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幻想戦線異状ナシ  作者: シュトルム3
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苦境

 会議が終わって数十分後、ムラル中将、ロスバルク大佐とラーネン大尉は列車に揺られつつ、司令部のある楼門へ戻っていた。

 列車と言っても、城塞地下に張り巡らされた坑道内を走る、トロッコに毛が生えた程度の貧弱なものである。客車などという贅沢な車両はなく、無蓋貨車に椅子として適当な荷箱を放り込んだだけの代物であり、ラーネン大尉が乗れば半分埋まるほどの広さしかない。慣れていないものにとっては、騒音と揺れ、そして魔力の混じった機械油の匂いは、好ましいものでは無かった。


 「本当に、中将は転移者だと思うか?」


 ふと、ロスバルク大佐がラーネン大尉へそう問いかけた。車内は大佐と大尉の二人だけであり、ムラル中将は弾薬を満載した車両を五両挟んで前方にいる為、この会話が聴かれることはない。


 「…変異魔法則に則れば、中将はシロだと、思いますが…」


 大尉はチラリと先頭車両の方へ目線を向けた。


 「視力・聴力・嗅覚等の感覚器官、或いは老いを遅らせたり、寿命を延ばしたりなど、基本的に変異魔法は"中身を良くする"魔法です。勿論、自然法則に逆らうものですから、難易度もかなり高いです。身体の構造を変えることも出来ますが、耳をエルフに、ぐらいの小さなものがせいぜいだと思います。」

 

 ロスバルク大佐はふむ、と頷くと、顎に右手を当てる。


 「だが不可能では無いのだろう?かつてはそういった変身事例―――例えば、エルフがドラゴンに、といった伝承があったと聞いているが…」


 「ある一定の要件を満たした時にのみ、特殊な変身が成功する可能性がある、といった程度のものです。例えば、魔力飽和量の多い満月の夜にのみ狼人(ヴェアウォルフ)になれる、ぐらいかと。伝承は所詮伝承です。事実ではありません。」


 そう口では言いつつも、"ではムラル中将の正体は何なのか"といった疑問がラーネン大尉の頭から離れなかった。

 変身では無いとしたら元からあの姿、ということになる。ダンジョンに生息しているオオムカデが知性を獲得したとは考え難い。そもそも口腔内の構造的に発声出来ない筈だ。むしろ呪いや封印に近い何かかもしれないが、それではあの魔力量の多さと周囲を欺瞞出来るほどの魔法の質の高さが説明出来ない。

 

 「古代魔法の類いか。」


 半ば独り言のようにロスバルク大佐は呟いた。

 今では禁忌とされている古代魔法。

 各地に残る言い伝えから、数百年前の敗戦で失伝してしまったそれらの中に、変身に関するものが無かったとは思えない。


 「しかし、証明できません。」


 突然、二人の身体に急制動がかかる。

 耳障りな甲高いブレーキ音と、貨車が軋む激しい振動とともに、列車が完全に停止した。


 「どちらにせよ、中将には既に勘づかれている。急ぐ必要もあるまい…。一旦、スパイごっこはやめにするか。」


 自虐的な笑みを浮かべたロスバルク大佐がこちらを向く。


 「さて、本業の時間だ。」

 





 「本当に例の案を採用されるおつもりですか?」


 薄暗く湿気の多い地下司令部に、若干の狼狽を含んだ声が響いた。

 第一〇七装甲師団、作戦参謀のリーバ少佐である。


 「君が考えた素晴らしい作戦じゃないか。」


 「自分で言うのもなんですが、正気の沙汰ではありません…この情勢で攻勢とは。」


 目前の机上には、幾つかの作戦案が並べられている。

 ロスバルク大佐はそれらにざっと目を通す。

 ①戦線の縮小を行い、防衛に徹する

 ②側背の突出部への部分的な攻勢

 ③全面撤退、メルターギの完全放棄

 ④敵補給線の遮断と反転攻勢

 ①はもっとも現実的な案だ。メルターギ外周の戦線はお世辞にも整理されているとは言い難いし、戦力の予備も捻出可能だ。

 ②案は若干理論的過ぎるきらいがあるが、これもなくはない。成功すれば戦線短縮は勿論、後方連絡線の安全も確保出来るが、ただでさえ少ない機動予備を徒に消費してしまう危険性がある。

 ③が出来れば苦労しない。優勢な敵の追撃を避けつつの撤退は至難の技だが、後方の第十五軍と合流出来れば戦力的に互角にはなる。しかし、死守命令違反である。

 問題は④である。

 北東戦線からの突破と海兵隊による敵後方への上陸により、東正面の敵の包囲殲滅と補給線の遮断を狙う、というものだ。

 成功すれば、敵はメルターギの攻略はおろか、戦線の維持さえ難しくなるだろう。



 野心的というよりも、むしろ無茶、無謀、リーバ少佐の"正気の沙汰ではない"という言がもっとも当てはまる作戦と言えるだろう。


 「この作戦案は彼我の戦力差がないという前提です。さすがに二倍以上の敵相手では…。」


 「私が独断で決めた訳ではない。ロスバルク大佐も賛成している。そして、君はひとつ勘違いをしておる。」


 中将は足早に戦況図へと歩み寄ると、その地図の中央にバン!と手を置いた。


 「我々は、圧倒的多数の敵ではなく、"同規模の、連携が取れていない複数の敵"と対峙しているのだ…。見たまえ。」


 何処からか万年筆を取り出すと、やや癖のある筆記体で目前の地図へ書き込み始める。


 「回廊部、最も押し込んで来ているコイツらは"イレーネ聖女旅団"、歩兵師団を挟んで空港前面は近衛騎兵師団が二個、新市街に浸透を試みている連中は自動車化歩兵師団と歩兵師団がそれぞれ一個づつ、東部正面は歩兵師団が二個、後方に義勇戦車師団が一個、他の歩兵師団はメルターギの北で第十五軍と対峙している…何か分かるかね?」


 まるで教師のような口振りで三人の顔を見回す。

 

 「先鋒が王国軍主力ではありませんな。」

 

 顎を撫でつつロスバルク大佐がそう発言した。

 イレーネ聖女旅団はかつての勇者パーティーの一人、僧侶イレーネをその名に冠する教会僧兵によって構成された部隊である。近衛騎兵師団は王室警護の騎士団が祖で、義勇兵は商会(ギルド)での冒険者雇用の制度をそのまま受け継いだ傭兵部隊だ。 

 連邦軍が多様な種族の集まりであるのと同じ様に、一口に王国軍と言っても、実際は一枚岩ではない。


 「しかし、それだけで連携が取れていないとするのは尚早では?」  


 「指揮系統が統一化されているのであれば、この城はとっくに陥落()ちているさ…。敵側の視点に立って考えてみたまえ。」


 先程の書き込みを中将が指差す。


 「装甲師団は三個半から四個、自動車化師団は五個だ。この戦力であれば、回廊部の切断なぞ容易いだろうに、実際には旅団規模の攻撃のみで後は後方に纏まりなく散開している…。そもそもこの戦力差での第五三軍団の撤退成功は奇跡と言ってもいい。」

  

 コンコンと、図上の"聖女旅団"の位置を拳で叩く。


 「要は戦力集結を待たずにイレーネ旅団の連中が先走った訳だ。だから第五三軍団を取り逃し、挽回として単体で連絡線を遮断しようとしたのだろう。どいつもこいつも自分の手柄を第一に考える奴等ということだ。」

 

 「だから各個撃破出来ると?それは希望的観測か、根拠のない勘と言わざるをえませんが…。」


 「連中とはもう数十年付き合っておるんだ。勘というより、経験則に近い…。まあ見ておれ。」


 明日の攻撃も協調性を欠いたものになる。とムラル中将は自信満々に言い切った。

 その予言は見事に当たることになる。




現在の戦力

西部

回廊部:第五三軍団支隊

飛行場:空軍野戦連隊(臨時編成)

港湾部:海軍砲兵隊(沿岸砲六門/軽対空砲多数)

西側予備:第一〇七装甲師団(戦闘団"ベーア")

東部

新市街:第二義勇兵旅団"エルフェンラントⅡ"

東部城壁:第五保安師団、メルターギ警察大隊

東側予備:戦闘団"ジュート"(第七騎兵師団)


増援(到着済)

第七八突撃猟兵師団(一個連隊、一個砲兵大隊)、第一海兵旅団、シュヴェルツェン教導砲兵連隊、シュヴェルツェン教導突撃砲大隊

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