目先の勝利に惑わされ、軽率に主戦力という奥の手を使った参謀本部の失策であった。

 幾人かが項垂れる中、まだ若いハーフエルフの将校が総帥へと反論する。


 「閣下、我々はまだ敗れてはおりません。北部での敵攻勢を早期に解決させ、返す刀で南方に戦力を集結させれば…」


 「残念ながら、それは不可能です。」 


 氷の様に冷徹な声が、その場にいた全員の耳朶を打った。


 「何故なら、北部反攻の終結前に、メルターギが陥落する可能性が高い為です。かの都市の陥落は、南方における我が軍の敗北と同義です。戦力の集中を計るよりも、増援をメルターギへ送り時間稼ぎとし、その間に南方軍集団を撤退させるより他無いでしょう。」


 表情一つ変えず、そう言い切ったのは上級大将の階級章を付けた青年であった。魔法や魔術に長けた者が見れば、一目で分かる魔力量の多さと褐色の肌、美しい黒髪は、ダークエルフと呼ばれる種族の特徴であった。


 「シェルフェン参謀総長、何故そう断言できるのです?確かに回廊方面の戦況はかなり悪いですが、戦力的に見ておそらく助攻です。主攻が第一装甲軍の包囲を狙っている以上、敵が難攻不落で名の知れたメルターギの攻略を強行するとは思えませんが?」


 強気で反論するその将校を尻目に、シェルフェンと呼ばれた参謀総長は総帥へと近づき、図上のメルターギへと手をかざす。


 「もしこの都市が陥落すれば、我々は戦略、作戦、戦術の全てで不利な状況となるでしょう。回廊方面の攻撃は助攻ではなく主攻、最悪の場合、一個軍集団を丸々失うことになるでしょう。」


 その発言を聞いた総帥が驚愕で目を見開く。半開きとなった口から辛うじて"続けたまえ"と消え入りそうな言葉が紡がれる。


 「まず、回廊部の攻撃が主攻である理由は幾つか考えられます。第一にその規模、現在確認されている敵部隊は総数およそ三十個師団、回廊へはそのうち十個師団以上が投入されています。助攻の場合、この戦力は明らかに過剰です。また、空中偵察でも、回廊部後方にかなり大規模な補給段列と航空支援、野戦重砲の展開が確認されています。恐らく、鉄道も、輸送に使用出来そうな港も数えるほどしかない回廊では、補給の観点からこの規模が限界であったのでは無いかと考えられます。」


 そう言いながら戦況図の上にコツコツと駒を置く。指揮棒を手に取るとレウィン湖北部から西岸周辺をなぞるように南へと指し示す。


 「メルターギには飛行艦隊の停泊できる空港、湖最大の港湾施設、更に大陸中央海とレウィン湖を結ぶ運河、大規模な鉄道操車場もあるのです。ここを補給拠点として戦力を更に集中、南へ向け旋回すればレウィン湖と内南洋の間の地峡すら遮断する事が可能です。そうなった場合、現在包囲の危機にある第一装甲軍だけではなく、南方軍集団を失うこととなるでしょう。また、メルターギの北方には中央海艦隊の本拠地があるウォスレジェ、西方には南方軍集団の命綱であるウォトヴルク集積所があります。この二都市はメルターギから半径二百キロ以内にあり、どちらも敵の攻撃目標となり得ます。」


 そして、最後にレウィン湖の西方地帯に手を置く。そこには、一つの駒も置かれていなかった。


 「回廊を越えれば防衛に有利な地形的障害が何もありません。勢いに乗った敵軍が、我等の食糧庫たる穀倉地帯になだれ込んで来るでしょう。そうならぬ様、南方軍集団を撤退させるのです。戦力さえ残っておれば、如何様にも立て直す機会はあります…ご決断を、総帥閣下。」


 ここまでを一息に言い終えると、姿勢を正し総帥の答えを待つ。

 誰も口を開く者はいない。ただ黙ってこの部屋の主を見つめるだけだ。耳の痛くなる静寂が辺りを包み込む。


 「―――――閣下、」


 沈黙を破ったのは、最初に発言した元帥であった。


 「撤退のご許可を…既に問題は南部戦区を保持出来るか否かでは無く、総帥閣下が一個軍集団を失う事を欲するか否かという事なのです。」


 ―――――――長い沈黙の後、総帥が大きな溜め息をつき、よろめきながら立ち上がる。


 「…南方軍集団を撤退させよ。敵に包囲される前に戦線を引き直す…メルターギには可能な限りの全ての部隊を投入し……死守せよ。」


 撤退の選択は、多くの将軍がこれまで幾度となく提案し、その度総帥が拒絶していたものであった。巨大な突出部、薄く広がる戦線、貧弱な補給線…。敵にとってはこれ以上無いほどの大きな獲物であったが、ここにきてようやく総帥は自らの過ちを認めたのである。


 「しかし、南方には魔鉱石の産地が集中しております。それをみすみす放棄するというのは…」


 室内唯一の女性であるスーツ姿のラミアが反対意見を述べるが、居並ぶ将軍達の鋭い眼光で睨まれ途中で口をつむぐ。  


 「―――魔鉱石産地を失うことは大きな痛手だ。しかし、全てを守ろうとするものは全て失う。今は魔鉱石よりも、百万の将兵が私にとっては必要なものなのだ。」


 総帥の口から零れた言葉はその弱々しい姿とは裏腹に力強く、強い意志が感じられた。


 「参謀総長、あとを頼む。」 


 彼の後を次ぐようにシェルフェン参謀総長が話を切り出す。


 「では撤退作戦の準備を各部署に伝達。かねてよりの計画通りに…それと閣下、一つお願いが」


 憔悴した面持ちで部屋を退出しようとする総帥を、参謀総長が呼び止める。


 「メルターギの軍管区司令官を、都市防衛の責任者にして頂きたい。」


 「…誰の事だ?」


 「カール・フォン・ムラル、この状況下で防衛戦を行うのであれば、あの者が適役かと」


 総帥は顔をゆっくりと上げ、彼を見つめる。鉄仮面とも、氷像とも称されている参謀総長の顔が僅かに変化した。


 「"あの"ムラルをか?しかしあいつは…」


 「他に手はありません。」


 彼は意外そうな表情を見せる総帥に対しそう言い切ると、自嘲とも、苦笑ともとれる笑みを微かに浮かべた。


 「火消し屋の本領発揮ですよ。」

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