終わりの始まり
「偉大なる先祖達はこの地で幾度も勇敢に戦ってきた!」
朝霧で覆われた草原に、一両の戦車が鎮座している。露に濡れたその車体は深い緑一色で塗装され、前面のみ傾斜した独特の形状となっている。砲塔部は若干の丸みを帯びており、長い砲身と機関銃の銃口が外側へと飛び出していた。
周りには数人の兵士が膝をつき、頭を垂れて演説に耳を傾けている。遠雷のような音が常時響いていたが、気にする者は誰も居ない。
「しかし、その度に憎き亜人共の卑劣な計略により敗北し、遂にこの地を突破する事は出来なかった。敵をして、この地では我らが無敵なり、と言わしめていたのだ!」
その戦車の上部ハッチから身を乗り出す一人の女性がいた。歳は二十前に見える。透き通るような銀髪と、身に付けたプレートアーマーが印象的な娘である。まるで中世の騎士が戦車に跨がっているように見えるその姿は、端から見ればかなり滑稽な光景だった。しかし、彼女は使命感と、若干の自己陶酔が含まれた声色で周りの兵士に語りかける。
「しかし、それも過去の話だ。今日この日、我々はこの地で勝利する。」
一帯を覆っていた霧が少しずつ晴れていき、今まで見えなかった多数の戦車や装甲車、兵士達が姿を現した。既に展開は終えているようで、後は突撃の号令を待つだけである。
「この戦いが、奴らの敗北の始まりだと教えてやるのだ!我々が神の代理人として、連中をこの地より一掃するのだ!」
地響きのような喚声と共に、兵士達が一斉に立ち上がる。魔術で増幅された声は、全ての者に届いていたようだ。手にした小銃や機関銃を高く掲げ、高揚した表情で叫ぶ。
「人類に勝利を!王国に栄光を!聖女様万歳!勇者様万歳!」
万歳の声が一帯を包むなか、彼女は腰に佩いた華麗な装飾の剣を抜き、前方を指す。魔力の含まれた声が、再び草原地帯に響きわたる。
「全軍突撃せよ!」
同時刻、連邦軍防衛線
第53軍団に所属する第37歩兵師団、通称"獣人第7"の大隊が防衛している陣地は、激しい砲撃に晒されていた。芸術的に配置された重機関銃も、敵戦車を一撃で葬る事の出来る対戦車砲も、砲撃下ではどうすることも出来ない。兵士達が半ば祈るように塹壕内で蹲るなか、前線やや後方にあった大隊本部は恐慌状態であった。
「敵の砲撃が移動弾幕射撃に移行しました!」
「敵が来るぞ!大隊長は?!」
「戦死されました!連隊本部との通信も途絶!」
本部付きの将校や兵士達が何とか状況を把握し、立て直そうと走り回るなか、通信機器の前に座った兵士は微動だにしなかった。大型の犬人のようで、大きく垂れた耳に専用の受信機を装着している。
魔導通信は妨害魔法で使用出来ず、有線電話も砲撃により途絶した現状では、連隊本部への伝令と、敵の通信を傍受する位しか通信兵に出来ることはない。
「何が"聖女"だ、何が"勇者"だ。魔女か、悪魔の間違いだろう。」
敵の魔導通信を盗聴していた犬人の兵士が顔を歪め、吐き捨てるようにそう呟く。
「侵略者どもが」
次の瞬間、王国軍の野戦重砲の放った榴弾が本部壕を直撃した。
3日後、第五三軍団に所属する三個師団は、双方の戦況図から姿を消した。




