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幻想戦線異状ナシ  作者: シュトルム3
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作戦会議


 会議の参加者が司令部に対する思いを―――殆どが無理解な参謀部への愚痴と罵詈雑言の類いであったが―――それぞれの形で発露し尽くすのを見計らい、ムラル中将が口を開いた。


 「正直なところ、このまま撤退せよ、とならぬのは各々理解していたとは思う。我々の上官は、無理強いが得意な御方であるからな。その上で、今後どうするかを決定しなければならない。」


 ちらり、とロスバルク大佐に目配せをする。大佐は軽く頷くと、机上の書類を何枚か手に取った。


 「敵兵力は装甲師団三若しくは四、自動車化師団五、歩兵師団三、その他合計十二、三コ師団規模と見積もられます。対する我が方は諸師団合わせて七コ、増援含め九コ師団規模と、防衛戦力としては十分だと帝都(シュヴェルツェン)は判断したのでしょうな。」


 幾人かの口から渇いた失笑が漏れた。


 「連中、敗け続きでなかなかおめでたい頭になったようだ。それだけあれば、我々はここまで苦労しておらんでしょうに。」


 ラガス中佐の毒舌が、皆の心中を代弁していた。

 敗け続きの敗残兵、編成途上の訓練部隊、空軍の整備兵を集めた素人連隊…それらが戦力として十分に活用し得ると考えることは、よほどの楽観主義者にしか出来ない芸当と思えた。


 「各部隊の状況を、今一度確認しておこう。」


ムラル中将が立ち上がり、机上の戦況図へと左手を伸ばす。空いた右手には、兵科と部隊規模を示す駒が握られていた。

 僅かな沈黙の後、では…と一人の将官が口を開いた。ムラル中将から見て右手側の最も近い位置に座っていた獣人の将…バルザーヤ少将である。犬人としては長身なその軍人は、誇り高い(または、血筋を殊更に強調する厄介な)貴族として有名であったが、今では見る影もないほどにやつれ、虚勢をはる余裕もないようだ。かつては整毛剤で入念に手入れされていたであろう真っ白な毛並みは戦塵によって薄汚れ、顔の半分は血が滲んだ包帯で覆われていた。


 「第五三軍団残余は、我が第三七歩兵師団を中核に五三軍団支隊としてメルターギ~第十五軍の戦線までの鉄道線防衛に従事しております…。書類上は三個師団ですが、実際は一個師団規模もありません。」


 少将が口を閉じ、隣に座っている小柄な人物、戦車部隊のベーア中佐へと目を向ける。視線に気付いた中佐は椅子の上に立ち上がり、説明を引き継ぐ。


「回廊部の防衛は、五三軍団支隊と、我が戦闘団によって辛うじて維持されております。戦闘団の戦力は稼働戦車は一個中隊弱といったところかと。非稼働かき集めりゃ大隊ぐらいはあります。砲兵、偵察も似たり寄ったりで、残りは歩兵二個中隊、総数多めに見積もって実質二個大隊弱ぐらいですな。」


 メルターギ唯一の装甲師団がこの有り様では、満足な機動防御すら行えない。

 回廊部の前線も最終防衛線まで下がっているこの状況は、こちら側にとって圧倒的に不利だが…


 「フム…北部防衛線はどうかね?」


 ムラル中将の表情に危機感はなく、むしろ笑みを浮かべている。ロスバルク大佐は中将とは正反対に、眉間に出来た深い皺を揉みつつ戦況図を睨み付けていた。


 「北部は現在、我が"エルフェンラント"旅団が新市街を中心に防衛線を引いております。こちらは安定しておりますな。まあ、軟弱な人間軍の二個師団程度であれば、十分に跳ね返してご覧にいれますよ。」


 戦列歩兵時代からの叩き上げで、前線勤務を離れたくないが為に昇進を固辞し続けているという噂すらあるラガス中佐の言葉には妙な説得感があった。過去に経験した数多の戦に比べればどうということはない、と考えているようである。

 実際、北部は迷路の様な市街地と地下水路が合わさった強度の高い陣地線となっており、これに点在する石積の頑丈な邸宅を防衛拠点として活用している。敵が突破するにはかなりの時間を要することだろう。

 

 「では最後に東部の状況を教えてもらおうか。」


 第七騎兵師団のジュート大佐が第五保安師団のザッシュ少将へと顔を向ける。視線に気付いた少将がひとつ頷き、軽く手を挙げて立ち上がった。


 「東部防衛線は、第五保安師団を中核に第七騎兵師団を予備として展開しております。かつての城壁と堀を陣地化してあるので、少々の攻撃では突破されることはないですが、砲兵火力が不足しておりますな。欲を言えば、重砲の一個連隊程は貰いたいところです。」


 師団と名称がついてはいるが、その実態は軽装の警備兵四個大隊といったところで、対戦車砲もなければ迫撃砲すら十分になく、騎兵師団から抽出した重装備中隊のお陰で何とかなっているのが現状であった。

 

 「ふはは、それは欲を出しすぎだな少将。だがそうだな…増援の砲兵連隊の内から一個大隊を手配しておこう。今はそれで我慢してくれ。」


 愉快そうに笑うムラル中将に対して、数人が顔を見合せる。


 「その、"増援"とやらはいかほどで?」


 「確かに、どの部隊も余裕があるわけではありません。貰えるものは貰いたいところですな。」


 「少なくとも一個師団程度はあるのでしょう?どちらに配置されるおつもりですか?」


 (さて…中将はどうするつもりだ…?)


 ラガス中佐は無表情のまま薄く、静かに息を吐いた。

 この会議の場でこれを言ってしまっては"こちらも欲しい"となることは予見出来た筈である。どこかに少量でも送れば贔屓とみなされ、増援をもらえなかった部隊は司令官への不信感を募らせる。上手いこと言わねば納得させることは出来ないだろうが…。


 「すまんな、ザッシュ少将の隊は次期攻勢において金床の役目を担ってもらうつもりなのだ。皆には悪いが、我慢して欲しい。」


 ……?


 そこにいる殆どの参加者が、その発言を理解し、咀嚼するまでに数秒の時間を有した。

 攻勢…?攻勢だと……!?


 「これを伝える為に、皆に集まってもらったのだ。」


 各指揮官の顔を見渡し、まるでイタズラを提案する子供のような笑顔でこう言い放つ。


 「勝っていると思っている連中のケツを、ひとつ、蹴り飛ばしてやろうじゃないか。」

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