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幻想戦線異状ナシ  作者: シュトルム3
11/17

交戦


 時は少し遡る。


 王国軍の戦線突破の報を受けた装甲艦"グライフ"は、船団から離脱し単艦でメルターギへと向かっていた。

 老朽化した船体が、数年ぶりの戦闘巡航速度に悲鳴を上げる。東の空が若干色付き始める頃、艦は目的地であったウォトヴルク上空を通過した。


 「到着まで一時間半。」


 「了解、戦闘速度を維持せよ。」


 「聴音班、対空・対地警戒を厳となせ。」


 「偵察機は命令あるまで待機せよ。」


 その旧式艦の下部に据えられた艦橋、四方を装甲で固められたその場所にロスバルク大佐の姿があった。

 

 「情報の錯綜と敵の無線妨害によって詳細は不明ですが、どうもかなり押し込まれとる様です。」


 顔に深いシワの刻まれた、老齢のゴブリン族の艦長が大佐にそう告げる。

 周囲には数人の士官がおり、ロスバルク大佐と共に机に広げられた地図を睨んでいた。

 本来であれば、ロスバルク大佐はただの便乗者である。

 そんな彼がなぜこの場所に居るのか…。

 答えは単純である、人手が足りないのだ。

 本来、"グライフ"は船団護衛に従事する旧式艦である。乗員も必要最低限しかおらず、士官の半分に至っては予備役で、地上攻撃に必要な砲撃観測班などは乗せていない。

 便乗者の中で唯一の佐官であり、砲兵出身であるロスバルク大佐に艦長から協力の要請がくることは、ごく自然の成り行きといえた。

 ちなみに、ラーネン大尉はアラクネという種族の特性と、工兵出身という経験を買われて気囊の応急修理班に臨時で編入されている。

 

 「飛行艦による対地砲撃では、地上からの誘導と空中観測による密接な協力が不可欠ですが…恐らく困難でしょうな。」


 「敵航空機にも警戒せねばなりません。航空支援どころか、対空護衛のない本艦では、あっという間に撃墜されてしまうでしょう。」


 悲観的になっている空軍士官達の、ああでもない、こうでもないという議論を聞き流しつつ、大佐は一人思案していた。

 地上からの誘導が必要な間接砲撃が出来ないのであれば、直接照準による攻撃しかない。

 幸い、到着予定時刻は日の出前後、視界的には問題ない。


 「艦長、一撃離脱ではどうでしょうか。」


 「……そうですな。我が艦一隻では敵部隊殲滅は無理でしょう。出鼻を挫いて離脱する、が良さげですな。」


 従来、飛行艦による砲撃は少なくとも四隻、一個戦隊が戦場上空を微速前進しつつ長時間行われる。勿論、制空権を確保した状態で、だ。

 単艦で、なおかつ制空権も怪しいのであれば低速での攻撃はリスクが高い。

 なるべく船足を落とさずに一航過、もしくは二航過で砲撃し、撤退する。

 現状ではこれが最適解のように思えた。


 「あとは我々が間に合うかどうか、ですな。」


 各部署に指令を出した艦長が大佐にそう話しかける。

 敵の戦線突破が先か、もしくは味方が守り切るか…。

 

 (全ては神のみぞ知る、といったところか)


いささか参謀将校らしからぬ考えだな、と自嘲気味に呟くと、防弾ガラスごしに見えるまだ暗い空に目を向けた。



 


 「前方に黒煙多数確認。聴音班からも戦闘騒音の報告が上がっております。」


 「メルターギまでまだある筈だが…随分早いな、日の出までは?」


 「あと三十分程です。」


 「…ロスバルク大佐、どう思われますかな?」


 双眼鏡を覗きつつ、艦長が大佐へと問いかける。

 上空は先程よりも白みがかっており、夜明け直前独特の明るさとなっていた。

 前方には発砲炎が確認できるが、薄くかかった雲で視界が悪く詳しい状況まで確認が出来ない。


 「敵はメルターギの後背に進出した、とみていいかと…交戦中ということは完全に包囲はされていないのでしょうが、時間はあまり無さそうです。」


 「では急ぎましょう。両舷前進全速、偵察機発進せよ。戦場はどの辺りだ!航空班!」


 「現在の交戦予想位置はメルターギ中心部より六キロ西方、鉄道線沿いの陣地周辺かと。」


 「通信より、地上と連絡とれました!敵戦車多数と交戦中、砲撃誘導困難の為、直接支援を要請しております!」


 「簡単に言ってくれるな…」


 苦虫を数匹まとめて噛み潰したかのような表情で前方を睨む艦長。

 恐らく射程内ではあるのだが、正確な距離は目視しなければ分からない。撃ったところで最悪味方を吹き飛ばしかねないのだ。


 「前方にて爆発を確認!」


 発砲炎の発生している方向を見張っていた士官が鋭い声でそう報告する。

 艦長とロスバルク大佐がそちらへ目をやると、決して大きくは無いが目視でも分かる程度の爆炎が数キロ先で上がっていた。


 「距離は分かるか、測的急げ!」


 幸いなことに艦周辺の雲は晴れつつある。もう敵を確認出来てもおかしくはない。

 大佐が双眼鏡に目を当て、爆発のあった場所を凝視する。どうも陣地の内部か前面のようで周囲には数両の敵戦車らしきものが見える。


 「偵察機より入電、陣地より一キロ北方に敵戦車部隊!」


 「こちらからは視認できず!」


 「丘の影になっているのでは?」


 「間違いなく敵か?味方だと洒落になりませんぞ。」


 「味方戦車は陣地前面にて交戦中。」


 「上に出てくれば目視できます。確認次第攻撃しましょう。」


 「しかしまだ確認が…」


 味方撃ちを恐れる士官の言葉を手で遮り、艦長が射撃準備の号令を下す。


 「一番主砲塔、一、三、五番副砲撃ち方用意!」


 "グライフ"は、その古びた船体を軋ませつつ右に舵を切る。

 左舷側に並んだ砲の照準が丘を捉えた。


 「丘上に戦車視認!」


 「ロスバルク大佐。」


 艦長に名を呼ばれた大佐はひとつ頷き、双眼鏡を覗き込む。

 形状、迷彩、隊列……決定的だったのは先頭車両に掲げられた突撃旗だった。我軍に攻撃時旗を掲げる習慣は無い。


 「敵です。」


 「撃ち方始め!」


 間髪入れずに命令が飛ぶ。そして、待ってましたとばかりに"グライフ"の砲が火を吹いた。

 計五発の砲弾が轟音と共に発射される。

 やや初速の速い副砲弾は丘上を掠めたが、大口径の主砲弾二発は狙い通りに敵戦車部隊の先頭付近、丘の中腹辺りで炸裂した。

 一瞬閃光が煌めくと、大きな爆炎が二つ沸き立つ。突撃を開始していた敵戦車のうち数両は消し飛ぶか、天高く放り投げられているのが見えた。

 旧式とはいえ、"グライフ"の主砲は二十八センチ、攻城用の野戦重砲に匹敵する。


 「命中!命中!」


 艦橋に歓声が響く。

 そこから先はこちらからの一方的な攻撃だった。

 一定間隔で砲撃音が鳴り、その度に幾つかの爆発が敵部隊の集結地点で起こる。

 既に敵は撤退を開始しており、戦闘の佳境は乗り越える事ができたようだ。

 砲弾分重量が軽くなり、段々と高度と速度が上がっていく装甲艦"グライフ"。地上にいる陸軍部隊からの怒涛のような感謝の通信を受けつつ、艦長は戦場からの離脱を命令する。

 

 「助かりました、ロスバルク大佐。大佐のお陰で有効な攻撃を行うことができました。感謝いたします。」


 部下への離脱指示を終えると、艦長はロスバルク大佐に向かってそう礼を述べた。


 「聞けば大佐の目的地はメルターギだとか……礼といってはなんですが、お連れさんと共に連絡機で送って差し上げましょうか?列車よりは早いですぞ。」


 「…宜しいのですか?」


 「勿論、遠慮は結構。シュミット少尉、こっちに来てくれ。」


 艦長が部下を呼び、ロスバルク大佐を後部格納庫に案内するよう命ずる。


 (大したことはしていないが、運が良かった…と言えるのかな?)


 善意を断る訳にもいかず、大佐は丁寧に感謝の言葉を艦長に伝えると、シュミットと呼ばれたハーピィに続いて艦橋をあとにした。




 ロスバルク大佐とラーネン大尉の目的地、城塞都市"メルターギ"はもはや目前であった。

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