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幻想戦線異状ナシ  作者: シュトルム3
13/17

古き楼門


 飛行場に降り立ってから数十分後、私とロスバルク大佐はメルターギ城塞の西にある楼門(ゲートハウス)の前にいた。軍司令部がそこに置かれていると聞いたからである。

 王国の占領統治時代に造られ、騎士団本部が置かれていたというその建物は、数百年たった現在でも防衛施設としての役割を失っていないように見えた。中央にそびえ立つ二本の主塔は周囲よりも少し小高い丘の上に建っており、どちらにも多数の矢狭間と戦闘用の回廊が備えられている。その間にある城門は二重の落とし格子があり、前面には深い空堀と頑丈な跳ね橋というなかなかの重防御だ。左右の城壁に備えられている半円形の側防塔は、要である主塔の死角をカバーするように建てられていた。

 塔の上部には一部を切り取って中口径の対空砲や通信用の鉄塔が据えられ、幾つかの矢狭間も銃眼に改造されている。中世の面影を残す歴史的建造物は、周囲を鉄条網と塹壕で強化された小要塞となっていた。

 

 「何故貴官はこの任務に選ばれたのかね?」


 案内を頼んだ騎兵―――無口なケンタウロス―――を先頭に立派な城門へと向かっている最中、不意にロスバルク大佐がそう尋ねてきた。

 さて、どう返答したものか、と心の中で呟く。

 彼が害意を持っていないのは分かっているし、飛行艦での一件で任務内容も知られている。しかし、手のうちを全て明かす必要も無いだろう。


 「…いえ、戦場上がりの元工兵で、多少、魔法の目利きができる、といったことくらいですかね…。正直、捨て駒だと自分でも考えておりました。」


 「…魔法の目利きか…そうか…。」


 私の言葉を疑っている、という感じでは無い。

 実際、嘘はついていないのだ。

 道路上のちょっとした違和感、廃墟から感じる気配、塹壕内に残った魔力の残滓…それら全てが偽装された罠か、隠れた敵兵士の存在を示していると気がついたのは私が十四歳、義勇兵として戦地に送られたちょうどその頃からだった。

 自分の為、仲間の為にとその感覚を研ぎ澄ましていった結果、大抵の隠蔽・偽装・認識改変等の術式を見破る能力を身につけることができたのである。ただ、人の心の内(つまり…隠してあるもの)まで"分かって"しまう様になったのは完全な弊害だった。

 そんなことを考えていると、突然大佐は立ち止まり、振り返って私の眼をじっと見つめてきた。目線の高さはほぼ同じなので自然にそうなったというべきか、わけも分からずに黙って見返すなか、彼の口が静かに開く。


 「突然だが、私の顔の特徴を言ってはくれないか…?貴官が見える範囲でいい。」


 「……???はい、銀縁の眼鏡と、金色の瞳、左頬の古傷…あとは…」


 「ふむ、そうか……。分かった。」


 大佐はたてがみで覆われた顎に手を当て、何事かを考えているようだった。


 「…中将に会う前に、注意してほしいことがあるのだが。」


 「はい。」


 「ムラル中将は……身体にちょっとした特徴がある。本人はそれを気にしているから隠しているのだが、魔法の目利きが出来る君には視えてしまうかもしれない……。もし何か視えてしまっても、動揺しないで欲しい。」


 「…分かりました。そのように心掛けます。」


 私の返事を聞くと一つ頷き、また歩きだした。

 意図の読めない質問と、やけに歯切れの悪い大佐の言葉に疑問を抱きつつ城門をくぐり内部へと入る。

 多数の殺人孔(石落し)が天井に備えてある通路を過ぎると、正面に城壁が見えた。右には正面と同規模の城門が、左には楼門本館への入口らしき鉄で補強された大きな扉があった。その前には番兵が二人配置されており、今しがた内部から出てきた通信士官と思しき少尉と会話をしていた。ロスバルク大佐は迷うこと無くその士官へと近づいていく。


 「帝都より派遣されたフリッツ・ロスバルク大佐だ。着任の挨拶をしたい、ムラル中将は何処に居られる?」


 「はっ!現在、本館三階にて執務中であります!」


 「分かった。ありがとう。」


 大佐はその士官に一言礼を言うと、こちらへと向き直る。


 「案内ありがとう。もう大丈夫だ…。ラーネン大尉、すまないが私が呼ぶまで待ってもらえるかね?なに、そんなにはかからん。」


 「了解です。」


 案内役として彼の後方で待機していたケンタウロスは、無言でサッと敬礼をして去っていく。仲間と認めない者には無愛想、という種族らしい行動だったが、ロスバルク大佐は対して気にしていないようだ。私の肩を軽く叩くと、そのまま塔の入口へと歩いていき、やがて見えなくなった。

   

 「さて、待てと言われたが…。」


 私は大佐が入っていった主塔と、眼前の城壁とを見比べる。数世紀前に造られた建物は、私の知的好奇心を大いに刺激した。これほどの古さながら、手を加えれば現代戦でも有効な拠点となりうる見事な造りと、要所要所にかけられている各種の強化系術式の巧みさに感動したのである。

 城壁の内側はどうなっているのだろうかと、確認出来そうな場所が無いか周囲を見渡す。

 幸いなことに、主塔の出入り口近くに弩砲(バリスタ)用らしき大きめの矢狭間があった。広くは無いが、景色を見ることくらいは出来そうだ。それに、ここであれば大佐に呼ばれてもすぐに行けるだろう。そう判断し、その場所へと向かう。

 手に持っていた行李を脇に置くと、矢狭間に身を乗り出すようにして隙間から頭を覗かせる。

 城壁の外側は小さな渓谷となっていた。深さは十数メートルといったところで、石製の橋が両岸を繋いでいる。対岸の崖の上には城壁らしきものは無く、畑の向こう側に民家が建ち並ぶ旧市街地が広がっており、朝靄の向こうには丘にそびえ立つ背の高い天守(キープ)の影が薄っすらと浮かび上がっていた。

 一見すると何の変哲もないその景色は、工兵として見ると強烈な違和感を覚えるものだった。

 なぜ内側に谷があるのだろうか?

 空堀よりも遥かに効果的な地形的障害を内部に組み込んでいる。

 この楼門は防御施設としては完璧な造りである。しかし、地形の利用を一切考慮していないかのような立地は、なんともちぐはぐに見えた。

 首を傾げるも合理的な答えは出てこない。

 その時、背後から鉄が擦れる甲高い音が聞こえてきた。誰かが主塔の扉を開けたのだ。振り返ると、大佐がこちらに手招きをしているのが見えた。

 

 「はい、すぐに行きます。」


 まあ、考えても仕方のないことだ、と心の中で呟く。大体、数百年経っているのだ、大きな地震か何かで出来た亀裂かもしれない。

 そう判断すると、荷物を抱え大佐の元へと急ぐ。

 結局、小さく湧いた疑問は頭の片隅に追いやられ、その後暫く思い出すことは無かった。

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